白石 紬 17
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暴力だけは容認できない。
振るうのも、振るわれるのも。
大切なものはいつも暴力によって奪われてきた。だから極力避け、関わらないように生きてきたつもりだ。それなのにどこにいても、どこへ行っても、暴力は執拗につきまとう。
なぜこんなにも世界は暴力で満ちている?
「あぁああ、寄るな! 近寄るなッ」
そんなぼくの考えも、怖れも、
「痛い。痛い痛い痛い痛い、あぁあ、なんでこんな。こんな目にあわなきゃいけないんだよ僕が、この僕が」
これほどまで取り乱した様を見せつけられると、凛とせざるを得ない、というか――
「ひとりにしてくれ。ほら、早くでて行け!」
あぁあ、もうッ!
「いい加減にしてくださいよ、柏樹さん!」ゆらゆらロウソクの灯りが揺れる〈NTプラザ〉の二階。柏樹さんを撃った男が潜んでいた〈セラミックガール〉というクラブ店内で、ソファに寝転んで文句ばかりいっている柏樹さんをぼくは叱った。
傷を診た流地さんの話によると、止血処理は上手くいったらしいが、柏樹さんは肉体的にも精神的にもかなりやられてしまった様子だ。「どうして僕が第一被害者に」とか、「どういうことだ、ジャンル違いじゃないか」とか、「僕は探偵なのに。僕こそが名探偵役なのに」なんてぼやいていて、名探偵としての威厳ってやつは綺麗さっぱり消え去っている。
いや――威厳に満ちていたがゆえの、この有り様なのだろう。
でて行けといわれるのは気分が悪いが、惨めな姿を見られたくなくてぼやいていると考えれば納得できなくもない。名探偵として難事件を解決してみせると意気込んでいたものの、蓋を開けてみれば事件の第一被害者であったのだから、かたなしだ。
そんな柏樹さんに目を向けると、ぼやきをやめて唇を引き攣らせ、ぼくの腕辺りを凝視していた。
「どうした、それ。君、なにを持っているんだ?」
「え? あ、これですか。宍戸捜査官から渡されたんです」
「どうして銃なんかッ、あぅ。い、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い」
「……あぁ、もう」手を差し伸べようと思ったけど、下手に近寄るとまた怒鳴られそうなのでやめた。どうにかしてあげたい気持ちはあるものの、医者でないぼくは力になれないのだし。「大丈夫……じゃないみたいですね」
「見ればわかるだろ、撃たれたんだぞ。それに焼かれた」
「焼かれた? はぁ。あの、動けますか」
「動けるわけないだろ。いいから早くでて行け」
「…………」どうしよう。長居せず、ここは柏樹さんの気持ちを汲んで、店の外にでたほうが賢明かもしれない。「じゃあ、行きますね。よければ柏樹さんに貸しましょうか」
「貸す? なにを」
「銃ですよ。持っていれば安心でしょう?」
「ほ、本当か? 貸せ。貸せ、早く」奪われるように銃を取られた。
意外に動けるじゃないか。
ビル脱出のチャンスが訪れても、柏樹さんが足手まといになることはなさそうだ。ならば問題は如何にして脱出するかに尽きる。全フロアを見て回った宍戸捜査官からの『ほかに潜んでいるものはいなかった』という報告は安心を与えてくれたけれども、『出入り口は正面の一カ所のみ』って追加報告が、なかなかヘビーで胃が痛い。
車を奪われたので、無線や電話で助けを呼ぶことも無理。
唯一の望みは、寝込んでいるNICの人たちが銃声を聞きつけて通報してくれることだ。
救出隊が到着するまで、ぼくらは無事でいられるだろうか。
「痛たたた。なぁ、待て。ひとつ確認しておきたいんだが」
「なんでしょう……え? え?」なんで?「ちょ、ちょっと、柏樹さん。危ないじゃないですか!」
「正直に答えてくれよ」
「じゅ、銃、銃口を向けないでくださいよ!」
「君をアシスタントと偽って九州に同行させてあげたのは、要望する君の言葉に心を打たれたからだ。仕事の遅いNICに直接乗り込めば、遺品を手渡ししてくれるのではないか――なかなか冴えてるよ。実際、手渡ししてもらえることになったしな」
「な、なんですか。なんなんですかッ」
「NIC訪問を望んだのは君だ」
「銃をおろしてください!」
「率直に聞こう。白石くん、君は知っていたんじゃないのか? 今日、不法上陸者たちによってNICが襲われることを」
――え?
「窃盗を働くものにとって九州は格好の場所だよな。なにしろ、人がほとんどいないんだから。それなのに、なぜわざわざ連中は、人のいるNICを狙った? 見つかって通報されたら終わりじゃないか」
「それは……」かつて九州最大の歓楽街であった中洲に作られた合同機関だから、中に入れば高級なお酒にありつけ――いや、違う。そうじゃない。そんな簡単な話であるはずがない。
かぶりを振った。
返答に詰まった。柏樹さんが指摘した通り、NICへの侵入はハイリスク極まりない。
「現地にいる職員数や防犯設備の規模といった情報を掴んでいない限り、実行に移せることではないよな」
「まさか柏樹さん――」まさか。ぼくが?「ぼくが不法上陸者に情報を与えていたって考えているんですか?」
「君は真綿代表と電話で話し、色々と訊いていたじゃないか。職員数にライフライン事情、保管庫として使用しているビルの名称まで尋ねていたように記憶しているが、どうだ?」
「た、たしかに訊きましたけど、それは必要と思ったからであって、あ、いや、あの。必要以上に訊いた部分はあるかもしれませんけど、でも」待った。待った待った。ぼくが不法上陸者に情報を与えていたなんて、そんなわけないじゃないか。「ぼくは誰にも情報を流してなんかいませんよ。大体――」
反論を重ねようと足を踏みだしたつもりが後退していた。銃を構える柏樹さんはトリガーガードと呼ばれるフレームではなく、引き金に指をかけている。
まずい。
まずいぞ。
撃つ意図はなくても、指がほんの少し動けば。動いてしまえば――
早く! 早く続きを! 続きを語らなきゃ。




