白石 紬 16
「鞄を渡せ。おい、頭を低くしろ。全員が車に乗って逃げたわけじゃねぇからな」
「はい?」
「ほら、早く鞄を渡せ」
緑色のリュックサックの中に入っていたのはライフルの弾倉だった。
宍戸捜査官は弾を充填すると、床に転がった薬莢を苛立たしげに蹴って、大きな溜め息をついた。
ほんの少しだけ首を伸ばして、表の様子を覗き見る。ぼくが非常階段へ行っている間に、表にいた人たちはSUVと広域捜査官の車、両方とも盗んで去っていったらしい。
キーは抜いていたはずだが、窃盗犯にしてみればそんなこと関係ないようだ。
「柏樹さんを撃った男の仲間たちだったんでしょうか」
「わかりきったことを訊くな。不法上陸者だ」
「表に、何人残っているんですか。このままビルからでられないなんてことないですよね」
「頭を低くしろといっただろ」
「どうするんです、無線も携帯端末も車の中でしょう?」
「お前らの端末は」
「車の中ですよ」
個人所有の端末がポケットの中に入っているけれども、衛星回線しか使えない九州では無用の長物だ。や、NICでWiFiを使っていたら、ぼくの端末から連絡をとることが可能かもしれない。
端末を取りだす。
WiFiを確認する。
「なんだ、おい、端末持ってるじゃねえか」
「……だめです。使えません」
WiFiにも、通信システムにも、繋がらなかった。
「ちくしょう。このままここにいても仕様がねぇな。おい、青年、奴らがどの辺に隠れているかは大体わかってる。ついてこい。俺を援護しろ」
「は、はい?」銃を手渡された。思わず受け取ってしまった。重い。これって、二階通路で柏樹さんを撃った男が持っていたハンドガンだろうか。「援護だなんて、む、無理ですよッ。無理です、絶対に無理」
「行くぞ」
「ちょ、ちょっ、ちょっと! 待ってください。駄目です。無理ですって」冗談じゃない。どうしてぼくが援護を。「それに、あの、ほら、そんなに慌てなくても、表にまだ人が残っているのなら、中洲からすぐにでていくつもりはないんでしょうし。様子をみましょうよ、ここは。多分、表に残っているのは、見張り役なんですって。見張っているんですよ、ぼくたちの動向を。ぼくらが動かなければ、表の相手もおそらく、動かないはずです。それよりも、まだビルの中に柏樹さんを撃った人の仲間が潜んでいるかもしれないんですよね? そっちのほうが心配ですよ」
「あ? あぁあ」眉根を寄せ、宍戸捜査官は舌を鳴らした。「ビルの中か……たしかに。下手に動くよりも、自陣の安全確認は大事かもな。よし。青年、お前はここで見張ってろ。俺が戻るまで、ここで見張るんだ。だが、いいか、奴らが中に入ってきたら迷わずに撃て」
「えぇえ?」
「おい、引き金に指をかけるな、危ねぇだろ。普段はここだ、ここ。トリガーガードにかけておけ」
「トリガー……いやいやいや、勝手に話を進めないでくださいよ。無理ですって、銃なんて使えませんから」
「黙っていうとおりにしろ。奴らを中に入れたら終わりだと思え。威嚇するだけでもいい。絶対に、中に入れるなよ」
「――? ま、待ってくださいよ、どこに行くんですかッ」
「全部のフロアを見てくる。絶対に中に入れるんじゃねぇぞ」
そういい残して、宍戸捜査官は通路奥の非常階段へと向けて駆けていった。待って。待って欲しかった。待って欲しかったのだけれども……参った。どうしよう。撃てるわけないじゃないか。それなのにひとり。従うしかなくなってしまった。中洲は安全の確保された数少ない場所だったのに、最低最悪なる危機的状況に陥るなんて。とりあえず靴を脱ごう。靴を脱いだ。小石がでてきた。
あぁああああ、まったく!
なんで? なんでこんなことになってしまったんだ?
お願いですから、誰も建物の中に入ってきませんように。




