白石 紬 13
「ドクター、これを」
竹山兄弟の片方が歩み寄って、抱えていた革製の鞄を流地さんに手渡す。鞄の口は開いていて、中に医療道具らしきものが見えた。この場で治療をはじめるようだ。
「おい、もっと端に寄れ。ほかにも誰か潜んでいるかもしれねぇだろ」銃口をもちあげて、宍戸捜査官は店舗内の様子を窺う。しかしすぐに中断して、ぼくらのほうへ向き直った。「ったく、うるせぇぞ。そいつを黙らせろッ」痛い痛い痛いと連呼する柏樹さんに対する苛立ちがピークを越えたらしい。
柏樹さんの口へ、白い布が詰め込まれる。声は耳に不快な鼻息へと変化。悲しいかな、名探偵としての威厳は完全に消失だ。
流地さんが傷を確認して、竹山兄弟の片方が暴れる柏樹さんを押さえつける。
見ていられなくなって、ぼくは顔をそらした。
「ちくしょう、店の中に入らなきゃわかんねぇな」
「もういませんよ。いたらいまごろ――」
「お前は黙って傷を診てろ」
「耳が、耳鳴りが――」
「うるせぇっていってんだろ!」
「骨は大丈夫。腕の肉を少し持って行かれただけだ」
出鱈目に交わされる会話に耳を傾け、行動を観察して、ぼくはようやく状況が理解できるようになった。
なにが起こったのか。
なにが、どうなってしまったのか――
通路に立っていたグールが懐からハンドガンを取りだしていきなり発砲し、柏樹さんがその銃弾に倒れたようだ。宍戸捜査官がライフルで応戦しなかったら、さらなる負傷者がでていただろう。血を流して横たわっているグールへ近づいてみると、強烈な酒の臭いがした。撃たれた腹部からは赤黒い血が流れだしていて、表情のない顔は茹でたように赤い。
違う。
違っていた。
ぼくがこれまで目にしてきたグールの特徴とは、まるで違っていた。
「こ、この人、グールじゃなかったんですね?」宍戸捜査官へ向けて、ぼくは問う。
「あぁ。グールが銃を使えるわけねぇだろうが。許可証なしに上陸してきた輩だよ」
「輩って……不法上陸者?」
「念のために訊いておくが、こいつは、あんたらの仲間じゃねぇよな?」NICの人たちの顔を見回して、宍戸捜査官は尋ねた。
一同はかぶりを振って答える。当然だ。NICのスタッフがいきなり銃で撃ってくるはずない。
ぼくは問いを続ける。「不法上陸者が、どうしてこんなところに?」
「酒目当てに決まってるだろ」怒りに満ちた声で、宍戸捜査官は即答した。「ここは宝の山じゃねぇか。高級酒を拝みたかったんだろうよ。気をつけろ青年。絶対ほかにもいるぞ」
「は、はい」青年って呼びかたが気になったけど、状況が状況なので黙することにする。
「待て。おい、お前。なにやってんだ、おい!」
指差されるホール。なにごとかと思って目を向けると、荒江さんが階段の踊り場近くへ移動していて、ひびの入った網入りガラス越しに外の風景を眺めていた。
「――あれ?」
声が聞こえた気がした。ぼくらではなく、別の誰かの、話し声が。
「どけ。どけ、青年」
「うわ。ちょ、ちょっと」強く押されて、またも倒れそうになった。「待ってくださいよ。な、なにが――」バランスを保って、ホールへと向けて駆けだした宍戸捜査官のあとを追うべく踏ん張った右足に、「……あ」覚えた違和感。
足の裏。
踵あたり。
靴の中になにか入っている。
さっき床に倒れたときに異物が入り込んだらしい。
「誰かいるのか?」荒江さんへ向けて、宍戸捜査官が問う。
どうやらぼくと同じく、誰かの話し声を耳にしたようだ。
「誰かいるんですか?」
ぼくも問うたが返事はなかった。だけど階段に到着するなり、宍戸捜査官がとった行動を見れば、一目瞭然だった。
「くそッ! 行くぞ、ついてこいッ」荒江さんの肩を叩き、勢いよく階段を下りはじめる。
荒江さんがあとに続いた。ぼくはようやく正面階段に到着。手すりに手をのせ、ガラス越しに外の風景を見遣る。
「どうしました、なにかあったんですか?」背中に流地さんの声が届いた。
ガラスの向こう――そこに見えているものをじっくり観察して、なにがどうなっているのかきちんと確認したいところを耐えて振り返り、ぼくは目にしたそのままを口にする。
「外で、あの、表の通りで、四、五人の男性が取り囲んでいるんです。ぼくらが乗ってきた車を」
「……車を?」
「SUVを取り囲んでいるんです!」――見知らぬ男たちが。




