白石 紬 12
「おい、誰だ、あれは」ぼくに追いついた宍戸捜査官が肩越しに問う。
ある程度の距離と通路の薄暗さが相まって見知らぬ男性の表情までは窺えなかったが、一目見てわかった。尋常でないことが。男性は身体を左右に揺らして、呻きに似た意味不明の言葉を発していた。
グールだ!
グールが、なぜ、ここに。こんなところに。
どうしてグールがこんな場所に?
宍戸捜査官も状況を理解したらしく、ライフルを構えたのが見ずともわかった。
逃げなければ。噛まれたら終わりだ。安全な場所に避難しないと――と、頭の中では理解しているのに動けない。ゆらゆら揺れているグールの姿から目が離せない。
グールは不快な声を発すると、着ていた上着の懐へ手を差し入れ、ゆっくり、実にゆっくりとした動作で、服の中から〝黒い塊〟を取りだしてぼくらのほうへ――
「……!」
眩い光が瞬いたのと同時に轟音が響き渡った。耳のすぐそばを、絶対的な恐怖を孕んだ空気を裂く音とともに、高速でなにかが通り過ぎた。
「どけッ!」
うしろから突き飛ばされて、受け身もとれず無様に床へと突っ伏す。
慌てて顔をあげたぼくの視野に、床へ崩れ落ちる誰かの姿が入ってくる。柏樹――柏樹さんだった。柏樹さんが膝を折って倒れた。刹那、誰かの恐怖に満ちた声があがり、再び周辺の空気を劈く轟音がホール内に響き渡る。
埃まみれの床に頬をつけたぼくの前、眼前で、金色の薬莢がバウンドした。
「どけ。邪魔だッ」
火薬の臭いが鼻孔を刺激する。
「どけといってんだろ!」
宍戸捜査官の怒声が鼓膜に触れる。
一体なにが起こったのか。腕を突っ張って体勢を整え、最初に認識したのは通路の真ん中に倒れているグールと、ライフルを構えた宍戸捜査官のうしろ姿だった。
火花が散り、車の衝突を連想させる銃声が響き渡り、グールの身体が僅かに弾んだ。
撃った――宍戸捜査官が。
通路に仰向けたグールへ向けてライフルを撃った。
「ちくしょうッ、この――」悪態をついた宍戸捜査官が、グールの脇腹を勢いよく蹴る。床に転がっていたハンドガン――ハンドガン? ハンドガンだ。ハンドガンが転がっていた。そのハンドガンを宍戸捜査官が拾いあげて、再度グールに蹴りを食らわせた。
「あぁああああああああああぁッ」悲痛な悲鳴をあげたのは柏樹さんだ。左腕をおさえて、くしゃくしゃに顔を歪める柏樹さんは血に塗れていた。
「柏樹さんッ」
「動くな!」誰にともなく一喝し、宍戸捜査官は明かりがもれている店舗の扉を勢いよく開く。ウインドチャイムの甲高い音が鳴る。通路の光量が増えた。店舗内を照らしていた器具はロウソクだったようで、通路の壁に落ちた影がゆらゆらと揺れた。
ライフルを店舗内に向け、続けてぼくらのほうへと、銃口を。
「動くなといっただろ!」
「銃を向けるな」口答えしたのは流地さんだ。「私は医師だ。撃たれた彼の、傷の程度を確認する」凛とした声で告げて、柏樹さんの元へ駆け寄ると、二、三こと声をかけ、着ている上着を脱がせはじめる。
すると、流地さんの言葉を受けて冷静さを取り戻したのか、宍戸捜査官はライフルの銃口をさげて嘆息し、かぶりを振りながら目頭を押さえた。




