白石 紬 09
「ところで白石さん、遺品の件ですが」
「あ、はい」回想を振り払い、流地さんへ向き直った。
柏樹さんに無理をいって九州入りに同行し、中洲への寄り道をお願いした理由――ぼくの用件――NICに保管されている遺品の受け取りが、もうすぐ実現しようとしている。
「保管場所はお聞きになっているのですよね」
「えぇ。真綿代表から詳しく聞いていますので、はい」
「たしか、ケース……」
「…………」
「…………」
思いがけない間があく。焦れったい間だった。早く話を進めたいって思いが溢れだしてきて、思わず口を挟む。「ケースB3の二〇〇番台です。〝ケース〟って呼称は変わっていて面白いですね。いれものを意味する〝ケース〟からとったんですか?」
「…………」
「え? あ、いえ、あの。すみません。不思議に思えたといいますか、あの」
「不思議に?」
「建物の名称そのままで呼べばいいのに、あえてケースと呼び代えているのが……でも、きっとちゃんとした理由があるんですよね。政府が関わっている機関ですし」いけない。あんまりベラベラ喋るものじゃない。NICへ辿り着けたというのに、よけいなことを口にして機嫌を損ねてしまうのは、もってのほかだ。「遺品の受け取りは柏樹さんの撮影が済んでからでも構いません。急いでいるわけでもありませんし」なんていってみる。本当はいますぐケースと呼ばれているビルに向かいたいところだけど、呼称について話した途端、流地さんの表情が険しいものに変化したので一歩退くべきだと判断した。焦る必要はない。柏樹さんが撮影を終わらせるまで待っても全然問題ないんだから。
「出身はどこですか」
「はい?」
「白石さんの出身地です」
「生まれは、福岡の春日市です。自衛軍の駐屯地があったあたりです。封鎖される前に引っ越したというか、街をでたので、帰る家が残っているわけじゃないんですけど。あの、もしかして流地さんも九州出身ですか」
「京待温泉のそばです」
「京待……って」南九州だ。爆発事故を起こした研究施設のあった邦根町と距離的に近い。
南九州は現在も立ち入りが禁止されていて、何人たりとも中へ入ることを許されていない。通常は感染者との接触によって伝染る疫病が、南九州の研究施設跡地周辺に限って空気感染や塵埃感染するといわれているからだ。
「それじゃあ、流地さんはもう故郷に戻ることが……」
「生きているうちは無理でしょうね」内容とは相反する清々しい声でいって、流地さんは眉尻を下げた。「正直、生まれ育った我が家へすぐにでも帰りたいですよ。ですが、感染して命を落とすわけにはいきません」
「えぇ」もちろんだ。
「家族のためにも」
「ドクター!」噴水のそばにいたNICの男性が大きな声をあげた。
ドクター?
すると横にいた流地さんが右手をあげて、呼びかけに応えた。
どうやらドクターとは流地さんの通称であるらしい。医師なのだろうか。考えてみれば、機関職員に限らず、医師や調理師なんかもNICにいて当然だ。
「俯瞰の画が撮りたいそうですので、移動します」と、NICの男性。最初に会ったとき、訝しげな表情で宍戸捜査官を見ていた男性だ。
男性は宍戸捜査官と黒縁眼鏡の男性二人が入っていったビルを指差していた。どうやら、そのビルの上層階へ移動するつもりのようだ。
「わかりました。一緒に行きましょう」流地さんもまた大きな声で答えた。
ぼくは慌てて柏樹さんの元へと駆け寄った。アシスタントって名目上、ここは荷物運びをしなきゃ不自然だろうから。




