白石 紬 07
*
SUVの助手席に乗って門を通った。これまでの道のりが荒んだ悪路であったのに対し、中洲は綺麗な状態が保たれていて快適だった。
きちんと剪定された樹木や生垣を見ると、NICの人たちは仕事そっちのけで通りの手入ればかりしているのではないかと考えてしまう。
だから遺族は一年以上も待たされるんじゃないかって。
「問題なく受け取れそうかい?」
徐行運転で流地さんたちの背を追っている柏樹さんが、ハンドルをコツコツ叩きながら尋ねてきた。
「えぇ。おかげさまで」
「よかったな。じゃあ、そろそろ教えてくれるかな? 君の求める遺品がなんなのか。NICとのコンタクトを取りつけるために僕を脅したくらいだから、余程のものなんだろう?」
「脅してなんかいないじゃないですか」
「そうだったかい?」
「多少無理をいったかもしれませんけど、柏樹さんだって噴水の写真が撮れるから大歓迎みたいなこといってましたよね? それに、受け取りたい遺品がなにか、隠していたわけでもありませんし」
「なんだ。訊けば話してくれたんだ?」
「もちろんです。最終的には柏樹さんに届けてもらおうと思っ――」
「ん?」
「あ、いえ。あの……それよりも柏樹さん。今回もなにかしらの事件に巻き込まれると考えているんでしょう?」
「ははは。そりゃぁ、ね。考えていないといえば嘘になるな。なにしろ僕は」
名探偵なのだ。
柏樹さんは、シリーズものの映画や小説に登場する名探偵のように〝とある条件〟が揃うと事件に巻き込まれる、特殊なタイプの探偵なのである――というのは本人談だけど、毎回、毎回、九州入りの度に事件と遭遇しているらしくて、三ヶ月前に起こった事件の際には、ぼくはその一部始終を目撃……いや、目撃どころじゃない関わりかたをした。
名探偵かどうかはさておき、事件に巻き込まれる特殊体質という点においては、確率の高さからして信じざるを得ないというか、本当にそうなんだろうと思ってはいる。なにしろ、三ヶ月前――柏樹さんとぼくが凶悪事件に巻き込まれたときにも〝とある条件〟は揃っていたのだから。
その条件とは、九州入り初日に二宮捜査官と出会すこと。
今回はまだ二宮捜査官と顔をあわせてはいないけど、同広域捜査官である宍戸捜査官と行動していることで、条件が(ある意味)揃ったとでも解釈しているのだろうか――宍戸捜査官が同行を申しでた直後から、柏樹さんは露骨に機嫌がいい。
口調も変化していて、名探偵っぽい(あくまでも、柏樹さんがイメージしている名探偵に過ぎないが)喋りかたになってきているし。
……正直、聞いていて時々煩わしく感じる妙な喋りかたではあるけれど。
「見えてきたね。クリスタルレイク広場だ」
柏樹さんが前方を指差す。
通りの左に石敷の広場が見えた。
「あれですか?」
広場の端に水場があったが、贔屓目にみてもレイクと呼べるような代物ではなかった。サイズは児童公園の砂場程度しかない。水場の真ん中に設置された噴水はデザイナー作品とあって目を惹くものの、なにがどうしてクリスタルレイクなんて名づけられたのか理解不明だ。
そもそもクリスタルレイクってなんだ?
ホッケーマスクをかぶった殺人鬼が潜んでいそうな名称じゃないか。
「どうした。白石くん。どこがクリスタルだって顔してるな」
「あ、いえ」
「正面にあるビルが〝クリスタルビル〟という名前でね、その敷地に作られた噴水広場だから、クリスタルレイク広場ってわけさ」
「どちらかといえば、〝クリスタル〟よりも〝レイク〟であることに疑問を覚えているんですけど」
「ははは。いわれてみればそうだな。さて。到着したし、お喋りはここまでだ。カメラアシスタントとして、しっかり働いてくれ――とはいわないが、荷下ろしくらいは手伝ってくれよ」
柏樹さんは広場前にSUVを駐車すると、ぼくの返答を待たずに降車し、噴水のそばに立っている流地さんたちのほうへ向けて歩きだした。
ぼくも車を降り、後部座席に載せていた四段ステップの折りたたみ脚立を運びだす。
宍戸捜査官も広場前まで車を乗り入れていた。気になって注目していると、緑色のリュックサックとライフルを手に持ち、流地さんたちの輪へ加わった。短い会話を交わして、黒縁眼鏡の男性二人と隣接したビルのほうへ歩いていく。まるで、なにかしらの目的もしくは用件があって中洲を訪れたかのように。
流地さんたちとどのような話をしたのか気になるものの、ぼくは〝ぼくの用件〟に早く取りかかりたいので荷下ろしに専念する。
「…………」
あれ?
なんだろう。
どこかから奇妙な音が聞こえた。微かな音。近くだ。凄く近い。近いはずなのにSUVと広域捜査官専用車両が停まっている路上周辺には、ぼくひとりしかいない。息をとめて、耳を澄まして、音の正体を探ろうと思ったけれども、もう音は聞こえてこなかった。
「…………」
なんだろう。
なんだったんだろう。
気の所為ではないと思うんだけど。
仕方なく荷下ろし作業へと戻る。道具一式を運び終えると、柏樹さんは早速撮影に入っていた。
カメラに装着しているレンズは、長さの短い単焦点レンズ。出発前にしてもらった簡単な説明では、単焦点レンズは人物撮影のときに使うレンズといってなかったっけ? いや、まあいいや。ぼくの勘違いかもしれないし。
少し距離を置いて立って、撮影の様子を眺める。
「高そうなカメラですね」
「え?」
左後方から声をかけられた。振り返ると、口元を綻ばせた流地さんが手を擦りあわせながら寒そうにして立っていた。
「あ。はい。中古車が買えるくらいの値段だそうです。驚きですよね」NIC訪問前の電話交渉では撮影アシスタントを名乗ったけど、ぼくの持ち得るカメラの知識はこの程度である。質問を重ねられるとボロがでるのでまずい。
「中洲のほかに、九州のどこを巡る予定ですか」
「ほかには、えぇっと」正直、知らない。聞いていない。
九州入りに際して、ぼくは〝ぼくの用件〟に関することで頭の中がいっぱいだったから。




