第7話 vsサキュバス③ 暴かれた秘密
倒れた正義のヒーローをおぶってイズミが向かったのは自宅だった。
幸いにも両親は旅行中で、ここ数日は家に誰もいない。
ようやくの思いで、空調の効いた自室にたどり着き、細心の注意を払ってベッドに横たわらせる。
「ふう」
重労働を終え、イズミは一息ついた。
「思ったよりも重かったわ。やっぱり男の子ね」
体型は華奢なのにズシリと重く、おぶったイズミの腕は痺れていた。
そしてベッドの上の姿を見て、イズミは次にすべきことを気付いた。
「まずは、ブーツを脱がせないと」
膝から下全体がブーツで締め付けられているので、それから解放するためである。
しかも真夏の革ロングブーツは見ているだけで暑苦しい。
それに、ここは室内なので靴を脱がせるのは当然である。
しかし、脱がせようとしているのはファスナーの無い編み上げブーツで、脱がせるのに苦労した。
革の材質が硬いこともそれに拍車をかけた。
紐をほどきながら、ゆっくりとブーツを脱がせていく。
かなりの時間をかけて、ようやく右足のブーツを脱がせたが、彼は微動だにしない。
ここで、ある不安がよぎる。
「まさか、死んでないよね?」
イズミ前髪に隠れている額に右手を当てて、体温を確かめる。
うっすらと汗をかいた額には、湿り気とともに温かみを感じた。
「良かった」
とりあえずは生存を確認でき、一安心した。
すると、まくった栗色の前髪から黒髪が覗いているのに気付いた。
ここでイズミにある欲望が芽生える。
「彼の本当の姿が見たい」
右手を額から頭へと撫でるように動かすと、栗色の髪の中に手が入る。
掌と手の甲両面に髪の毛の感触が伝わる。
「こんなことをしちゃ、いけないっ!」
と一瞬思ったものの、手はウイッグ内のさらに奥に進んでしまう。
まさに今のイズミは理性よりも欲望が上回っている状態だ。
ウイッグを取ると、どんな顔が出てくるのか?
この状態で目を覚ましてしまわないか?
そんなことを考えていると、イズミ自身でもわかるくらいに心臓の鼓動が速まっている。
ついに、ウイッグが頭から滑り落ちる。
そこで現れた彼の顔を見て思わず、
「か…」
と叫びそうになり、息を飲み込みつつ両手で口を塞いだ。
噂になっている正義のメイド美少女、その正体は同級生の神崎チヒロだったのだ。
優しそうな彼が悪魔退治をしていることに驚き、真面目な彼が女装していることはショックだった。
衝撃の事実に茫然としていると、スマホから音が鳴り出した。
画面には11桁の数字が表示されているが、名前は表示されていない。
普段なら日付の変わる時間帯に、メモリー未登録の電話は出ないであろう。
しかし、今のイズミは冷静さを欠いている。
ベッドの上のチヒロに配慮し、部屋を出ながら電話に出てしまう。
「チヒロ君から目を離さないでください。でないと、死んでしまいますよお」
電話の主は若い女性の声だった。
チヒロがいることを言い当てられたにも関わらず、不思議と恐怖心は無かった
むしろ、死という言葉が聞き捨てならなかった。
「神崎君が死ぬってどういうこと!?だいたい、あなた誰!?」
強い口調でイズミが問いただすと、
「イヤですねえ。一度会っているじゃないですか。今から説明するので部屋に入ってきてください」
という電話の主の回答に導かれるようにして、イズミは部屋に戻った。
そこにはベッドのそばで椅子に座っている少女の姿があった。
彼女の手には携帯電話がある。
どうやって家に入り込んだのか。
イズミはこの少女がどこか普通では無いことを直感的に感じた
「こんばんは。お久しぶりです」
少女の挨拶が、スマホ越しにも聞こえる。
電話の主はこの少女で間違いない。
「あなたは、あの時の巫女さん」
ここで、イズミは彼女のことを思い出す。
ただ、前に会った時と違い、今は普通の洋服を着ている。
「思い出していただけましたか?」
「ええ」
彼女の問いかけに、イズミは応じると続けて
「それで、あなたは何者なの?」
と逆に問いかけた。
「私ですか?あなた達で言うところの神という存在になります」
「神…様?」
少女が自らを神と名乗ったことに、イズミは驚きよりも呆気に取られた表情だった。
「あれ?いまひとつ反応が薄いですねえ。頭のおかしい人だと思っています?」
予想と異なる反応に神様は若干戸惑い気味だ。
「いえ。私を襲ったのが悪魔なら、神様がいても不思議じゃないわね」
ここで、イズミはあることに気付く。
「もしかして、神崎君に悪魔退治をさせているのは?」
「はい。私ですう」
イズミの推測に、神様は満面の笑みで答える。
「何で、神崎君が悪魔退治を?それに何で女装なの?」
神様が答える間もなく、イズミは続けて2つの質問をした。
「それと、神崎君が倒れたのは何で?もしかして…」
チヒロは悪魔退治を終えたばかりだと言っていたので、その影響を疑った。
「質問は一つずつお願いしますう」
立て続けの質問に、神様は困惑気味で、ややはぐらかし気味に言った。
「実はチヒロ君は昨晩寝ている間にサキュバスという悪魔に襲われまして、そのサキュバスを捜索中に…」
この時、イズミはチヒロが嘘を付いたことを悟った。
その嘘は過去に悪魔に襲われたイズミに対する、彼なりの配慮だと推測した。
「サキュバスは男性の精気を吸い取る悪魔でして、完全に吸いつくされると死んでしまうんですよお」
「え?」
神様の説明に、イズミは衝撃を受け、
「死ぬってどういうこと!?」
と聞き返した。
「もう一度襲われたら、ということですよお」
興奮気味のイズミをなだめるように、説明した。
「ですのでえ、」
神様は不敵な笑みを浮かべる。
「チヒロ君が目が覚めるまで、サキュバスに襲われないよう監視してほしいんですよお」
「か、監視って、その悪魔が来たらどうするのよ」
思わぬ依頼に、イズミは不安の色を隠せない。
「大丈夫です」
神様はそれまでの温和な口調から一変して、きっぱりと言い切った。
「サキュバスには闘う力は全くありません。だから見張っていれば襲っては来ません」
「いや、そういう問題じゃなくて…」
急展開にイズミは心の整理がついていない。
「だいいち、監視ならあなたがすれば良いじゃない。神様なんだし」
「最悪の場合は、それも考えていました」
神様はイズミのもっともな提案に一定の理解を示しつつも、
「でも、せっかくだから白石さんにお任せしようかなあと。本来、神様は特定の個人を贔屓することはできませんし」
ともっともらしい理由で応酬した。
「それでは、チヒロ君が死なないよう、きちんと監視していてくださいね」
と神様は要請すると、その姿が少しずつ薄くなっていく。
「ま、待って」
ここから去るつもりだと悟り、イズミは呼び止める。
一人になってしまうのは心細いし、まだ聞きたいこともある。
しかし、その姿はほとんど見えなくなりつつある。
「それと電話ですがチヒロ君のを拝借したので、履歴消しておいてくださいね」
そう言い残すと、ついに神様は姿を消した。
「どうするのよ、これ?」
チヒロの命運を自分が握っているという状況に、思わずそうつぶやいた




