第7話 vsサキュバス② ユーリア倒れる
「すみませーん」
チヒロは保健室のドアを開けて、声をかける。
「どうしましたか?」
室内から聞こえたのは、馴染みのある声だった。
だが、学校内でその声が聞こえることに疑問を感じ、慌てて中に入った。
「ちょっと、神様。何で、ここにいるの?」
「何で?ってチヒロ君に用があるからですよお」
保健室の机の所に神様が座っていた。
その姿は白衣をまとっていて、まさに保健の先生のようだった。
「しかも、その格好は何?というか、保健の先生はどこ?」
「細かいことは良いんですよお。でないと禿げてしまいますよお」
「良くないけど…」
チヒロは小声でつぶやいた。
「ところで、チヒロ君。見ませんでしたか?」
「何を?」
神様の抽象的な問いかけに、思わずチヒロは聞き返す。
「いやらしい夢ですよ」
その言葉を聞いた瞬間、昨夜の夢を思い出し、チヒロは思わず顔を赤くする。
「実はチヒロ君、昨晩はサキュバスという悪魔に襲われていたんですよお」
「何だって!」
知らない間に、悪魔に襲われていたことにチヒロは驚きの声をあげた。
「それで、どんな悪魔なの?」
自分を襲ったのはどんな悪魔なのか、チヒロは気になった。
「男性を惹きつける魅力を得るために、男性の精気を吸う悪魔です」
「精気?」
「はい。気力とでも申しましょうか。これを吸い尽くされると死に至ります」
死という言葉を聞いて、チヒロの表情が一変する。
「もしかしたら、僕は死んでいたかもしれないの?」
このチヒロの質問に対して、
「不幸中の幸いとでも申しましょうか。サキュバスは契約したてで理性が残っているので、
それほど精気を吸い取らなかったようです」
神様は淡々と答えたが、最後に強い口調で
「ただ」
と付け加えた。
「これから悪魔に心を支配されていきますから、本能のままに精気を吸い尽くすようになるでしょう」
神様が何を言おうとしているのか、チヒロにはわかった。
それは、サキュバスを放置しておくと多くの人が死ぬということに、
「それってマズいじゃん」
とチヒロは動揺を隠せなかった。
「ですので、サキュバスを退治してくれますか?」
「もちろんだよ」
自分の命に関わる重要な問題にチヒロは即答した。
「それでは、今晩神社でお待ちしています」
そう言うと神様は光に包まれ、保健室から姿を消したのだった。
夜になり、チヒロは神社に着いた。
既にメイド服に身を包んだユーリアへの変身は完了している。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ちょっと待ってください」
出撃しようとするユーリアを神様が呼び止める。
「サキュバスの情報です。戦闘力はほとんどありませんが、反応が弱いので注意深く探してください」
「早く探さなきゃいけない上に、見つけづらい…か。これは難題だね」
神様からの情報にユーリアの表情が曇る。
「でも、やるしかない!」
ユーリアは決意を新たにした。
「くれぐれも無理は禁物ですよお。いざとなったら私も支援しますから」
ユーリアの決意に神様は釘を刺しつつも、
「では、お気を付けて」
と声をかけ、ユーリアは神社から飛び立った。
サキュバス探しは難航していた。
屋根から屋根へ上空を移動しながら1時間ほど探したが、手がかりは全くない。
「いないっ!どこだっ!」
サキュバスの気配さえ感じられないことに、ユーリアは焦り始めていた。
そんな中、地上を見下ろすと、夜の街を歩いている人影が気になった。
白石イズミである。
以前、神様はこの姿で会わない方が良いと忠告していた。
だが、どうしても悪魔に襲われた経験を持つ彼女が、こんな時間に歩いていることが気になった。
イズミを驚かせないよう、ユーリアは少し離れた所で着地をして少々待った。
「あっ」
イズミもユーリアの存在に気づき、声を上げる。
「こんな時間に、女の子の一人歩きは感心しないな」
とユーリアが戒めたのに対して、
「ごめんなさい。ちょっとコンビニに行きたくて」
イズミは申し訳なさそうに話すと、
「ところで、あなたがこうして活動しているということは、悪魔がいるということ?」
と続けて、不安げに尋ねた。
「大丈夫、ちょうど退治し終えたところだから」
ここで、ユーリアは嘘をついた。
今はサキュバスという悪魔を追っているが、女性への害はないということを説明することもできた。
しかし、悪魔を追っていると言うことで、逆にイズミが不安になるかもしれないと判断した。
「そう」
ユーリアの答えにイズミは安堵した表情を見せた。
それが嘘とも知らずに。
「それにしても、その格好暑くないの?」
ここでイズミはユーリアの服装に言及した。
夜とは言え7月、ロングブーツに二の腕から指先まで覆うロンググローブを纏っているのは見ているだけで暑苦しい。
「うーん。大丈夫だけど」
季節が季節だけに暑さは多少感じるが、夏服を着ている感覚と変わらない。
神様の力を宿したこの衣装は悪魔と闘う力だけでなく、温度調節の機能もあるのかもしれない。
その時である。
「うっ」
とユーリア眩暈を感じ、声を上げた。
「ちょっと、大丈夫!?」
具合の悪そうなユーリアを見て、イズミは心配そうに呼びかける。
「ハア、ハア」
視界が揺れる感覚に呼吸は乱れる。
さらには、ふらふらしながら左手で両目を覆っている。
そして、ついにこらえきれずに両膝が地面をついた。
「だ、大丈夫…だか…ら」
とユーリアは言うものの、かなりつらそうだ。
「全然、大丈夫じゃないわよ!」
あまりの異変にイズミは珍しく叫んだ。
しかし、イズミの心配もむなしく、そのまま前方に倒れてしまった。
「危ない」
イズミは慌てて受け止める。
受け止めた身体はまるで人形のように力が無いことから、気を失ってしまっているとイズミは判断した。
「どうしよう」
正義のヒーローがいきなり路上で倒れるという事態に、イズミは当惑していた。
「そうだ。救急車!」
真っ先にその考えが浮かんだ。
「いえ。それはできないわ」
救急車を呼ぶことは、彼にとっては知られたくない秘密が明らかにされてしまう。
それは絶対に避けねばならない。
「仕方がないわ。こうなったら」
イズミは体を反転させ、背中に彼をおぶって歩き始めたのだった。




