マモノトノタタカイ
霊気、はすべての人間がその体内に宿す、エネルギーである。
一般人が普通に生活する上では使用することはない。己の内側に在る霊気の存在に気づき、扱いを体得し、初めて有効に使うことのできるエネルギーなのだ。一般人からしたらあっても意味のないもの、である。使い方がわからないだけでなくそれが体内に有ることも知らないのだから。
霊気を多く体内に保持する人間を、霊力が高いと評するが、その霊力の大小は退魔師であるかないかに関係しない。つまり、魔物を視認できない一般人が莫大な霊力を持っていたり、逆に退魔師が平均よりも遥かに少ない霊力しか扱うことができない、ということも少なくないということである。
霊力の大小は、それだけでは魔物を視認する、といった退魔師の資質を顕現するかどうかには関係がない。霊力が高いだけでは退魔師にはなれないのだ。だが、ひとたび退魔師となれば、その霊力の大小は、そのまま退魔師の力の優劣に直結し兼ねないほどの強い意味合いを持つ。
「主、様子がおかしい」
「どうしたっ?」
「魔力を感じるが、範囲が広すぎる…」
「複数だからだろ?」
「いや、私もそう思っていたが感じる魔力は一種類。同一個体だ」
「てことは分裂できる種、あるいはこちらを撹乱するための術か…」
「後者だと面倒だな、主」
通常、術が使えるような知識レベルや判断能力の高い魔物というのは非常に稀だ。
「まったく…術が使えるようなできた子は、うちみたいなとこじゃなくてもっとランクの高いとこいけよなっ…留学でもしてろっ!」
「違いないなっ」
ふふ、と苦笑いを浮かべるテンスイ。
二人は目的地を目指し、空中を高速で移動中だ。レアな事例になる可能性が浮上し、一也は文句を言う。面倒だから、ではない。いや、それもあるが、退魔に手間取ると被害者が出る。ただ退魔するのではなく、被害を出す前に片を付けるのが一也に求められている仕事だ。
「テン、別れた魔力は本体と術による分身とで区別がつかないか?」
「残念だが難しいな。」
「術だとしたらかなりの腕前だな…。分裂可能な種であってくれ…」
テンスイの探知で、距離があるとは言え識別できないとなると、術は高度なものであると言わざるを得ない。
「あと少し、近づけばランクがわかる!………
っ!!止まれっ!!主っ」
テンスイが叫んだと同時に、一也は全身に急制動をかけて止まった。隣を見ればテンスイが険しい顔をしている。どうやら望んでいないケースであるようだ。
「高位だ。間違いなく。この距離なら主の接近に気付いている可能性もある」
「まずいな…。
この術はおそらく用意してきたものだろうな。俺のこと知ってて来てるのか。てことはこの術による攪乱は……
時間稼ぎか…」
「目的はなんだ?」
「ただの食事、じゃあなさそうだな」
退魔師は、霊気を使って魔物を滅する。
だが、霊気そのものは高位の魔物にとって補食の対象となる。
例えるなら電気と動力。電気があるだけでは動力を得ることはできない。電気をモーターに流して初めて動力が発生する。
その電気を動力とする変換器たるモーターを退魔師は必要とするのだ。
霊気だけでは退魔の力を得ることはできない。霊気を変換器に流して初めて退魔の力が発生する。
或るものは呪具と呼ばれる道具を使って、また或るものは呪文や陣を使って、ただの霊気に浄化の力を持たせ退魔を行う。
霊気を使って退魔する反面、霊気は魔物の補食対象。この一見すると矛盾した関係こそ、一也がここつきしまで通常の退魔師より多大な苦労を強いられている原因だ。
「目的も不明、本体の居場所も不明ときた。これは動きづらいな」
「どれが本体か分かればいいのだが……
しらみつぶし…か?」
「それも敵さん思い通りって感じだな」
ここは繁華街と比べて深夜の人通りが少ない地区であり、魔物の目的がおそらく霊気の補食ではないと判断したため、直ぐに被害が発生する可能性は低いと考えるが、その先に魔物の何かしらの目的があり、より大きな被害を引き起こしそうな予感がして、一也は解決を急ぎたかった。
「いや、焦るな俺。状況を正確に把握しろ、敵の考えを読め…」
「…。」
逸る気持ちを抑え、最初の最良の一手を導き出すために顎に手を当てながら唸る一也。
様々な未来の姿が脳裏に浮かび、そのひとつひとつにバツをつけていく。現状から分かることを判断材料にして膨大な未来をふるいにかけ、可能性の最も高いものだけを抽出していく。
尋常ならざる頭脳の処理速度で思考を続ける一也の姿をテンスイは黙って見つめていた。
彼女は己が主の能力に全幅の信頼を寄せている。いまはただ、これから出されるであろう指示に備えるのみだ。
「テン」
数瞬ののち、一也が動いた。
「散らばる分身の中で、群れの外側にいるやつの座標を教えて
「北が5985-235、北東5980-280、東が…」
一也は聞きながら頭の中に開いた地図に正確にマッピングしていく。八方向すべて確認すると、ある地点を中心に、半径1キロメートルほどの円になることに気付いた。
やはりか、と呟く一也。
「本体の位置。心理的にも作戦成功確率向上のためにも外周上はない。中心に置くような稚拙なマネもしない。ほぼ円であることが怪しいが防衛ラインを兼ねていると考えれば納得もいく。俺がテンと行動を共にしていることを知っているのだろう、二手に別れての手薄な場所への挟み撃ちを警戒したなら円陣にしたのも頷ける。」
「ど真ん中は稚拙か?守りは一番厚い場所だ」
「どうもこの魔物は用意周到に見える。慎重なやつだ」
「ふむ」
「分身の分布に気付いてど真ん中を狙うことも想定してる。左右どちらかにずれた場所にいるだろう。
…まー予測の域を出ないけどな」
「私はいつでも主に従うぞ」
「さんきゅ」
ならば、と一也は次にとるべき行動を定める。中心より右か左か。どちらにいるか。考えたくないがどちらにもいなかったときはどうするか。
「テン、この方角だ。一直線だ、行ってくれ。左担当な。俺は右を担当する。」
テンスイの頭を20度ほど西に押し、傾ける。
「最速で行こう。こちらが動くと同時に向こうも動くはずだ。撹乱のためにダミーの分身も動かすだろうが、本体との動きにわずかでもラグが生じるはず。そいつが当たりだ」
「あい分かった。恐らく私が当たりをもらうぞ。今日は朝の占いで一位だったからな」
「お前星座あったっけ……」
軽口を叩きながら体勢を低くし跳躍の構えをとるふたり。霊気循環の燐光が一也を包む。
「2…、
1…、
号ッ―――」
ドゴンッ
爆発音とともに弾け飛ぶように走り出したふたり。
指示した直線上を数センチも違えることなく、糸を引くように進む。
300メートルほど近づいたとき、テンスイからの念話が届いた。
「主、良い知らせと悪い知らせだ。
主の推理は当たりだ、本体と分身は動きのラグで判別できた。
だが残念なことに―――
本体は主の方にいる」
「俺にとっちゃどっちも良い知らせだよっ!」
ほくそ笑みながら愛刀の鯉口を切る。霊気を十分に流し込みながら抜刀の構えをとった。
「6秒で接敵」
テンスイの知らせと同時に魔物の姿を視認した一也は速度と構えをそのままに突っ込んだ。
一歩
二歩
移動速度と鞘滑りを利用した神速の抜刀が生み出した一撃が、魔物の首を飛ばす
そう思われた瞬間―――
ギャァァァァン!!!
轟音が、鳴り響いた。




