ヨネンゴシノ
キーーーーーンッ…
轟音の余韻を聞きながら一也はバックステップで距離をとった。刀を握っていた手は痺れ、耳鳴りがする。
その表情は歪んでいるが、それは痺れや耳鳴りによるものではなかった。
―――今の一撃が防がれた………
「おいおいヒビはいちまったよ。4年かけてつくった防御壁だぞこの野郎…」
「……」
魔物は、一也との接触の瞬間に張ったのだろう、薄い膜状の防御壁を見ながらやれやれと首を振った。
防御壁は、高位の魔物が頻繁に使用する術のひとつだが、これだけ強固なものがあるとは・・・一也は驚きを隠せない。
「ハッハッハ!混乱してますって面だな。」
無理もねえ、と口元を歪める魔物。その額には1本の角、体躯は人間の倍ほど、「鬼」と呼ばれる妖怪だった。
一也はその姿を見ながらますます表情を歪める。
おかしい…。
たしかに鬼族は特室のカテゴライズでは魔物の中でも高位に分類されている。
だが、といっても、AからGまであるランクのC程度。稀に見る突出した力を持つ個体であってもBランクがせいぜいだ。
一也は先ほどの一撃にたとえAランクであっても確実に屠ることのできる力を込めた。今回は不確定で不自然な要素が多かったからである。
それにも関わらず、防がれた。Cランクの魔物に。
「あーあー報告にあったよりも力は上ってことかね。やんなるねー」
鬼はやれやれと首を振りながらため息をつく。
「せっかくあれだけのダミーを置いといたのに、本体のとこに辿りつくのもヤケにはええじゃねーか。あの術だって準備に時間かかったんだぜ?あの短時間でこっちの手の内を読み切ったってのか?
ダミーを片っ端から片付けてくるような単細胞の方がこっちはやりやすいんだがねー」
「……」
「……ちっだんまりかい。つまんねえ野郎だぜ。
無駄な情報は晒さないってか?あ?」
一也はますます混乱を深めていた。
こいつはなにを言っている?
報告?
4年かけて?
情報?
準備?
告げられる言葉は不自然なものばかり。
これではまるで――――――
魔物が組織で動いている、と言っているようなものだ。
そんなバカな、と一也は否定する。
魔物は発生した地で即座に感知されて各地域の退魔師に処理されるはずだ。
うまく探知を逃れた個体がいたとしても、それができるのは数日、数週の間がせいぜい。何年も生き延びるなんてことはあり得ない。
さらに集団、組織でとなると言うまでもなく、だ。一度探知を逃れて、存在できたとしても、集まればそれだけ探知されやすくなり、すぐに特室の指示で高ランクの退魔師達に抹消されているはず。
「ま、いい。俺の仕事はもう終わったからな。もう用はない」
「聞かせろ。貴様の仕事とやらを」
「おっ!しゃべったじゃねえか。つきしまの守り神さんよっ」
やはりだ…。この魔物は、―――いやこの魔物たちはというべきか、俺の存在を知っている。そして今までの言葉からわかるように、ある程度能力についても下調べをしてきている。
だがどうやって…?
自分たち退魔師の今までの常識では考えられない事態が起こっているのかもしれない、そう思うと焦りと緊張で胃の底がざわざわとうごめくのを感じずにはいられない一也。
「だけどな、それは教えてやらねえよ。自分で考えるんだな。ハハッ」
宿題だ、と言い捨てる魔物。忌々しい表情の一也。
「……ひとつだけ教えろ。貴様たちの主は誰だ?」
これは様々な探りを込めた問いだった。貴様たち、ということに反応しなければ組織の存在が確定的、そして主の存在を認めれば、その組織はピラミッド型で統制のとれたもの、となる。このよくしゃべる鬼からすこしでも多くの情報を引き出そうとする一也。むろん、最後には抹殺するつもりだが。
「安心してくれ、俺はただの使いっ走りだ。替えのきく駒のひとつにすぎないんだよ。我らが主は、とてつもなく強大なお方だ。期待してくれ。クククッ」
どうやら事態は想像し得る限りの最悪のケースであるようだ。今までの常識では存在し得ない魔物の組織、そしてその頂点に君臨する魔物。
「その名は?」
「そいつあ教えられねえよ。俺たちですら口にするのを憚るくらいだ」
どうやらこいつから情報を引き出すのもここまでのようだ、と愛刀を握る手に再び力を込める。
「そんじゃそろそろお暇させてもらうぜ」
「俺が逃がすと思うのか?」
瞬間、鬼に斬りかかる一也。ヒビの入っていた防御壁を一太刀で粉砕し、返す刀で鬼の首を狙う。
だが鬼は余裕の表情で
「残念、あと一歩だったな」
次の瞬間、鬼は消えていた。




