9.断罪の時
わたくしは馬から飛び降りると、お父様とお母様のところに走って行った。
「ニーナ嬢!」
ヴィクトル騎士団長が呼びかけてきたけれど、わたくしは返事をしなかった。今、それどころじゃないのよ。
「お母様、わたくしを罰しようとして、こんなことをなさったのね!」
「ニーナ、なんでわたくしの言うことが聞けないの!」
お母様がわたくしの頬を打った。けれど、そんなことくらいでは、わたくしは怯まなかった。聖女様を舐めないで!
「お母様、もうやめて! わたくしはお母様ではないし、お姉様だってお祖母様ではないわ! お母様をいじめていたのは、お姉様ではないでしょう!」
「ニーナ……」
お姉様がわたくしを呼んだ。震える声だった。
「お母様、わたくしはヴィクトル騎士団長が好きなの! とってもやさしくて、たくましくて、お顔も素敵なんだもの! レオニード殿下なんて、正直言うと嫌いなのよ! ヴィクトル騎士団長と婚約して、結婚したいの!」
「ニーナは王妃になるのよ! この国で一番偉い女になるの!」
「わたくし、たいして頭も良くないし、性格ものんきだから、王妃なんて向いてないわ! 筆頭公爵夫人だって、かなりがんばらないと……」
よく考えてみたら、筆頭公爵夫人なんて、貴族の女性の中では最上位じゃないの……。貴婦人のまとめ役をやったりするのよ……。そんなの、わたくしにできるのかしら……。
「イネッサが王妃で、ニーナはただの筆頭公爵夫人!? そんなのダメよ! 許せない!」
ああ、お母様の心の中では、やっぱり代理戦争が起きているんだわ……。お母様は、お姉様のことも、わたくしのことも、少しも考えていないのよ……。
「お母様は、なにか心の病気なんだと思うの。お祖母様にいじめられて、おかしくなってしまったのよ。病院に行って、治療してもらいましょう」
「ニーナ、お母様に向かって、なにを言うんだ。お母様は病気などではない。これほどに元気ではないか!」
お父様の言う『これほどに元気』というのは、こうして怒鳴り散らしたり、わたくしのドレスを庭園で燃やしていること? これを元気だと言えるの!?
お父様は『事なかれ主義』というものなのだと思っていたけれど、お父様もだいぶどうかしているわ!
「お父様も、お母様も、おかしいわ! 二人とも病院に行くのよ!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
お母様が突然、すごい大声を出した。
「お母様!?」
「クソババアみたいなこと言うなッ!」
お母様がわたくしの身体を突き飛ばした。
わたくしは真っ赤に燃えているドレスの中に、背中から倒れ込んだ。
すごく熱いわ! 髪の毛が燃える嫌な臭いがする。ドレスも袖口やレースから燃え上がっていく。
――わたくし、ずっと悪い子だった……。
お母様と一緒になって、お姉様をいじめていた。
わがままだって、いっぱい言ってしまったわ。
お母様の言いなりになって、レオニード殿下とお姉様の邪魔をしてきた。
浮かんでくるのは、聖女様らしくない思い出ばかり……。
わたくしったら、聖女様としてもダメな子ね……。
「――ニーナッ!」
お姉様の叫び声と同時に、辺り一面がすごく明るい光に包まれた。
熱さも痛みも、すうっと消えていった。
「ニーナ嬢ッ!」
ヴィクトル騎士団長が、わたくしをドレスの中から助け起こしてくれた。
火はすっかり消えていて、わたくしのドレスも元通りだった。
「ニーナ嬢、痛いか!? 大丈夫なのか!?」
ヴィクトル騎士団長が、わたくしの頬に触れてみたり、指先をなでたりしてくれた。
「わたくし……、どこもかしこも燃えてしまって……」
わたくしはヴィクトル騎士団長に背中も見てもらった。
「大丈夫だ……。背中も、髪の毛も、なに一つ変わっていない……」
ヴィクトル騎士団長は、わたくしを自分の方に向かせると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
ああ、わたくしったら本当にダメね……。
ユニコーンの心が不安定になってしまっているわ。
伴侶を失いかけたのが恐ろしかったのよ……。
わたくしはヴィクトル騎士団長の胸をそっと押し戻した。
ヴィクトル騎士団長の頬には、涙が幾筋も流れていた。
「怖い思いをさせて、ごめんなさいね……」
わたくしは愛するユニコーンの頬を、指先でそっと拭った。
「ニーナ嬢……」
ヴィクトル騎士団長は泣き笑いを浮かべた。
「なんということを……! なんという残忍な行いをするのか……ッ!」
国王陛下が叫ばれて、国王陛下の護衛騎士たちがお父様とお母様を拘束した。
「あのクソババアが悪いのよ! イネッサだって、あのクソババアに懐いて! ニーナだって言うことを聞かない! わたくしがかわいそうよ!」
お母様は、国王陛下に激しく言い返していた。
ああ、お母様は、本当に頭がおかしかったんだわ……。
わたくしはヴィクトル騎士団長の腕から抜け出して、拘束されているお父様とお母様の横でひざまずいた。
「国王陛下、申し訳ありません。父と母は、病気なんです。特に母は、祖母に意地悪されて、頭がおかしくなってしまったんです」
「この様子では、たしかに病んでいるようだな……」
国王陛下がお父様とお母様を見た。お母様は、まだお祖母様を罵っている。
「国王陛下が二人を罰するおつもりなのでしたら、どうかお母様は、心の治療ができるお医者様がいる修道院に入れてあげてください。お父様も閉じ込めるのではなくて、家族を守れる強い男になれるように、強い男がいっぱいいる鉱山に行かせてください」
わたくしはお父様とお母様のために、国王陛下に一生懸命に頼んだ。
「わたくしからもお願いいたします」
お姉様がわたくしの隣にひざまずいて、加勢してくれた。
「お姉様……」
わたくしがお姉様を見ると、お姉様はわたくしを抱きしめてくれた。
「ニーナ、わたくしがいながら、怖い思いをさせてしまったわね」
「お姉様……、助けてくれてありがとう」
お姉様がピカッと光って奇跡を起こしてくれたから、わたくしは火傷しないで済んだのよ。
もしもお姉様が聖女様でなかったら、わたくしはひどい火傷で死んでいたかもしれないわ……。
わたくしは今になって、また恐怖が押し寄せてきて、泣き出してしまった。
「怖かったわね、すごく怖かったわよね、ニーナ……」
「ええ……」
ものすごく怖かったわ……。
「無事でよかった……」
お姉様がわたくしの髪や背中をなでてくれた。
「この姉妹に免じて、カーネリア侯爵は鉱山送り、カーネリア侯爵夫人は辺境医療修道院送りとする。カーネリア侯爵家はイネッサ嬢が王太子レオニードとの婚姻、ニーナ嬢が騎士団長ヴィクトルとの婚姻をそれぞれ済ませた後、取り潰すこととする。その後は、イネッサ嬢は王家が、ニーナ嬢はキートパー筆頭公爵家が、それぞれの後ろ盾となることとする」
国王陛下が宣言してくれた。
わたくしとお姉様は、国王陛下にカーテシーをしてお礼を申し上げた。




