12.聖女様、孤児院に行く
わたくしはキートパー筆頭公爵家での行儀見習いがあるから、カタリナ殿下みたいに遠出はできない。
だけど、この王都にも、聖女様の助けを求めている民がたくさんいるの。
貧困者救済病院については、病弱なアンナ様に相談して、アンナ様から王宮の医官たちに相談してもらうことになった。
アンナ様はご自分もずっと病気で苦しんでこられたから、病で苦しむ民たちの気持ちがわかるみたいだった。
国王陛下がそんなアンナ様の活動に気が付かれて、王宮の医官たちを貧困者救済病院に派遣してくれることになったの。
それでも、王宮の医官なんて、数が限られているでしょう?
アンナ様は貴族たちに呼びかけて、貧困者救済病院に医師を増やすための『聖女ニーナ医療基金』を作ってくれたの。
わたくしはどちらかっていうと頭が良くないから、事務とかはあんまりできないんだけど……。舞踏会にたくさん行って、にこにこ笑って、みんなに寄付をお願いしたのよ。
◇
わたくし自身にだって、やれることがあるわ。孤児院の小さい子供たちに、文字の読み書きや初歩の計算を教えるのよ。
わたくしは、ヴィクトル様から一人で貧民窟に行ってはいけないと言われていた。
だから、王立学院のお友達を誘って行ったのよ。
ソフィーとリディアよ。伯爵令嬢と男爵令嬢なの。二人とも、茶色の髪と瞳の地味な子たちよ。王立学院では、『ニーナ嬢の取り巻き』なんて呼ばれている二人なの。『取り巻き』なんかじゃないんだけど……。失礼しちゃうわ。
わたくしたちは三人でキートパー筆頭公爵家の馬車に乗って、わたくしとソフィーの護衛騎士にまわりを守らせながら、孤児院に行ったのよ。
わたくしたちが馬車から降りると、孤児院から中年の男性神官が出てきたの。
「お嬢様方、サムイルと申します。孤児院に、なんの御用でしょうか?」
サムイルは、最初はわたくしたちを警戒していたわ。
サムイルの髪は金色で、瞳は緑色。顔はなかなか整っている。
サムイルが着ていたのは、平民用の綿でできた白いシャツと茶色のトラウザーズ。ちょっと神官らしくないわね。
「わたくしたち、孤児院の子供たちに勉強を教えたいんです」
わたくしが言うと、サムイルはわたくしたちを見まわした。
わたくしたちは三人とも、ピンク色でフリルとリボンがいっぱいのドレスを着ていたの。決して賢そうには見えなかったと思うわ。
「勉強をですか……」
サムイルはとても疑わしそうに、わたくしたちを見ていた。
孤児院の奥からは、赤ちゃんが泣いている声が聞こえた。
「読み書き計算ができた方が、働く場所の選択肢が多くなると思うんです」
「それはそうですが……。あなた方が子供たちに勉強を……?」
「いけませんか……? どこかの許可がいるのかしら……?」
孤児院に行ったら、すぐに勉強を教えさせてもらえると思ったんだけど……。
「勉強を教えていただくにしても、王立学院の教室のような場所は、ここにはありませんよ」
「そうなのですか……」
わたくし、孤児院には教室が一つくらいあるかと思っていたわ……。
「それに、黒板とチョーク、教科書などもありませんよ」
小さな黒板にチョークで文字や数字を書いては消し、書いては消して、勉強するのよ。その黒板とチョークがないと、勉強がはかどらないわ。
「黒板とチョークは探して買ってきます。教科書のことも考えます。いろいろ教えてくださってありがとうございます」
わたくしはサムイルにカーテシーをした。
「ちょっと、あなた、サムイルだったかしら? 黒板とチョークは何人分いるの?」
ソフィーが横から訊いてくれた。
「子供たちは十五人いますが……。十人分ですね。五人はすでに働きに出ていて、いずれお金がたまったら、ここを出て行きますので」
「わかったわ」
わたくしたちはサムイルに改めてお礼を言うと、馬車に戻った。
「わたくしのお小遣いで、黒板とチョークが買えるかしら……?」
わたくしは二人のお友達に訊いてみた。
「わたくしの家がやっている商会で用意できると思うから、値段を相談してみるわ」
リディアが笑いかけてくれて、わたくしはほっとした。
わたくしたちはリディアの家がやっている商会に行って、お小遣いを出しあって黒板とチョークを買ったの。この日はここで時間切れよ。
わたくしたちは、翌日は本屋に行って、教科書を探した。だけど、初歩の読み書き計算の教科書なんて売っていなかった。
「ねえ、ニーナ嬢、ログネダ先生に訊いてみましょうよ」
「そうよ、ニーナ嬢。ログネダ先生なら知っているかもしれないわ」
ソフィーとリディアも、わたくしと同じ家庭教師に勉強や行儀作法を習っていたのよ。
わたくしたちは、この日は三人でログネダ先生の家を訪ねたの。
ログネダ先生の家は、ご実家である子爵家のタウンハウスよ。
「まあまあ、三人でどうしたの?」
ログネダ先生はわたくしたちをタウンハウスに招き入れて、泣きながら話を聞いてくれた。そして、わたくしたちはログネダ先生と一緒に孤児院に行って、サムイルに頼んで孤児たちの様子を見せてもらったの。
ログネダ先生は子供たちといろいろ話をして、サムイルともたくさんの話をしていた。
「まず、サムイル一人で、十五人の孤児たちの面倒を見ている状況がおかしいと思います」
ログネダ先生は帰りの馬車の中で言った。
サムイルは、たった一人で、十五人の孤児の食事の世話から洗濯までなんでもやっているらしいの。
わたくしなんて、もう王立学院に通っている年齢だというのに、一人で五人の侍女に面倒を見てもらっているわ……。
「今なんて、新生児が孤児院の前に捨てられていたので、引き取ってくれる家を探しながら、ミルクやおしめの世話までしています」
「まあ……」
わたくしたちは顔を見合わせた。
「ミルクの世話というのも、サムイルが新生児を抱いて、赤ちゃんのいるご婦人の家をまわって、お乳をわけてもらっています。ですから、他の子供たちの世話や洗濯などは、働きに出ている五人の孤児たちがやっています」
「五人の孤児たちが手伝っているなら、サムイルが一人で、というわけではないのでは……?」
ソフィーが訊ねたら、ログネダ先生はため息をついた。
「この五人の孤児たちは、あなたたちより年下です。子供なのです。しかも、働くと言っても、食堂の裏でジャガイモなどの野菜を洗ったり、宿屋でシーツの洗濯をしたりといった技術の身につかないことを、丸一日やっているのです。あの子たちは一生、野菜やシーツを洗う人生です。自分の家庭を持つことはできないでしょう」
孤児院には、勉強以前の問題が山積みじゃないの……。
聖女様として、一つ一つ解決していくしかないわ。
いっぺんに解決することは無理でも、ちょっとずつなら……。
わたくしにだって、できることがあるはずよ!
「わたくし、乳母を探しますわ」
赤ちゃんに乳母がいたら、サムイルは楽になるはずよ。
「それなら、わたくしの一番上の姉が娘を産んだばかりよ。わたくしがお姉様に頼んでみるわ」
ソフィーがわたくしに笑いかけてくれた。
――やったわ! なんでも言ってみるものね!
次は、子供たちのお仕事ね。
孤児院の子供たちが、技術が身につく仕事に就くには、どうしたらいいのかしら……?
「職人や商人のギルドに頼んだら、孤児たちにも技術が身につく仕事を紹介してもらえないかしら……? 野菜を洗ったり、シーツを洗うのも大事なお仕事なんだろうけれど……。孤児たちだって、ある程度の年齢になったら、自分の家庭を持てるような、そんなお仕事ができたらいいと思うの」
「それなら、わたくしの家は商会をやっているから、お父様とお母様に相談してみるわ。お父様とお母様は、商人ギルドや職人ギルドと繋がりがあるはずよ」
今度はリディアが自信たっぷりで言ってくれた。
お友達がいるって頼もしいわ!
「では、ニーナ嬢、乳母の件とギルドの件は、わたくしからサムイルに話しておきましょう。子供たちのお世話のことも、わたくしが勉強を教えつつ、サムイルを手伝いますわ」
まあ、ログネダ先生まで!
一生懸命に考えたら、けっこうなんとかなるものね!
「ソフィー、リディア、ありがとう! ログネダ先生も、ありがとうございます!」
こうして貧民窟のいろいろな問題も、なんとか解決できたのよ。
たくさんの人たちが、わたくしに協力してくれたおかげだわ!




