11.守ってあげたい筋肉がある
「『急に横から出てきて』の横って……? どこのことでしょうか……?」
わたくし、わからないことは、恥ずかしがらないで教えてもらうことにしているの。あんまり頭が良くないなりに、がんばっているのよ。
「わたくしをバカにしているの? 失礼よ!」
そうだわ、ご挨拶していなかったわ!
「カーネリア侯爵家のニーナが、カタリナ殿下にご挨拶いたします」
わたくしは、カタリナ殿下に向かってカーテシーをした。
ちゃんと指摘していただけて良かったわ!
カタリナ殿下って、なかなか親切な方じゃないの!
「楽にせよ」
カタリナ殿下はすぐに言ってくださった。良かった! やさしい方なんだわ! この方なら、鉱山にいる民のことも、一緒に考えていただけるわよ!
「ヴィクトル様は、カタリナ殿下と仲が良いんですね」
三人でお茶でもしながら、ゆっくり鉱山についてお話できるといいんだけど……。
「そうよ! 幼馴染で、一緒に剣術を習ったりしていたの」
返事をしてくれたのは、カタリナ殿下だった。気さくなのね。
「ニーナ嬢、私は騎士団長ですので、王族に呼ばれると馳せ参じないわけにはいきません。そこはニーナ嬢にも、ご理解いただきたいところではあります……。私とカタリナ殿下は幼い頃から、兄妹同然の付き合いで……」
「すみません、ヴィクトル様。なんのお話かわかりませんが、そのお話はだいぶ長いですか……?」
わたくしはヴィクトル様のお話をさえぎった。
すでに話が長いわ!
用があるのは、わたくしなのに!
「心配で涙目になって駆けつけてくるなんてね。男って、そういう女の子がかわいいとか思っちゃうのよね。嫌になるわ!」
カタリナ殿下も、なんのお話をしているのかしら?
「嫌になっているのは、わたくしの方ですわ!」
これじゃあ、話がまったく進まないじゃないの!
「なかなか言うじゃないの! いいわ! 不満があるなら言ってみなさいよ!」
ああ、良かった! カタリナ殿下は、わたくしのお話を聞いてくれるみたいだわ!
「不満っていうか……。わたくし、鉱山で働いている方々が心配なんです……」
「鉱山ですって……!?」
「お父上が送られた鉱山のことですか?」
カタリナ殿下とヴィクトル様が訊いてきた。
「お父様は罰として送られたから、働く環境が劣悪でも仕方がないけれど……。『鉱山の近くに住んでいるから』とかの理由で、鉱山で働いている方々は、なにか悪いことをしたわけではないでしょう……?」
「ああ、まあ、そうですね……」
ヴィクトル様はいつだって、わたくしの話をきちんと聞いてくれるの。
「鉱山のお仕事は、肉体労働だと思うんです。ツルハシで岩を壊したり、土を運んだり、掘り出した鉱物を運んだり……」
「そうだわ! かなり重い物を持ち上げたりするわよね!」
カタリナ殿下が真剣な目をして、わたくしにうなずいてくださった。
「ええ、だから、どんな感じなのか、見に行ってみたくって……」
「実用的な筋肉だもの、見たいわよね! わかるわ!」
カタリナ殿下はヴィクトル様に抱きつくのをやめて、わたくしの両手をぎゅっと握った。
「えっ、ええと……?」
実用的な筋肉ってなんなのかしら?
「鉱山の男たちは仕事として、毎日毎日、岩や丸太を持ち上げているのよね! そんな働く男の筋肉に比べたら、騎士団の男たちが鍛錬で作り上げた筋肉なんて、たしかに物足りないわよ!」
カタリナ殿下はすごい食いつきぶりだけれど、意味がまったくわからないわ……。
「あの、カタリナ殿下……。それって、どういう……?」
「きっとヴィクトルなんて比べ物にならないくらい、ムキムキの男たちがいるんだわ! 胸筋でシャツを破ったりできる男たちよ!」
「きっとそうだと思うんですけど……。その方たちの働く環境が……、あんまり良くないって聞いたことがあって……。だから、心配なんです……」
胸筋でシャツを破るのは、だいたい親方と呼ばれる方よ。それは、わたくしも物語で読んだから知っているけれど……。
「もうっ、ニーナ嬢ったら欲張りなんだから! 騎士の筋肉では満足できなくなるなんて……! 王女のわたくしだって、騎士の筋肉で我慢していたのに!」
カタリナ殿下は、わたくしを一度強く抱きしめた。そして、少し離れると、わたくしの目を見て、にっこりと笑った。
「そうよね! ヴィクトルと婚約するんだもの! 同好の士よね!」
「はい、そうなんです!」
カタリナ殿下も聖女様がお好きなんだわ! それで、民を心配していたのよ! 筋肉の話がなんで出てくるのかは、ちょっとわからなかったけれど……。
筋肉って、ユニコーンとなにか関係があるのかしら……?
とにかく、カタリナ殿下にも、鉱山の人たちに興味を持っていただけて良かったわ!
「ニーナ嬢! いいえ、ニーナ! わたくしに任せて! 鉱山の男たちは、この国の王女、このカタリナが守るわ!」
カタリナ殿下は片腕でわたくしの肩を抱き、鉱山のある方向を指さした。やる気がすごいわ!
「ありがとうございます!」
「世界は広いわ……! わたくしたちには、守るべき筋肉がたくさんあったのよ! 鉱山の男たちの大胸筋……、上腕二頭筋に上腕三頭筋……! ああ、まだ見ぬ働く筋肉が、劣悪な環境に耐えているかもしれない……! 守ってあげたい、働く筋肉! わたくしたちで、みんなを保護してあげなければ……!」
「そうなのです……!」
「わたくし、ここから一番近い鉱山を視察してくるわ! ニーナはどういった点を改善したらいいか考えて、手紙を寄越してちょうだい! わたくしだって本当は、ニーナと二人で行きたいわ……。だけど、ニーナは今、キートパー筆頭公爵家で行儀見習いをしているのでしょう? そちらも疎かにできないわよね」
「そうなのです、行儀見習いで……。わたくし、カタリナ殿下にお手紙を書きますね!」
「頼んだわよ、ニーナ!」
カタリナ殿下はわたくしをまた一度ぎゅっと抱きしめると、王宮の中へと走って行った。
いろいろ、なんだったのか、よくわからなかったけれど……。
とにかく鉱山の方々のことは、カタリナ殿下がなんとかしれくれるみたいだった。
わたくしはヴィクトル様と一緒にキートパー筆頭公爵家に戻ると、すぐにカタリナ殿下に宛てて一通目のお手紙を書いた。
その後も、わたくしは本を調べたり、ヴィクトル様やキートパー筆頭公爵閣下にも相談にのってもらって、鉱山で働く人々の労働環境の改善策をお手紙に書いて、カタリナ殿下に何通も送ったの。
こういう地味なお仕事も、聖女様の大事なお役目よね。




