4.ニンジャの仕事
俺が戻るとアリーシャとアウラも来ており、コテツとリヴァイと楽しく話しをしている最中であった。
どんな事を話しているのか気になったが、話す事が多くビアンカが後ろにいるので聞き耳を立てている暇はない。
「ふたりとも話しは出来たか? こちらは色々と進展したが……」
「あっ!? カザマ、お帰りなさい。私たちは言われた通り教会に行って、話して来ましたよ。カザマを待っている間に、カザマのことを色々と話して盛り上がりました。今、その話をコテツとリヴァイにも話していました」
アリーシャは俺に返事をすると、何故か頬を薄く染め笑い掛けたが。
「ぷふふふふっ……カザマが子供の頃、エリカと冒険していた話は聞いていたけど。この国に来る前は、家の留守を守る仕事をしていたと……!? ぷふふふふっ……」
アウラの様子を見て、何となく状況を察する。
(また、ヘーベが余計なことを言ったのだろう……)
アリーシャにお礼を言って頭を撫でて、アリーシャが俯いて恥かしがっている隙に、アウラには拳をちらつかせた。
「レベッカさんから報告が来ましたが、こちらの軍を整えて動かせるのに三日掛かるそうです。でも万一の際は、少数精鋭で援護に向かうと言っていました」
「そうね。アリーシャの言った通りだけど、急いでもベネチアーノの三日だから……ボスアレスに着くには、最低でも五日は掛かるわね。こちらは……」
「ああ、分かった。こちらは、アテネリシア王国と違って準備していた訳ではないからな。いきなり首都から離れた場所に、軍を大規模に召集するには時間が掛かるだろう。それでも、急にしては早い方じゃないか」
「はい、私もそう思います」
俺の返事にアリーシャが答える。
アウラは話の途中で俺から言いたいことを言われて怒っているのか、口を開けり締めたりして身体を震わせている。
(今は忙しいんだ。いつもお前の相手ばかりは出来ない。それに、いつも俺の悪口を言って困らせているのだから、たまにはこういう機会も必要だろう……)
俺はアリーシャとコテツとリヴァイを見ながら、明日の作戦の説明をする。
「俺は明日の朝、商会の偉いに人に報告してから、王宮に入ります。そこで、一番厄介で俺たちを襲った用兵たちに仕返しをしつつ……軍の内部に、次の遠征の際に国が滅ぶと情報を流します。みんなには、俺が合図を送ったら旧都ザグレスのキラーアントを退治してもらう予定です。そのために準備と英気を養って欲しい」
俺は続いて、ビアンカの方に顔を向けた。
「ビアンカは、明日からアリーシャたちのことを守ってくれよ」
俺は結局、アウラには何も言わずに三にんと別れる。
「おい、お前、皇帝に目を掛けてもらって調子に乗るなよ! アウラに対する態度が極端過ぎるだろう! これだから恋愛経験ゼロの童貞は……」
「うむ、私も気になった。少し調子に乗っていないか。アウラを怒らせて、後々面倒な事になったらどうするつもりだ」
俺は、言い掛かりをつけるリヴァイとコテツに顔を歪ませた。
「ふ、ふたりとも、何言ってるだよ! 散々これまで俺の態度の事を責めておいて、俺じゃなくてアウラが調子に乗ると、後々大変なんだ。キラーアントの件も発端はアウラだろう! 実際にエルフの集落も報復で狙われたんだぞ! アウラにはことが終わるまで大人しくしてもらう! それから、リヴァイも言い過ぎだろう! 最後のは……否定出来ないが、見方によってはエリカと良い関係だったんだ。エリカの片思いだけど……」
俺は、今までのストレスを発散する様に、リヴァイとコテツに声を荒げてしまう。
リヴァイの言った事は事実ではあったが、悔しかったのだ――
――アレスサンドリア帝国潜入十六日目(異世界生活三ヶ月と十二日目)
朝になり、いつも通り三人が到着する。
「アリーシャ、今日も英気を養ってもらうが、みんなことを頼むな。ビアンカは、今日からアリーシャの言うことを聞いて、ふたりを守ってくれ。アウラは……問題を起こすなよ」
俺は三にんに声を掛けて、コテツとリヴァイに後を任せて街に向かった。
――ボスアレの街。
まずは商会の偉い人の家に寄る。
「今日から俺は王宮に入ります。ユベントゥス王国は、二日後にはベネチアーノから進軍出来る様に召集されているようです。最悪、少数精鋭で援護に向かうそうですが……あちらの少数精鋭ですから、十分に期待出来ると思います」
「おーっ!? 本当ですか? 良いことが重なり、何から言って良いのか……。まずは、戦いで評価された様ですね、おめでとう! 私はまだ極東の男で儲けたいと思っていましたよ。それから、我々のために軍を派遣してくれるとは……しかも、これだけ早く……ありがとう! こちらも商会を通して、街の到る所で大事の際に、事が進む予定です」
俺の話を聞くと商会の偉い人は瞳を潤ませ、俺の手を掴んで返事をした。
「あのーっ……疑う訳ではないですが、これだけ話を進めて大丈夫ですか? 俺は大丈夫ですが、万一情報が漏れたら……」
俺は紹介の偉い人のあまりの勢いに身体を仰け反らせ、顔を引き攣らせる。
「それなら、大丈夫です! 王族は街の人たちの言葉に耳を傾けません! 悪口を聞き慣れたせいか、民衆の言葉を聞かなくなったようです」
俺は、商会の偉い人の手を強く握り返して頷いた。
――王宮。
俺は王宮の傭兵部隊の詰め所に入った。
「おい、お前! 俺の顔を見て笑っただろう!」
「えっ!? 何言ってんだ……!? いえ、言ってるんですか?」
俺は傭兵たちに言い掛かりをつける。
ちなみに、すべての傭兵に言い掛かりをつけた訳ではなく、俺たちを襲ったヤツラだ。
「お前たちは、昼まで王宮の敷地内をランニングだ! 負けたやつは昼飯はなしだ! そこのお前たちは、外で腕立てをしろ! 負けたやつは昼飯はなしだ! 他のやつらもさぼるなよ!」
「おい、いくら筆頭とはいえ、今日から入ったヤツに、何でそんな指図をされるんだ!」
暴力は嫌いなので、厳しいシゴキで心身共に鍛えてやるつもりでいた。
だが、どこの世界にも反抗的な態度を取る人間はいるらしい。
俺は口答えした男をビンタして壁に叩き付けた。
その様子を見ていた男たちは、詰め所から飛び出す様に出て行く。
(みんな俺を怖がったり憎んだりしているかもしれないが、俺は悪くのないのに叱られてばかりで、もっと過酷で辛い目に遭っているんだからな……)
俺は自分の行いが間違ってないと言い聞かせた――
――騎士団。
騎士団の控え室で鎧を盗むと、ニンジャ服から着替えた。
(やっぱり、こっちの方がファンタジー世界の冒険者っぽい感じがする……でも、アレスさまの話を聞いて分かったが、この『世界はパラレルワールド』のようだ。どこかでルートを間違えて、この世界になったのだろうか……)
俺は着替えないながら考えたが、実際にこの世界が間違っているかは分からない。
「おい、お前の嫁さん、子供が生まれたそうだな。今度の戦争は大丈夫か……」
「ありがとう……!? 戦争? 何のことだ!」
「しっ! ……俺は少し前に極東から来たんだが……南の国では、大規模な軍を北に向けて進攻させているようだ。下っ端には伝わってないみたいだな……」
俺は口の前に人差し指を当てて、驚いて声を上げた若い騎士を黙らせ説明した。
「あ、あんた……昨日まで、競技場で戦っていた極東の男の仲間なのか? その話は本当なのか?」
「ああ、ちなみにお前も生活があるだろうから、今すぐに騎士団を抜けろとは言わない。数日中に、この国も南に進軍する筈だ。戦争になるのは、進攻して三日から五日は掛かるだろう……。そこで、二日目に合図があるから逃走するといい。脱走するやつは大勢いるし、援護もあるから簡単に抜け出せる筈だ。お前も自分だけだと気が引けるだろうから、親しい仲間に知らせてやるといい……」
俺は若い騎士に感謝されて、他の場所へ移動する――。
その後、ニンジャ服に着替えて、時折皇帝の周りを護衛しているフリをして姿を消した。
お昼前には、詰め所に戻り傭兵たちが約束を守っているか確認して頑張っているやつには褒めてやり、サボっているやつには厳しく叱り付けて姿を消す。
また、騎士団の鎧を着て若い騎士とコミュニケーションを図りながら、脱走の手引きをする。
俺は夕方まで忙しく任務をこなすと、みんなの待つ集合場所に帰った。
――野営地。
「みんな変わりはなかったか? こっちは色々と忙しくて疲れたぞ」
「私はいつも通りですが、アウラとビアンカが……」
俺の話を聞いてアリーシャが返事をしたが、何やら口篭っている。
「ビアンカ、当日まで内緒にするつもりだったが、明後日に作戦を始めるぞ。明日まで我慢してくれ。アウラは今度こそ、先走って余計なことをするなよ。お前は恥かしがり屋のくせに、目立ちたがり屋の性癖があるからな」
俺の話を聞いたビアンカは嬉しそうに尻尾を左右に振った。
アウラは、何か言いたそうに身体を震わせていたが何も言わない……。
(アウラも少しは我慢することを覚えてきたようだな。作戦が終わったら、またプリンでも作ってやるかな……)
三にんが帰った後で、俺はまたリヴァイとコテツから説教を受けたが、作戦が終わるまでだと聞き流した。
――アレスサンドリア帝国潜入十八日目(異世界生活三ヶ月と十四日目)
昨日は、一昨日と同じ様に忙しく過ごした。
そして、いよいよ作戦を決行する日となる。
「よし、みんないいか、打ち合わせ通り頼むぞ」
「アタシは、何をすればいいっすか?」
みんなの気を引き締める様に声を掛けた筈だが、ビアンカは首を傾げていた。
若干拍子抜けして口元を引き攣らせつつ、ビアンカを皮切りに指示を出す。
「ビアンカはみんなを護衛しつつ、みんなと一緒に旧都のザグレスに向かってくれ。ザグレスを燃やしたら、コテツと一緒にラウルさんへ連絡を頼む。キラーアントを退治したら、リヴァイに火を消してもらい、みんなでここまで引き上げてくれ。何かあったら連絡するから頼むぞ」
「コテツとリヴァイは随時連絡出来ますが、万一の際は連絡して下さい。それからコテツは、ラウルさんとの連絡の他に、アウラの魔法を補助してキラーアントを退治して下さい。リヴァイも火事になるといけないから、キラーアントを退治した後は火を消すのをお願いします」
俺はビアンカだけでなく、コテツとリヴァイにも一応説明して、アリーシャの顔を見たが不安そうにしているのに気づいた。
「どうしたんだ? キラーアントへの攻撃は、離れた場所からアウラの魔法を中心とした攻撃だし、それほど心配はないと思うが……」
「いえ、私は大丈夫なのですが、アウラが……」
俺はアリーシャを安心させようとしたが、アリーシャは俺とアウラを交互に見ている。
「アウラ、今まで我慢させたが、お前の得意な一番目立つ大事な役回りだ。いつも通り格好つけて盛大にやってくれ」
「……い、いやよ。散々冷たくしておいて、自分勝手過ぎるわ。私はやらない……」
俺はきっとアウラが喜ぶだろうと思ったが、アウラの返事を聞くと茫然自失した。
アリーシャは、呆然としている俺を叱りつける。
「カザマ、しっかりして下さい! 最近、アウラの元気がなかったことに気づいてましたか? カザマは急に、アウラに冷たくなりましたね? 理由は分かりませんが、私もビアンカも怒っています。本当はカザマの言う事を聞きたくないのですが、たくさんの人たちに迷惑を掛けることになります。だから、仕方なく言われた通りにするのです。アウラには、私から言っておくので大丈夫です」
そして先程までのオドオドした感じから、表情だけでなく佇まいまで正し、アウラの背中を押して目的地に向かった。
コテツとリヴァイは、俺の方を一度だけ振り返ると、みんなと一緒に移動していく――
忍者の活動は、潜入して諜報活動をするだけではない。
破壊活動、浸透戦術、某術、暗殺などを行う。
今回は諜報活動の他に破壊活動と浸透戦術、某術を行うことになった。
作戦の成功のために、五車と呼ばれる相手の感情を操作する術を行う。
他にも山彦の術という相手だけでなく見方を欺く様な真似も行う。
忍者とは……精神的にタフなことは勿論だが、孤独であるといえる。
(俺は、いつも誰にも理解されないな……)
本来こんなことを考えることも許されないのだが、この世界に来てヘーベの加護を受けたせいか、色々な感情の昂りを覚えた。
(やっぱりコテツとリヴァイが言っていた様に俺が悪いのだろうか? 最近、やっとニンジャらしい仕事が回ってきて浮かれていたのだろうか……!? 作戦が終わったら、アウラに謝ろう……)
俺は理性でなく感情のまま自分らしくあろうと決意すると、気持ちを引き締め街へ向かう――。




