5.開戦から脱出
――ボスアレスの街。
俺は王宮に入る前に、商会の偉い人に会って最終確認を行った。
「こちらの軍は進軍してから二日目に脱走者が続出します。戦う前から軍が崩れる筈です。その頃には、ユベントゥス軍が到着する手筈になっています。後はお願いします」
「よろしくお願いします!」
商会の偉い人は、歓喜に身体を震わせているようだ。
俺は握手を交わすと王宮へ向かう。
――王宮。
中に入ってすぐに、コテツとリヴァイに念話で指示を出す。
(こちらの準備は整いました。そろそろ作戦に入れますか? 今度こそキラーアントを退治して下さい)
コテツとリヴァイは簡単に返事をして、王宮に知らせが来るのを待った。
『ドドドドドドドドドドドドドドドド――!!』
東の空から火柱というよりも業火が空に向かって走り、衝撃音が響く。
「あわわわわわわ……何だ、あれは……!? アウラなのか? やり過ぎだろう……」
俺は恐れ戦いてその場に立ち尽くしたが、あまりの衝撃に声を出してしまった。
(コテツ、リヴァイ、どうなってるんです! ここからでもはっきり見えますよ! アウラは何やってるんですか!)
(うむ、相当ストレスが溜まっていたのだな……貴様、後から本気で謝った方がいいぞ)
(おい、お前、だから言っただろう! もうほとんど原型を留めてないぞ。火は消せるというより、燃えるものがなくなっているぞ……)
コテツとリヴァイに文句を言ったが、返信を聞いて言葉を失くす。
俺がそんな状態なので、王宮は混乱の坩堝と化した。
俺は皇帝の様子を見るため移動する。
――玉座の間。
皇帝は腰を抜かした様に呆けて、側近の偉い人たちは大混乱していた。
俺は双眸を吊り上げ、声を荒げる。
「おい、お前たち! 何を狼狽えている! 皇帝をお守りするのがお前たちの役目だろう! 周辺の状況はどうなっている! 偵察は?」
「おー!? き、極東の男か? 他のヤツラはダメだ! お前だけが頼りだと分かった……お前たちも極東の男を見習え!」
俺は運良く皇帝の信頼を高めることに成功した。
それから他の偉い人たちも落ち着きを取り戻し、続々と情報が入ってくる。
「何者かが、旧都を焼き尽くした様です!」
「何だと! 敵はどのくらいの軍勢だ! 今の状況はどうなっている!」
「そ、それが、敵どころか誰もいなくて……」
皇帝の詰問に対し、衛兵が口篭った。
皇帝は相貌を怒気で歪める。
「早く続きを言え!」
「旧都は消滅し、火が消えています……というより、焼け跡しかないとのことです……」
「はっ!? そ、そんなこと……ある訳ないだろう……」
皇帝は余程驚いたのか、全身が震えて上手く返事が出来ない。
そこへ、別の衛兵がやってきた。
「大変です! 我が国に侵攻の気配を見せていたアテネリシア王国が、北西のアテラーナと北のアテビエから、北に進軍を始めたとのことです」
「な、なんだと……」
皇帝はいよいよ混乱のため思考出来なくなったのか、呆然としている。
俺は皇帝の代わりに衛兵に訊ねた。
「それは本当ですか? 何故、そんなに早く動きが分かったのですか?」
「ほ、報告によれば事実です。近くの街から偵察を出していましたが、光の暗号報告がありました」
(!? この世界にもモールス信号の様な連絡手段があるのか? アリーシャたちは何も教えてくれなかったが……落ち着いたら確認してみよう。それより……)
衛兵は皇帝の返事を待っているが、皇帝は呆然としたままである。
俺は初めに自分に声を掛けてくれた貴族に近づき、耳打ちした。
「初めに皇帝に声を掛けて励ます事が出来れば、今後の信頼も高まると思います」
「!? 陛下、こちらも軍を動かしましょう! こちらには、極東の男がいます。一人で、万の軍勢を相手にしてくれれば……勝機があります」
「はっ!? 良く言った。そ、そうだな……こちらには極東の男がいる。お前が軍を動かす様に指示を出せ」
皇帝の言葉を聞いた貴族は、俺に微笑むと部屋を出る。
「では自分も、配下の傭兵たちの所へ行き、士気を高めて参ります」
俺は皇帝に頭を下げて退出の許可をもらうと、傭兵たちのところへ移動した。
――アレスサンドリア帝国潜入二十日目(異世界生活三ヶ月と十六日目)
帝国がアテネリシア王国の進軍に応戦するため南進して、二日が経過した。
今は帝国領の中央付近にあるアレスエボの街まで軍は南下している。
アテネリシア王国軍はアテラーナの街から北進した軍が、次々に帝国の街を占領した。
今はアレスエボの街近くに陣を構えている。
アテビエから進軍した軍は、近くの帝国領南部の街を占領した後で進軍を止めていた――。
ロマリア王国ではティラミスの街から進軍した軍が、帝国領の北東のアレスグラードを占領する。
そして問題は、首都クラレストから進軍した軍が、帝国領の南西のアレスソフィアを占領したことであった。
アテビエから進軍した軍が北に進むと、アレスソフィアを占領したロマリア軍から側面を攻撃される恐れがある。
両軍は膠着したまま動けずにいた。
だが、ロマリア王国の方は、作戦通りであったことはいうまでもない。
「おい、一体どうなっているのだ! ロマリアが攻めてくるとは聞いてないぞ! そもそも、あの国には今まで攻撃してないだろう。それに、あの国からも……」
二日間で領土の大半を失い、皇帝は怒り狂い喚いていた。
しかし、状況打開の策を思いつき、進言する者はいない。
既に引き返すのも、背後を攻撃される危険が高いため。
街から出て攻撃するか、篭城するかの選択しか残っていなかった。
皇帝は現実を理解したのか、自軍と同じ様に部屋に引き篭もり動かなくなっている。
(アレスさまが愛想を尽かす訳だ……。俺も人のことを考える前に、帰ったらアウラに謝らないと……)
俺は暗くなり辺りが静かになると、早めに行動を起こす――。
騎士団の鎧を纏うと、以前から声を掛けていた若い騎士や身分の低い騎士たちに声を上げ、脱走の手引きを始めた。
「みんな、逃げるなら今だぞ! 北門が開くぞ! どうせ負け戦だ! 家族の所に帰るぞ!」
俺は暗闇の中で声を張り上げ、他の騎士たちにも伝える。
脱走に気づいた騎士たちが襲ってきたが、尽く返り討ちにして脱走した騎士たちを励ます。
襲ってきた騎士たちも次第に動揺が見えて、しばらくして街の中は大混乱となった。
街の人たちを誘導しているが、まさかここまで混乱するとは思っていない。
俺が門を破壊するつもりだったが、誰かが開け放ってくれている。
(自分で仕出かした訳だが、大衆心理は恐ろしい……。それにしても篭城すると思っていなかったので、街の人たちに迷惑を掛けてしまった。何とか護衛しないと……)
俺は鎧を脱いでニンジャ服に戻ると、若い騎士たちに声を掛けた。
「みんなは悪いが街の人たちを守りながら、ボスアレスに向かって欲しい。俺は殿になってみんなを守るから……」
「あっ!? あなたは極東の男ですか? 皇帝に媚を売っていると聞きましたが、俺たちの味方だったのですね」
「俺は初めからみんなを助けるつもりだった。だけど、街の人たちを巻き込んでしまって、みんなにも迷惑を掛けて申し訳ない……」
「何を言うのですか? 俺たちは皇帝のために死ぬのは嫌ですが、街の人たちのためになら必死に戦ってみせます! それに……みんな! 俺たちには、極東の男がついているぞー!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』
騎士たちは王宮で見たことがない程の雄叫びを上げる。
俺は、若い騎士たちに先導を任せた。
そして、後からやってくる街の人たちに声を掛けながら後方を警戒する。
(コテツ、リヴァイ、そちらの様子はどうですか? 俺は脱走してくれた騎士たちと街の人たちを連れてアレスエボの街を出たところです。護衛する数が多過ぎてみんなを守れるか自信ないですが、精一杯やってみます)
(うむ、こちらも出来ることを相談してみよう……)
(おい、お前、もっと早く言えよ! こっちにも段取りがあるんだぞ! 取り合えず油断するなよ。万一の時は、俺がしばらくアリーシャを守ってやる)
コテツとリヴァイは、いつも通り答えてくれた。
俺は襲ってくる相手がいないか警戒していると。
暗闇の中で音もなく忍び寄ってくる一団に気づいた。
気配を消して隊列を組みながら、走ってくる集団が傭兵部隊だとすぐに気づく。
「これは筆頭ではないですか? もしかして極東の男というのは、他国から間者だったのですか? 以前、俺たちを屈辱的な目に遭わせたヤツの仲間だな……」
以前アウラの集落の前で、俺が倒した賊のリーダーらしき男が話し掛けてきた。
俺は、静かに傭兵たちに告げる。
「俺のことはどうでもいいが、関係ない街の人たちに危害を与えたら、今度は手加減しない……。死んでも恨むなよ。警告はしたからな……」
傭兵たちは俺のことなど眼中にないかのように、
「よし、この国での俺たちの仕事は終わった。他の国に移動する前に、どれだけ狩れるか競争だ! 極東の男に拘る必要はない。狩りの時間だ……」
脱出前に街の人たちを襲うと言い出した。
「あっ!? お前たち、止めろ! 俺が熱く指導したことを忘れたのか? 今ならまともな生活に戻れる……」
俺の熱い指導や言葉が届かなかったのか、話している最中に動き出すやつもいる。
俺は動き出した傭兵たちの中で、自分に近い相手から防衛を始めた。
しかし遠くにいたヤツラは、街の人に攻撃をし始める。
「や、止めろー!!」
俺は、以前エドナの父親から作ってもらった棒手裏剣を初めて使った。
傭兵たちは戦い慣れており、上手く散開しているため間合いから離れ過ぎている。
急所を外して棒手裏剣を飛ばしたが、傭兵は全部で五十人程いた。
何人も街の人が犠牲になり、その数が増えようとしている。
俺は素手での戦いを諦め、刀を抜く。
初めは武器を持っている部位だけを斬るつもりだった。
だが、自分が手心を加えている間に、街の人たちが襲われていく。
俺の心はみるみると枯れていく。
『アース』
不意に苦手な土魔法を唱えたが、以前とは比べ物にならない程広範囲に広がる。
俺の魔法に答える様にニンジャ服のフードが頭部を覆い、顔にマスクが掛けられた。
「何だ、これは?」
「目に何か入ったぞ!」
周囲から叫び声が上がったが、順に切り伏せる。
刀を振る度に感情が平坦になっていき、今まで加減して鈍かった動きが加速した。
「何だ、急に! お前、あの時の男か?」
「た、助けてくれ!」
叫び声の中に、初めて命乞いする声が聞こえるが、俺の動きは更に加速し続ける。
行き交う中に街の人がいたが、しっかりと見分けることが出来た。
そして明かりがなく砂塵が舞う中、僅か数分の間にすべての傭兵たちを斬り捨てる。
それから魔法をキャンセルさせると、街の人たちの最後尾につき、ボスアレスに向かって歩いた。
――アレスサンドリア帝国潜入二十一日目(異世界生活三ヶ月と十七日目)
俺たちは一日歩き続け、再び夜になっている。
街の人たちの中には子供や高齢者、大人たちは大量に荷物を背負っていたため移動は思う様に進んでいない。
それに食料、特に水が不足している。
当初は騎士たちの逃走しか考えていなかったため、補給は次の集落で行う筈だった。
しかし、どちらにしても数千の人たちを賄える筈もない。
突如南方から独特の地響きを感じ、段々近づいて来るのが分かった。
(ざっと五百くらいだろうか。もう街は陥落したのか…)
俺は穏やかに人々へ声を上げる。
「みんなは慌てなくていいですから、出来るだけ速く北へ移動してください。今度は絶対に、敵を通しませんから……」
「極東の男、あなただけでは……」
不安そうにしているみんなに向かって、俺は拳を肩まで上げ親指を立てた。
暗くて分かり難かっただろうが、みんな素直に北に向かってくれる。
(決して俺のことを馬鹿にした訳ではないよな……)
『アース』
俺が魔法を発動させると、昨日と同様にフードとマスクが自動で動く。
そして南から迫って来る騎馬から、矢の雨が降ってきた。
砂魔法は離れていった街の人たちを察知させないために発動させている。
そもそも俺の存在自体は、新月に近い夜のため見えていない。
矢の雨は散漫であった。
(氷の刃よ、突き刺され!)
俺は広域に氷の刃を飛ばす。
矢が飛んで来たため、相手の位置は捕捉している。
まさに無駄玉ならぬ無駄矢であった。
馬が嘶く声や男たちの叫び声が響く。
俺は、氷の刃を中央は薄く左右に厚くなる様に飛ばし、街の人たちの所へ行かせない様に展開した。
そして距離が近くなった頃合い見計らい、魔法を変更する。
(凍てつき周囲を凍らせろ!!)
自分の最大限のイメージで、高さは一メートル程だ。
でも、長さは数百メートル規模に及び、氷の壁を後方に生成した。
ここで自分が行使した魔法に違和感を覚える。
(やっぱり変だ。俺は威力こそあれ、こんな規模の魔法を使えなかった……もしかして、アレスさまの力の影響なのか……)
自分自身に違和感を抱きつつも、まだ目の前に半数くらいの騎馬が残っていた。
俺は鍛えた脚力を頼りに騎馬に並走し、騎馬兵を斬りつけ倒し続ける。
通り過ぎたヤツもいたが、視界が悪い中で突然目の前に氷の壁があり落馬していく。
落馬をした相手で、攻撃の意思を見せた相手はすべて斬り伏せた。
その後動ける馬を集め、倒した敵兵から水と食料を奪い、みんなの後を追う――。




