3.闘技場
――アレスサンドリア帝国潜入十五日目(異世界生活三ヶ月と十一日目)
朝になると、いつも通り三にんが到着した。
俺は、アウラとアリーシャを呼んで話をしようとしたが。
丁度コテツがビアンカを呼んだので、昨日話した連絡の件だと思い話し始めた。
「ふたりには、これから大事なことを伝えに行ってもらいたいんだ。ふたりだけでは心細いかもしれないけど、カトレアさんにお願いして馬を借りて欲しい…!? モーガン先生が家にいるようなら、モーガン先生でも構わないが……」
「カザマ、何ですか急に? 先生でも構わないとは、弟子の発言とは思えませんが……」
「そうね。アリーシャの言う通りだわ。カザマはいつも落ち着きがないけど、今朝は特に興奮して見えるわ」
ふたりは、俺が何を話そうとしているのか分からないのだろう。
アリーシャはいつも通り冷静に、アウラは俺を馬鹿しているのか勘違いしているのか分からないが、話の腰を折ってくれた。
「近い内に南のアテネリシア王国が進軍してくる……だが、オーストディーテ王国の動きが遅いと、目の前のボスアレスの街まで北進してくるかもしれない。俺たちの国がどうしたら良いのか決めるのは王さまだが、ふたりは王さまに謁見出来ないだろう。あまり時間がないんだ……」
「えっ!? そんな大事な話を私たちがするですか? カトレアさんに頼んで王さまに話してもらっては……」
アリーシャは驚き、動揺している様に見える。
アウラも身体を震わせて、明らかに混乱して見えた。
「わ、わ、私に、任せておいて……」
「モーガン先生がいれば都合がいいが、不在なら出来るだけ早く王さまに知らせたい。カトレアさんでは時間が掛かるし、王さまに知らせる前に騒ぎにしたくない。ヘーベなら独自に王さまに連絡出来るかもしれないし、レベッカさんとも仲良しだ」
「分かりました。私たちに任せてください」
「そ、そうね。私たちに任せておいて」
アリーシャは状況を理解したのか、すぐに落ち着いて返事をした。
アウラはアリーシャの様子を見て安心したのか、いつもの様子に戻る。
「それに、以前から襲撃を受けていたが、やっぱりアウラたちを狙っていたらしい。だから、自分の国の中でも注意してくれ。何なら、馬を借りる際に護衛を雇ってもいい」
俺の話を聞くとふたりとも頷き、アウラの転移魔法で引き上げた。
コテツもビアンカ経由で話がついた様だったが、ビアンカは話が難しかったのか首を捻っている。
その後、俺とビアンカは昨日と同じ様に街に向かった。
――ボスアレスの街。
俺たちは闘技場に行く前に、商会の偉い人の家に寄った。
「今日から、いよいよ騎士団が相手だな。調子はどうだ?」
俺は周りに誰もいないことを確認すると、
「まずまずです……ところで昨日、王宮のことを知りたいと聞きましたが……ダメっぽいです。王宮内でも内部分裂している様ですし、俺の経験からあまり……長くないですよ」
王族を批判したが、経験というよりも学校で勉強したことや俺の世界の常識である。
「そ、そんなに、この国は落ちぶれているのですか?」
「ええ、生活に影響が出るのは少し先でしょうが、その前に南の国の軍隊に勝てないでしょう。この街まで攻め上ってくるかもしれません。でも、王族が代わるだけで……街の皆さんは、それ程変わりないというか……流通が良くなり生活が向上するかもしれませんね」
俺は今後の見通しを説明したが、商会の偉い人は額や首筋から流れる汗を拭う。
「ど、どうせ、負けるなら西側のユベントゥス王国に負けたいですな。はーっ……正直あの国……近くのベネチアーノと取引していますが、周りの国の中で一番自由に活動出来ます……」
「それから、更に西側の大国フランク王国まで貿易ラインが伸びるのは大きいですよね……」
本音を漏らす商会の偉い人に、俺はここぞとばかりに囁く。
俺の言葉に商会の偉い人は驚愕し、今まで以上に俺を見る目が開かれた。
「あっ!? な、何故、それを……!? 極東の男は屈強な商人なのですか? もしや、極東から貿易のために視察に来ていたのでしょうか?」
「へっ!? い、いや……俺は商人ではないですよ。俺の国はユベントゥス王国よりも教育機関が進んでいて……大抵の人はこのくらいのことなら分かります」
俺の話を聞いた商会の偉い人は目を輝かしている。
既に占領されるなら、ユベントゥス王国へと気持ちが固まったようだ。
俺は知り合いの商人を通じて、何かあったら支援してもらえる様に話をすると約束をした――
――闘技場。
俺はビアンカと別れて、闘技場の参加者として中に入っている。
今日は待ち時間が長かったが、これまでの事を振り返ったり、今後の事を考えて精神統一を行った。
そして、俺の順番が回って来てゲートを通ると、凄まじい歓声を浴びる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ――!』
「今日は、今までの様に簡単に勝てると思うなよ。私は騎士団で団長補佐をしている。貴様如きに、名を名乗ることは出来ないが……」
開始前に、鎧姿に長剣を持った如何にもな感じの男が、俺を挑発してきた。
俺は、無言で銅鑼が鳴るのを待つ。
『ドーン!』
銅鑼がなると、鎧騎士が重い鎧を纏っている割には、俊敏に間合いを詰めてきた。
そして、長剣を上段から振り被る。
(遅い。これなら……!? なんだ! 突然……)
俺はこれまでの単調な攻撃では埒が明かないと思い、白刃取りを試みたが……。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ――!?』
観客席からどよめきの声が響く。
「極東の男は、何をやっているんだ……」
「あっ!? みんな知らないんすか? あれは『いただきます』といって、ご飯を食べる時にやるっす」
どよめきの声の後、所々で疑問の声が上がっていたが、観客席は静かになっていた。
そこへ周りの疑問に答える様に、ビアンカが誇らしげに解説したのだ。
「おーっ!? こ、これから……命を頂くということか?」
『オオオオオオオオオオオオオオオオ――!』
今度は歓喜の声援が観客席から響いた。
(ビアンカのやつ、余計なことを……でも、何でいきなりフードが勝手に動き出したんだ……。アレスさまの宝石と関係があるのかな……)
俺が白刃取りをしようとした時に、いきなり収納していたフードが勝手に動いて頭部を覆ったのだ。
それで俺は驚いて白刃取りのタイミングが遅れ、見事に空振りをしてしまった。
今は両手を真上に突き出す様に合わせて、頭の上には長剣が乗っかっている。
頭は痛いが、ニンジャ服の防御力が高かったのか死なずに済んだ。
「お、おい! お前……な、何で、生きている……っていうか、何ともないのか……」
相手の騎士は余程驚いたのか、剣を振り降ろしたまま呆然としていたが、身体を震わせながら話し掛ける。
「ああ、少し痛いがたいしたことはない……い、いちいち避けるのも面倒なので受けてみた……だがこれで、お前たちでは相手にならならいと分かってくれたか。そろそろ俺も攻撃したいので、剣を降ろしてくれないか」
「ヒィイイイイイイ――!? た、助けてー! お、俺の負けでいい!」
俺は恥かしくて、白刃取りをしようとしたことは話さなかった。
だが、相手の騎士は俺のハッタリを聞くと、剣を放り投げそのまま逃走してしまう。
「!? 勝者、極東の男!」
今回は目立ったパフォーマンスをしようと思ったが、俺の考えとは違った意味で目立ってしまった。
しかし、俺はこれまで一度も刀を抜いていない。
周りはこれまで俺の圧倒的な速さに驚いていたが、守りもこれ程堅いと思わなかったのか、一瞬静まり返ったが大歓声が起こる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ――!』
俺は歓声に手を振りながらゲートへ引き上げたが、ビアンカが商会の偉い人と一緒に何かを持ちながら手を振っているのも見えた――。
俺は控え室で次の順番を待ちながらゴロゴロしている。
二日目からは待遇が良くなり個室になっていた。
久しぶりに静かに休憩を楽しんでいる最中に、扉が静かに開け閉めされるのが分かったが、気にしないでいる。
「おい、次の試合は負けろ……今は何もしないが、然もないと次は殺すことになる……」
進入してきた男は、俺の背後から刃物を突きつけてきた。
俺は侵入者が話し終わる刹那のタイミングを狙って、すばやく互いの体勢を入れ替える。
(あれっ!? こいつ、ボルーノ街で捕まえた賊じゃないか? 俺のことが分からないのか……)
「おい、いきなり人の背後から襲ってくるとは、ひょっとして変質者か?」
「はっ!? い、いつの間に……!? ち、違うぞ! 俺は変質者でも覗きでもないぞ!」
侵入者は俺の動きに驚いたのか、ちょっとした挑発にも動揺して余計なことまで口走ってくれる。
(やっぱり、以前の賊か……余程カトレアさんのお仕置きが酷かったんだろう……)
「おい、お前では相手にならんぞ。次からはもっと強い相手を用意する様に、雇い主に伝えろ」
そろそろ自分の実力を認めさせて、王族に会う機会が欲しいと思い、侵入者を更に挑発した。
「な、何だと……!? そういえば、お前、どこかで見た様な……!? いや、あの時の男は、見た目はもっと貧弱な顔つきだった。こんなに厳つい顔をしてなかったな……」
侵入者は俺のことを思い出し掛けたが、俺の顔が腫れて人相が変わって見えたのか、気づかなかったようだ。
侵入者は騒ぎになるのを控えたのか立ち去っていく――。
俺の第二試合は、午前中最後の試合となった。
極東の男は名前ではないのだが、大歓声で叫ばれている。
観客席の中にブースがいくつかあったが、その中でも特に豪奢な作りの部屋に派手な服装の小太りした男がいた。
俺への歓声を聞き、周りにいる身分の高そうな人たちを怒鳴りつけているのが窺える。
(あいつが、王族だな……)
俺はこれまで、見なかった小太りした男を見つけて鼻息を荒くする。
対戦相手が出てきたが、今度は鎧を着た騎士ではなく、俺と似た様な軽装の黒い衣装を纏まった男だった。
これまでの相手とは違い何も話し掛けず、気配を消している様に感じられる。
(こいつもどこかで見た気がするが……!? ボルーノで倒した一人か……)
『ドーン!』
銅鑼の合図と共に相手の男が曲刀を抜き、俺の背後に周り込む。
(今までの相手の中では、一番動きが速いが……)
俺は背後から斬りかかってきた相手の攻撃を連続して避ける。
「お、お前……もしかしてエルフの集落で、我らを襲った男の仲間か?」
「はっ? なんのことだ。余程強い敵と戦ったのか?」
(こいつはアウラの集落を襲おうとした賊の一人だったのか? こいつも俺のことが分からないのか? 俺の顔は人相が変わる程腫れているのか? 今は都合がいいが、どうしてみんな治してくれなかったんだ。鏡がないから自分では分からないのに……)
俺は相手の攻撃を避けながら、アウラとアリーシャに文句を言おうと昂った。
「おい、卑怯者! 俺に恐れをなして攻撃できないのか? やはり見た目は、お前の方が強そうだが、実力ではあの時の男の方が上のようだ」
俺は褒められているのか、貶されているのか分からなかったがイラッとする。
適当にタイミングを計ってやるつもりだったが、自分から適当な角度に移動すると、相手の腹部を蹴り上げるというより蹴り押す様に吹き飛ばした。
見た目は激しい蹴りに見えるが、押し飛ばした分だけ威力は落ちている筈である。
「!? し、勝者、極東の男!」
観客は総立ちで喜んでいるが、審判の人は顔を引き攣らせていた。
俺が蹴り飛ばした相手は王族のブースだろう場所に吹っ飛び、小太りした男は腰を抜かしたのか動けずにいる。
「おい、次はもっと強い相手を用意しろ! 俺は強い相手と戦いたいんだ! それが出来なければ、万の相手でも用意するんだな」
俺は王族のブースを見ながら声を上げた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』
観客は俺のパフォーマンスだと思ったのか、益々興奮して歓声を大きくする。
俺は歓声に答えつつ手を振りながらゲートに引き上げた――。
控え室に戻って、しばらくすると。
今度は武装した男ではなく、身分の高そうな貴族風の男が扉を叩いて入ってきた。
「先程は見事な戦いでした。今までは素早さだけ目立っていましたが、あれだけ丈夫で力があるとは驚きました。皇帝があなたに会いたいと仰っています」
俺は貴族風の男の言葉に頷くと、後ろについて闘技場のビップルームに入る。
広い部屋の中に数段高くなった席があったが、先程見掛けた小太りした男が座っていた。
俺は、案内してくれた男に続く様に椅子の前で膝を着く。
「お前の噂は聞いていたが、あれほど強いとは思っていなかった。今まで武器を使わなかったが、何故だ?」
「はい、恐れながら、あまりに実力差があり過ぎて、武器を使う必要がありませんでした。あの程度の相手でしたら、先程も言いました様に、万の軍勢でも相手にしなけば武器を使う気になりません」
俺は顔を上げていなかったが、皇帝が俺の言葉を聞いて震えているのが分かった。
「おい……もし、今の言葉が偽りなら命はないぞ……」
俺は黙って頷く。
部屋から出てしばらくすると、先程の貴族風の男からスカウトされた。
傭兵部隊の筆頭の戦士として皇帝を警護しつつ、戦争では自由に戦うことを認められる。
俺が万の軍勢と戦うと言ったことを本当に信じたようであった。
皇帝は頭も相当悪いと分かる――。
闘技場を出ると、途中でビアンカに合流した。
「今日は、カザマであまり儲からなかったっす」
「俺は二千万くらいもらった。それに作戦が上手くいって、もうここには用がなくなった。これから王宮に出入り出来る様になったんだ」
「そうなんすか。明日は頑張って儲けて、アリーシャを喜ばせようと思ったっすが……」
ビアンカは何となく気落ちした様に見えたが、お金が入った袋は昨日の倍くらいに見える。
(これで、ビアンカが賭け事をする機会がなくなったが、このお金がばれたら大変な目に遭いそうだ……!? そういえば、今まで戦いが終わった後に賞金を貰って気付かなかったが……対戦ごとに賞金がもらえる筈だろう! 当日の最終戦の賞金しかもらってないぞ! 本当に強欲な王族のようだな……)
俺は、仲間に対する恐怖と王族に対する怒りを感じつつ、野営地へ引き上げた――。




