3.有らぬ疑いから
――異世界生活二ヶ月と十五日目。
朝になり、扉を叩く音とビアンカの声で目が覚める。
「イ、イッテーっ……」
俺は頭を触って、昨晩のことを思い出した。
「リヴァイ、昨日はスミマセンでした……」
俺は壁際に寄り添う様に立ち、両腕を組んで格好をつけているリヴァイに謝る。
コテツは少し離れた所で横になっているが、顔を背けていた。
「おい、お前、今後は言葉に気をつけることだな。それより、良いのか?」
リヴァイは俺の謝罪を軽く聞き流す様に、扉の方を指さした。
俺が慌てて扉を開けると、
「おはよう。色々とあって遅くなった……」
剥れた顔をしていたビアンカが、リヴァイの姿を見て驚き表情を変える。
「遅いっすよ……あれっ!? リヴァイがいるっす?」
ビアンカの後ろにいたアウラは俯いていたが、
「えっ!? どこ……あっ!? リヴァイさま、アウラです!」
リヴァイがいると聞くと花が咲く様な笑顔になり、俺を突き飛ばす様に前に出た。
「おい、アウラ、敬意を持ってくれるのは良いが、そんなにオレの顔を見つめないでくれ…」
「アウラ、リヴァイはお前と同じで、結構恥かしがり屋だから気をつけてくれ」
「おい、お前……昨日のゲンコツでは、まだ足りないのか?」
リヴァイが困っていた様なので、オレは興奮しているアウラを宥めようとしたが、何故かリヴァイに叱られた。
「うむ、いい加減、ビアンカが退屈するぞ。いつもの様に散歩に行くのなら、歩きながら話せば良いであろう」
空気が読めるだけでなく、賢いコテツがなかなか動かない俺たちを催促する。
俺たちは、みんなで顔を合わせると朝の散歩に出掛けた――。
「へーっ……昨日そんなことがあったの。コテツさまが夢中になるなんて意外だわ」
「俺は驚いただけでなく、本当に困ったんだぞ。何度呼び掛けても相手にされなくて……」
「おい、お前、俺が前に教えただろう。コテツは興奮すると我を忘れると……」
「えっ!? 俺はリヴァイに、コテツは気性が荒いと聞いた気がするのですが……」
「おい、お前、色々と細かいぞ! 大体合ってるから良いだろう!」
俺はアウラとビアンカにリヴァイを召還した経緯を話したが、コテツの意外な一面を聞いたアウラは蒼い瞳を丸くすると、すぐに笑みを浮かべる。
ビアンカはあまり興味がないのか周りの景色を見ていた。
俺の話を聞いたリヴァイが説明してくれたが、以前聞いた話と違ったので思わず突っ込んでしまったのだ。
リヴァイはまた拗ねてしまったようである。
コテツは俺たちの話を聞いても、そのまま聞き流しているようであった――。
露天が並んでいる通りは少しずつ込み始めてきたので、昨日と同じ様に歩いた。
しばらくして、カジノがある通りに出てしまう。
「何だ? あれは……昨日、俺たちが店を出てから、何かあったのか?」
俺は昨晩、自分たちが遊んだカジノが無残に荒らされている様子に動きを止めた。
「わあー……お店の中がめちゃめちゃで、人が集まってるわ」
「でも、建物が壊れた訳ではなそうっすよ」
アウラも店の中を見て興味深そうに感想を口にしたが、人が集まっている事の方が気になったようだ。
ビアンカは店のことには興味がなさそうに、人事みたいである。
俺たちの話が聞えたのか。
「あーっ! き、昨日の子供だ!」
店の前で片付けをしていた店員らしい男が、声を上げて近づいてきた。
「な、何か、用ですか? みんな怖がっているので、用がないなら帰りますが……」
俺は面倒に巻き込まれたくないと店員の男に背を向けて、みんなを連れて立ち去ろうとする。
しかし、店員の男は涙を浮かべてリヴァイを指さして訴えた。
「そ、そこの子供とパンダ頭の男が、うちの店で暴れて、店がめちゃくちゃに……どうしてくれるんだよー!」
アウラは知らない男が近づき俺の後ろに隠れているが、リヴァイを抱きかかえる様にしている。
ビアンカとコテツは気に留めていないのか、店内の様子を眺めていた。
(もしかして、俺が気絶している間に、ふたりが何かしたのでは……)
「な、何言ってるんですか? 子供がそんなこと出来る訳ないじゃないですか? それに、パンダ頭の男と言いましたが、そんな男知りませんよ。あまり言い掛かりを付けて来るようなら……お、俺も黙っていませんが……」
俺は額に汗を浮かべながら、店員の男に申し訳ないと思いつつシラを切る。
店員の男は顔を赤く染め、歯軋りしながら俺を睨んだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
俺の正論に返す言葉が出ないでいるのだろう。
俺たちは、リヴァイが余計なことを言い出さないうちに宿に向かった――。
「……マ、カ……マ、カザマ、カザマ……」
俺は遠くの方から自分を呼ぶ声に気付いて目を覚ます。
目を覚ますと生暖かい吐息を頬に感じた。
「あっ!? ち、ちょっ……」
瞳を閉じたアウラの長いまつ毛が、俺の顔に当たりそうな程近くにある。
そして、アウラが頬を真っ赤に染め、唇を突き出しているのに気づく。
目が覚めたばかりで意識が朦朧していたのか、アウラに合わせる様に目を閉じて唇を突き出した。
「……!? イッテーっ……」
「アウラ、危なかったっす……」
俺はいきなり顔面に強打を受けて、ベッドから落ちて床を転げ回る。
「だ、誰だ!? いきなり……」
「カザマ、何しようとしてるんすか? アタシが心配して、頭を冷やしてあげているのに……また、アウラにセクハラしようとして……」
目の前には、水浸しのタオルを持ち俺を睨んでいるビアンカがいた。
俺は自分の顔に痛みと違った違和感を覚え、恐る恐る触るとずぶ濡れになっている。
少し離れた所には、顔だけでなく耳まで真っ赤に染めて俯いているアウラがいた。
コテツが傍にいたが、横になって顔を逸らしている。
「えっ!? ど、どういう状況なの……」
俺は、何が起きた分からずに頬を掻きながら、怒っているビアンカに説明を求めた――。
しばらくして俺は、宿に帰る途中でリヴァイに頭を叩かれて気絶してしまい、ビアンカに運ばれたことが分かった。
ちなみに、リヴァイは宿に戻った後、いなくなっている。
俺は部屋に運ばれた後で、ビアンカが不慣れな看病をしていたらしい。
ビアンカが水浸しのタオルを手にしていた事と、俺の顔がずぶ濡れだった理由も分かった。
アウラはビアンカが水を換えに部屋を離れている間、俺の様子を見ていたそうだ。
ビアンカの位置からは、アウラの後ろ姿しか見えなかったらしい。
アウラの話は嘘くさいが、未遂に終わったといえ。
他の面倒な方々に知られる事に危機感を抱き、余計な詮索をするのを止めた。
――朝食。
俺は、顔と頭を腫らしたまま、部屋にいた仲間たちと一緒に食堂に入る。
「ちょっと、マー君……何、その顔と頭?」
「カザマ、またどこかで、如何わしいことをしたのですか?」
「カザマ、私をほったらかしにして……良い度胸をしているわ。良い度胸を……」
エリカが俺の姿を見て驚きの声を発すると、アリーシャが水色の瞳を細め俺に疑いの眼差しを向けた。
そしてカトレアさんは、久々にヒステリックモードを発動させる。
レベッカさんは虫を見る様な、眼差しで見つめていた。
「ち、違うんです! 今朝、みんなで散歩をしていたら、いきなりリヴァイに頭を叩かれて気絶したんです! その後、ビアンカに介抱されていたみたいなのですが……いきなり顔面を殴られて、俺にも良く分からないんです!」
俺はみんなの前で身振り手振りを合わせて、必死に説明する。
「アタシはカザマの看病の途中で、水を換えに部屋を離れて戻ってきたっす。その時、様子を見てくれていたアウラに、カザマが口を突き出してキスしようとしていたっすよ!」
俺が折角みんなにアウラの事を伏せて説明をしたのに、ビアンカが余計な事を口走ってくれた。
俺は慌てて否定しようとしたが、既に周りの視線はアリーシャとレベッカさんと同じ様に冷たくなっている。
「ちょっ!? お前……何を言ってるのかな?」
俺は諦めて、言葉に力が抜けていく。
周囲を見渡すとアウラだけ顔を赤くし俯いていたが、みんな冷たい視線を向けている。
肝心のリヴァイはいないし、コテツは顔を合わせてくれない。
朝食は険悪な雰囲気が漂い、無言のまま終わった――。
朝食後しばらくして、厩舎で馬車に乗りみんなを向かえに宿の入り口へ移動する。
『あっ!?』
宿の玄関前にいたみんなが、馬車の屋根を見て声を上げた。
馬車の上には、いつの間にかリヴァイが両腕を組んで立っている。
俺は馬車を止めると、血相を変えてリヴァイを怒鳴り突けた。
「ち、ちょっと……今まで、何やってたんですか!? 俺はリヴァイがいないせいで、みんなに有らぬ疑いを掛けられて……また酷い目に遭っていたんですよ!」
リヴァイは腕組みしたまま、表情を変えずに俺を見下ろす。
「おい、お前、自業自得という言葉を知らないのか? お前が調子にのって余計なことをするから、負の連鎖の終着点がお前に回ってくるんだ!」
俺は奥歯を噛み締めて我慢した。
決して納得した訳ではないが、否定は出来ない。
「あの子……アリーシャと同じ髪と瞳の色をしてる……」
エリカがリヴァイを指さすと、カトレアさんもエリカの言葉に頷いた。
「あらっ? 本当に良く似てるわね……」
「リヴァイさま、こんな所にいたのですか?」
「「「えっ!?」」」
アウラの言葉を聞くと、エリカとカトレアさんだけでなく、レベッカさんも驚きの声を上げて顔を引き攣らせる。
俺は多分、今真相を明らかにすれば、みんな信じてくれると思った。
だが、毎回疑われてばかりでうんざりしている。
坦々と御者の仕事をこなし、王都に向かって出発した。
リヴァイは初めの席と同様でアリーシャの隣が空いていたので、そこに座る――。
数時間経過したが、後ろからは楽しそうな笑い声が聞えてきた。
俺は先程から気まずい雰囲気に晒され、苦痛に耐えかねている。
それでも、どうにかしようと声を掛けた。
「なあ、ビアンカ、後ろがさっきから楽しそうなんだが……」
「そうっすね。リヴァイの話で盛り上がってるみたいっす」
ビアンカは表情を変えず、周りの景色を見ながら素っ気無く返事をする。
それを聞いた俺は、ふとコテツに訊ねた。
「コテツ、リヴァイは子供の様に気が短いかもしれませんが、大丈夫でしょうか?」
「うむ、子供の様に見られているから、大丈夫なのではないか?」
俺はコテツの返事を聞くと、唖然として口元を引き攣らせる。
「な、なあ……ビアンカ。さっきは本当にアウラが、先にキスしようとしてきて……」
俺はそろそろ誤解を解こうと肝心の話を切り出すが、途端にビアンカは眉を寄せて険しい表情に変わった。
「カザマ、言い訳は男らしくないっす! しかも、アウラのせいにするなんて……」
「確かにそうかもしれないが、その言い方は酷くないか? 男か女の問題はさておき……友達なら、もう少し俺のことも庇ってくれていいじゃないか!」
俺はビアンカの言ったことは間違ってないと思ったが、結論的には正しくないのだ。
それが分かっているだけに向きになった。
ビアンカも感情的になったのか、出会ってから初めて俺とビアンカは視線をぶつけ合う。
そこへ、後ろから激しい怒りの波動と声が上がった。
「ちょっと、もう一度言ってみなさい! ただでは済まさないわ!」
「おい、レベッカ、俺が配慮していれば、付け上がって……」
俺はビアンカと目を丸めて、お互いの顔を見合わせると馬車を止める。
直ぐにリヴァイが馬車を降りて、続いてレベッカさんが現れた。
俺は慌てて御者台から飛び降りると、レベッカさんとリヴァイの間に割って入り、喧嘩になりそうなふたりに声を掛ける。
「えーと……と、取り敢えず、落ち着けましょう!」
どの様に声を掛けた良いか分からず、戸惑う俺に、ふたりは同時に怒鳴りつけて、
「「うるさい!」」
左右から、同時に俺の顔面に殴り掛かってきた。
俺は、ふたりのドラゴンから顔面を挟まれる様に殴られ、そのまま意識を失ってしまう。
――異世界生活二ヶ月と十七日目。
俺は目覚めると、馬車の中でアリーシャの膝の上にいた。
「あっ!? 気がつきましたか……」
「俺はいったい……!? アリーシャが、ずっと、こうしてくれていたのか?」
「私だけではありませんよ。みんなで交代してましたが、ほとんどカトレアさんが……」
俺はアリーシャに膝枕され照れ臭くて頬を掻いたが、みんなが交代でと聞かされると申し訳ない気持ちへと変わる。
「そ、そうか……」
俺の安堵とも溜息とも取れる仕草に、カトレアさんが柳眉を顰めた。
「ずっと目覚めなくて心配したのだけど、私では不満だったのかしら……」
「えっ!? そ、そんなことは言ってないじゃないですか……ただ、みんなに迷惑を掛けたと思って、申し訳ないと思っただけですよ」
カトレアさんは、ヒステリックモードに切り替わり掛けたが、俺の言葉と疲れた表情を見て険しい表情が緩んでいく。
コテツは床で横になっており、顔を上げたが再び下げた。
「アリーシャ、俺は、今まで眠っていたのか?」
「ええ、一日以上眠っていましたよ。もうじき、王都に着きます」
「そうか、俺はそんなに……はっ!? 俺は、そんなに眠っていたのか?」
俺はアリーシャの言葉を聞くと、驚いて膝枕されたまま身体を硬直させる。
「そうですよ……だから、私たちもですが……カトレアさんが心配して、ずっと看ていてくれたのですよ」
しかし、アリーシャの続く言葉を聞いて、慌てて膝の上から身体を起こした。
「心配を掛けてすみませんでした。それから、今まで看病してくれてありがとうございます」
俺は背筋を伸ばして、ゆっくりと腰を折って頭を下げる。
「はっ!? 気にしなくて良いわ。いつもの様子に戻って、安心したわ……」
「わ、私も、体調が戻ったみたいで安心しました」
カトレアさんは日本風の謝罪に驚いたのか声が高くなっている。
アリーシャも慌てて返事をしたのか頬を染めて、落ち着きなく感じた。
「そ、そうね……いつも冗談みたいなドゲザばかりの印象だったけど、やれば出来るという感じかしら……少し大人っぽく見えるわ」
アウラは座っていても胸を張って堂々として、何かしら解説したい意図を感じたが、いつも通り空回りしている。
アウラの返事に少しイラついたが我慢して、俺は意識がなかった間の経緯を訊ねた――。
ふたりのドラゴンに左右から挟まれる様に殴られ、その場に崩れる様に倒れ。
左右の頬が陥没して死に掛けたらしい。
そこへ、アリーシャが慌てて治癒魔法で治療を行ったそうだ。
それでもなかなか意識が戻らないので、アウラも回復魔法を掛けてくれたらしい。
「そ、そうか……俺はそんなに酷い状態だったのか……。今まで、死にそうな目に何度も遭ったと思っていたが、今回は本当に死に掛けていたんだな……」
俺は、カトレアさんとアリーシャから説明を受けて呆然とした。
「ほ、本当に酷かったのよ。カザマの顔が実をかじり終えたりんごの様に、こんな風に凹んで……頭も心配だったから、私も回復魔法を掛けてあげたわ」
アウラは俺の顔の有様を説明する際に立ち上がり、両腕を動かして派手に表現する。
俺は自分の酷い状態を理解していたが、この説明はどうにも我慢出来なかった。
「アウラ、助けてくれたのは感謝するが、あまり馬鹿にしたことばかり言ってると……」
アウラに拳をチラつかせる。
アウラは俺の拳を見ると、両手で頭を押さえて蹲ってしまった。
俺は大人しくなったアウラを尻目に更に説明を求める。
「ところでレベッカさんとリヴァイは、どうして突然怒り出したのですか?」
「「えっ!? ……」」
カトレアさんとアリーシャは困惑したのか、お互いに顔を見合わせ黙ってしまった。
アウラはさっきまで縮こまっていたが、息を吹き返したかの様に胸を張る。
「私が教えてあげるわ! みんなで自己紹介をしながら話していたら、リヴァイさまがレベッカさんのことを突然『DCの娘』と言ったのよ……。私も含めてみんな意味が分からなかったわ。だけど、リヴァイさまが説明を始めて……『シスコン』、『ブラコン』、『マザコン』があるなら『ドータコン』。ドラゴンだけに略して『DC』だと言い出して……エリカが大笑いしたの。何の意味か、結局私たちには分からなかったわ。だけど、エリカの笑っている姿を見たレベッカさんが、急に怒り出したのよ」
アウラはあっという間に立ち直り、誇らしげに説明してくれた。
カトレアさんもアリーシャも理由が分からないのか、首を傾げている。
「ぷっ!? あは……あはははははははははははは……」
俺は我慢したが、耐えられずに大笑いしてしまった。
アルヌス山脈の洞窟で、レベッカさんのお父さんに会った時を思い出したのだ。
(リヴァイは賢くはないみたいだが、余計なところで頭が回るみたいだ……)
「カザマ、目が覚めたと思ったら、アウラが言った通り頭が悪いっすか?」
「マー君!? どうしたの? 目が覚めたのは嬉しいけど……どこか可笑しなところでもあるの?」
俺の笑い声を聞いたビアンカとエリカが御者台から顔を出して、心配そうに俺を見つめている。
レベッカさんは、俺の代わりに御者をして前を見ている。
リヴァイの姿はないが、馬車の屋根の上にいるらしい……。
「いや、リヴァイの話をアウラから聞いて……!? 心配してくれたのは分かるが……俺は、もう大丈夫だ! エリカも聞いたんだろう? いきなりあんな話をされたら……」
俺はまた笑いそうになり、頬を膨らせたまま何とか我慢する。
エリカも思い出したのか、身体を震わせ笑いを堪えているのが伝わってきた。
俺とエリカは説明するのは難しいと思い、互いに説明をしないで我慢する――。




