2.再召喚
俺たちの馬車は、フィレンツーノの街の前まで来ていた。
一日目は宿場街に泊まったが、二日目も何事もなく経過して……現在に至る。
嵐の前の静けさの様にも感じたが、陽が高いうちに街壁を通過した。
今回もカトレアさんのオルコット家の家紋を使わせてもらっている。
「あーっ……大きい街っすね……」
「そうだな。ヘーベルタニアの街も大きいが、ここは人が多い気がする」
街の規模はヘーベルタニアと同じくらいだろうか、村に比べると遥かに大きい。
ビアンカはヘーベルタニアの街には入ったことがなく、大きな街に入るのはベネチアーノの街以来である。
ベネチアーノは港街で、この街は商業が発展しているのか、人通りが多く雑多な雰囲気を醸し出している――。
俺はみんなを貴族用の宿の前に降ろすと、馬車を厩舎に預けて自分の部屋に入った。
今回も簡素な狭い部屋で、カトレアさんの家に泊めてもらった時を思い出す。
(また、俺だけ従者用の部屋じゃないのか……)
「うむ、あまり豪華な部屋ではないが、独り部屋だ。周囲に気兼ねなく過ごせると思うが……」
考えが筒抜けだったのか、コテツが俺のために気を使ってくれたようだ。
「まだ、夕食まで時間がありそうですし、ビアンカを誘って外に行きませんか?」
「うむ、そうだな。結局外に出てしまうのだから、宿は寝るだけだ。どこの部屋に泊まっても大した違いはあるまい」
「確かにそうですね……」
俺はコテツの話を聞いて、頬を掻きながら他の部屋を訪ねた。
ビアンカの部屋の前に移動すると扉を叩いて呼んだ。
「おーい、ビアンカ。外に遊びに行かないか?」
「外っすか……アウラはどうするっすか?」
ビアンカは扉を開け俺の顔を見たが、眉を寄せ珍しくはっきりしない態度を見せた。
「えっ!? そ、その……この街って、村よりも人が多くいたわよね……」
アウラはビアンカに尋ねられ、頬を赤くして返事をする。
きっと街の散策には行きたいが、恥かしがり屋な性格のため戸惑っているのだろう。
「そんなに気にしなくても、ローブのフードを被って、みんなで固まって歩けば大丈夫じゃないか? それよりも、この街にしかない様な珍しいものがあるかもしれないぞ」
「「えっ!?」」
ビアンカとアウラは珍しいものが気になったのか、互いに顔を見合わせている。
ふたりとも好奇心は旺盛であった。
「そ、それなら……一緒に行ってあげてもいいわ」
「そ、そうっすね……アタシもカザマがどうしてもと言うなら、付いて行くっす」
結局、二人ともそそくさと外出の準備を始め、俺とコテツはふたりが部屋から出るのを待つ――。
俺は街中をビアンカとアウラと一緒に歩いている。
コテツは俺の後ろについて歩いているが、周囲の視線が気になっていた。
ビアンカとアウラは、俺を挟む様に歩いている。
だが、それは三にんで仲良く歩くというより、俺の両腕に張り付き連行されている様であった……。
(ふたりのお、おっ、胸が当たっている。嬉しいけど……)
「ふ、ふたりとも……もう少しだけ、離れて歩いてくれないか……き、気持ちは嬉しいが、歩きづらい……」
俺は左右の暖かで柔らかい感触に包まれながら、緊張を隠せずにお願いする。
「な、なんすか? みんなで固まって歩けばいいと言ったのはカザマっすよ」
「そ、そうよ……カザマが言ったわ。それから、自分で言ったのに、さっきから腰が引けて歩き方が変だわ。そんな歩き方をされると目立って困るわ」
俺のお願いに対しビアンカが文句を言ったが、アウラに到ってはわざとであろうか。
俺は顔を真っ赤にしてアウラに言い返そうするとするが。
「し、仕方ないだろう。そ、そんなに密着されると目立つだけでなく、別のものが立って……!? い、色々とあるんだよ……」
(本当に、アウラはいつもいつも余計なことばかり言って……)
俺は自分の下半身の状態を話すことが出来ず、色々な意味で持て余している気持ちに耐えた。
ビアンカとアウラは、不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「確かにそう言ったが……歩きづらいし、さっきから周りの視線が気になる。二人とも目立ちなくないのだろう?」
改めて言い直したが、俺の話を聞いたビアンカとアウラは、俺を挟んでまたも顔を見合わせる――。
しばらくして、俺はビアンカとアウラの手を繋いで歩いていた。
さっきよりは歩き易くなったが、相変わらず周囲の視線が気になっている。
俺は後ろを向いて、コテツの顔を見た。
「うむ、困った時にそんな表情をして、私を見るのは止めてくれないか……。先程から視線が気になっているのであろう? ローブで顔を覆った女を左右に連れて歩いていれば、目立つに決まっているではないか。貴様は、そんな常識も分からんのか……」
コテツは溜息が出そうな口調で説明してくれたが、溜息を吐きたいのは俺の方である。
しかし、これ以上良い方法を思いつかず、このまま二人の手を繋いだまま歩いた。
俺たちは市場の方から、人通りの少ない方に向かって歩いている。
開店前の店が並んでいる通りに出ると……酒場の隣に、気になる店を見つけた。
「あの店は……もしかして、カジノじゃないのか?」
「カジノって、何かしら?」
俺の言葉にアウラは柳眉を顰め、不思議そうに尋ねる。
ビアンカは人混みを抜け出して疲れているようだ。
「カジノはお金を賭けて、ゲームをして遊ぶ大人の遊技場のことだ」
「お金を賭ける? ゲーム? 遊技場? どれも意味が分からないわ?」
「アタシはどうでもいいっすが、遊ぶ場所というのが気になったっす」
アウラは初めて聞く言葉に碧い瞳を輝かせていたが、ビアンカは遊びという言葉が琴線に触れたようである。
折角手を繋いで身体が離れたのに、再びアウラとビアンカは俺に抱きつき顔を近付けてきた。
(はっ!? お、おっ、胸が当たって、さっきよりも押し付けられて……い、息が、顔に当たってる……)
自分の顔が赤くなり、緊張で口が開き鼻の下が伸びているのを感じる。
「こ、ここは、夜からしか開いてないみたいだ。それから、こういう店ではローブで顔を隠したりすると、怪しまれて入れないかもしれない。そもそも、俺の様な大人が遊ぶ店だからな……」
俺は、この状態を何とかしようと昂る気持ちを抑えて、店の中のマナーについて説明した。
アウラとビアンカは、ふたりとも密着していた俺の身体から離れると俯いて歩き出す。
――夕食後。
俺は、コテツを連れてカジノの前にいた。
ペットは禁止だと言われると面倒なので、コテツには人型になってもらっている。
「何だか、虎というより……頭だけ見ると、パンダみたいですね」
「うむ、これは仮の姿だ。余計なことを言うなら付いていかないぞ!」
コテツは、俺の感想を聞くと怒ってしまった。
コテツの人型は、白髪に獣耳が黒色で尻尾が白虎模様。
身長はグラッドと同じくらいの若い男の姿をしている。
俺はコテツにお小遣い十万ゴールドと、今回もモーゼスさんから渡された旅の旅費を預けた。
「俺も十万ゴールドだけ使うことにします。万一旅の旅費に手をつけると後が怖いので、念のためコテツが持っていて下さい」
「うむ、金がなければ仕方がない店なので……十万ゴールドはありがたいが、お前は女だけでなく、金にも節操がない人間なのか?」
コテツは俺が渡したお金を受け取ると、とんでない事を言い放つ。
「な、何言ってるんですか! 俺は今まで、彼女が出来たことすらないんですよ! そういう勘違いをされると……また誰かが誤解して、ヒドイ目に遭いそうなので止めて下さい! それから、お金については……ギャンブルは未成年なのでやったことがなくて……万一を考えてです」
俺は鼻息を荒くしてコテツに説教をしてしまった。
コテツは人型になってからも無表情のままである。
俺たちは少し気まずい雰囲気になり、カジノの中に入ると別行動になった――。
数時間経過して、俺はカードゲームで無難に十万ゴールドを五十万ゴールドに増やしてゲームを止めた。
毎回のギルドのクエスト報酬はいつもこの金額なので、わずか数時間遊んだだけで危険なクエスト分の金額を稼いだことになる。
俺は、ギャンブルに夢中になる大人の気持ちが少し分かった気がした。
コテツを探してしばらく店内を歩いていると、コテツと同じ獣種のヒトたちが集まっているコーナーでコテツを見つける。
俺は自分よりも大きなヒトたちをすり抜ける様に中に入ると、そこがルーレットゲームのコーナーだと分かった。
テーブルの前ではパンダ模様の頭の男が、無表情のまま大量のチップを動かして周囲のヒトたちの歓声を浴びている。
「あわわわわわわわわわわ……コ、コテツ……」
「うむ、もう少し待て……」
「な、何ですか? その大量のコインは……」
「うむ……少し黙っていてくれぬか……」
コテツはゲームに夢中になっているのか、契約してから初めて俺の言葉を遮った。
しばらくコテツの様子を呆然と眺めていたが、コインの枚数が増えていくだけで一向に終わる様子がない。
念話で問い掛けても返事がなく、段々怖くなってきた……。
(まさかコテツが、こんなにギャンブルが得意だとは思わなかった。こういう場所なので魔法の類は使えない筈だからな……。それより、あれはどうみても興奮して嵌ってしまった様にしか見えない。俺が止めなければならないのだろうが、全く聞く耳を持たない雰囲気だ。どうしよう……)
俺はしばらく困惑していたが、リヴァイのことを思い出す。
(リヴァイ? 起きてますか? 俺です。カザマです……ちょっと、困っているのですが……)
俺は、まだそれ程遅い時間ではないが、恐る恐るリヴァイを意識して問い掛けた。
背後から突然、聞き覚えのある子供の声が響く。
「おい、お前、俺を子供扱いするな。俺のこの姿は、仮の姿だと言っただろう」
「おーっ!? 何だ? 突然、子供が店の中に現れたぞ!」
周りにいた客が驚いて声を上げる。
『お前か! 俺のことを愚弄したヤツは!』
リヴァイは、人間では起こし得ない様な発声で怒鳴ると、客の一人の胸倉を掴んで宙に浮かせた。
「ヒィイイイイイイ――っ! ス、スミマセン! 勘違いでした!」
リヴァイは無垢な少年の容貌のまま、余計なセリフを吐いた客を放すと、周りが静かになる……。
だが、俺はリヴァイの愛らしい姿を見て昂った。
「リヴァイ、会いたかったですよ! 本当に来てくれるとは思っていませんでした!」
思わずアウラの弟のアルベルトを思い出して抱きしめたくなる。
「や、止めろ! その言い方とお前の顔は……何だか気色が悪いぞ……」
リヴァイは俺の気持ちが分かったのか不明だが、初めて表情を曇らせた。
「あっ!? コテツがルーレットゲームに嵌ってしまったみたいで、止める気配がありません。俺の言葉は届かないみたいで……」
「おい、お前……俺をそんなつまらない用件で呼び出したのか?」
リヴァイは俺の話を聞いて呆れた様に、曇らせていた表情を平坦に変えた――。
「おい、白いの! カザマが泣きそうになってるぞ! いい加減、遊戯は止めたらどうだ」
「うむ、少し待て……!? 子供がこんな所に来ては駄目だ。早く家に帰りなさい」
リヴァイがコテツに初めて声を掛ける様子に、俺は胸を高鳴らせていたが、コテツのリヴァイに対する返事を聞いて恐怖に変わる。
「おい、白いの……」
「ああああああああああああ――っ! リヴァイ、スミマセンでした! 俺が止めるので、後はいいです! 本当にスミマセン! コ、コテツも次で最後にして下さい! 絶対ですよ!」
俺は周りの店員と客が動きを止める程大声で叫び、リヴァイとコテツの間に入り、リヴァイの話を途中で遮った。
リヴァイが怒ったらどうしようかと思っていたが、リヴァイは俺の話を黙って聞くと、少し離れた場所へ下がる。
リヴァイは以前召還した時と変わりなく、空気が読めるヤツだった。
「……待たせたな。最後は一気に勝負するつもりだったが、興が冷めたのでこのくらいにしておこう……」
コテツはカジノで稼いだコインをすべて俺に渡そうとしたが、量が多過ぎる。
「こ、こんなに要らないと、思うのですが……」
「うむ、金が多過ぎて困ることはあるまい。持ち運びが不便ならギルドに預ければ良いだろう?」
「はっ!? ギルドで、そんなことが出来るのですか? レベッカさんは、そんなこと教えてくれませんでしたよ! 寧ろ、毎回クエストが終わる度に、賞金を取りに来るが遅いと叱られていましたから……」
俺はコテツの話を聞くと、興奮してコテツに問い質してしまう。
「レベッカのことは知らぬが、試しにコインの換金を現金ではなく、ギルドに預ける様に話してみろ」
俺はコテツの話を聞いて頷くと、そのまま換金所に行ってコインをお金に変えてギルドに預ける手続きをした。
冒険者クリスタルには、レベルやステータスなどの他に、所持金と前歴が表示される……。
(俺の所持金は、五千万ゴールドくらいになっている……!? 前歴、無銭飲食……)
俺は呆然とクリスタルを眺めた。
「おい、白いの! さっき、俺のことを子供扱いしただろう……」
「うむ、さっきはゲームに集中していたからな……。いきなり、そんな姿で現れたら誰でも間違えるだろう? 私は悪くないぞ」
「おい、白いの! お前、開き直るつもりか……」
「うむ、では、他の客で子供だと間違えた客はいなかったか? 誰もいなかったのなら、私に非があったと謝罪しよう」
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
「むむむむむむむむむむ……」
「……はっ!? ふ、ふたりとも何やってるんですか? そんな所で詰まらない意地を張らないで下さい。みんながこっちを見てますよ! ただでさえ、大金を稼いで目立ってるのに……」
俺が少し目を離した隙に、リヴァイとコテツが言い争いから、一触即発の睨み合いになっている。
厄介事は勘弁して欲しいとばかりにふたりの間に入ると、ふたりの手を引き店を出た。
「――おい、いつまでオレの手を引いている」
「えっ!? べ、別にこのくらいいいじゃないですか?」
「では、何故白いヤツの手は離した」
「だから、これくらいいいじゃないですか?」
「き、気色悪いぞ! おい、白いの! お前も何か言ってくれ!」
オレは頬を緩ませリヴァイの手を握っていたが、リヴァイは何か勘違いして動揺しているようだ。
コテツは俺から少し離れていたが、リヴァイの話を聞き流して、近くにある酒場に誘った。
「うむ、折角だから、稼いだ金で酒場にでも寄っていこう――」
酒場に入ってから、俺はふたりにお互いを名前で呼ぶ様にお願いする。
先程から、分かり難かったので、ふたりとも了承してくれた。
「リヴァイ、そういえば酒場に入って思い出しましたが……グラッドとも知り合いなんですか? グラッドはコテツだけでなくて、リヴァイも呼ぶ様に勧めてきましたよ?」
「ああ、アイツか……女好きのお調子者のことだろう……」
「やっぱり、知り合いだったのですか? その様子だと、仲が良い訳ではなさそうですね……」
「うむ、グラッドは、お前が面倒事に巻き込まれるのを面白がって言ったのだろう。……それより、お前はリヴァイの話を聞いていなかったのか? リヴァイは、この土地のドラゴンに遠慮していたのだぞ」
「おい、コテツ! 俺は決して遠慮していた訳ではないぞ! オレは賢いから利益のない争いが起こらない様に、配慮していたのだ」
「リヴァイ、辛くなったら無理に話さなくていいですから……」
俺とリヴァイの話にコテツが加わったが、リヴァイが自分で賢いと言ってる姿を見て、子供が意地を張ってる様にしか見えない……。
(リヴァイが言う配慮は、コテツが指摘した遠慮と表現は違うが、言葉自体に大した違いはない……やっぱりリヴァイは、空気はそれなりに読めるが、頭はあまり賢くないらしい……)
俺は、静かにリヴァイの頭を撫でた。
「おい、お前、俺を馬鹿にしているのか……」
「えっ!? い、いえ、そんなことはない……!?」
俺は笑顔でリヴァイの言葉を否定しようとしたが、話の最中にリヴァイからゲンコツをくらって床に叩きつけられてしまう。
「うむ、少しやり過ぎではないか?」
「おい、コテツ、煩いぞ。加減はした……今のカザマなら少し気絶する程度だろう。それより用事があって、ここに立ち寄ったのだろう……」
コテツとリヴァイの話が聞えていたが、少しずつ意識が遠のいていった――。




