7.二天一流
「そろそろ良いかしら?」
エリカは表情を再び引き締めた。
「ああ、そうだな……」
俺はエリカに返事をしたが、適度な緊張感を漂わせるエリカに対し動揺していた。
(勝てる気がしない……決闘で召還魔法は使えないし……!?)
俺があれこれ考えている間に、エリカが居合いの構えから距離を詰める。
『ウインド!』
「出たわ! カザマの得意技の破廉恥魔法だわ!」
俺は咄嗟に得意の魔法を発動させて防御しようとした。
だが、エリカはまるでフェイントをしたかの様に、一歩も動いていない。
(確かに、居合いで距離を詰めた筈だが……!? アウラのヤツ、喧しいぞ!)
再び、仕切り直しの様に、エリカと睨み合う。
しばらくエリカは、俺の破廉恥魔法を見つめていたが……。
「何、これが、マー君の魔法なの? 外野から破廉恥魔法って聞えたけど……!? まさか、マー君! この魔法で、誰かに如何わしい事でもしたのかしら?」
柳眉を寄せていたエリカだったが、急に表情が弛緩すると冷たい眼差しに変わる。
(こ、こ、怖ーっ! アウラのヤツ、余計なことを言いやがって……殺されるかもしれんぞ……)
『ウォーター!』
『ファイヤー!』
俺は風魔法をキャンセルさせて、水と火の魔法で霧を発生させた。
まともに近接戦闘しても勝てないという直感に従ったのだ。
そして、ニンジャのスキルで気配を消し、不意を衝こうと考えた。
ちなみに、今は曇っているが晴れていたら『光の屈曲・拡散魔法』を発動させていただろう。
「もしかして、こんなもので私の目を奪ったつもりかしら……」
エリカは言い終わったと同時に、初めて刀を抜いた。
すると、刀の斬撃一閃で、俺が起こした霧を吹き飛ばしてしまう。
「な、なかなかやるじゃないか……」
「マー君、声が震えてる。ついでに口元も強張っているわ」
(流石に、付き合いが長いだけに、俺の様子が分かるようだ。それなら、知らない面で……)
『ウォータ!』
『ファイヤー!』
再び霧の魔法を発動させるが、エリカに吹き飛ばされた。
それでも、懲りずに何度も繰り返す――。
エリカは、俺が向きになったと思っているのか、その都度同じ様に吹き飛ばした。
しかし、幾度も繰り返すうちに、少しずつ霧が濃くなる。
今は、刀の斬撃だけでは消さない……。
「マー君、考えたわね。繰り返し周囲に霧を発生させて、私に吹き飛ばさせて広範囲を高い湿度で満たしわね。でも、所詮は小手先の知恵ね。私は真正面から切り伏せてあげるわ!」
エリカは俺の意図に気付いた。
しかし、俺の策略に乗せられたのが癪に障ったのか、余計に昂った様に見える。
『アース!』
俺は土魔法を発動させた。
「何のつもり? 自分の周りに砂を巻き起こして、更に目眩しのつもりかしら? でも、それは悪手だわ。位置がバレバレよ!」
余裕で俺を罵るエリカに、俺は口端を吊り上げる。
「エリカ、魔法攻撃への耐性は多少あるよな? 一応、威力は弱めてやるよ」
俺はエリカに左手を翳した。
(氷の刃よ、突き刺され!)
氷の刃が無数にエリカ目掛けて放たれる。
エリカはグッと奥歯を噛む。
「馬鹿にしないでよ……こんなもの!」
自身に放たれた氷の刃をすべて刀で防ぐ。
俺はその隙に、エリカの背後を衝いた。
『アース!』
(氷の刃よ、突き刺され!)
今度も同じ様に刀で防がれる。
だが、俺は再びエリカの斜め後方に移動すると、同じ様に魔法を放った。
それが、幾度も続けられる――。
そろそろ十回くらい同じことを繰り返しただろうか。
エリカは痺れを切らしたかの様に口を開く。
「いい加減にしてよ! こんな魔法じゃ、私に傷つけることは出来ないって分かるでしょう! 馬鹿にしてるの?」
エリカは、先程にも増して気分が高揚したというより……怒っていた。
俺はそんなエリカの様子を見て、初めて直接攻撃を開始する。
まずは後ろからエリカ目掛けて真っ直ぐに跳躍して刀を振り被り、手前で向きを変えた。
エリカも当然、俺の動きに反応して身構える。
エリカが応戦してくる前に、別の場所へ移動。
更に跳躍して、距離を詰めて攻撃の構えを見せる。
俺は、この間合いの詰め合いを何度も行った。
「マー君、魔法が効かないからって……今度は死角から刀での攻撃? 何度やっても隙なんかないわよ! そんなことより、いい加減イライラしてきたわ。正面から向かって来なさいよ! 私の方が強いから、胸を貸してあげるわ!」
エリカは益々イライラして怒りが増したようだ。
俺は、先程と同じ様に途中で向きを変える。
しかし、次は初めて懐まで近づいて刀を振った。
当然の様にエリカが受け止める。
俺は受けられた刀の反動を利用して、別の場所へ移動すると、同じ様に攻撃を仕掛けた。
「初めて直接攻撃して来て、潔いと思ったら……何だか逃げ腰ね……マー君、男なら真正面から打ち合ってみなさい! 私の方が強いから、負けても恥かしくないわ!」
エリカは先程からイライラしているだけだと思ったが、挑発している様にも見える。
(何て、心理戦の下手なヤツなんだ……)
俺はこれまでと同様に、フェイントを混ぜてヒットアンドアウェイを繰り返した。
数十回繰り返すと、少しずつエリカの動きが遅くなってきた様に感じる。
そして、それは唐突にやって来た。
「あっ!?」
エリカが突然気の抜けた声を吐いた。
俺の動きに足を滑らせたのである。
俺は変わりなく、フェイントを混ぜてのヒットアンドアウェイを繰り返した――。
先程から黙って見つめていたみんなの様子が変わっている。
「どういうことなの?」
「アウラ、カザマはすべての魔法を無駄に放っていた訳ではないの。先程までの魔法は、今の状況を作り出すための布石だったのよ」
アウラの問い掛けにカトレアさんが答えた。
そして、アリーシャが更に詳細に説明する。
「そうですね。実に小賢しいというか……巧妙ですね。霧を多発させていたのは視界を悪くする他に、地面を湿らせるつもりだったのでしょう。氷結魔法もエリカの周りだけ霧散していましたし……。それから、エリカを同じ場所に釘付けにして、どんどん足場を悪くさせる中で、自分の足場は砂魔法で整えていましたからね。幼馴染と真剣勝負なのに、やっぱり小聡明いです……でも、それがカザマなのでしょう」
(聞こえてるぞ! さっきから酷いぞ! 俺の悪口ばかり言ってないか! そもそも、毎日自分より強いビアンカと戦ってきたんだ……)
俺は声には出していないが、みんなの悪口に憤りを感じる。
エリカは汗と水で全身を濡らし、柳眉を寄せると危機的なヒロインの様に輝いた。
「う、うううううううう……なかなかやるじゃない……無理に抜け出そうとすれば、背後から攻撃が来る訳よね? それに、さっきまで意味がない事ばかりと思っていたけど、外野の人たちの解説で良く分かったわ。流石に忍者の家系と言ったところかしら……戦術に関しては、私より上だと認めてあげるわ……」
エリカは全身を濡らしているが、卑猥な思いは生じない。
それより格好良く見えるのが、自分の状況と違い腹立たしく感じた。
しかも、俺の攻撃を受けて、歯を食い縛りながら言葉を並べている。
俺は、キラキラして見えるエリカに、ニンジャらしく感情を殺す。
エリカの問答に付き合う気もなく、坦々と仕留めに入ろうと機会を狙う。
そして、エリカは足を滑らせたのか、攻撃に耐えらなかったのか膝を着いた。
俺はこの機を逃さず、後ろから仕留めに入ろうと攻撃の体勢に入る。
だが、エリカは動こうとしない。
俺は寸止めするつもりでいたが、刀を受けられて驚愕する。
「な、何ーっ!? 二刀流……?」
エリカは、俺に対して初めて他人を見る様な、能面な表情になった。
「ああ、使ってしまったわ……認めるわ。マー君は、強いわ……だから、『二天一流』で相手をしてあげる」
先程まで興奮して怒ったり、防戦で必死になっていた姿が嘘のようだ。
エリカは、ただひたすら燃える様に、熱い闘志を俺に向けた……。
(やっぱり、武蔵の子孫って、伝承通りなのか……)
エリカは右手の刀を振り被ると、一気に俺の間合いへ入った。
そして、あれ程苦しんだ泥濘からも脱出している。
俺は、エリカの右手からの袈裟懸けの斬撃を刀で受けた。
そこへ、今度は間髪入れず左から脇腹目掛けて刃が迫る。
しかし、俺は受けた刀の反動を利用して左に回転すると。
下から突き上げる様にエリカの左手を回し蹴りで、蹴り上げた。
エリカは動きを止め、顔を顰める。
「いったーい! マー君、そんな体術まであるなんて、聞いてないわよ!」
俺は緊張感溢れる場面にも関わらず、顔が引き攣る。
「ご、ごめん! 俺も本当は蹴りたくなかったけど……あーでもしないと……俺は死んでたよな? それに、先に二刀流を使ったのは、エリカの方だぞ!」
俺の突っ込みに、エリカが頬を赤く染めて膨らませた――。
「ちょっと、さっきからなんすか! 二人とも乳繰り合いじゃないっすよ!」
外野から初めてビアンカの声が響いた。
俺とエリカは皆の方に顔を向けたが、他の皆もビアンカと同じ様に思ったのか、視線が冷たい……。
(ビ、ビアンカのやつ、大人しくしていたと思ったら……!? アイツ、結構難しい言葉も知ってるんだな! だけど、微妙に言葉の使い方が間違ってる……)
エリカは顔を真っ赤にして言い放つ。
「こ、恋人同士なんだから……そ、その、仲が良くても可笑しくないでしょう!」
「「「「開き直った!」」」」
四にん同時の突っ込みが入り、流石に俺も恥ずかしくなり動きを止める。
「ち、違うからな! お、俺は……」
エリカは頬を赤くしたまま、真顔になって声を上げた。
「も、もう良いわ! マー君、少し本気になってあげるわ!」
「ちょ、お前、何言って……」
俺の言葉が耳に入らないのか、エリカは顔を赤くしたまま刀を振う。
俺は同じ様に防ごうとしたが、左の攻撃が先程よりも速い。
左手を蹴り上げるのでは、間に合わない。
屈んで避けて、軸足を蹴り払おうとする。
しかし、次の右の袈裟懸けの斬撃も先程よりも速い。
蹴り足を右手目掛けて蹴り上げる様に修正する。
そこで、今度はエリカの方が攻撃を変えた。
右の斬撃はフェイントで、先程空振りさせた左の刀を振り戻す様に一閃させる。
俺は蹴りを止め、低い姿勢から跳躍して、一旦距離をとろうとした。
だが、エリカは空振りすると分かっていた筈なのに、刀の動きを止めない。
左右の刀を振りながら俺に突進してきた。
(段々、速くなってないか……)
エリカの刀の斬撃が、一振り一振りする毎に加速し始める――。
ビアンカが先程から急に興奮した様に、身体を動かしながら喋っている。
「おーっ! 楽しくなってきたっす! 速いっす! 速いっすよ!!」
(ビアンカのやつ、人事だと思って……!? アイツ、割り込んで来ないよな……)
急に元気になったビアンカに不安を覚えた俺は声を上げた。
「おい、みんな! ビアンカが割り込んで来ない様に見張ってくれないか!」
「うー……何で分かったっすか……」
(ビアンカのやつ、やっぱり……それにしても、さっきから逃げ続けているが、どんどん速くなってるんだよな……威力も……)
俺は触れただけで身体が千切れそうな斬撃を、避けるというよりも逃げ続ける。
それでも、段々後がなくなってきていると感じていた。
(どうにかして、動きを止めないことには……!?)
俺は逃げながら、先程までエリカが居た場所へ移動する。
(凍てつけ!)
俺は辺りの地面を凍らせた。
あまり広範囲に使った事はなかったかが、水気が多くなっていたため可能だったのだろうか。
俺は足を滑らせながら移動する。
しかし、エリカは超高速の斬撃の最中、不意に足場が凍って踏ん張りが利かない。
美しい人形が動くかの様に、思い切り前のめりに転ぶ。
しかも、両手に刀を持っていたため受身を取れず、顔面から見事に突っ込んだ。
俺は、ピクリとも動かないエリカに声を掛ける。
「……だ、大丈夫か? ……エ、エリカ?」
そして、恐る恐るエリカに近づいた。
エリカは朦朧としながら顔を上げる。
「エ、エリカ!? ヒィイイイイイイイイ――!」
俺は、エリカの顔を見て悲鳴を上げてしまう。
エリカの綺麗に整った鼻から鼻血が流れ、顎から血がポタポタと流れ落ちている。
俺はその場で腰が抜けた様にしゃがみ込んだ――。
レベッカさんが、俺とエリカの前に立つ。
「そこまで! 誰か、エリカに治癒魔法をお願い!」
審判役に徹していたのか、終始無言だったレベッカさんが口を開いた。
演習場の隅っこで観戦していた皆も慌ててエリカの前に集まる。
そして、アリーシャがすぐに治癒魔法を掛けた。
エリカは顔を打った時に、軽い脳震盪を起こしたみたいだが……。
顔を拭くと、真っ直ぐに俺を睨んだ。
「ひ、酷いよ! マー君! 私が、正々堂々と向かい合っていたのに……」
エリカの頬からポロポロと涙が流れる。
「カザマ、恥を知りなさい! 先程からの戦い方は何ですか? これから、貴族となる身で……」
カトレアさんは、俺を思い切り罵った。
だが、最後に貴族がというのは、どういう意味だろうか。
アリーシャは、まるで俺の事を女性の敵の様な目で見つめている。
「そうですよ! 幾ら自分の方が弱いからといって……女の子相手に、限度というものがあるのではないでしょうか?」
「カザマ、破廉恥なだけでなく……卑怯者なの?」
アウラは相変わらず、何を言っているか分からない。
俺は顔を歪めながら、みんなに叫ぶ。
「確かに、結末を考えればやり過ぎたと思うよ! でも、俺だって、必死だったんだよ……そもそも、俺は何も悪いことはしてないだろう! いつもいつも寄って集って、俺ばかり悪者扱いして……」
俺は一生懸命戦った。
しかし、その結果は、いつも通り悪者扱いされて我慢出来なかったのだ。
「カザマ、何も泣くことはないでしょう……私も言い過ぎましたから……」
「カザマ、私も言い過ぎたわ。ただ貴族の決闘とは……あまりに言い難い様子に……」
「カザマ、卑怯者は言い過ぎたわ……今回は破廉恥なことはしなかったわ」
アリーシャが言い過ぎたと慰めてくれた。
カトレアさんも言い過ぎたと言ってくれたが、先程から貴族って何だろうかと気になる。
アウラも訂正してくれたが、何だかイラっとさせられた。
みんな各々違うが、何だかんだ言っても俺の事を気遣っていると分かる。
ビアンカは、みんなの話しを聞きながら首を傾げていたが。
「みんな、何訳分からないこと言ってるんすか? 勝負はカザマの勝ちっすよね?」
「……そ、そうね。エリカは、最後気を失い掛けていて戦闘不能だったから、一応カザマの勝ちになるわね……」
レベッカさんは、ビアンカの問いに独りだけ反応して答えたが、顔が引き攣っている。
みんなそれぞれ感情的になっていたが、ビアンカだけは全く動じなかったのだ。
(ビアンカは、本当に揺ぎ無いな……)
俺は度々思わされたが、今回もビアンカに感心する。
「そうね。私の負けだわ……今回は潔く引き下がるわ……」
エリカは既に立ち上がっていたが、俯いたまま俺たちに話した。
俺は落ち込んでいるエリカに、どう話して良いか分からず無難に声を掛ける。
「そ、そうか……まあ、色々とあると思うが………エリカも慌てずに、もっとこの世界を楽しんで、友達でも作ったらどうだ?」
「そ、そうね……私も楽しもうかな。友達を作ったりとか……」
「そ、それはいいと思うぞ!」
「そう、それじゃあ……私もここで、しばらく修行するわ!」
破顔するエリカに、俺は顔を引き攣らせる。
「はっ!? な、何言ってんだ。お前……」
自分で勧めたものの、エリカがここでの生活を望むとは全く考えていなかった。
俺はどうやって断ろうかと考えていたが……。
「そうね、まずは教会で相談してから、モーガン先生に聞いてみましょう」
「私は、今更ライバルが増えたところで構わないわ」
「私もカザマと同郷の方と過ごせるのは楽しみです」
「アタシは、さっきから戦ってみたいと思っていたっすよ!」
既にレベッカさんは、ヘーベと話しをしようと段取りを考えている。
カトレアさんは妹弟子をライバルって何だろうか。
アリーシャは俺の国に興味を持っていたし、ビアンカの性格だと面白ければ構わないのだろう。
アウラだけ何も口にしないのに訝しさを抱いていると、耳まで真っ赤にしてモジモジしながらエリカを見つめている。
その後、モーガン先生の家でエリカとレベッカさんは、お茶を飲みながらみんなと雑談して教会に戻った――。




