8.幼馴染の同居
――夕食。
みんなはいつもと変わりない様子だが、俺だけ食欲がなかった。
「カザマ、やっぱりパスタが食べたいのですか?」
アリーシャが食の進まない俺を気遣ったが……。
昼間のことを心配したのだろうか、全く勘違いなことを言ってきた。
俺はどの様に答えようか戸惑いつつも、
「……いや、パスタは関係ないんだ。そもそも俺の国は、米が主食だから麺類のパスタをいつも食べたい訳ではないんだ」
「そうなんですか? それにしてもパンではなく、米とはやっぱり変わってますね?」
アリーシャは俺の返事を聞くと、今度は不思議そうに首を傾げた。
「まあ、そうかもしれないが、俺が悩んでいるのは料理のことじゃないんだ。これからエリカが修行に来るだろう。それで、どういう生活になるかと思ってな……」
アリーシャに悩みを話すと益々現実味を帯びて、項垂れる。
「カザマ、何の話をしているのだ?」
モーガン先生も先程から話を聞いていたのか、気になったようだ。
「先生は、まだ何も聞いてない様子ですね。多分、今日・明日くらいに教会から連絡が来ると思います。昼間先生がいない間に俺の幼馴染が来て、ここで修行をしたいと言い出しまして……」
モーガン先生に、今日の経緯を説明した――。
モーガン先生は俺の話を聞くと、みるみる表情が険しくなる。
「何だと……ワシがいない間に、そんな面白いことがあったのか! 全く、お前というヤツは、実に怪しからん!」
モーガン先生はいつもの様に俺を叱りつけたが、相変わらず羨ましそうである。
「そんなに羨ましいなら、先生に代わってもらいたいですよ……」
俺は溜息交じりに、思わず本音を漏らしてしまう。
「何だと……まるで、ワシが暇人のようではないか! ワシは王都や周辺諸国の政治、外交的な事から環境問題まで、それはそれは多種多様に……」
先生が結構凄いことを話しているようだが、話が長くて途中から聞き流してしまう。
俺はそんなことよりも、エリカをどうするかで頭の中がいっぱいだった。
アリーシャは訝しげに俺を見つめているが、
「カザマは、そんなにエリカと一緒に修行するのが嫌なのですか?」
少し怒っている様にも感じた。
「いや、そうじゃないんだ。一緒に修行するのが嫌じゃないんだ。少なくとも青空教室に限っては、俺と同等か……いや、教えるだけなら、エリカの方が上手いかもしれない」
怒って見えるアリーシャの誤解を解こうとしたが、俺の話にモーガン先生が食いつく。
「ほーっ……それは逸材ではないか……!? お前、ワシが話していたのを聞いてなかっただろう!」
「えっ!? 先生、まだ話していたんですか?」
「お、お前というヤツは……ワシは一応、賢者だというのに……」
モーガン先生は、俺たちが別の話をしていたのに、まだ話を続けていたらしい。
先生は誰も話を聞いてくれてないと思ったのか、落ち込んでしまう。
俺は面倒なので、直接モーガン先生に聞いてみた。
「先生、みんな先生を蔑ろにしている訳ではなくて……!? それより、新しい弟子はどうするのですか?」
先生は先程までの事を根に持っているのか、
「ワシの話は聞き流して調子良くないか? まあ、教会からの話を聞いてからだが……カザマは、どうしたいんだ?」
眉間に皺を寄せていたが、眼力を強くして見つめる。
そして、俺はここぞとばかりに力説を始めた。
「俺とエリカは、全く別のタイプなので修行内容が違います。俺はそもそも魔法の修行が目的で先生のところに修行に来ました。しかし、エリカは何を修行するのでしょうか? それから、俺とエリカが一緒に下宿すると、教会を管理している人が独りになってしまいます。そ、それにですね……」
途中まで言い掛けたところで、先生が俺に対して怪訝な表情を浮かべ話しに割り込む。
「今、お前が話したことなら、特に問題ないぞ。何を修行するかは本人次第だから、得るものがなければ止めれば良い。下宿は相談して決めれば良いだろう? 他にも、何かこの場で話せない様な、重大な問題があるのか?」
モーガン先生だけでなく、アリーシャもビアンカも真剣な表情で俺を見つめている。
「いえ、俺が夜中に襲われそうな気がして……」
俺は照れながら、頬を掻いた。
「「「はあーっ!?」」」
「お、お前は……みんなが真剣に話を聞いているのに……馬鹿にしているのか!」
「そうですよ! みんな心配しているのに、惚気話なんて……」
「今日も戦いの最中に、乳繰り合っていたっす!」
みんな一斉に驚いたかと思ったら、俺に対する言葉攻めが始まる。
モーガン先生は兎も角、アリーシャの惚気話とかビアンカの乳繰り合いとか完全に誤解だ。
俺は興奮のあまり立ち上がり声を荒げる。
「いや、違うんだ! 真面目な話なんだよ! アイツは俺のストーカーのなんだ! 本当なんだよ! 嘘だと思うなら調べてもらっても構わない!」
必死の反論に、三人とも顔を見合わせた。
「まあ、それが事実なら……健全な我が家で、そういう行為は遠慮してもらわないとな……羨ましい……」
モーガン先生がみんなを代表して返答する。
最後に呟いた言葉は勿論聞えていたが、面倒なので聞き流した。
「分かってくれましたか! もし、エリカが下宿するなら、俺は教会から通うことになりますね……」
俺の真剣な眼差しに、みんな困った様に互いに顔を見合わせ、これ以上話は進まなくなる。
――就寝前。
俺はベッドに横になって、今後のことを考えていた。
そこへ、ふとアリーシャの気配に気づく。
「!? アリーシャか?」
アリーシャは扉の前で、先に声を掛けられて驚いたのか。
「えっ!? は、はい……今、ちょっと良いですか?」
アリーシャだと確認すると、すぐに扉を開けた。
「久しぶりに、一緒に本でも読みませんか?」
アリーシャの言葉に、意表を衝かれつつも部屋に通す。
「えーと……確か、カトレアさんから借りて読んでない本が、あと一冊……」
俺は、カトレアさんから借りた本を落ち着きなく探した。
久々にアリーシャと本を読むのが、嬉しくもあり照れ臭くもある。
アリーシャはベッドの脇に腰を掛け、俺の様子を見つめていた。
「あったぞ……『貴族の娘と庶民の男が恋をする話』……これも似た様な話じゃないか」
俺が読む前にざっと本を見ると、アリーシャはクスクスと笑い。
「別に良いではないですか。折角だからお願いします……それにしても、カザマは随分本を読むのが速くなりましたね」
熱った顔を背けるように返事をする。
「まあ、初めに教えてくれた人が、凄かったんじゃないか……それより、読むぞ……」
そして以前の様に、アリーシャと一緒に仲良くうつ伏せになって並んだ。
久々だが、石鹸の香りと息づかいを感じて胸が高鳴った。
今回の本の内容は――
一度はお互いの身分の違いで、貴族の娘と庶民の男は別れたが。
他の国で暮らしていた貴族の娘が、危機的な状況に陥る。
そのことを知った庶民の男が助けに行き、そのまま結ばれるという話だった。
(分かってはいたが……相変わらずカトレアさんは、同じ様な話の本をこんなにどうやって探したんだろう? 本当に、こんな話の本が流行っているのだろうか……)
俺が首を捻りながら考えていると、アリーシャが隣で溜息を吐く。
「はーっ……カザマは、私が他の国に行って困っていたら……助けに来てくれますか?」
アリーシャは何時になく真剣で思い詰めた表情をして、俺に尋ねた。
俺は、どうしてこんなことを聞いてくるのだろうと訝しさを覚えるが……。
「ああ、勿論だ! アリーシャが困っていたら、どんなに離れていても、誰が相手でも、助けに行ってやる!」
迷いなくアリーシャに答えたが、アリーシャから何の反応もない。
もしかして、熱い返事にドン引きされたのかと肝を冷やす。
ゆっくり顔を隣に向けると、すぐ隣にいるアリーシャは耳まで赤く染め俯いていた。
アリーシャの表情を見たら、俺も恥かしくなってくる。
(良く考えたら、すぐ隣で息が掛かる程近くに、アリーシャがいるんだよな……)
しばらく、お互いに何も言えないまま顔を背けてしまう――。
アリーシャは、まだ余韻に浸っているのか頬を染めたまま。
「それでは……そろそろ私は部屋に戻りますね……何だか、もうこんな機会がないかと思ってお願いしましたが、最後の話はとても良かった気がします」
「ああ、そうだな……」
俺は訝しげに変事をしたが、アリーシャは自分の部屋に戻って行く。
(アリーシャのやつ、大袈裟だな。本くらい何時でも読んであげるのに……ああ、もしかして、エリカが下宿することを考えて……)
俺は納得する。
それから、エリカはやっぱり迷惑なヤツだと思いつつ眠りにつく――。




