1.幼馴染が妹弟子に
――異世界生活一ヶ月と二十三日目。
俺とエリカとの決闘から二日後の朝。
昨日は準備があるということで、今日からエリカが来るらしい。
結局どちらが下宿するかという問題は、俺がここの生活に慣れており。
北のゴブリーノ族やオーク族とも親しいことあって、俺が留まることになった。
それで、エリカはたまに泊まりに来るということになったのである。
その時は、入れ替わりで俺が教会に戻るつもりだ。
ヘーベを独りにしてはマズイだろうと、逃亡したことも忘れ使命感を抱いている。
朝食が終わった頃、外から荷馬車の音と嘶きが聞えてきた。
エリカが到着したのか、元気な声が玄関に向かって響いてくる。
そして呼び鈴が鳴ると、アリーシャが玄関を開ける前に、外から勢い良く扉が開かれた。
「改めて、初めまして! マー君の幼馴染のエリカです。どうか、気兼ねなくエリカと呼んで下さいね」
エリカはここぞとばかりに整った相貌に満面の笑みを咲かせ、勢い良く頭を下げる。
「初めまして、ワシがデューク・ド・モーガンだ! モーガン先生でよいぞ!」
モーガン先生は俺が初めて会った時の様に、威風堂々と胸を張り自己紹介した。
「モーガン先生、これからよろしくお願いします」
エリカは、モーガン先生に頭を下げる。
モーガン先生はゆっくり話し始め、握り拳を口元に近づけると咳払いをした。
「うむ、早速だがエリカ。ここで守ってもらいたいことがあるのだが……オホン!」
エリカは首を傾けながらも真剣に聞いている。
「カザマとエリカが同郷で、幼馴染なのは聞いている。それから他にも、許婚という噂を耳にしてな……。それは二人の問題で、他人がとやかく言うことではないのだが……ここでは、イチャイチャするのは禁止とする! 周りに悪い影響が出そうだからな。カザマばかり腹立たしい……」
モーガン先生は俺の希望通り、エリカの俺に対する過度な接触を禁止してくれたが。
最後に俺の悪口を言ったことも聞えていた。
エリカは先生の話を聞き、優等生らしい小さな笑みを浮かべ答える。
「はい、先生! 勿論、節度あるお付き合いをしてますよ!」
俺は取り留めのない違和感を覚えた。
(……してますよ……って、してないから問題なんだろうが……)
挨拶の最中に突っ込む気にもなれず、溜息を吐いて項垂れた。
「もう、マー君! 朝から溜息なんか、吐いたらダメなんだからね!」
エリカは、俺の気持ちを気にも留めない様な、余所行きの笑顔でウインクをしてきた。
「明るくてはっきりしていて、なかなか良い子じゃないか? カザマの被害妄想じゃないのか?」
モーガン先生は俺を訝しげに見つめている。
みんなも終始笑顔のエリカに騙されてか、同じ様な印象を受けているように見えた。
(違うんだ! みんな騙されてるぞ! これがアイツのいつものやり方なんだ!)
心の中の叫びを誰にも話せず、力を込めた拳を振るわせた……。
俺が世界の理不尽さを懐いていると、アリーシャが口を開いた。
「……私はアリーシャです。私も同じ様に留学生です。年は、今年で十四歳になります。理由が合って出身地は話せませんが、よろしくお願いします」
腹黒いエリカと違い、アリーシャの穢れない笑顔に癒される。
エリカはアリーシャに笑顔で握手をすると、視線だけ俺に向けた……。
「……い、痛い! そんなに強く握らないで下さい!」
アリーシャが悲痛な声を上げ、俺はエリカを叱り付ける。
「おい、エリカ! アリーシャに何、向きになってるんだ!」
エリカは俺に視線を向けた時に、何かを察知したのだろうか。
ライバルに対する挨拶の様にも感じられた。
何となく気まずい雰囲気を漂い出していたが、空気を読まない声が上がる。
「アタシはビアンカっす! この前の戦いは見ていてワクワクしたっすよ!」
ビアンカは尻尾を左右に振りながらエリカに握手を求めた。
アリーシャと握手している様子を見て勘違いをしたのだろうか。
ビアンカはエリカが強いと知って友好的だ。
「ビアンカは夜明け前に毎日俺と狩りをしたり、俺の格闘の相手をしてくれている……格闘の先生役みたいな感じかな? 年は俺たちより一つ年下だ。ウェアウルフのハーフで、満月の夜に感情が昂るらしいが……俺はまだ見た事はないな……」
念のためビアンカの挨拶に補足説明をした。
「ビアンカ、よろしくね!」
エリカはビアンカに握手すると、そのまま抱きしめて好意を示した。
(こ、こいつは……本当に、何て小聡明いんだ……)
俺は再び拳に力を込めたが、反対側の手で思わずアリーシャの頭を撫でる。
アリーシャは頬を薄く染めながら戸惑った様に、上目遣いで呟く。
「もーっ……何やってるですか? カザマ……」
俺は慌ててアリーシャの頭に置いた手を引っ込めた。
エリカはビアンカから離れると、
「マ、マー君!? 本当に何してるの! 先生、セクハラですよ!」
俺の胸倉を掴んでモーガン先生に訴えた。
アリーシャは顔をほんのり赤く染めたまま立ち竦んでいる。
モーガン先生は両手で髪を掻きむしり、
「ああああああああああああ――! 何で、お前は早々に話をややこしくするんだ! カザマ、みんなに謝れ!」
ツバを飛ばし、怒りを顕にしている。
俺に対して気を使ってくれたのに、俺の不注意で早々に台無しにしてしまった……。
(でも、本当に俺が悪いのだろうか? 確かに不注意というか……!? モーガン先生もエリカに、握手とかハグをして欲しかっただけでは……)
俺は、またも理不尽な思いを抱きつつも口を開く。
「み、皆さん、思わずというか……その、アリーシャの頭を撫でてしまって、スミマセン、でした……」
何で自分が謝っているのか、言葉にして益々分からなかったが、みんなに謝った。
「アリーシャ、もう大丈夫よ! これからは私がしっかり見張ってあげるからね!」
エリカはアリーシャに向かってウインクする。
(あれは、絶対にアリーシャに対する牽制だろう……決闘の時も何か勘違いしていたし、三つも年下相手にライバル宣言みたいな真似を……!? そういえば、今年十四歳になるって言ってたな……年はふたつしか違わないのか? 誕生日はいつなんだろう……)
俺は、エリカが本当に小聡明いヤツだと思いつつ、アリーシャの誕生日が気になった。
俺の誕生日に『混浴』という特別なプレゼントをしてくれたのだ。
そのお返しをしたい。
それから俺とアリーシャは、エリカを書庫に案内してカトレアさんに挨拶させた。
俺はその後、エリカを置いて演習場に向かう。
――演習場。
俺が演習場に着くと、アウラとビアンカが待っていた。
アウラは頬を薄っすら染めてモジモジしている。
「カザマ、エリカは来ないのかしら?」
いつも通り色々と勘違いしているだろうアウラに、俺は冷静に本当のことを伝える。
「ああ、あいつは魔法の練習はしないだろうし、傍にいると疲れるだけだぞ」
「誰がいると疲れるですって……」
いつの間にかエリカが引き攣った笑みを浮かべ、俺の後ろに立っていた。
「ヒィイイイイイイ――!? ち、違うんだ! エ、エリカは、魔法に関係ないから退屈するだろうと思って……」
俺は必死に言い訳する。
昨日は成り行きで決闘になったが、エリカと戦うのは懲り懲りだ。
エリカを前に窮地に立たされていると、
「あ、あのー……わ、私はアウラ……アウラ・クラルスよ」
アウラが顔だけなく耳まで赤くして、身体を捻らせながら挨拶をしてきた。
俺は驚愕し、今の状況も忘れてしまう。
「ア、アウラが会って、二度目で……しかも、自分から挨拶するなんて、可笑しくないか……あっ!? そういえば、俺にはちゃんと自己紹介をしてくれなかったよな? アウラの苗字って、クラルスっていうんだ……」
驚く俺に対して、アウラは顔を赤くしたまま声を上げて、
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない! 私だって女の子相手なら、ちゃんと挨拶出来るのだから……」
拗ねてしまったのか、俺から顔を背けてしまう。
「アタシもっすが……アウラは集落の人以外で、同世代の男の知り合いは、カザマだけっすよ」
ビアンカが横から解説してくれたが、ビアンカの場合は集落がないから、必然的に知り合いが俺だけだ。
俺はビアンカに続いて、アウラのことをエリカに説明する。
「アウラはな……稀少な精霊種のエルフだそうだ。森の北の方に集落があるらしいが、毎日転移魔法で通っているらしい……性格は見ての通り、極度の恥かしがり屋だが、変な拘りがあって、やたらと格好付けたがる性癖がある。それから賢いと聞いたが、思い込みが激しくて、いつも変な勘違いばかりするヤツだ。その癖、怒ると向きになるから気をつけた方が良いぞ……」
アウラは、俺が説明している最中も赤くなった顔色が変わらない。
だが、捻らせていた身体の動きが止まり、震え出す。
真っ直ぐに瞳を潤ませ、こちらを見つめている。
俺は苦手な自己紹介を手伝ったので、喜んでいると思った。
アウラは引き攣った口元から呟く様に声を出す。
「……カザマ、あなた、私を馬鹿にしているのかしら……さっきから、私の悪口ばかり言ってるわよね……」
俺は、てっきりアウラが喜んでいると思ったが、実は怒っていると気づいた。
アウラはゆっくりと両手を挙げる。
「エリカ、離れるっすよ!」
ビアンカがエリカの手を引いて、俺たちから距離をとった。
(ビアンカのやつ、エリカと上手くやって行けそうだな……)
「風よ! 渦巻け!」
俺がビアンカとエリカの様子に気を取られていると、アウラは魔法を発動させる。
(まさか、本当に魔法を使ってくるとは……アウラのヤツ、俺に対してだけ気が短くないか……!? 『トルネイド!』)
俺は、今まで使ったことがなかったが、咄嗟に無詠唱魔法を放つ。
アウラの風魔法はキラーアント駆除の時に見たので、思い出してイメージ出来た。
今回アウラが起こした竜巻は、以前見た時より小さく見える。
それでも、俺が起こしたトルネイドと同じくくらいの大きさだ。
その二つが、俺とアウラの中間辺りで衝突する。
そして、その衝撃の余波が周囲を襲った。
アウラは、先程とは別人の様に強張った表情に変わっていて。
身体の周りは、いつもの様にキラキラと輝いていた。
衝撃の余波はアウラを襲うかに見えたが、キラキラと輝いた障壁に遮られたようだ。
『ウインド!』
俺は破廉恥魔法を発動させて自分の周りに障壁を張った。
別に破廉恥な事をしていないのだが……。
俺は何とか、魔法の余波を凌ぎ切る。
「……ア、アウラ! いきなり危ないだろう!」
俺はすぐにアウラの前に立つと、思い切りアウラの頭を引っ叩いた。
「い、痛――い!」
アウラは両手で頭を押さえて蹲る。
そんな俺たちの様子を見ていたビアンカとエリカも駆けつけた。
「ちょっと、マー君! いきなり女の子の頭を叩くなんて、何やってんの!」
エリカは、問答無用で俺を叱りつける。
ビアンカもエリカと一緒に険しい表情を向けた。
「そうっすよ! カザマはアウラに対してだけ、いつも暴力を振るうっす!」
ビアンカの言葉を聞いたエリカは柳眉を吊り上げる。
「な、何ですって……マー君! この前、ヘーベにも殴り掛かろうとしてたけど……あれも、本気だったの!」
エリカは俺の胸倉を掴んで、凄い剣幕で問い詰めた。
「ちょっ!? お、俺は、悪くないだろう! それより落ち着けよ!」
俺は自分の身を守るために魔法を発動させたのだ。
しかも、あんなに危ない魔法を不用意に発動させたアウラを叱っただけである。
俺は自問自答すると額から汗を流し、エリカから視線を逸らす。
エリカは俺を睨みつけたまま、噛み締めた歯を覗かせた。
「それが、女の子に乱暴した男のセリフなの……」
エリカは、俺の顔面をグーで何度も殴りつける……。
俺は涙を浮かべながら叫ぶ。
「ヒ、ヒィイイイイイイ――っ! や、止めて……もうブタないで……」
そして、俺はエリカの拳を避けようと、両手で遮ろうとした。
「はっ!? な、何これ……ゴホっ! ゴホっ!」
咄嗟に砂魔法を発動させてしまったらしい。
エリカは咳き込んで、俺を掴んでいる手を緩めた。
俺はその隙を逃さずに、すかさず森の中へ身を隠す――。




