第六話 バカ騒ぎ
所々に苔の生えた古めかしい石で作られている遺跡に踏み入り、長い通路を通り抜けるとそこは―――。
「一面銀世界だった」
「なに寝ぼけてるのさ、騎士の詰所だから」
完全に言ってみたかっただけだが、最初の部屋は大きな広間となっていて警備と管理、及び調査として派遣された騎士たちの詰所になっていた。この遺跡が俺の見つけた一月以上前から非公開だったのは、発見の経緯が胡散臭かったからというのもあるだろうが、どうやら入り口に近いところは、騎士達自身で調査を行なっていたようだ。そして俺達の踏み込む場所は騎士が危険だと判断した場所からが始まりとなるわけだ。
「……」
「ビビってきたかジョイ」
「ビビってなんか……いや、ちょっとだけ不安はある」
「大丈夫俺もだ」
「心配するでないわ小童ども、コウジンとの闘争以上の脅威はそうはありはせんわ」
マイアがその小さな体に似合わない、柄の長いハンマーを肩に抱えながら鼻を鳴らしていた。ジョイとミミルの戦闘訓練は最初の頃は俺が見ていたのだが、マイアが居候しだしてからはマイアと精霊達もその役目を担うようになっていた。もちろん俺もいまだ未熟な部分を多々持ち合わせた者という認識があったので、手合わせを何度かおこなったのだが。
「コウジン並の奴が出てきたら即死確定だろうが」
強すぎたのだよコウジンは。明らかに手加減されているはずなのにジョイはおろか、俺でさえ実力の差が明白だった。
「狼を象る精霊の中では世界屈指であるからな。妾の一族とてあれに勝てるのはそうはおらんわ」
いるのかよ、それが驚きなんですけどこの超人一族は。マイアとも組手を何度かやったのだが、その身体能力は俺が全開で動く速さの一段だけ遅いくらいで、パワーに関してはなんと五分ほどだった。魔法は火に関しては上位まで使えると言っているし、戦闘経験は俺とは段違いな程に多いようだ。組手ではいい勝負をしていたが、もし真剣勝負になれば俺よりも強いと思う。そもそも龍人族のリーン王族は武家としての一面があるので、物心付けば男も女も訓練をしていくのが普通だったそうだ。種として最強とか言われている上に、努力家な一族とかハンパねぇ。
コウジンにも「強いっすね~」なんていったら「我なぞフィリー殿に比ぶればまだまだよ」なんて返されたし。フィリーさんどんだけなんですか。
「まあ初めて遺跡に潜るんだったら不安なのは当たり前だが、俺以外で一チームだと思って身だけ守ってりゃいいぜ。あとはおじちゃんが片付けっからよ」
「なんだかよくわからんが凄い自信ですね」
「このオッサン……いえ飲んだくれは見た目駄目人間だけど、冒険者としての腕前は一流よ。目の前に酒さえぶら下げてれば、百の魔獣にだって笑いながら突っ込んで帰ってくるわ」
「褒めるなよ~かわいいな~メリーは」
オッサン、またもほとんど褒められてないぞ。取り敢えずゾナは凄腕で、それをメリーさんはまるで虫のような扱いをしていて、ゾナはメリーさんを溺愛しているのは分かった。まあもしもの時は手袋の下に付けた『鍛錬の指輪』を外すし、マイアも精霊を呼び出すだろうから、よっぽどの事が起きなきゃ大丈夫なはずだが。
「さてここから先が本番ってやつだ。騎士共の話じゃここは魔法生物の巣窟らしい。大まかにいえばゴーレムだったり、液体生物のスライム系統だったりだが、どちらにしろ防御力とタフさが売りだ。物理攻撃も効きにくいし、魔法への耐性もあらかじめ備えられてるのが普通だ。そのかわり大体のやつが遅いし、形が同じ奴はほとんど同じ行動しか取らねえから対処はしやすいな。倒すのはちとしんどいが、弱点さえ見つけれれば簡単だな」
「どこかに動かすための核があるんですね?」
「そういうこった。そこを壊さないで倒すとなると、いちいちバラバラにするぐらいぶっ壊さなきゃいけないからな。再生能力だったり融合能力だったりを持ちあわせてたりする奴もいる」
「殺るなら様子見か、全力攻撃というわけじゃな」
「ご名答、だが俺の指示なく全力攻撃はするなよ? なにがあるかわからんのに、スタミナを無駄に消耗してたら帰ってこれん。普通の探索だったら日にちを分けるんだが、今回は急ぎのようだからな、若干の無理を押して目標物を見つけ出す。分かったか?」
「「「了解」」」
なるほど、このオッサン一流と呼ばれるだけはありそうだな。目付きも鋭くなってきた。
「んーうまいっ! やっぱ仕事前には一杯飲まないとな!」
一瞬目を離した隙に小さめの酒瓶一本空けてやがった。やっぱだめだこの飲んだくれ。
危険区域に入ってからしばらくは戦闘に入ることはなかった。どうやら俺らの前に入ったチームが根こそぎ始末してくれていたらしい。
「あの脳筋コンビは温存という言葉をしらんのか……」
通路に飛散するスライムであったであろう粘着質な液体。全身を覆う鎧が自立して動くゴーレムのバラバラになった腕や足が通路中に散らばっていた。どう見ても弱点狙いなんて繊細な戦い方はしてはいなさそうだ。
「障害物を取り除いてくれるのはいいんだけど……意外ね、小部屋なんかの探索はやっていないようだわ」
入り組む通路にはいくつもの小部屋があり、その中には宝ではないにしろ古代の遺物がある部屋があった。しかし先行のチームがその中を物色した形跡は今のところ見受けられない。
「もしかしたら……」
「どうしたんだ? なにか気付いたのかジョイ」
「遺跡って一番奥に一番重要な物があるんだよね? もしかしたらそれが狙いなんじゃないかな?」
なるほど、この潔い程の調べていない小部屋に脅威の進軍速度を考えるよそうなのかもしれないな。
「……訂正する。前に入った奴等はアホじゃない、頭のイカれた狂人か脳味噌の腐った痴れ者だな」
「なんでだ? 最高のお宝を目指すのはそんなに悪い選択ではないと思うけど」
「遺跡ってのは悪魔っていう魔獣を生み出すと言われている化物を封印している物か、重要な元研究施設か保管庫だ。構造や巣食ってる敵は千差万別だが、全部に共通する事が一つだけある。一番最奥には確実にとんでもない仕掛けと化物が居るってことだ」
「それを倒す自信があるんじゃないか? 魔獣専門みたいな戦闘タイプの冒険者なんだろ? 先行チームを率いている冒険者ってのは?」
「…………遺跡を完全に探索しきる平均期間は三年だ。その内三割が最下層攻略にあてられると言われている。俺だって挑戦するなら、ハルバードクラスの冒険者十人以上でチームを組んでからにするぜ」
オーケー先行チームがいかにアホなのかよく分かった。ていうか雇っているであろう学者はその知識知らないでここに来てるのか?
「まあいいわ。アホなチームが騒いで囮にでもなってくれている間に、私達は私達の目標を達成して行きましょう。ここはどうやら研究所だったみたいだし、魔法書は難しいけど石版とかならそれなりに出てくるはずよ」
さて探索を始めて丸二日が過ぎた。階層別にいうなら三階層分の小部屋を調べきって一旦上に戻り、騎士達の詰所を間借りして就寝を取ろうとしているところだ。遺跡では魔法生物でも魔獣でも一度倒してもしばらくすると、どこからとも無く湧き出すらしいが、魔法生物はまだ遅い方らしく見張り番を立てておけば遺跡内でも寝泊まりが可能だった。今は騎士たちもいるのでなおさらだ。
そんでもって今は見張りをゾナと俺が担当しいた。
「そういや魔獣とかが湧くダンジョンでの寝泊まりはどうなるです?」
「一日で帰って来れる範囲を探索しては帰るのが普通だが、寝泊まりまで想定するんだったら二十人規模で行けばなんとかなるかな」
「階層ってどれぐらいあるですか。この遺跡は山に丸々埋まってるみたいな形で深そうですけど」
「遺跡それぞれだが、今んとこ最高は二百十二階層だったはずだぜ?」
一階層一階層ごとがゆうに百×百はありそうなほどに横にだだっ広いのが二百階層とか古代人すげぇ。
「それにしてもおめぇやあの龍人の嬢ちゃんは、中々良い腕をしているじゃねえか。あのジョイっていう小僧も悪くないし、いいセンスしてやがる。子守りの心配なんて杞憂に終わってくれて助かったぜ」
「腕も何も、そこまで披露する場面なんてありませんでしたけど」
この二日間、魔法生物たちとは幾度と無く戦い、五十体ほどは討ち果たしたはずだ。しかしそのほとんどはこのオッサンが一人で瞬殺してしまっていた。オッサンの装備は脚甲に右肩だけに肩当をしていて他は黒と濃い茶色で染められ、胸元が開けた布の服を着込んでいるだけだ。オッサン曰く特殊な布で頑丈らしいけど。ちょっとだけ様相が和風というか、着物風だったんで後で買った場所を聞いておこうかな。
そして問題と言うか武器が特殊だった。『双転斧』という魔法具の中でもさらに希少な分類の魔装らしい。普段は二本の手斧としてゾナの腰元に収まっているのだが、戦闘になると柄の部分が伸びたり、刃がでかくなったり、二つが一つになったりとその形を次々に変えてしまう、なんとも不思議な武器だ。それを自在に操るゾナは魔法すら使わずに、石のゴレームやらスライムを殲滅していたのだ。おまけにそれで温存してると抜かすから恐ろしい。
「いやいや背中を気にせず戦えるだけでも楽々だったし、メリーの心配をしなくていいのはたすかってるぜ」
ゾナの印象は俺的にはかなり良い印象が強くなってきた。
「カァー! 仕事の合間の酒もうまい!」
この酒癖を抜けばの話だが。
「そういえばメリーさんとは親戚なんですね」
「俺の姉貴の娘にだからな。といっても十三も歳の離れた姉貴は姉弟というより育ての親に近かったから意味合いはちと違うかもしれんがな」
「それは……頭が上がらなさそうですね」
「うむ、全くあがらんな。娘のメリーにさえ全くだ。ナッハッハ! あと敬語はやめていいぞ? 俺は偉そうにされるのが嫌いだが、偉そうにするのはもっと嫌いなんでなナッハッハ! グハァ!」
遺跡に響くほどの声で上機嫌に笑い出したゾナに水の塊が飛んできた。
「やかましいぞ飲んだくれ!」
メリーさんはウォーターボールをゾナに飛ばす癖でもあるんだろうか? しかも今回は吹っ飛んでいくほど威力高めだし、容赦ないなぁ……。
三日目の探索も午前中から順調に進んでいき、四階層最後の部屋を探索している時だ。ゾナが本棚らしき物の後ろに、隠し金庫のような物を発見した。ここまで見つけたお宝らしき物はそこまでの価値ある物が無かったので、いやがおうにも期待が高まるものだった。そこまで価値がないとか言ってはいるが、初探索というだけあってものすごい量にはなっていた。だいたい荷台いっぱいに積み上げるくらいには騎士団の詰所に運び込んでいる。ほとんどが器や小さなインテリアだったりするが、遺跡から出たというだけで十分金にはなるそうだ。
「これは魔法で施錠されているタイプね。……時間は掛かりそうだけどなんとかなりそう」
少し嬉しそうな顔をしながらメリーさんは杖を持って金庫の前で構えをとった。するとその足元に文字や図形が描かれた陣が浮かび上がる。初めて見るがこれが世に聞く魔方陣というやつなのだろう。
「ジョイとキドーは外を見張っといてくれ。なにかあったらすぐ呼んでくれ」
「オッケー。いくぜジョイ」
「妾も行こう、どうせこういった繊細な作業に協力できるとは思えんしな」
マイアは遺跡に興味があったのか、その発掘物や遺跡の構造なんかをみて終始ウンウンと頷いてばかりいた。楽しそうではあったのだが、やや戦闘狂のきらいのあるマイアには只探索するだけなのは少々飽きてきているようにも思える。
すでにメリーさんが鍵の解除に取り組んで十分程が経過した。どうやら難しくはないけど、時間がかかってしまうタイプの鍵のようだ。俺達が現在駐留している部屋の外からは、次の階層に続く階段が見えていた。今開けている金庫に目標の物がなければ、次はあの階段を降りていくことになるだろう。
そんな風に思って階段をぼんやり眺めていたら、そこからなにかが駈け出してくるのが見えてきた。敵か!? なんて思ったがそれはよく見れば人の集団のようだった。
「あれって先行したチームかな」
なんだか見るからにボロボロで、傷を負っている者も多数いるようだが、人数のころ二十弱は数えられる。
「あんなに大人数で来てたのか。最初に潜った割には本格的な人数なんだな」
頭が悪いなんて予想をしていたが、戦力だけはそれなりに揃えて挑戦していたようだった。まあもし準備すらまともに出来ていないようなチームだったら、今頃骸になって転がっているわけなんだが。
「あぁん!?」
「む」
その集団は全速力で俺らの前を駆け抜けて行ったのだが、一瞬だけ一番大きな男と目があった。身の丈よりもでかい大剣を背負っていたのでおそらくあれが脳筋コンビの片割れ、大剣のカイナスなのだろう。驚きを表したような顔のあとになんだか嬉しそうな顔をしたように見えたけど……知り合いだったっけか? うーむ、身に覚えは…………ないな。
「なんじゃ、まるで一目散で逃げてくようじゃの」
おそらく騎士の駐屯所では見なかったので遺跡内で寝泊まりしていたはずだ。なのに今見た集団は手に最低限の物しか持っておらず、それどころか何人かはけが人を肩に背負って走っていた。まさに敗走という言葉がピッタリ当てはまるその様子に気付いた時、下へと続く階段から何かが這い上がってくるのが見え出した。
RPGは難しくていいんだよ。