第五話 酔いしれ時
苦い顔をして先行していくメリーさんに連れられて、俺達一行は冒険者ギルドへとやってきた。面子は俺、ジョイミミル、マイヤとシェリーで来ている。目的地としては冒険者ギルドというより、併設されている酒場にあるようだ。美人らしい気品を持ったメリーさんを先頭に、酒も嗜んでいない子供達が喧騒入り乱れる酒場の中心を横切っていく。
ときたま耳に俺達の事を噂する声が聞こえるが、ここは無視無視。火の神様の特典の身体能力強化は五感も判定に入っているらしく、少し集中するだけで驚異的な能力を発揮してくれる。風の言語理解の特典と一緒でこっちも解釈が広そうなので、改めて検証の必要があるかもしれない。
同じように耳のいいマイアにも噂というより侮るような声が届いたのか、憤怒の表情で声が聞こえた方向に飛び出そうとするのをなんとかなだめて進んでいく。すると酒場の一番奥底に、酒の瓶とコップが隙間なく敷き詰められているのに誰も座っていない奇っ怪なテーブルの前で、やっとメリーさんは足を止めた。
「ゾナ」
「……」
「ゾナ叔父様」
誰もいない筈の机に向かってメリーさんが一人語りかけ――――いや、だれかいる?
「……すいません店員さん。この飲んだくれは何日くらいここにいますか?」
「あっいらっしゃいメリーバンナさん。ゾナさんは今回はまだ三日ってとこですよ」
「ありがとう。ウォーターボール』」
店員さんになにやら聞き出したメリーさんはいきなり魔法を使用した。
「ぐわぁはっ!!」
机の向こう、酒に埋もれたその向こうに居るであろう人物に水の塊が直撃したようだ。
「起きてくださいゾナ」
「なんだぁ~朝か?」
「『ウォーターボール』」
寝ぼけながら起き上がった男に、再び魔法を発射するメリーさんは無表情なんだけど、ちょっと怖かった。
「ガバァッ!? ……なんだぁメリーか、こんなとこにくるとは珍しいな」
「なるべく来たくはありませんでしたけどね」
もしかしてもしかするんだろうけど、この酔っぱらいの極致のオッサンが逆転の為の唯一の方法だったりするのか?
場所を変えて酔っ払いのオッサンの解説をしてもらう。場所を変えたといっても、密談をするためにある、ギルド内施設内の個室に移っただけだが。
「紹介するわ、これは私の義理の叔父にあたるゾナよ」
「これ扱いは酷いんじゃな~いメリーちゃん」
「私はもう二十四だ! ちゃんをつけるんじゃない! それに年中酔っ払ってる中年なんて、これ扱いで充分だわ」
「もうぅ~いけずなんだからぁ~」
いちいち体をクネクネさせながらメリーさんに不真面目な抗議をするオッサン。しかも合間合間に片手に持った酒瓶から水分を補給しつつという、変な器用さを発揮している。
「まぁいいや、なんだか知らんが初めましてゾナだ。冒険者ギルドじゃ『酔狂のゾナ』なんても呼ばれちゃったりしてるな」
「酔狂のゾナ!?」
「知っているのかジョイ!?」
「見て実感できたけど変人で酒飲みで有名な冒険者なんだけど、それだけじゃ称号持ちなんて務まらない。確かランクはハルバードの上位に位置していたはず。高ランクの依頼ほど腕っ節だけじゃ攻略できなくなっていくのに、ほとんどの仕事を一人でこなすっていう変わり者な凄腕で、しかもそれを楽しんでいる風な所から酔狂って称号が与えられったっていう、色んな意味でも有名な人だよ」
うむ、説明ご苦労。
「いや~そんなに褒められるとオジサン照れちゃうな~」
今の説明の凄腕ってとこ以外は褒めてなかったと思うのだが……。
「じゃあ私の作戦を説明するわ。実は公にまだなってはいないけど、この街の近くにあるウィンストン村付近の山に、新しい遺跡が発見されたらしいわ」
ああ、こないだの魔獣使いの時のやつか。まだ公になってなかったんだ。
「その探索が一週間後から一般に解放されるわ。でも国の管理下にある遺跡の調査には、それなりの実力と信頼が伴っていないと許可が降りないのよ」
ジーニーさんの話ではなかなかの重要な物が出てくる可能性と危険性があるとか言ってたもんね。
「そこでこのゾナのハルバードっていうランクを使って遺跡を探索、そして私達自身の手で新しい古代書を手に入れるというわけよ」
「あれ? 確か古代書も国の管理下に収まるんじゃなかったっけ?」
「図書館にあったような古文書のような希少価値の高いものならそうなんだけど、石版とかなら個人で所有が認められる物も結構あるのよ。それに希少なものだったとしても、遺跡の中で中身を見てしまえば問題無いわ」
「オジサンにも分かるように説明してくんない?」
俺達の顔とメリーさんの顔を眺めながら黙っていたゾナさんが話からかなりの置いてきぼりを食らっている。メリーさんの普段のゾナさんに対する扱いが酷いのだろうという想像が容易に付く。凄腕の冒険者って威厳が一ミリも感じないんだが大丈夫なんだろうか?
「遺跡探索のお願いよ。報酬はコレ」
そう言うと手提げ袋から一つの瓶を取り出す。
「ふぉ? うおぉぉぉぉ!? こっこいつは!?」
「黄金林檎から作った果実酒である『エデン』お酒好きの人には幻の名酒なんて呼ばれてたりするんでしょ?」
「受けた! こいつの為ならドラゴンだってシバキ倒してやるぜ!!」
いやいやドラゴン討伐とか無理無理、マイアが呆れすぎて苦々しい顔になっちゃってるじゃん。他の人はさらに置いてきぼりだし。
「ということで明日の朝には出発しようと思うんだけど行けるかしら?」
遺跡探索で得た物のほとんどはかなり金銭になる上、に国の管理下に置かなければならない物でも、その希少性に伴って報奨が得られるようだ。ただ古代遺跡の奥底は例外無く危険な場所なんだそうだ。悪魔なんてのが封印されてて、その影響で遺跡中魔物だらけか、重要な施設を守るためのゴーレムだらけ罠だらけかの、どちらからしい。
今回は白狼のコウジンと、モヒカンアヒルのナンフがお留守番となっている。流石にコウジンを、おいそれと知らない人の前に出すのはまずいと思うし、イノシシのボーゼは基本土の中にいながらマイアに付いて来られるらしいし、まだ見たことはないがもう一匹、というか一体精霊が付いてるらしいので、お姫様の安全面でも心配はないらしい。最強と言われている龍人族の王族であるマイア自身も、かなり実力者ので護衛事態いらないかもしれないが。
ミミルは御仕事の都合上来れなかったので、チームメンバーは俺、ジョイ、マイア、メリーさんとゾナだ。正直まだメリーさんとゾナには実力を隠しておきたい。そこで……いや待てよ、今こそ―――。
「こんなこともあろうかと!」
「何誰もいないとこに向かって喋ってんだよ兄ちゃん」
ジョイに冷たい視線を送られたが、人生で言ってみたい台詞第二位を言えて大変満足である。改めて、こんなこともあろうかと、あの忍者ルックな装備とは別の装備一式を買っておいたのだ。各自鉄製の手甲に脚甲、肩当と胸当てを装備して下には魔物の皮なんかで作った服を着込んでいる。武器はナックルでは無く、四十センチ程の幅の太い片刃の曲刀を使用する予定だ。もちろんナイフやナックルを収納している自作ホルスターも装着している。更に生産ギルドの爺ちゃんに紹介された、面白商品の中から見付け出した『鍛錬の指輪』を装備していた。
『鍛錬の指輪』は身体能力と魔力循環に常に負荷をかけることで、通常よりも大きな鍛錬の成果を発揮することが出来る品物だ。スポーツで言えばパワーアンクルみたいに、体に重りを付けるようなもんだな。自分の魔力を使って自分を重くするとか、とんだ自虐仕様だなと思ったのだが、日々鍛錬を積む俺としては魅力的だったので即購入。すると俺の身体能力は、半分ほどに制限される程の負荷が掛ることが分かった。これを付けた状態なら、冒険者の中では、ちょっと能力が高いくらいに見えるはず。ちゃんと事前に冒険者ギルドの運営している訓練場に、何回も見学に行って確かめ、この世界の強さの基準はなんとなく分かってきているはずなのでこれで大丈夫なはずだ。
「なあメリーよぉ遺跡探索するのはいいが、御守りまで含まれてるなんて聞いてねえぞぉ?」
遺跡の入口にまで来てやっと酔いが覚めたのかオッサン、現状把握が遅すぎるだろ。
「文句言うならあのお酒を叩き割るわよ」
「へい! なんの文句も御座いませんメリー様!」
「よろしい」
なんという酒主上主義者。命よりも危険よりも酒を優先させるとは『酔狂』の名は伊達ではないな。ちょっと不安になってきた。
「ウォッホン、俺は冒険者ギルドから来たゾナだ。この遺跡の探索をさせてもらうことになったのだが、通してもらってよろしいかな?」
遺跡の前で見張りをしている騎士団の部隊にゾナが許可をもらいに行った。そういや初めて真剣に喋ったなこのオッサン。
「通達は受けている。大変やる気のある冒険者がいて、おおいに感謝していると部隊長より事付を受けている。なんせ探索開始初日から二組ものチームが調査に乗り出してくれるとはな」
「なに!? 俺達以外にもチームで参加してる奴等がいるのか!?」
「ああ、大盾のライナスと大剣のカイナス兄弟が、学者っぽいのを連れてさっき入っていったぞ?」
「ああん!? あの脳筋コンビが遺跡探索とか正気か!? あいつらは魔物専門みたいな冒険者のくせになんだってこんな所に……」
なにやらゾナ、もといオッサンが兵士達の話を聞いて驚きの声を上げている。
「急ぐぞ小僧ども。俺らの前に先客がいるらしいが、どうやらかなりのアホが入っていっちまったようだ。死んでるだけなら自己責任だが、遺跡を荒らされるだけなんて落ちも見えちまう」
「はいぃ!? 話はなんとなく聞いてたけど学者も一緒だったんだろ? それなのになんで貴重な遺跡を荒らすなんて事になるん?」
「多分だが、学者の方が脳筋コンビを雇って探索に乗り出したと思う。あいつらは遺跡探索なんて細かい仕事を、態々自分からするようなやつじゃないからな。だが、大金が絡むと考えたら、依頼を受ける可能性はある。でもって学者の方は魔獣専門の冒険者を、遺跡探索に雇うような見当違いなド素人だ。そんな奴が初日から潜りこむなんて無茶をしやがるのは欲と名声にかられたアホの証拠だ」
このオッサン酔っぱらいのくせにやたらと頭が回るな。さすが一流と呼ばれるような冒険者ってことか。
「そういう輩は大抵他人にとっちゃ悪い結果を振り撒くもんだ」
「……そういう学者に心当たりなんていくらでも出てくるわね。遺跡がブロニアスから近かったから……急ぎましょう。ただし少しだけね、安全はやはり最優先で確認していきます」
冒険者としてもクレイモアの下級の位置するメリーさんは、その表情を引き締めて先頭を切って遺跡へと踏み行っていった。




