前編
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
忌むべきものの訪れ
風の鳴る音が、妙に耳障りな夜だった。十六歳の私と双子の兄は、居間の古びたソファに並んで座り、ただ静かに玄関の扉を見つめていた。我が家の空気は、いつもなら父の操る柔らかな風のように穏やかで、少しだけ母の操る植物の青葉の香りがするものだ。しかしその夜ばかりは、ねっとりとした不快な湿気が満ちていた。
ガチャリと、静寂を切り裂いて鍵の開く音が響いた。現れたのは、七年間この家を離れていたはずの、二十五歳になる私たちの姉だった。その背後には、六歳になる小さな女の子が隠れるようにして立っている。
「ただいま。戻ったわ」
姉の声には、実家に帰ってきた安堵も、家族に対する懐かしさも微塵もなかった。あるのは、当然のように自分を受け入れるべきだという、傲慢な確信だけだった。
「お帰り、とは言えないな」
ソファから立ち上がった双子の兄が、冷徹な声で言い放った。兄の周囲の空気が、かすかに鋭さを増す。父から受け継いだ風の魔法。その片鱗が、兄の苛立ちに合わせて勝手に励起しているのだ。
「何よ、その態度は。姪がこんなに夜遅くにお腹を空かせているのよ? 少しは歓迎したらどうなの」
姉は悪びれる様子もなく、ふんぞり返って言った。
この姉、二十五歳にして離婚され、実家に泣きついてきたのだ。理由は極めて単純、かつ最低なものだった。姉の浮気だ。しかも、連れて帰ってきた六歳の娘は、元夫の子ではなく、その浮気相手との間にできた子供だという。それが発覚し、裁判の末に放り出されたのだ。
「歓迎されると思っているのが不思議だよ。姉さん、あなたが何をしたか分かっているの?」
私は努めて冷静に、しかし冷え切った声で問いかけた。
「何よ、夫婦の間には色々あるのよ。あいつが私を顧みないから、寂しかっただけじゃない。それに、この子は何も悪くないわ。私の可愛い宝物よ」
姉は娘の肩を抱き寄せたが、その娘の目には、母親に対する信頼などひとかけらもない。周囲を値踏みするような、いやに大人びた、そして歪んだ光が宿っている。
私たちの家族が、この姉を、そしてその娘を嫌悪するには十分すぎる理由があった。それは単に今回の浮気離婚だけではない。血の呪いとも言うべき、この家に伝わる嫌悪の歴史が背景にある。
父の前の妻、つまり姉の実母は、激しい浮気の末にこの家を去った人間だった。その実母が残した唯一の遺産が、この二十五歳の姉なのだ。姉の実母は植物の魔法を操る高名な魔導士だったが、その力を男を惑わすために使い、父を裏切って別の男の元へ走った。父は深く傷つき、その後、新しく心優しい現在の私達の母を迎え入れた。
私達の母も、偶然にも同じ植物の魔法を使うが、その使い方は姉の実母とは正反対だった。畑を耕し、豊かな恵みをもたらし、私たち双子を深い愛で育ててくれた。私たちは紛れもなく、この心優しい母から生まれた実の子だ。だが、姉の実母の血を色濃く引く姉は、私たちの母をずっと「泥棒猫」と呼び、見下し、私たち双子のことも「忌々しい後妻の子供たち」と激しく嫌悪し、家庭内を引っかき回し続けていたのだ。
「あのさ、勘違いしないでほしいんだけど」
兄が一歩前へ出る。その足元から、小さな旋風が巻き起こり、姉の足元をかすめた。
「父さんも、僕たちの母さんも、あんたたちをこの家に住まわせるつもりはないよ。部屋なら物置を片付ければ使えるが、食事も生活費も、自分で稼ぐんだな。この家は、浮気者の託児所じゃない」
姉は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「なによ、生意気なガキのくせに。私には、聖なる癒しの魔法があるのよ。その気になれば、いくらでも稼げるわ。今は少し、運が悪くて手元にお金がないだけよ」
姉は昔から、自分には稀少な「癒しの魔法」の才能があると自称していた。しかし、これまでの人生で、姉が誰かの傷を癒したところを、私や兄は一度も見たことがない。転んで膝をすりむいた私たちを笑いものにすることはあっても、その手を差し伸べたことなど皆無だった。本当に使えるのかどうか、怪しいものだった。
「ふん、その自称魔法が役に立つといいね。まあ、せいぜい頑張ることだ」
私は姉と、その生意気な娘を一瞥し、兄と共に自分の部屋へと戻った。
部屋に入り、扉を閉めた瞬間、兄が深いため息をついた。
「最悪だ。あの女の顔を見るだけで、虫ずが走る。僕たちの母さんを侮辱するなんて許せない」
「同感だよ、兄さん。でも、父さんと母さんが帰ってくるまでは、決定的なことはできない。二人は今、隣街の魔導市場に出かけているからね」
「分かっている。だけど、あの女がこの家で大人しくしているとは思えない」
兄の言う通りだった。
私たちは、ベッドに腰掛け、互いの手のひらを見つめた。
私たち双子は、表向きは父の血を引き継いだ「風の魔法使い」として通っている。兄の風は鋭く、私の風はしなやかだ。しかし、私たちには、誰にも言っていない秘密があった。
私たちが本当に得意とし、人知れず磨き上げてきたのは、「水の魔法」だった。
この世界において、風の魔法使いの家系から水の魔法使いが生まれることは極めて稀であり、それは往々にして「異端」や「突然変異」として気味悪がられる。父や母を安心させるために、私たちは普段、風の魔法を擬似的に使って見せているが、本質は水にある。そして水は、あらゆる生命の根源であり、使い方次第では、風など比較にならないほどの破壊力と、絶対的な支配力を持つ。
「もし、あの女が母さんに牙を剥くようなら」
兄が静かに言った。その瞳が、深い海の青色に染まる。
「その時は、私たちの本当の魔法で、徹底的に沈めてやろう」
「うん。姉の実母の時と同じ過ちを、この家で繰り返させるわけにはいかないからね」
私たちは静かに誓い合った。暗雲が立ち込める我が家に、嵐の予感が満ちていた。
翌朝、リビングに降りると、最悪の光景が広がっていた。
姉の連れてきた六歳の娘が、私たちの母が大切に育てていた居間の観葉植物の葉を、ハサミでバラバラに切り刻んでいたのだ。床には緑の破片が散らばり、無残な姿になった鉢植えが転がっている。
「何をしているの」
私が冷たく声をかけると、少女はハサミを握ったまま、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「これ、汚いから綺麗にしてあげたの。ママが、この家のものは全部、私たちのものだって言ってたもん。だから、こんなゴミは要らないの」
「ゴミじゃない。それは母さんが毎日、心を込めて手入れしていたものだ」
兄が背後から近づき、少女の手からハサミを風の弾丸で弾き飛ばした。金属音が響き、ハサミが床に転がる。少女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに大声で泣き真似を始めた。
「うわああああん。お兄ちゃんが虐めてくる。殺される」
奥の部屋から、髪を振り乱した姉が血相を変えて飛び出してきた。
「ちょっと。私の可愛い娘に何するのよ。この暴力魔。やっぱり、あの泥棒猫に育てられたガキどもは野蛮ね」
姉は娘を抱きしめながら、私たちを激しい口調で罵った。
「泥棒猫、か。相変わらずだね、姉さん」
廊下の奥から、穏やかだが芯のある声が響いた。買い出しから戻ったばかりの、私たちの母だった。その後ろには、険しい表情をした父も立っている。
「お母さん。それに、あなた」
姉は一瞬だけ怯んだが、すぐに被害者を装って涙を流した。
「聞いてよ、お父さん。この子たちが、私とこの子を追い出そうとして、魔法で攻撃してきたのよ。私たちは行くあてがないの。実の娘と孫を、こんな冷遇するなんて酷すぎるわ」
父は散らばった植物の葉と、怯えるふりをしながらも私たちを睨みつける少女の目を見て、すべてを察したようだった。
「言い訳はいい。お前が何をして離婚されたか、すでに元夫の家から連絡が来ている。不貞を働き、他人の子を我が子と偽って育てようとした。その結果、家を追われた。違うか」
父の言葉に、姉は言葉を詰まらせた。しかし、すぐに開き直ったように笑った。
「それがどうしたっていうのよ。あの男がつまらないからよ。それに、私にはお母さんから受け継いだ高貴な血が流れているの。あんな凡人の家、こっちから願い下げよ。お父さんだって、あの泥棒猫なんかより、私のお母さんの方が好きだったくせに」
「黙れ」
父の怒号が響き、家全体の空気がピりりと張り詰めた。
「お前の母親は、この家を裏切り、多くの人を傷つけて去った。今の妻こそが、私の唯一の伴侶であり、この家の母親だ。お前をこの家に置くのは、ただの情けだ。一ヶ月だ。一ヶ月の間に仕事を見つけ、家を出ていけ。それ以上の援助はしない」
「一ヶ月? そんなの短すぎるわ」
「嫌なら、今すぐ出ていくがいい」
父の断固たる態度に、姉は忌々しそうに足を踏み鳴らし、娘を連れて物置部屋へと消えていった。
その日の夜、私たちは母の部屋を訪ねた。母は、切り刻まれた植物を愛おしそうに撫れ、自身の植物魔法で少しずつ再生させていた。緑の光が、傷ついた葉を繋ぎ合わせていく。
「母さん、大丈夫?」
私が尋ねると、母は寂しそうに微笑んだ。
「ええ、大丈夫よ。あの子に何を言われても、私はあなたたちの母親だもの。あんな言葉、気にしないわ。あなたたちがいてくれるだけで、私は幸せよ」
「あんな奴らの言うこと、気にしなくていいよ」
兄が母の手を握る。
「僕たちが、必ず母さんを守るから」
母の優しさに付け込み、家を乗っ取ろうとする姉とその娘。私たちは、あの二人が一ヶ月の間、大人しくしているとは到底思えなかった。そしてその予感は、最悪の形で中断することになる。
一週間が経過した。姉は仕事を探す素振りすら見せず、毎日昼近くまで寝て、家にある食材を勝手に貪り食っていた。娘の方も、家の壁に落書きをしたり、母の裁縫道具をめちゃくちゃにしたりと、悪逆の限りを尽くしていた。
私と兄は、学校から帰るとすぐに家の中を警戒する日々を送っていた。
ある日、私たちがリビングに入ると、姉がニヤニヤしながら古い手紙を読んでいた。それは、かつてこの家を去った姉の実母からのものだった。
「ふふん、やっぱりね。お母さんは今、隣国の高級貴族の愛妾として、優雅に暮らしているわ。私にも、そっちに来ないかって誘いの手紙が来ていたのよ」
姉は自慢げに手紙を掲げた。
「へえ、じゃあ今すぐそっちに行けばいいじゃないか。なぜこの家にしがみついているの?」
兄が冷ややかに言うと、姉は不快そうに顔を歪めた。
「行くわよ、そのうちにね。でも、ただで行くわけないじゃない。お母さんが言ってたわ。この家には、古い魔導具や、お父さんが隠している財産があるはずだって。それを手土産に持ってくれば、もっと歓迎してくれるってね」
泥棒の計画を堂々と口にする姉に、私たちは呆れ果てた。
「そんなもの、この家にはないよ」
私が言うと、姉の娘が横から口を出してきた。
「嘘つき。さっき、あの緑のババアの部屋で、綺麗な箱を見つけたもん。あれに高いものが入ってるんでしょ」
緑のババア、とは私たちの母のことだろう。
「お前、母さんの部屋に入ったのか」
兄の目が据わった。周囲の空気が一気に冷え込む。
「入って何が悪いのよ。この家はもともと、私のお母さんのものだったのよ。後妻とそのガキどもが偉そうにしないで」
姉は娘を庇いながら、立ち上がった。
「明日、お父さんとあの泥棒猫は、一日中、領主様の館へ新種の作物の相談に行くんでしょ。ふふ、楽しみにしておきなさい」
姉は不穏な笑みを残して、部屋を出て行った。
その夜、私と兄は作戦を練った。
「明日、あの女たちは確実に母さんの部屋を荒らす。そして、財産を盗んで逃げる気だ」
「ああ。それだけじゃない。あの姉の実母という女も、裏で糸を引いている可能性がある。手紙が届いたということは、近くに来ているのかもしれない」
「兄さん、私たちの水の魔法、解放する時が来たみたいだね」
「そうだな。風の魔法だけで戦うふりをして、油断したところを完全に圧殺する。あの浮気者親子に、身の程を知らせてやろう」
私たちは、密かに庭の水瓶から大量の水を呼び寄せ、それを極小の霧状にして、家全体の空気中に配置した。私たちの水魔法は、単に水を出すだけではない。空気中の水分を自在に操り、氷に変え、あるいは対象の体内の水分すら制御する、絶対的な水魔導だ。
準備は整った。翌日、運命の幕が上がる。
翌朝、父と母は予定通り領主の館へと出発した。
「留守を頼むよ。二人とも、何かあればすぐに連絡しなさい」
父の言葉に、私たちは力強く頷いた。
二人が見えなくなってから一時間後。案の定、物置部屋から姉と娘が、大きなカバンを持って出てきた。そして、迷わず母の部屋へと向かった。
私と兄は、静かにその後を追った。
母の部屋の扉を開けると、そこにはすでに引き出しがすべてひっくり返され、衣服や書類が散乱する惨状が広がっていた。姉の娘は、母が大切にしていた古い木箱を叩き壊そうと、暖炉の火かき棒で殴りつけていた。
「そこまでだ」
私が声をかけると、姉はびくりと肩を震わせたが、すぐに振り返って邪悪な笑みを浮かべた。
「あら、見つかっちゃった。でも、もう遅いわよ。この箱の中には、お母さんが探していた『精霊の涙』という高価な魔石が入っているの。これさえあれば、私たちはあっちで大富豪よ」
「それを置いていけ。それは母さんの、そしてこの家のものだ」
兄が手をかざし、風の刃を放った。しかし、その刃は部屋の入り口で、突如現れた強固な植物の蔦によって防がれた。
「な、に?」
兄が目を見張る。
部屋の窓から、一人の派手なドレスを着た中年女性が、優雅に室内へと足を踏み入れてきた。厚化粧に、ギラギラとした宝石を身にまとったその姿。間違いなかった。かつて父を裏切り、この家を捨てた、姉の実母だった。
「お母さま」
姉が歓喜の声を上げる。
「よくやったわ、娘よ。そして、その汚い泥棒猫のガキたちね。相変わらず、貧相な風の魔法しか使えないようね」
姉の実母は、自らの植物魔法で生み出した棘だらけの鞭を手にし、私たちを蔑むように見下ろした。
「あなたが、元凶の浮気女か」
私は冷徹に姉の実母を見つめた。
「あら、口の悪いガキね。私はこの家の正当な主だったのよ。あの男がつまらないから、もっと素晴らしい男性の元へ行っただけ。何が悪いの? 女はより強い力に惹かれるものよ。この娘も、その血を正しく引いて、より魅力的な男を選んだ。それだけの話じゃない」
姉の実母の言葉に、姉の娘も「そうだよ、パパは弱くて貧乏だから、新しいパパの方がいいもん」と生意気に笑った。
浮気の血。倫理観が完全に崩壊した、救いようのない三世代の悪意が、そこに集結していた。
「素晴らしい教育だね」
兄の、これまでにないほど冷酷な声が響いた。
「自分たちの欲望のために他人を裏切り、傷つけ、それを正当化する。あんたたちは、存在しているだけでこの世界の害悪だ」
「フン、負け惜しみを。この鞭で、その生意気な口を裂いてあげるわ」
姉の実母が鞭を振り上げた。姉は勝ち誇った顔でそれを見守り、娘は私たちが血を流すのを期待して目を輝かせている。
「兄さん、もういいよね」
私は静かに呟いた。
「ああ。始めよう。私たちの、本当の魔法を」
姉の実母の植物の鞭が、猛烈な速度で私たちに向かって振り下ろされた。
しかし、その鞭は私たちの手前一メートルのところで、完全に静止した。
「な、何よ。なぜ動かないの?」
姉の実母が驚愕して鞭を引こうとするが、ビクともしない。
見れば、鞭の表面が、真っ白な霜で覆われていた。いや、鞭だけではない。部屋全体の空気中に漂う水分が、一瞬にして凍りつき、美しいが恐ろしい氷の結晶となって空間を埋め尽くしていたのだ。
「風の魔法……じゃない? これは、氷、いや、水の魔法?」
姉の実母の顔から血の気が引いていく。
「気づくのが遅いよ。私たちが風しか使えないと、誰が言った?」
私は一歩前へ出た。私の足元から、床一面が瞬く間に凍りついていく。
「ひっ、冷たい」
姉の娘が悲鳴を上げた。足元から忍び寄る冷気が、少女の靴を通り抜けて、その足を凍りつかせ始めていた。床に足を縫い付けられ、一歩も動けなくなる。
「ちょっと、何これ。お母さま、早くこのガキどもを片付けてよ」
姉がパニックになりながら叫ぶが、姉の実母自身も、自らの足が氷の蔦によって完全に拘束されていることに気づき、目を見開いていた。
「馬鹿な。風の家系から、これほどの高純度の水魔導士が生まれるはずがない。それに、この冷気……ただの水魔法じゃないわ。生命の水分すら凍らせる、絶対零度の……」
「その通り」
兄が冷酷に微笑む。兄が指をパチンと鳴らすと、姉の実母が手にしていた植物の鞭が、ガラスのように粉々に砕け散った。
「あんたたちが誇る植物の魔法なんて、水分を凍らせてしまえば、ただの枯れ木だ。私たちの前では、何の役にも立たない」
「くっ、調子に乗るな。私には、この子の癒しの魔法があるわ。どんな傷だって」
姉が必死に娘を庇おうとする。
「癒しの魔法、ね。じゃあ、試してみたらどうだ?」
私は、姉の足元にある水分を急激に沸騰させた。
「熱い。ぎゃあああああ」
姉の足元から熱湯の霧が立ち上り、その足を激しく火傷させる。姉は床に転がり、悶絶した。
「お、お母さま、痛い。癒して、私の魔法で、あ、あれ? どうやって使うの? 出ない、何も出ないわ」
姉は必死に手をかざすが、微かな光すら灯らない。
「やっぱりね」
私は冷ややかに見下ろした。
「あなたに癒しの魔法なんて、最初からなかったんだよ。ただ、自分の価値を高く見せたくて、嘘をついていた。あるいは、実母の血を引き継いで、人を騙す才能だけは一級品だったというわけだ」
「嘘よ、そんなの嘘よ。私は特別なのよ。美しいし、高貴なのよ」
姉は現実を受け入れられず、錯乱したように叫んだ。
「見苦しいわね」
姉の実母が、自身の足を拘束する氷を、残った魔力で無理やり焼き切ろうとする。しかし、私が手を軽く振るだけで、姉の実母の体内の水分が一時的に凝固し、彼女は激しい激痛と共にその場に膝をついた。
「がはっ……な、にを……したの」
「人間の体の七割は水でできている。私たちがその気になれば、あんたたちの心臓を止めることも、脳の血管を凍らせることも、容易いんだよ」
兄の言葉は、絶対的な死の宣告だった。三人は、恐怖のあまり完全に戦意を喪失し、ガタガタと震え出した。あの生意気だった六歳の娘も、今はただの恐怖に駆られた動物のように、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、姉にしがみついている。
「お願い、許して。私が悪かったわ。この家のものには、もう二度と手を出さない。だから、命だけは」
姉の実母が、かつてのプライドをすべて捨てて、床に頭を擦り付けた。
「許すわけないだろ」
私は冷たく言い放った。
「あんたたちがこれまで、父さんと、そして僕たちの母さんにどれほどの屈辱と傷を与えてきたか。それを、この程度の恐怖で帳消しにできると思うな」
私は、三人の周囲の氷をさらに強固にし、完全に身動きが取れない氷の檻を作り出した。
「ここで、父さんと母さんが帰ってくるまで、じっくりと冷やされているといい。その後は、領主様に引き渡す。魔導具の窃盗未遂、および不法侵入。さらに、過去の罪も含めて、鉱山での強制労働が待っているよ」
「そんな、嘘よ。私は貴族の」
姉の実母の叫びは、兄が放った防音の水膜によって、完全に遮断された。金魚のように口をパクパクと動かすだけの、哀れな悪党たちの姿がそこにあった。
夕方、父と母が帰宅した。
母の部屋の惨状と、そこに氷漬けにされている元妻、長女、そしてその娘の姿を見て、二人は言葉を失った。
「これは……一体何が起きたんだ?」
父が驚愕して私たちを見る。
「父さん、母さん。黙っていてごめんなさい」
私と兄は、同時に膝をつき、本当のことを話した。自分たちが、風ではなく水の魔法使いであること。解き放った力が、大切な家族を守るためのものであることを。
父は、私たちの話を静かに聞いた後、深く息を吐き、私たちの肩に手を置いた。
「そうか……お前たちが、そんな強い力を。気づいてやれなくてすまなかった。そして、家を守ってくれて、ありがとう」
父の目に、涙が浮かんでいた。怒りではなく、感謝と安堵の涙だった。
私たちの実の母も、私たちをきつき抱きしめてくれた。
「ありがとう。本当に、ありがとう。あなたたちは、私の自慢の息子よ。こんなに強くなって、お母さんを守ってくれたのね」
母の温かい涙が、私たちの心を本当の意味で満たしてくれた。
その後、氷漬けの三人組は、父の手によって領主の兵士へと引き渡された。姉の実母が自称していた貴族の愛妾という話も、実際はただの詐欺師の片棒を担いでいただけの犯罪者であることが発覚し、三人は言い逃れできない状況で、厳罰に処されることとなった。
姉と姉の実母、そしてその歪んだ血を引く娘は、二度と陽の目を見ることはない、過酷な北方の鉱山へと送られた。彼女たちが誇っていた、男を騙す美貌も、傲慢な態度も、冷酷な現実の前にすべて粉砕されたのだ。
数日後。
我が家のリビングには、再び穏やかな風が吹き抜けていた。
母の植物魔法によって、切り刻まれた観葉植物は、以前よりも青々と、力強く美しい葉を広げている。
「さあ、二人とも。ご飯ができたわよ」
母の明るい声が響く。
「今行くよ、母さん」
私と兄は顔を見合わせ、微笑んだ。
もう、この家を脅かす影はない。私たちは、自分たちの本当の力で、大好きな母と、この温かい日常を守り抜いたのだ。窓から差し込む陽光が、私たちの未来を祝福するように、きらきらと輝いていた。
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