四十七話「求婚」
先月、二十四歳になった王太子が、白い薔薇の花束を胸に携え、十八歳の私の目の前に立っている。緊張した面持ちだ。漆黒の髪の毛をすべて上げ、オイルで固めている。全身、白い装いだ。
私の本日の装いは、黒い生地を使った細身のコタルディだ。ピンクゴールドの髪の毛は、手先の器用なエリーゼに頼み、三つ編みにしてからお団子にしてもらっている。
この四年間で、私も王太子もさらなる成長を遂げた。初対面だった二歳と八歳の頃から比べると、当然ながら見違えるほどだ。大人になった。
呼び出された場所は、シルヴァーフォード城にある庭園だ。前王妃が生前、手がけていた中庭で、今では王太子が管理している。マドンナリリーが植えられていたのもこの場所だ。
「待ちましたか?」
「いや……と言いたいところだけど、待った」
「ごめんなさい」
「いや。好きで待っていたから、キミが気にする必要はない」
「ありがとう」
指定された時間に到着したつもりだったが、王太子はそれよりも早く待っていたらしい。待ち合わせの時刻よりも先にいることは知っているのに、待たせてしまった。
「それで、今日はここでなにをする予定ですか? 食事? それとも芸術鑑賞?」
前回、呼び出された時は、ヴィエルやリュート、ハープ、縦笛にタンバリン、太鼓を鳴らしながら歩く音楽家たちが、見事な演奏を披露し、とても有意義な時間を過ごせた。城に音楽家を招いたと教えてくれた。
巷では、ちょっとした宗教劇が流行っているので、役者が隠れているのではないかと辺りを見回した。今日は側近や従者は誰もいなかった。珍しいな。
「……エリスティア。キミに話がある」
「はい。なんですか?」
隠れている人がいないか周囲を気にしていたからか、名前を呼ばれた。菫色をした綺麗な瞳と視線が合う。いつになく真剣な眼差しに、見慣れているというのに釘付けになる。
王太子は、一つ深呼吸してから目の前で跪くと、抱えていた白薔薇の花束を差し出した。
「エリスティア・オッペンハイム公爵令嬢。単刀直入に言う──僕と……結婚してほしい」
結婚してほしい──。
十回目の人生にして初めて求婚された。婚約者がいたことはあっても、結婚までたどり着いたことは一度もなかった。感情が人よりも欠落している私のことを、懐の深さで受け入れ、根気強く好意を伝え続けてくれた。私の気持ちが追いつくまで、急かすことなく待ってくれた。
王太子という立場上、一日でも早く結婚して子孫を残すという使命があるのに、私を最優先に行動してくれた。その想いに応える日がやってきた。
「……よろしくお願いします」
差し出された白薔薇の花束を受け取った。ずっしりと重い。百本はありそうだ。薔薇の茎にはたくさんの棘がついているというのに、予め取っているらしく抱えてもまったく痛くない。すべて取り除くのに何時間もかかるというのに、王太子の優しい一面にどうしようもなく惹かれている。
「……え」
「アルディオン様。えってなんですか?」
王太子は、口をぽかんと開け放ち、信じられないものでも目撃してしまったかのような表情をしていた。意外すぎる反応だった。
「こ……断られるかと……」
「断った方がいいの?」
「よくないッ!!」
「それなら、断らない」
どうやら一回目で成功するとは思わなかったらしい。私の早とちりとはいえ、一度は婚約破棄を宣言して遠方に逃げているので、八年経っているが忘れられないのかもしれない。
「断られても、キミに拒絶されない限りは、何度でも求婚するつもりでいたんだ」
「……一度は断ってみるべきだったかな……」
「エリスティア。返事をした後で僕を試さないでくれ」
「ふふ、冗談ですよ」
「冗談に聞こえないんだよ……。まあいいけど」
王太子は笑みを浮かべた。そして、跪く体勢からゆっくりと立ち上がった。
「この薔薇も育てたんですか?」
「ああ、そうだ」
白い薔薇の花束からは、甘く優雅な香りがする。何十本もあるのでその分、香りも強い。それなのに、不快感がまったくないのは、王太子が手塩にかけて育てたからだろうか。
「棘を取るのに、何時間もかかったんじゃないですか?」
「そんなの、苦労のうちに入らない」
三、四時間はかかりそうなのに、王太子は気にしていなかった。もしも断っていたら、その時間も無駄になってしまうのに、さすが根気強く私を待っていただけある。
「さすがに、この量をすべて押し花にするのは現実的ではないので、お茶を飲む際にティーカップに浮かべたり、お菓子に混ぜて焼いたり、薔薇水を作ってもいいですか?」
「もちろん。好きにしてくれてかまわない」
花瓶に飾って眺めるだけでなく、白い薔薇をどう使うのか考えるだけでもわくわくしてくる。使い道は様々だ。
「それなら、お湯を張った浴槽に花びらを浮かべて、私と一緒に入りますか?」
公爵家には浴槽があるが、そういう入り方をしたことはない。でも、清潔感を大事にする貴族令嬢や王族の中には、薔薇の香りを身にまとうために、大量の花びらを浮かべて入ると耳にした。それを提案すると、王太子は先ほど以上に動揺した。
「ええええっ!? い、いい、いいのか……?」
「いいですよ。もう、私たちは夫婦ですから」
挙式はこれからでも、誓い合ったのでこの瞬間からは夫婦だ。それを伝えると、王太子は目を細めて喜んだ。
「……うん。うん! 僕たちは夫婦だ!! じゃあ、今から早速、城へ戻って──」
「ダメです。ご飯が先です」
「……はーい」
もうそろそろ腹の虫が鳴りそうなので、薔薇の花束を一旦、部屋に置いてから食欲を満たすことにした。
昼を食べていても、王都を散策していても、王太子はどこか落ち着かない様子だった。
日が沈み、シルヴァーフォード城にある大きな浴槽に湯を溜めてもらい、そこに白い花びらを浮かべて先に浸かって待っている間、胸がドキドキしていた。それは王太子も同じだったらしく、まだ入る前だというのに鼻血を出して逆上せてしまった時は、わかりやすいくらい残念そうにしていた。すぐさま浴槽から上がり、着替えてから看病してあげた。
その日は城に一泊し、可哀想だったので翌朝、もう一度誘って、今度こそ一緒に入ってあげた。王太子は終始にこにこしていた。
2026/5/8 現在は50話を推敲しています。まだ最後まで書いてなかったので明日までに終わるといいな。
もう少しだけお付き合いください。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




