四十六話「王都でデート」
あれから四年もの歳月が過ぎ、私は十四歳になっていた。砕けた魅了魔石の破片を集め、跡形もないくらい燃やして処分してからも、オッペンハイム公爵邸では末娘として丁重に扱われている。私にとっては『あたり』の人生だ。
かろうじて肩につくくらい短く切った髪の毛は、ぐんぐん伸びて腰まで届きそうなほどに復活した。髪だけでなく背も順調に伸ばし、四年前とは頭一つ分も異なる。色んな意味で成長したなと自分でも思う。
それは王太子も同じで、数か月後には二十歳を迎えるからか、背も随分と伸びて、ほっそりしていた体型から、ほどよく筋肉のついた逞しい体つきになった。見違えるほどだ。
他国との外交に交流、シルヴァーフォード城での公務や、会議、軍事演習など多忙を極めているのに、少しでも時間が空くと、王太子はすぐに公爵邸まで顔を出す。休んでほしいと告げても、私といるだけで休まるんだと言って聞かないので放置している。好きなだけいるといいよと言ってある。
そんな私は、王都ヴァランクールの市場へと向かっていた。ここの市場は、国内最大規模なだけあり、珍しいものが流れつくことが多々ある。この辺では群生していない花の種や木の実、薬草、茶葉、野菜、果物など、希少なものや奇抜なものがないか探すために定期的に覗いている。むかしからある、単なる好奇心だ。
暇を持て余していた王太子が、一緒に行きたいと言うので肩を並べて歩いていると、無我夢中になりすぎて、地面に転がっていた小石に気づけなかった。
「わわ……!」
「エリスティア!」
足を取られて転びそうになったところ、王太子が私の背中に腕を回して助けてくれた。男らしいその腕でしっかりと受け止め、肩を支えてくれた。
「ありがとうございます。アルディオン様」
「………………ようやくだ」
「え? なんですか?」
「念願が叶ったんだ……。覚えているか? 以前、シルヴァーフォード城の広間に敷かれた絨毯に躓き、転びそうになったキミと一緒に、僕も転んだことを」
そう問いかけられたのでふと考えると、そういえば、と思い出した。確かに二歳当時、毛足の長い絨毯の上を歩いている最中に、派手に転んだことがある。傍にいた王太子も巻き込んでしまったので、その場はしんと静まり返ってしまった。
故意ではないが、王太子を転ばせたので怒られる──そう覚悟を決めたのに、目の前にいた前王妃は優しく微笑みながら、自分の息子である王太子よりも先に、私のことを助け起こしてくれた。今でも覚えている。
「それがどうしたんですか?」
「うん。一緒に転んでしまって、六つも年上なのに情けないなと思っていたんだ。だから、あれから必死に鍛えた。今なら、片腕でも余裕で支えられるぞ?」
「ずっと気にしてたんですか?」
十二年も前に、一度だけあった出来事だ。今でも気にしているとは予想外だ。
「当たり前だろ。好きな子一人、満足に支えられないとか、男として格好悪すぎる」
「え……好きな子? そうだったの?」
「ま、まさか…………気づいていなかったのか!?」
王太子はいきなり立ち止まった。振り向くと、ぱちぱちと、何度も目を瞬かせている。
二歳という若さで婚約者に指名された理由は、娘を王太子妃にしたい親の企みを回避するためだと思っていた。さすがに、足取りがおぼつかなく、物心のついたばかりの幼児との縁談を持ってくるような親はいないので、たまたまそこにいた私で手を打ったのだと信じて疑わなかった。
現に、学友に話している場面も目撃している。
「煩わしいって、ご学友に話されていましたよね。八歳で婚約者を決めた理由を聞かれた時に……。あの日、たまたま後ろに私もいたんですよ。娘を王太子妃の座に就かせたがる親が鬱陶しいから、二歳の私を選んで先手を打ったのだと」
「な……! 違う、そうではないッ! 僕が煩わしく感じていたのは、キミに群がる男どもを想像したからだ!」
「……どういうこと?」
「……二歳であの可愛さだったから、ライバルたちを牽制したかったのと、将来を見据えて先に動いた。ただそれだけだ。あの日の決断は間違っていなかったと、今でも胸を張って言える」
王太子いわく、今後、私にまとわりつく異性すべてを牽制するために、二歳という年齢で婚約者に指名したのだと真顔で言いのけた。理由が私の想像と真逆だった。
「真相を知って引いたか?」
「……いいえ。幼児愛好家ではなかったので安心しました。永遠に幼い少女のままではいられないですからね」
小児に対して、異様なまでの執着をみせるものも存在する。私は運がよかったらしい。
「なんだ? それは。僕はいたって普通の人間だ。現に、三兄弟も溺愛していただろう?」
「兄さんたちは、変わり者ですから。ただ、そんな幼い頃から好かれていたとは……」
「好意がなければ、そもそも婚約者には指名しない」
「隠れ蓑じゃなかったんだ……」
だから初対面を果たしたあの日。王太子は固まったまま動かなかったのだと、十二年も経ってから判明した。一目惚れをしてしまい、動けなくなっただけだった。
「キミ以外の人間は、僕の好意にいち早く気づいていたぞ?」
だからオーガスト・オッペンハイム卿とは、いつまで経ってもソリが合わないんだ、と忌々しげに付け足した。真剣を交えるレベルだ。周囲にいる側近や従者はハラハラしながら見守っているが、お互い身体能力に優れているので怪我をしたことは一度もない。
もしかすると、王族や公爵家に喧嘩を売るような人間は早々現れないので、ちょっとした演習のようにそのやり取りを楽しんでいるのかもしれない。
「……でしょうね」
「いいさ、そのままでも。キミにきちんと想いが伝わるまで、僕が何度も告げるから」
私に伝わるまで根気強く続けると、何でもないように言った。好いている相手から、同じだけの熱量で想いを返されないのは、辛くはないんだろうか。
「……こんなに鈍すぎて、呆れないんですか?」
「なぜだ? 僕も、それから前世の僕たちも、きっと呆れたことなんてないはずだ。鈍いところも、キミの魅力のうちの一つだからな」
「……変わり者ですね」
「そうかもな。でも、キミの婚約者の座は譲るつもりはないし、こうして二人で出かけることを許してくれているんだから、なにかしらの情はあるだろう? 今はそれでいい」
気持ちが追いつくまでゆっくり待つと言ってくれた。私はその言葉に甘えることにした。
2026/5/7 昨日のうちに推敲していたので46話も無事に更新できました。
47話、48話の推敲も終わっているので明日公開します。
もう少しだけお付き合いください。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




