四十五話「村へ、再び」
王都ヴァランクールに帰還して半年。継母の目を気にする必要がなくなり、王太子に誘われる頻度がぐっと増えた。といっても、日中は王立魔導騎士学校で勉学に励む学生なので、通学前に顔を出すとか、夕食に誘われるとか、休みになればゆっくり街や湖畔を散歩するとか、遠乗りとか、漁港で食べ歩きするくらいだ。それなりに上手くやっている。
今では、王太子と聖女セラフィナは、お似合いの二人だと褒める者はいなくなった。不躾な質問に対し、セラフィナ本人が初めて『王太子は私の好みではないです』と否定したことも大きい。
そんな彼女は時折、もともと住んでいた森と王都を行き来しながら、現在も母親と暮らしている。叔母が国外追放処分になってもそれは変わらず、頼まれれば治癒や浄化を施している。
王都に住まう貴族らは、たとえ追放処分となった廃妃と聖女セラフィナが血縁関係にあろうとも、功績はまったく異なると擁護した。国民は彼女に助けられてばかりで、誰一人として異論を唱える者はいなかったのに、だ。
きっと、大司祭よりも強力な《光》を持つ彼女を、他国にまんまと奪われてしまうと、巡り巡って自分たちの損益に繋がると考えが行きついたのだろう。現に、聖女の癒しを求めて王都を訪れる人々は急増している。それを耳にしたセラフィナは、微妙そうな表情をしていた。
王妃の座は今も空席のままだ。公妾が欲を出したことで、前王妃を陥れるという悲劇を見抜けなかったジェフリー国王陛下は、これからは慎重になると王太子と亡き妻に誓った。
けれど、国王の実子は王太子一人だけになってしまったので、国を存続させるためにも、数年以内には新たな王妃が誕生することになるだろう。
「エリスティア。準備はいい?」
「いつでもいいですよ」
数日前から、北方にある村の様子を見に行かないかと王太子に誘われていた。つい先日、村長の息子であるアルベルトとエイミーの間に、元気な赤子が誕生したと連絡があった。だから、そのお祝いを兼ねて、栄養価の高そうな食品や、赤子を包むガーゼなど色々と用意していた。
「荷物は僕が持つよ」
「ありがとうございます」
私の肩に右手を添え、左手には篭を手にした王太子が転移魔法を使うと、辺りは眩い光に包まれた。次の瞬間、村の入り口に到着していた。
「半年ぶりですけど、なんだか綺麗な家が増えているような……?」
藁葺きや茅葺き小屋の建物が減って、木造建築の家が増えている気がした。今ではほとんど見当たらない。九月以降、一度も来ていないが、二か月も滞在していたので記憶違いではないはずだ。
「ああ。オッペンハイム三兄弟が時々、暇をつぶしに来ては村民の要望に耳を傾けていたんだよ」
「領民でもないのに、まだ村人に親切にしているとは思いませんでした。兄さんたちを見直しました」
公爵家の人間だというのに、私を拾って家族にしてしまうし、私がいるわけでもないのに、村民のことを気にかけているし、自慢ばかりの貴族とは違うのかもしれない。
「……木材の調達には僕も力を貸しているのに、僕のことは褒めてくれないのか?」
六つも年上の十六歳だというのに、私と年の近い子どものように、拗ねて唇を尖らせる王太子が可愛かった。あれから、感情を素直に出してくれるようになった。おかげで、人の感情に鈍感な私でも助かっている。
「アルディオン様もお優しいですよ」
「ああ、そうだよ。今頃気づいたのか?」
「いいえ。過去のことはあまり思い出せないですけど、伯爵の次男だった時も、男爵令嬢リーリエの婚約者だった時も、あなたは優しかったような気がします」
顔や名前は思い出せないけれど、傍にはきっと親切な誰かがいたはず。そんな気がした。
「まさか、魔女の呪いが解けた今も、記憶が薄れているのか……?」
「……それは、なんとも言えません。でも、アルディオン様のことは忘れない気がします。忘れても、思い出します」
「……うん。僕とは違って百八十年分の記憶があったんだろう?」
「はい。たぶん……?」
百八十年分と言われても、思い出せない。でも、転生を何度も繰り返していたのは事実なので、そうなのかもしれない。
「あ、エリスティアさんじゃないですか! お久しぶりです!」
「こんにちは。アルベルトさん、エイミーさん、そして、赤ちゃんは初めまして」
生後一か月前後の男児を胸に抱き、エイミーと散歩をしていたアルベルトに声をかけられた。元気そうで安心した。
「これ、私とアルディオン様からです」
「まあ、ありがとう!」
忘れないうちに、出産を祝うために準備していた物や食品の詰まった篭を差し出すと、エイミーは笑顔で受け取った。
「うちの子、抱っこしてみますか?」
「え、いいんですか?」
「ぜひ!」
アルベルトの胸にいた赤子を慎重に抱きかかえると、その体はずっしりと重く、お日様とミルクのいい匂いがした。それに、体温が高いので抱いているだけで眠気を誘われる。遥か昔に弟や妹がいた気がするので、なんだか懐かしかった。
ふええ、と泣き出しそうになったので、よしよしと声をかけながら背中をとんとんと軽く叩いてあげると、リズムが心地よかったのかにっこり微笑んだ。
「エリスティアさん。まだ若いのに、なんだか慣れてますね?」
「こう見えても子守りは得意なんです」
「そうなんですね! 坊ちゃんはどうですか?」
「ぼ、僕は……それほど……。というか、赤子に触れたことはない……」
王太子には異母姉妹が三人いたが、赤子の世話は乳母がしていたので、彼が抱いた姿は目にしたことがない。
「坊ちゃんも、抱いてみますか? 俺でよければ教えますよ!」
「ぼ、ぼ、僕は結構だ!」
「アルディオン様。お願いしたらどうですか? これから父親になった時に、この子で練習させてもらった経験があれば、あたふたせずに抱っこができるかもしれませんよ?」
「……そ、それもそうだな」
将来、王太子が結婚して子どもが生まれた時に、乳児をあやせなければ大変だろうと提案してみたところ、その気になってくれた。
アルベルトは、赤子の上手な抱え方を、言葉と身振りを駆使して丁寧に教えていた。王太子はそれを熱心に聞いていた。
一旦、赤子を父親に返すと、今度は王太子の胸に託した。押しつけられた王太子は、おどおどしていたものの、教えられた通りに二の腕に赤子の頭を乗せ、手先は足の裏に滑り込ませ、空いている片手でお尻を支えた。自分の体に密着させ、安心してもらうためにも横抱きにした。肝心の赤子はにこにこしており嬉しそうだ。
「こ、こうか? あってるか!?」
「そうです、坊ちゃん! お上手です!」
「よかったわね。優しいお姉ちゃんと、お兄ちゃんに抱っこしてもらえて」
初めての経験に不安そうにしていたが、アルベルトとエイミー夫妻に褒められ、王太子は満更でもなさそうにしていた。
「赤ん坊は、温かいな」
「そうですよね。あといい匂いがします」
「あ、それは僕も思った」
抱えながらゆっくり十歩進んだところで、また大きな声で『ふぇぇぇん』と愚図り始めた。その声量に焦ったのか、王太子はすぐさま父親を呼び寄せた。
「アルベルト! 早く!」
「はーい、今行きますよ。たぶん、お腹が空いたんだと思います。坊ちゃんの抱っこが悪かったわけじゃないので、気にしないでください」
「エリスティアさんも坊ちゃんも、私たちの子を可愛がってくださり、ありがとうございます」
「さあ、お家に帰ろうね」
「それではまた」
アルベルトが抱きかかえても、男児は泣き止むことはなかった。それでも、エイミーと仲睦まじい様子で、家に向かっているので後ろ姿を見送った。
「赤ちゃん、可愛かったですね」
「うん。でも、かなり疲れた……」
王太子は、肩をぐるぐると回したり、腕を伸ばしたりしている。人様の子どもを抱っこしたので、緊張したらしい。
「ふふ。それなら、天気もいいですし、あそこの広場でおやつにしましょうか」
「なにを作ってきたんだ?」
「ジンジャーブレッドです」
「楽しみだ」
村の中央にある広場に移動し、長い腰かけに座ると、昨日準備していたジンジャーブレッドを取り出した。王太子は嬉しそうに頬張っていた。
2026/5/7 昨日のうちに推敲していたのでお昼に更新できました。
46話は夕方更新します。明日の分は夜に推敲します。もう少しだけお付き合い下されば嬉しいです。
完結予定日は5/9です。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




