四十話「オッペンハイム公爵邸にて」
エリーゼとルシフェルが先に戻っていたからか、オッペンハイム公爵邸に足を踏み入れると、エントランスでは使用人が勢ぞろいしていた。優に二、三十人はいる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
白髪が似合う最年長の家令だ。この巨大な公爵邸を切り盛りしているうちの一人だ。
「……ただいま」
「オーガスト様、エルンスト様、ロジャー様も心待ちにされていたのですが、名残惜しそうに学校に向かわれました」
「後で、兄さんたちにもちゃんと挨拶するから心配しないで」
「かしこまりました」
「出迎えは十分だから、仕事に戻って」
「はい」
家令が手を叩き解散を告げると、使用人たちはそれぞれの作業場に向かって散り散りになった。
その場に残ったのは、先に帰されていたエリーゼとルシフェルの二人だ。
「遅かったですね? お嬢様」
「そうかな? 一時間くらいじゃない?」
「三時間ですよ!」
「あれ、そんなに経ってたのか。気づかなかったな」
王太子と肩を並べて、静かすぎる森林を歩き、辿り着いた家に滞在していたのは半時程度に感じていたけれど、思った以上に時間が過ぎていたのかな。時を告げる教会の鐘が届かない範囲だと、どうしても感覚が頼りになる。体感だと一時間くらいだった。
「それでお嬢様。王太子との寄り道は楽しかったですか?」
笑顔なのに、刺々しさを感じるのはどうしてだろうか。まだ拗ねているのかも。かわいいね。
「至急、調べなきゃならないことが出来たんだ」
「なんですか?」
私が手招きすると、エリーゼとルシフェルは身を屈めた。自分たちしかいないことを確認してから、こっそり耳打ちした。
「…………前王妃について、だよ」
「え!?」
「驚きすぎだよ、エリーゼ。詳しい話は部屋に戻ってからにしよう。ここだと声が響くから」
「あ、すいません」
この二人は、王太子側の人間だと少し前に判明している。打ち明けても問題ないだろう。自室にて、なにがあったのか掻い摘んで説明した。
前王妃が、当時公妾だった現王妃の企みで濡れ衣を着せられ、命を落とした可能性があることを説明すると、意外にも冷静に耳を傾けていた。
「ルシフェルは普段通りだから置いといて、エリーゼはどうして驚かないの?」
「だって、あの品のない現王妃なら、やりそうじゃないですか。娘たちである王女様も、お嬢様に対して物凄く失礼ですし」
「だめだよ、エリーゼ」
誰かが聞き耳を立てていたり、室内に潜入されていたり、イレギュラーが発生しないとも限らないので、一応、名を呼んで窘めた。
「ここには私たちしかいないので平気ですよ。誰もいないです。気配もしません。お嬢様には言ってないですけど、天井裏には砂利を敷いているし、ほかにも色々と仕掛けを施しているので、進入されたら気づきます」
「……そう。それなら話を戻すけど、王太子はおそらく、証拠探しをすると思うんだ」
森林でぽつんと佇む大きな木造の家。あそこで対面した女は『証拠を探しなさい』と言っていた。つまり、十年経っていても、なにかしら手がかりが残っているんだろう。私の直感もそう告げている。
「十年前の証拠探し……ですか」
「うん」
「当事者を当たるのが手っ取り早いでしょうけど、さすがに前王妃を裏切った元侍女は、公妾から王妃になった後で、口止めと称してなにかしらしてそうですよね」
「うん。ひとまずルシフェルには、当時の侍女が、今も生存しているかどうか調べてほしい。可能だったら出身地も」
「御意」
「潜入するにあたって理由が必要になるから、十年前に姉が親しくしていた、恩人の侍女の行方を探している、という設定でいこうか。使用人の数は多いから、誤魔化せるはずだよ」
「わかった」
シルヴァーフォード城の侍女は二十代になると、結婚で退職する者が大半を占める。貴族に見初められたり、城で働く兵士と恋に落ちたり、街中で相手を見つけたりと様々だ。中には結婚せずに長く務めるものもいるので、そこから聞き出してもらうことにした。
今回の情報収集はルシフェルが適任だろう。城は巨大なため、常に働き手を求めている。斧で薪を割って運ぶとか、湯を沸かして風呂の準備をするとか、馬の世話や庭の手入れなど肉体労働も多く、雑用係りとしてならすぐに採用されるだろう。
男前な顔に釣られて、現王妃の秘密をうっかり喋ってしまいそうな婦人も狙い目だ。今のままだと私の従者だと見抜かれるので、もちろん変装してから任務を遂行させる予定でいた。
こんなことは滅多にないが、どこか潜入させる必要がある場合は、臨機応変にエリーゼとルシフェルで使い分けている。
「私は? 私はなにをすればいいですか?」
「エリーゼは、ルシフェルの変装を手伝ってあげて。今回は……そうだな、紳士風にしようか」
「はい。お任せください♪」
働いていた侍女について調べることは、使用人として潜入するだけなので容易だが、現王妃の周りを調べるのは身内でもない限り難しいだろう。城内では魔力は制限されるので、転移魔法で現王妃の私室に入るという荒業も使えない。仮に入れたとしても、十年前の証拠が見つかるとは思えないけどね。
器用なエリーゼが尽力したおかげで、人のよさそうな紳士風の装いになったルシフェルは、さっそく城へと向けて出発した。
***
教会の鐘がカーン、カーンと鳴り響き、その回数から午前八時を教えてくれる。朝があまり得意ではないので寝ていることの方が多いが、今日はどうしても外せない予定があるので、半時前に起床して身支度を整えていた。
昨日、別れ際に約束した通りに王太子は現れ、部屋まで迎えにきてくれた。
「おはようございます、アルディオン様」
「エリスティア……。もしかして、ルシフェルに情報収集させているのか?」
第一声がそれだった。昨夜、王太子が夕食を済ませて食堂を出たところ、ルシフェルらしき人物が、使用人の格好をして荷物を運んでいるのを目撃して、心臓が口から飛び出そうになったと言われた。見事に潜入できたようだ。
念のため、城の内部では王太子と接触しないように指示している。ただ、姉が他界したので、昔世話になった恩人を探したいだけ──という若者を装っている。ちなみにルシフェルに姉はいない。
「そうです。王太子の邪魔になっていましたか?」
「いや、その心配はない。使用人に紛れて、元侍女の行方を追っているんだろう?」
「ええ。恩人の侍女を探している、という前提で動いています」
「そうか。僕が表立って調べると、継母に勘づかれるだろうから、危険が及ばなければ継続してほしい」
「わかりました。帰還したら、ルシフェルに伝えておきますね」
「うん。それではさっそく本題に入ろうか。一体、どこに連れてってくれるんだ?」
さすがに、今日は相談だけで終わると思いきや、別れ際に誘ったことを切り出されたので、人目の少ない湖畔はどうかと提案した。すると、傍で聞き耳を立てていたエリーゼが、腕によりをかけて昼食を用意すると張り切りだしたので、完成するまで待ってから、転移魔法でさくっと移動して散策することにした。
2026/5/4 推敲は40話までです。明日は41、42話の推敲をして更新予定です。
まだ50話は3000文字から進んでいないのでもう少し書いてから今日は寝たいです。
完結予定日は5/9になります。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




