三十九話「魔女ドラヴェナ」
「水のお姉ちゃん。またね!」
「うん。またくるよ!」
大勢の村人たちに見送られる中、午前十時を告げる鐘が鳴り響くのと同時に、私と王太子の体は閃光に包み込まれた。転移魔法は瞬く間だ。眩しいので目を閉じている。
「……もういいよ」
「……ここは?」
「見覚えはないか?」
「……うーん。あるような、ないような……」
王太子に声をかけられ目を開けると、眼前に広がっていたのは木、木、木だった。右を見ても左を見てもあるのは木だ。てっきり、王都の入り口に移動したと思いきや、しんと静まり返った森林にいた。大小様々な木々に囲まれている。
「王都からは、そこまで離れていないんだ」
「そうなんですか?」
「うん」
「私をここに連れてくるために、エリーゼとルシフェルを先に帰したんですか?」
「正解」
一緒に帰ると直前まで揉めていたが、エリーゼとルシフェルは、一足先に側近が送り届けている。二人は、オッペンハイム公爵邸で待っている。
「あそこに寄ってから帰ろう」
王太子が指差した先には、木造の大きな家がぽつんと建っていた。先ほどまでは、なにもなかったというのに、霧で隠れていたんだろうか。
まじまじと眺めても、見覚えはない。けれど、どこか懐かしさを感じるのはどうしてだろう。
「誰が住んでいるんですか?」
「扉を開けたらわかるよ」
一歩、また一歩と建物に近づき、扉をノックすると中からは返事があった。鍵はかかっていなかった。
恐る恐る扉を開けると、驚くほど美しい外見をした、黒髪で隻眼の婦人が立っていた。王都にも、容姿の整ったものは男女問わずいるが、それらを凌駕するほどの美貌だ。肌艶から、年齢は二十代から三十代だろうか。視線が合う。
「…………」
「…………」
言葉がなにも出てこなかった。王太子は、扉を開けたらわかると言っていたのに、顔を会わせても心当たりはまったくない。見知らぬ人だ。
「こちらに」
手招きされたので一歩近づくと、いきなり抱きしめられた。外には一本も咲いていないのに、薔薇の匂いがする。抱擁はほんの数秒だった。
初対面なのにな……なんて思っていると、美しい女は、私の背後にいた王太子に声をかけた。
「……娘を救ってくれたことに、感謝するわ」
「……いいえ」
呪いが解けたことを示唆しているんだろうか。あとで聞いてみよう。
「お礼に、とあることを教えるというのはどうかしら。失った命は元には戻せないけれど、あなたの母に一体なにがあったのか、教えることならできるわ。どう、知りたい?」
「…………はい。聞かせてください」
どうして、森林に住んでいるこの人が、王都で暮らしていた王太子の実母について把握しているのか。半信半疑ながらも、耳を傾けることにした。
この謎な人物いわく、十年前にまだ公妾だった継母は、前王妃の侍女を買収し、身内を人質に取ってから拷問にかけ、前王妃の不義密通を偽証させたという。指示に従わなければ、家族を害するとでも言って脅したんだろう。容易に想像できる。
王都には遊び人で有名な貴族がおり、独身、既婚問わず数々の美女と浮名を流してきた。その男が、ついには前王妃をも口説き落とし、密会していた──と侍女が証言してしまった。
嫌疑が晴れるまでの間、王妃は幽閉されてしまい、相手の男を探して事情を聞こうとしたが、その遊び人の男は、酔っ払った拍子に転んで頭を打ったことがきっかけで、数日前に他界していたという。
前王妃は、第二子を身籠っていたというのに、濡れ衣を着せられ、腹の子も国王が相手ではないと噂されてしまった。相手とされる男が死んでしまった以上、幽閉は解かれたものの、信じてもらえなかったことに心を傷め、衰弱して、病にかかり命を落としてしまった。
前王妃の死については詳しくは知らなかったが、果たして、この謎の人物が語ったことは真実なのか。まだ、これだけでは信じきれない。
「証拠を探しなさい」
私の考えを読んだのか、そう告げた。証拠を探せということは、まだ残されているんだろう。
黙ったまま耳を傾けていた王太子は、拳をぎゅっと握りしめていた。その手にそっと触れると、小さく震えていた。
「……アルディオン様」
「…………」
「さあ、もう元の世界へ帰りなさい」
女は、目の前に手を翳すと、私と王太子の周囲は一瞬のうちに闇に飲み込まれた。真っ暗闇なので眩しくはないが、念のために目を閉じた。
「……さよなら。私の愛しい子……」
それから少しして、頬に微かな風が当たることに気がつき目を開けたところ、王都近くの草原にいることがわかった。
「……帰りましょうか」
「……ああ」
王都ヴァランクールには、石を積み上げて作られた夜間には閉められる門と門番がおり、王太子と私の姿を目にするなり慌てて敬礼した。
あんな話を聞いた後だったので、王太子はすっかり気落ちしていた。心なしか足取りも重い。無言のまま歩く。ひたすら歩く。そろそろオッペンハイム公爵邸に到着してしまう。
このまま、なにもせずに公爵邸の前で別れたら、後悔しないだろうか。きっと、王太子のことが気になって気になって、落ち着かずに過ごすことになるだろう。エリーゼかルシフェルが、痺れを切らして様子を見に行くかもしれない。どちらかを行かせるくらいなら、自分が行けばよかったと思うかもしれない。
やきもきしたくないので、先に動くことにした。
「アルディオン様」
「……ん?」
「明日、一緒に出かけませんか?」
「へ?」
自分から誘ったのは初めてだ。いつもは誘われて、応じるか断るか考えている。それには王太子も気づいたらしく、目を瞬かせていた。
「それとも、なにか用事でもありますか?」
「……が、学校がある……」
「ああ、そうでしたね。それなら、腹痛で休んで下さい」
「……えっ!? わ、わかった。明日、迎えに来る」
オッペンハイム公爵邸の前で、王太子と別れた。
2026/5/4 今日は50話3000文字まで書いていますが、もう少し書く予定です。
本文は148500文字くらいで残り1500文字で終わります。
ということでこの後、40話も投稿します。
完結予定日は5/9になります。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




