三十一話「村人の祝言」
収穫がひと段落ついた八月下旬。村長の長男であるアルベルトと、東の村に住むエイミーがついに結婚すると知らせを受けた。どうやら収穫祭よりも前に行われるようだ。
先月、村長の家が火事になったことで延期になるかと噂されていたが、オッペンハイム三兄弟が協力して、元の家以上に立派な石造りの家を建てた。それからというもの、村長の計らいで時折、豚や羊などの肉が届けられるようになった。
「よかったですね、お嬢様」
「そうだね」
まずは村長の家に参列者が集まり、ゆっくり歩いて教会へと移動する。そこで、新郎が新婦の手を取り、親指から順番に銀の指輪を嵌めるような仕草をして、最終的には薬指に落ち着かせた。そして、一生、飢えさせないという意味を込めて、金貨と銀貨を手渡した。
近年、流行りつつある結婚は、当人同士の意思確認だけで成立するものと、教会の司祭の前で誓うパターンのどちらかが主流だという。忙しい庶民は意思確認だけで済ませ、比較的時間に余裕のある貴族やそれに準ずるものは、教会を選択するらしい。
司祭の前で、堂々と宣言をしたアルベルトとエイミーは村人に祝福されながら晴れて夫婦となった。
「二人とも、よかったね。おめでとう」
声をかけると、アルベルトの目にはうっすら涙が光っていた。それを隣に立つエイミーが、そっと優しく拭っている。仲睦まじい夫婦だ。
「あ、ありがとうございます、エリスティアさん!! 妻と結婚できたのは、あなたのおかげです!!」
「気にしないで」
村長に利用されそうになり、それを回避するために手を貸しただけだ。むしろ、恋人がいてくれたおかげで命拾いした。
あれだけ結婚に反対していた村長はというと、教会に移動した時にはすでに号泣していた。さすがに早すぎだろうと、それを目にした村民は笑いつつも、みな口々に「よかったな」と祝福していた。
頬を赤らめて笑い合う新婚夫婦を目にしても、私には感情がないのか、その気持ちが理解できなかった。なにか掴めるかと思い式に参列してみたものの、今回も収穫はなさそうだ。
嬉しそう、というのは見ているだけで伝わってくる。でも、それだけだ。それ以外は浮かばない。なにかの感情が欠落している気がするのに、それがなんなのかはっきりしないんだ。
だから離縁を決めたあの日。王太子と聖女セラフィナが、親密そうな関係だと悟った直後に、離縁する方向で舵を切った。メイドたちの囁きも後押しした──とはいえ、本人に確かめることなく決断したのは自分だ。人のせいにするつもりはない。
親密そうな二人を目にしてショックはショックなのに、自分の存在が、二人にとって邪魔なんだという認識に切り替えてしまう癖があるらしい。転生八回目の男爵令嬢リーリエの時も、妹に婚約者を譲って身を引いた。二人の方がお似合いだと感じたからだ。
自分と王太子が並ぶ姿よりも、聖女セラフィナと王太子が連れ立っている方がしっくりきた。それだけだ。
「お嬢様? どうされましたか?」
身近にいる二人は実際問題どうなのか気になったものの、なにかあれば一番に相談してくれるだろうからと聞かないことにした。でなければ、結婚資金と表した手切れ金は受け取らないだろう。あのお金は、もうあげたものなので、二人がどう使おうが自由だけれどね。
「……ほら、見てあの二人。また喧嘩してる」
「ああ、オーガスト様とアルディオン様ですね。お嬢様に注意されるのに、本当、懲りないですよね」
身なりをきちんと整えて参列していたオーガストらは、王太子と近距離で睨みあっていた。放置したいところだけど、側近や侍従は冷や冷やしながら私に視線を送ってくるので、そろそろ仲裁に入ろうかな。
「兄さん。それからアルディオン様。今日はめでたい日なんだから、いい加減にしてください」
「エリスティア! お前が嫁に行く日を想像してしまって、つい……」
「僕は悪くない。向こうから喧嘩を売ってきたんだ。妹は嫁にやらん! って!」
「ああ、嫁にやるつもりはないですよ! 当然じゃないですか!」
「やらないといっても、エリスティアは僕の婚約者だ!」
人の結婚式だというのにこの有様だ。周囲にいる村人は、本気には捉えず笑って聞き流しているので幸いだ。王都までこのやり取りが広まることはないだろう。
王太子とオーガストの席を離すべきだったが、二人とも、私の隣を陣取ろうと躍起になるし、左右に配置しても喧嘩するので、エリーゼがあえて隣同士にした。式が終わるまで大人しくしていられたら、私と昼を食べられる権利を与えると勝手に決めた。そんなことで静かになると半信半疑だったのに、終わるまでは一言も発さなかった。
ところが。終わった途端、どちらが勝ったのか勝敗をかけて言い争いになっていた。十八歳と十六歳の貴族と王族の嫡男が、たかだか昼食を一緒に食べるという目的のために、本気になって揉めている姿を目にするのはさすがに恥ずかしい。最終的に騒いでしまうのなら、本末転倒といっても過言ではない。この場から逃げ出したい。面倒くさい。
「エリスティア。どっちの勝利だ? もちろん、兄である私だよな?」
「いいや、婚約者の僕のはずだ。僕は終始、大人しくしていたからな!」
どちらを選んでも、鬱陶しいことになるのは目に見えていた。オーガストを選べば王太子が拗ねるし、王太子を選べばやっぱりオーガストが拗ねるだろう。
「恥ずかしいので、外に出てください」
とりあえず、くすくす笑われているので、オーガストと王太子の背中を押して礼拝堂を後にした。
「エリスティア。誰と昼食を取るか、決めたか?」
「……決めたよ」
「よし。さあ、早く私の名前を言いなさい」
「いやいや、当然、僕だよな。うん」
期待に満ちた眼差しを向けられたが、私はどちらの名前も告げるつもりはない。
「ルシフェルと食べます」
「………………は?」
従者の名前を告げた途端、その場の空気が一瞬だけ凍りついた。ルシフェルには申し訳ないけれど、隠れ蓑にさせてもらうよ。
「えっ、俺……ですか!? お、俺でいいんですか……?」
私に名前を呼ばれたルシフェルは、まさか自分に白羽の矢が立つとは想像していなかったようだ。目を大きく見開いて動揺している。エルンストやロジャー、王太子の側近も候補にはあった。でも、この中で一番無難なのはルシフェルだろう。恋人のエリーゼには申し訳ないけどね。
「迷惑だったら別の人にするよ」
「め、迷惑だなんてとんでもない。俺でよければ、喜んでお供しよう」
「それならよかった」
普段から、一緒に食べてるじゃないかと突っ込まれることも覚悟の上だったが、名前を呼ばれなかったショックからか、オーガストも王太子も肩をがっくり落としており、それどころではないようだ。簡単に回避することができて安堵した。
その日の昼食は、エリーゼが野菜入りのポタージュを作ってくれたので、普段通り家で食べた。私の向かい側にエリーゼ、その隣にはルシフェルと、席順も変わりない。ルシフェルは、若干、元気がないように感じたけれど、そこは見て見ぬふりをした。




