三十話「続・お菓子作り」
村で決められた週に一度ある焼き日。毎週、楽しみにしていたはずのこの日も、王太子の口から、とある真実を聞いてしまったばかりに胸中複雑だった。
「お嬢様。今日も山盛り作りましょうね♪」
外にある炊事場にて食材を一つ一つ確認していたエリーゼは、ひと際、機嫌がよかった。終始にこにこしながら、焼き菓子に使う材料を並べている。
二人とは昨日からまた一緒に生活している。王太子と内通していると誤解したことを正直に謝ると、快く許してくれた。
「あ、そろそろ蜂蜜が切れそうですね。手に入るかな」
「……そんなに張り切っているのは、王太子に売りつけるから?」
「当然じゃないですか。お金はいくらあってもいいですからね」
「それなら、エリーゼが自分で作ってみたら? 器用だから作れるでしょ」
他意はない。エリーゼが作ると、私のものよりも美味しく出来上がることはわかりきっている。だから素直にそう告げてみたのに、エリーゼは眉間にしわを寄せて不快感を表した。
「お嬢様……本気で言ってます? アルディオン様は、べつにジンジャーブレッドが好物なわけではないんですよ?」
「……え、そうなの? 庶民のお菓子だから、表立って買いに行けない、とかではなく?」
「そんなわけないでしょう!」
盛大に突っ込まれてしまった。てっきり、庶民的な菓子を好むのだと勘違いしていた。
「いいですか。お嬢様の作ったお菓子が食べたいんですよ、アルディオン様は。私じゃないんです。わかりましたか?」
「……は、はい」
「はあ。まったく。では、蜂蜜を買ってくるので、お嬢様は先に準備していてください」
「……わかった」
この村で蜂蜜を入手するには、他の家庭から分けてもらうか、月に何度か開かれる大規模な市場のどちらかでしか手に入らないというのに、なぜかエリーゼは大きな瓶を蜂蜜で満杯にして帰ってきた。入手経路は聞かないことにした。
エリーゼに勧められるまま用意すること二時間。なんとか、順番通りに大型オーブンで焼いてもらえそうだ。
そんな中、この時間帯はまだ王立魔導騎士学校にいるはずの王太子が、ひょっこりと顔を出したので二度見した。しかも上下真っ白といった装いだ。王太子が学校へ通う際に着用しているのはいつも紺色だ。
「なんでいるんですか? 王太子。まさか、学校に行かなかったわけではないですよね?」
「腹痛で早退した。たまには、焼き立てを味わっても、罰は当たらないだろう?」
「そんな理由で帰ってくるなんて、国王陛下が耳にしたら嘆きますよ……?」
「やるべきことはやっているので、心配はいらない」
「……ならいいですけど」
本当はよくない。けれど突っ込んでも意味がなさそうなので、それ以上追及しないことにした。
「ジンジャーブレッド以外に、なにか食べたいものはありますか?」
手元をじーっと凝視されていたので、そこから逸らすためにも話題を振ってみた。ただの気まぐれだ。
「そうだな、魚が入ったパイはどうだろうか。僕が連れて行くから、これから出かけないか?」
食べたいものを聞いてみたところ、フィッシュパイを提案されて、私はとあることを思い出した。
「ああ、それでしたらサケはどうですか? 塩漬けなら、わざわざ行かなくてもありますよ。少し前に、西に位置する漁港まで魚を見に行ったので、日持ちしそうだからと買ったんです」
買いに行かなくても、魚の塩漬けと乾物ならある。塩漬けのサケは、日持ちさせるためにわざと塩辛くしているので、塩抜きをしなければすぐには食べられない。そのまま少しだけ汁物に入れて煮たり、塩抜きしたものを焼いたり、工夫して食べている。だが、フィリングの一部として少量混ぜるくらいならば、塩抜きせずとも平気だろう。
「…………誰と行ったんだ?」
「誰って、エリーゼとルシフェルですよ」
質問されたので正直に答えると、王太子の顔色はあからさまに曇った。心なしか怒っているようにも見える。どういえば正解だったのかわからない。
「……僕とも行こう」
「え?」
「二人がよくて、僕はだめなのか?」
「い、いえ……」
まさか、従者を連れて漁港に行ったことで、王太子に拗ねられるとは想像していなかった。面倒だったので首を振りたかったが、圧を感じて断れなかった。
「じゃあ、行こう。今すぐにでも」
「今ですか? これから焼きに行くので無理ですよ」
平たい器にたっぷり四つ分、すでにジンジャーブレッドを準備してしまっている。これを放置したまま出かけることはできない。無駄になってしまう。
「それなら明日」
「明日……ですか?」
「嫌なのか?」
「い、嫌ではないですけど……学校がありますよね?」
誘いが急すぎたので驚いたところ、王太子は不服そうに眉を顰めたので、私は慌てて首を振った。今日は週の始まりなので、明日も授業はある。素直にそれを指摘すると、目を細めて軽く言い放った。
「明日は腹痛で休むつもりだ!」
「ええ……」
堂々と仮病を宣言されてしまった。顔面蒼白になる側近の顔が脳裏に浮かぶ。欠席の連絡は、伝書鳩を使うのでそこは問題ないが、学校に行かずに漁港へ足を運ぶとなると、事前に調査する必要がある。移動するまでの道中に危険は潜んでいないか、転移魔法だったら移動先の安全面は問題ないか、いつも事前に側近が調べている。
食べたいものはあるかと質問しただけなのに、どういうわけか王太子と漁港へ行く予定が入ってしまった。こんなはずではなかったが、こればかりはやむを得ない。
「それで、話を戻しますけど、サケを使ったパイでいいですか?」
「……嫌だ」
「え?」
「僕と一緒に買いに行った食材で作ってほしいから、今日は魚じゃなくていい」
「……アルディオン様って、わがままですよね?」
「………………わがままでも、いい」
わがままだと指摘すると、王太子は唇を尖らせて拗ねているので、ちょっとだけ可愛いなと思ってしまった。
「リクエストがないなら、昨日もらったブルーベリーのタルトにします。それでいいですか?」
「……それでいい」
「すぐに準備しますね」
小麦粉に水を加えて捏ね、器に薄く延ばしてから、水気を切った甘酸っぱいブルーベリーをたっぷり敷き詰めた。
「手が足りないんですけど、アルディオン様も一緒に並んでくれますか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
王太子と側近を頭数に加え、五人で並ぶことにした。
焼きあがったジンジャーブレッドを分けると、エリーゼとルシフェルは半分ほど残して王太子に売りつけた。目の前で売買しているので注意したが、誰一人として聞く耳を持たなかった。
一夜明け、朝八時を告げる鐘が鳴り響くと同時に、王太子が迎えに来た。有言実行と言わんばかりに学校を休んでしまったらしい。そして、転移魔法でさくっと西にある漁港に到着した。馬で移動するのも楽しかったので、ちょっとだけ残念だった。
この漁港に足を踏み入れるのは二回目だけれど、この前とは違い、朝の時間帯なので少し冷たい潮風が清々しかった。肩を並べて、王太子と港町を歩くとは想像するはずもなく。エリーゼやルシフェル、王太子の側近は、少し離れて見守っている。
魚の香ばしい匂いにうっかり足を止めると、隣にいる王太子が銀貨を取り出し、すぐに買ってしまうので気が抜けなかった。もう食べられないと伝えても、そんなはずはないと押しつけられる。大食漢だと知られているので、いくらでも食べさせようとしてくる。まあ、胃袋は余裕だけどね。
ちょっとした攻防を繰り広げながら、王太子と漁港を散策した。
2026/4/25現在 38話の冒頭を執筆中で推敲は30話まで終わっております。
5月中に50話まで書けるように頑張ります。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




