二十五話「再会」
村まではもう少し。先ほどから、並走している金髪金目の青年に、じろじろと全身くまなく見られているような気がした。視線がまったく動かず、勘違いではないことだけは確かだ。不躾な眼差しには慣れているとはいえ、居心地が悪かった。
「……この髪色、そんなに珍しい?」
農村地帯だと、ピンクゴールドの髪色はどうしても浮いてしまうのも無理はない。村民の大半は黒かこげ茶、茶髪、そして老人は白髪だ。
村に最初に立ち寄った時は、日差し対策のために、白のウィンプルとよばれる布をかぶっていたので問題なかったが、うっかり忘れた日には何度か驚かれていた。もっとも、流れ着いて一か月経っていることと、今日は、日が暮れる直前の夕方なので、ウィンプルはかぶっていない。面倒でも隠すべきだったなと反省した。
「……いいえ。そういうわけではありません。ただ、髪の長さが気になっただけです」
「長さ……?」
金髪金目の正体不明な男は、火の魔法を駆使して狼を追い払っていた。精霊と契約できるということは貴族か、それに準ずる者か、王族だ。見たところ、光沢のあるシルクの高級生地を惜しげもなく使っているので、上流階級だということは間違いない。それならば、同じ貴族と交流する機会の方が多いので、髪の長さを指摘するのも納得だ。
髪の毛は、一部貴族の間では魔力と直結していると信じられており、幼少期のうちは男女問わず伸ばすように教育されている。自分でコントロールできるようになれば切ってもいいとされているが、甚大な魔力を維持しているオーガストやエルンスト、ロジャーなど根っからのエリートを除き、そこそこ長髪を保っている。それなのに、十歳の私の髪が短いので引っかかったのだろう。
「この長さにしてから、髪の毛が洗いやすいし、早く乾くからとても楽だよ」
「…………」
素直に答えたのに、どういうわけか黙られてしまった。
うーん、変な回答だったかな?
村に到着すると、送り届けるとだけ言っていた金髪金目の青年は、なぜか男たちと連れ立って下馬した。そして、馬を繋ぐための木の柱に、しっかりと結んでいた。
やっぱり、帰らないんだ……。
一応、危ないところを助けてもらったので、誰かが礼儀として引き留めたのかもしれない。いきなり現れて恩を売るだなんて、怪しさ満点だ。けれど、短い会話ながらも悪意は感じられなかったので、泳がせることにした。
ひとまず、私を乗せてくれていた小柄だけど素早い馬を返しに行き、動向を探ることにした。
「お嬢ちゃん。俺たちはこれから軽く一杯やるんだが、お嬢ちゃんもどうだ?」
何食わぬ顔で誘われてしまった。先ほど、なぜか水魔法が発動せず、私のせいで危険に晒されたというのにすっかり忘れているらしい。ちょっとだけ羨ましい。
答えに迷っていたところ、金髪金目をした青年と視線が合った。その金色の瞳が『来ないの?』と物語っている気がして逸らせなかった。いきなり現れた理由を知りたい。
「……行こうかな」
私が頷くなり村の男は、ふんふんと上機嫌に鼻歌を奏でながら歩き出し、近くで様子を窺っていた金髪金目の青年は、少しだけ口角を上げた。ほんの一瞬の出来事だ。観察眼に長けない人だったら、きっと見抜けなかっただろうね、うん。私は鋭いんだ。
「一緒に行きましょうか」
「……うん」
金髪金目の青年に促されたので並んで歩き出す。青年は、私よりも頭一個分ほど背が高い。オーガストよりは低く、エルンストや王太子と同じくらいだ。王都を離れて久しいというのに、なぜこのタイミングで彼のことを思い出したのかは謎だ。
隣にいるというのに、金髪金目の青年の名前を知らないので、どうして助けてくれたのか、どこから来たのか、差し障りのないことを聞いてみようとしていた、束の間。
「────妹から離れろ!!」
稲妻のごとくまぶしい閃光に目がやられると同時に、空間を割いて現れたのは他でもないオーガストだった。あろうことか手には剣が握られており、金髪金目を視界に入れるなり青年に切りかかった。こんな暴挙は初めてだ。
「兄さん!?」
青年は、予想していたらしくすぐさま腰に佩いていた剣を引き抜き応戦した。カキン、カキン、という刃と刃がぶつかり小気味よい音が響く。
「おいおい、なんだよ!? 一体どうしたんだ!?」
村の男たちは、危機を救ってくれた金髪金目の客人と、私の義兄であり公爵家嫡男でもあるオーガストが、血相を変えて剣を交えているので腰を抜かしている。突然のことで頭が追いつかない。血気盛んな若者ではあるけれど、オッペンハイム公爵家を背負う重責があるというのに、理由もなく他人に喧嘩を売るような不届きものではない。
「この男は、俺の可愛い妹を捨てたんだ!」
オーガストがそう告げるなり、村の男たちよりも先に私が驚いた。
私を……捨てた……? それって……つまり……。
風の精霊と契約しているオーガストは、魔力探知を得意としている。そんな男が、これほどまでに激怒しているということは、この金髪金目の正体は──。
「聖女のことなら、誤解だ!」
「妹を傷つけておいて、どう誤解だと言うんです?」
「本当に、なにもないんだ!」
「フン。信じられるわけがないでしょう」
王太子は、頻りに誤解していると繰り返した。そう言われても、聖女にかけた言葉と、親密そうにしていたという事実は変わらない。目撃者は多数いた。今更弁明されても納得できない。
「……僕はただ、エリスティアにかけられた呪いを浄化してもらおうと……」
「…………呪い?」
「あ」
王太子の口から『呪い』と飛び出たのを私は聞き逃さなかった。
私が……呪われている……?
最近、もの忘れが酷くてなにを言われているのかさっぱり理解できなかった。けれど、記憶にはないのに、なにかが引っかかる。大事なことなのに、浮かびそうで浮かばない。頭の中に靄がかかっていた。すっきりしない。
「お、おお、おおおお王太子殿は、妹が呪われていると言いたいのかッッッッ!?」
「兄さん、落ち着いて」
「落ち着いていられるか!」
剣を鞘に納めて手を上げたオーガストは、なにかを口ずさみ風の精霊を呼ぼうとした。相手は王族だ。それなのに無礼を働き続ければ、このままでは不敬罪になりかねない。
それに、こんな辺境地に王太子が一人でくるわけがないので、すぐに側近や従者がくるだろう。それなのに、頭に血が昇りすぎているオーガストは、冷静さを欠いている。
まったく……。手がかかるね。
やむを得ず、オーガストが召喚する前に手を打つことにした。
「エリスティア……!? な、なにをするんだ……?」
オーガストの頭上にだけ水を降らせることに見事成功した。さっきは使えなかったのに、ちゃんと発動したのでほっとした。
「王太子に対する無礼はだめだよ、兄さん」
「……だ、だが……!」
「兄さん。オッペンハイム公爵家のためにも、落ち着いて」
「……わかった」
水に濡れたことで頭が冷えたのか、オーガストは上げていた腕を下ろした。険しい顔つきのままだが、もういきなり切りかかる心配はないだろう。
「ところで、王太子。いつまでその外見でいるつもりですか?」
見慣れない姿だったので指摘すると、王太子は指をパチンと鳴らした。すると、次の瞬間、金髪金目から黒髪菫色に戻った。手品のようだった。
「エリスティア。言葉遣いは、さっきのように堅苦しくなくていい」
「そういうわけにはいかないですよ。あなたは、この国の王太子ですから」
「……ここは王都ではないし、この場に、僕の身内は一人もいない」
「それでも、です」
気軽な口調でいいと言われても、頷くつもりはない。たとえ王都から遠い北部の農村地帯とはいえ、噂が広まらないとも限らないからだ。後々、オッペンハイム公爵家に迷惑をかけたくない。
「さっきから言っているけど、王太子ってのは本当なのか……?」
固唾を飲んで見守っていた村の男が、地面に尻餅を突いたままつぶやいた。
このまま外で言い争っても、いらぬ注目を浴びるだけだ。さっさと人目のつかない屋内に移動することにした。




