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魔女の呪いで転生十回目! エリスティア・オッペンハイムは今度こそ婚約破棄して悠々自適に暮らしたい  作者: ゆずまめ鯉


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二十四話「狼」

 漁港で美味しい海の幸を堪能し、村に戻って一夜明けた翌日。エリーゼは、朝からワインと酢、蜂蜜でタラを煮つけてくれたので、昼食の時間が待ち遠しかった。魚尽くしなのは久しぶりだ。

 魚をより美味しく食べるためには、空腹の方が最大限に味わえるだろう。昼までにお腹を空かせるためにも外出することにした。

 働き者の村民は、今日も額に汗を浮かべては、真面目に農作物と向き合っていた。それもそのはず。

 転移魔法を使い、新鮮な野菜を買いつけにくる商人や、立ち寄ったついでに食料品を大量購入する旅人、祭りを行う際に、少しでも経費を安くしようと遠路はるばる仕入れに来る町民など、売り時はいくらでもある。だから、天候が崩れない限りは外で農作業しているようだ。

 そんな中、村の出入り口近くに畑を構えた農夫たちが、土を耕す手を止めて会話をしていた。


「なあ、知ってるか? 村を出て、すぐのところに複数の足跡があったんだろう?」

「ああ、そうらしいな。うちの家内が遠吠えを聞いたって……」

「それ、うちの倅も聞いてたんだけど、仲間を呼んだんじゃねえのか……?」

「そうかもしれないな……」


 二人の顔を盗み見ると、どちらも青白い顔をしていた。遠吠え、と聞こえたので昨日、村に入る前に耳にしていた鳴き声のことかもしれない。うっかり視線を合わせてしまい、慌てて逸らしたが遅かった。


「……エリスティアさんじゃないか!」

「お、本当だ! なあ、お嬢ちゃん。ちょっとこっちにきて、世間話をしないか?」


 世間話、といってもその内容は頼み事だということは話の流れから察している。水不足は解決済みだし、収穫が始まった現在の村民は、多忙を極めているので私たちに構っている暇はなく、こうして呼び留められるのは実に十日ぶりだ。時間は有限だけれど、今は暇なので応じることにした。


「……いいよ」

「よしきた。ここから北へ進むと、山があることは知っているかい?」

「うん。霧が出ていない日に見ると、遠くに麓が見えるよね」

「ああ、そうだ。あそこにも、昔はそこそこ人が住んでいたんだが、獣害に度々悩まされていてな。ここからも狩りには向かっていたんだが、集落に多く住んでいたのは頭の固い老人ばかりだ。恐怖に怯えていた若者を、軟弱だと罵って衝突してからは、一人二人とここや隣の村に移住しちまった。あとはお察しの通り、今では廃村だ」

「ああ……なるほど」


 すぐに理解できた。自分が十代、二十代の頃は、獣を軽く追い返せていたと若者を鼓舞したつもりが、かえって嫌われてしまい、次々に去られてしまったんだろう。今と昔では、獣の数や大きさ、習性も徐々に変わってきているはずなのに、現実を見ようとしない高齢者との対話を諦めたことは容易に想像がつく。

 若い頃の自慢話ばかりして、怖さを訴える若者を無視して貧弱だと罵られることから、泣く泣く故郷を離れたに違いない。そういう場面は何度か目にしたことがあった。


「さすが貴族のお嬢ちゃん。理解が早くて助かるよ」


 山の麓の集落から人間がいなくなれば、山から下りる動物を追い払う者がいなくなる。人がいなくなれば、当然ながら土地や家を管理するものもいなくなる。

 そうなると、麓にある里は荒む一方になり、山が深刻的な水不足で凶作に陥った場合、獣たちは食べ物を求めてさらに進行してくるだろう。昨日、村に足を踏み入れる前に遠吠えが聴こえた理由は十中八九それだ。


「それで、その山から下りてきた獣の気配がある、ということであってる?」

「そうだ。村のすぐ外に、狼の足跡があった」

「……昨日、遠吠えを耳にしたよ」

「お嬢ちゃんもか!」

「うん。馬の運動がてら走らせてきた、その帰りにね」


 どうやら同じ時間帯に耳にしていたことが判明した。


「そこで、お嬢ちゃんには、俺たちと一緒にこの近辺を偵察してもらって、万が一、狼を見かけたら水で追い返してもらうとかは……難しいだろうか」


 昔々、遠い昔に森林に住んでいた頃。森には狼がいた。けれど木々に囲まれていたからか、それとも狼が嫌う植物でも埋められていたのか、襲われたことはなかった。

 それから、別の人生でも狼を目にする機会はあったが、直接対処したことはなかった。


「……いいよ」

「本当か!? それなら、昨日、遠吠えを聴いたのと同じ時間帯の夕方に、ここで集合だ」

「わかった」

「それじゃあ、またあとで!」


 話し込んでいる姿を目撃されれば、年上で肝っ玉の奥さんに睨まれるからと、二人は慌てて畑作業に戻った。ここに突っ立っているだけで誰かに声をかけられそうだったので、気を取り直して歩み出す。

 またオーガストたちに相談することなく承諾してしまった。このことが耳に入れば、十中八九、大目玉を食らうだろう。

 でも、村民の生活が脅かされようとしているのに放置することはできないし、事情が事情なだけにやむを得ない。ただ、一人で偵察するわけではないし、腕っぷしの強いルシフェルに声をかけるつもりだ。

 適当に散策して、子どもたちと隠れ鬼をしてから腹を空かせてから家に戻り、昼食を食べて昼寝をして、気がつけば夕方になっていたのでルシフェルに声をかけようとしたところ、エリーゼと出かけたのかいなかった。

 待ち合わせに遅れて迷惑をかけるわけにもいかないので、仕方なくなにも告げずに家を出た。農作業で鍛え抜かれた屈強な六人の男たちと合流した。馬も一緒だ。私のためにと、小柄だけどこの村で一番素早い馬がいるというので、素直に借りることにした。


「これから北方へ向かう。後方組の三人は、村の近辺を注意深く捜索してから、異変がなければ北へ向かって合流してくれ」

「ああ」

「お嬢ちゃんは、俺と一緒に前方組だが、万が一はぐれて一人のときに狼と遭遇してしまったら、下手に刺激せずに逃げてくれ」

「わかった」

「気を引き締めて行くぞー!」

「おー!」


 辺りは段々と薄暗くなってくる。狼は夜目が効くので活発になるのはこれからだ。気を抜かないように周囲に気を配っていると、遠くから獣の鳴き声がした。


「……今日も降りてきているぞ」

「ああ、そうだな……」


 まだ肉眼で捉えられないので馬を走らせること半時足らず。前方では、黒い影のようなものが左右に動く様子が見えた。集団で動くなにかだ。一頭や二頭どころではない。五、六頭はいる。


「……いたぞ!」

「数が多くないか?」

「そうだな……後方が合流するのを待とう」


 一、二匹ならば相手をしてもよさそうだったが、見えるだけでも五、六頭だったので動くに動けなかった。

 だが、狼の集団はこちらに気がつくなり、唸りながら四本足で地面を蹴り上げた。

 まずい!

 狼の走る速度は、馬に若干劣るものの侮れない。仕方ないので前方に腕を突き出し、水魔法を出す準備をする。狼の群れは、全速力でこちらへ向かって走ってくる。


 ──今だ!


 勢いを最大限にして水を放出させようとしたその時。いつもなら難なく出るはずの水が、どういうわけか一滴も出なかった。こんな経験は今までない。なんとかしなきゃと焦れば焦るほど、上手く魔力を扱えなくなるというのに、どうにもならなかった。そんな私を見透かしたのか、水の精霊は知らんぷりしている。


「お、お嬢ちゃん?」

「……出ない」

「え?」

「魔力が出ない……水魔法が使えない……!!」


 ハアハアと涎を垂らした狼が目の前まで迫っており、今にも飛びかかってきそうだ。村の男たちは弓を構えるが、なにもかもが遅かった。

 ガルルルル、と唸り声をあげた狼が、私に向かって一斉に飛びかかろうとした。退避しようにも、臆病な馬は怯えて動かない。


 もうだめかもしれない──。


 覚悟を決めた私は、目をぎゅっと閉じて痛みに耐えようとした。二十歳を前にして死ぬことはなくとも、負傷はするだろう。ところが。


「な、なんだなんだ?」


 痛みに襲われなかったので恐る恐る目を開けると、一斉に飛びかかったはずの狼は、キャインと高い声を上げて後退していた。なにが起こったのかわからない。一部始終を見ていたはずの村の男たちも、明らかに動揺していた。

 狼と私たちの間に、先ほどまでは誰もいなかったというのに、そこには馬に跨る金髪の青年があった。急に現れるだなんて、転移魔法でも使わない限りあり得ない。どうやら、炎を出して狼を撤退させたらしい。あっという間の出来事だった。


「──怪我はないですか?」

「あ、ああ! どこから来たのか知らねえが、旅の人よ、助かった!」

「……そちらのご令嬢は?」


 金色の瞳を持つ青年と不意に視線が合う。年齢は二十歳前後だろうか。鋭い目元に鼻筋もすっとしていて高いが、見覚えはない。どこかの貴族だということしか察せられない。


「……問題ない」


 オーガストの知人に金髪金目はいないはずだ。ただの通りすがりなんだろうか。急すぎるので引っかかった。


「……狼は退けましたが、仲間がいる可能性も捨てきれない。村まで送りましょう」

「そいつは心強い。旅の兄ちゃん、ありがとう!」


 村の男たちは、金髪金目の青年の申し出に喜んだ。ひとまず、断らずにしばらく様子を見ることにした。

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