二十三話「暇になったので」
八月上旬。大がかりなマーケットは一日限りだったので、次の日にはまた手持ち無沙汰に逆戻りしてしまった。村を散策しようにも、見ていない箇所を探す方が難しいし、子どもたちに読み書きを教えるのは、教会にいる司祭の役目なのでそれもできず。私の時間は有限だというのに、暇を持て余していた。なんて贅沢なんだろう。
「どこに行くの? ルシフェル」
そんな折。ルシフェルが出かけようとしていたので声をかけた。
「馬を運動させてくる」
この村に到着するまでは、何度か疲労していない馬と交換してもらいながら移動していた。王都から乗ってきた馬ではない。長距離を移動するには、その方が手っ取り早かった。
四本脚で立つことで体重を分散させ、脚の筋肉の作用により血液の循環を助け、心臓や血管にかかる負担が偏らないようにしている馬たちは、走ることで気分転換をして、健康を保っている節がある。王都を離れた現在、馬の世話を焼き、定期的に運動させているのはルシフェルだ。
「ついて行ってもいい?」
「ああ。かまわない」
ルシフェルはすぐさま頷いてくれたので、さっそく家の外へ出ようとした時。雑巾がけをしていたエリーゼに呼び止められた。
「お嬢様が行くなら、私も行きたいです」
「いいよ。それなら三人で出かけようか」
「少しだけお時間頂けるのなら、パンやチキンなどの軽食を準備しますけど、どうします? お腹が空いたら馬から下りて昼食にできますよ」
「それはいいね。手伝うよ」
「ありがとうございます」
昼前には戻るつもりでいたけれど、軽食を持参するならば日が暮れるぎりぎりまで探索していても平気だろう。エリーゼは手際よく、ライ麦パンとこんがり焼いたチキン、付け合わせに塩茹でしたカブ、ニンジン、エンドウマメのサラダを用意してくれた。蓋つきの器にそれぞれ盛りつけ、篭に入れたので準備万端だ。
中庭で草を食んでいた馬に手綱をつけると、村の外まで連れ出してから背中に跨った。
「エリスティア。どこに行く?」
「うーん。とりあえず、この辺をぐるぐる回りながら考えさせて」
「わかった」
北の方角には山の麓がお目見えし、東には小規模だけど交易が盛んな村があり、西にしばらく進むと漁港がある。
ここから一番近いのは、馬で半時ほどの距離にある東の村だ。そこには料理上手なエイミーがいるけれど、アルベルトと一緒にいるだろうから邪魔したくない。
「北も気になるところだけど、秋の味覚にはまだ早いから、西の漁港がいいかな。新鮮な魚をパイにして食べたい。教えてくれた司祭によると、馬で二時間って言ってたっけ」
「そうです。今から出発すればお昼には到着しますし、昼食を取って買い物をしてから向こうを出ても、日が暮れる前には戻れそうですね。一泊してもいいですし」
「ルシフェルも、西でいい?」
「ああ」
「それじゃあ出発だ!」
馬の腹部を軽く蹴って、西へ向けてさっそく馬を走らせた。
先週から雨が降るようになったからか、茶色が目立っていた地面には、ぽつりぽつりと草が復活していた。途中で通りがかった川辺で休憩しつつ、一か月ぶりの乗馬を楽しんだ。
石造りの小さな漁港に到着すると、まずは馬を休ませるために馬屋に立ち寄った。どんなに小さな村だとしても、馬での移動が主流のため、世話を生業としている施設は必須だ。当然ながら漁港にもあるので金を払って三頭預け、さっそく探索するべく歩き出した。
農村や王都近郊に住んだことはあっても、港町は久しぶりだ。ウミネコの低くて太いミャーミャーという独特の鳴き声と、生ぬるい潮風が心地よい。
自然にできた湾の近くに、石造りの教会と漁師の住む木造家屋が建ち並び、魚の加工場と行商人や旅人が休むための宿屋がある。
小型の帆船を使い、人や物資を運んだり、潮が満ちると漕ぎ舟を並べて、網や罠を仕かけて魚の水揚げをしたり、加工が盛んだ。
様々な地域から商人が集まるからか、赤や黄、緑や青など派手な色の衣服に身を包んだ人物とよくすれ違う。王都とはまた異なる活気に包まれていた。
楽しそうに観察しながら歩いているエリーゼとルシフェルに気がついた。
「二人は、漁港には来たことあるの?」
「ないです」
「俺もない」
息ぴったりな二人は、ほぼ同時に首を振った。そうだろうと思った。王都からは結構離れているし、私の使用人になる十歳以前のことは知らないが、オッペンハイム家に引き取られてからは一度も漁港に行く用事がなかったので、当然と言えば当然だ。
「そう。それなら一泊しようか?」
「また今度にします」
「右に同じく」
「どうして?」
「そんなの、簡単ですよ。余計な出費は抑えるべきだからです!」
「右に同じく」
よかれと思って提案したのに、真顔で却下されてしまった。
「そう……」
市場に到着すると、水揚げされたばかりのニシンやタラ、サバ、サケ、カニ、ムール貝の他に、それらの魚介類を塩漬けにしたり、干物にしたり、乾物に加工したものが売られていた。漁港だけあり直火焼きもあるので、昼を食べたというのに腹の虫が鳴きそうだ。
「日持ちのするものを中心に買おうか」
「そうですね」
「あの布も気になる」
魚以外にも派手な布切れや、貝殻のネックレス、腕輪などアクセサリーを眺めている若い婦人を目にして、後ろから覗き込む。
「そんなに高くなさそうですし、一、二着作りましょうか?」
「いいの? 宿代は節約するのに?」
「お嬢様はすぐいなくなってしまうので、目立たせようかと」
「…………」
当たっているだけに、なにも言い返せなかった。
サケの塩漬けとタラの乾物、奇抜な色の布を買い、せっかくだからとカニの直火焼きを食べた。満足した。
ふと前方に目をやると、帆船や倉庫には欠かせない、ネズミ捕りの名人である黒や茶トラの猫たちと、ミャーミャーと猫のように鳴く一羽のウミネコが、漁師が捨てたばかりの魚屑を巡って競い合っていた。決着はすぐについた。黒猫が魚を加えて走り去った。
「あ、猫が勝った」
「強いですね」
「きっと親玉だろうね」
漁港ならではのやり取りに笑いつつ、気がつけば二時間。瞬く間に過ぎていた。
満足したので馬屋まで迎えに行き、漁港を出ると、日が暮れそうな頃合いに村まで戻ることができた。遠くからは「アオーーン」という狼らしき獣の鳴き声が響いていた。




