二十一話「火事の夜」
王都を旅立ってから何日経過したか、そろそろ怪しくなってくる頃。七月も終盤を迎えていた。
先ほど、オッペンハイム三兄弟に誘われ、ビーフ中心の夕食に舌鼓を打っていたところ、公爵夫人の使いが現れ、公爵が体調を崩したとの一報だった。また領地視察を命じられた三兄弟は、渋々王都に帰還した。
だから明日からは、また伸び伸び過ごせると思って眠りについたというのに、寝ていたところを叩き起こされた。
「お嬢様、大変です、お嬢様!!」
またこのパターンか。何時か知らないけれど、また誰かが私を尋ねてきたのか……、なんて呑気に考えていると。
「燃えているんですよ、村長の家が!!」
そう言われて首を傾げてしまった。なぜならば、村長の家はこことは異なり、石を多く使っているからだ。貧富の差を示すのは家だ。村民が住んでいるのは、藁葺きや茅葺き小屋か、半木造建築が一般的で、金があると石を使いたがるものだ。それは王都から離れた農村でも一緒だった。
「村長の家って、石造りだったよね?」
「そうですけど、屋根や家具は木材ですよ。教会の礼拝堂もそうじゃないですか」
確かに、人に見られる外壁や大事な支柱は石を使い、屋根は軽めの木材という建物は珍しくない。
寝ていたので軽装だったが、急いで村長の家へ向かうと、想像以上に火の回りが早く、辺り一帯は轟轟と燃えていた。桶を手にした村民は、なんとか消そうと必死になって水をかけているが、勢いがありすぎて効果はなさそうだ。
「家が……私の家が……私の家が……」
村長は呆然と立ち尽くしており、その場で動けずにいた。無理もない。
「あ、エリスティアさんだ!!」
「助かったぞ!」
私の姿を見た瞬間、村民は安堵の表情を浮かべた。
「みんな、下がって」
消化活動に参加した経験はない。前方に腕を伸ばして水を放出し、勢いよく炎に当たるように調節してみる。ここで最大出力にしてしまうと、再燃してしまった際に水を出せずに手遅れになるだろう。それを回避するためにも気をつけなければならない。なかなか消えない。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「エリーゼ。なにか食べ物を持ってきてくれる? なんでもいいから」
「わかりました!」
火を消すには水をかけ続けるしかない。どのくらいかかるか今の段階では読めないので、魔力を温存するためにも食料で補うことにした。
「……エリスティアさんでも厳しそうですか……?」
「最善を尽くすよ。それより、逃げ遅れた人は?」
「全員退避済みです! そこは大丈夫です!」
「ならよかった」
オーガストがいれば、風魔法を使って砂を散布できるし、ロジャーがいれば土魔法なのでさらに役に立つ。エルンストも火なので延焼を防げる可能性がある。帰っていなければ手を貸してくれただろう。
でも、オッペンハイム家にはこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないし、公爵が体調を崩しているというのに、見舞いもせずにオーガストたちを頼るのは、さすがに恩知らずすぎる。そんな無礼な真似はできない。
人命がかかっていれば転移魔法でもなんでも使ったが、逃げ遅れた人は一人もいないとのことなので、自分の力でなんとかすることにした。村長には申し訳ないけれど、黙っていることにした。
「お嬢様、持ってきました!」
「ありがとう」
エリーゼは、夕食の残りのローストビーフをライ麦パンに挟んで持ってきてくれた。本来、ライ麦パンは黒くて硬いものだけれど、配合を変えて焼いたばかりなので、白パンのように柔らかくはないがそこそこ食べやすい。この前の焼き日に作ったジンジャーブレッドもある。
「他に、できることはありますか?」
「ないよ。家で休んでて」
食べ物を持ってきてくれたので助かった。家で休んでいいと伝えたものの、エリーゼは動こうとはしなかった。
「お嬢様が村のために頑張っているのに、一人で置いて帰るわけないじゃないですか。それより、魔力が足りなくなったら少ないですけど、私とルシフェルのものを遠慮せず使ってください。枯渇しても平気ですから」
「うん。使っていい」
「大丈夫だよ」
エリーゼとルシフェルの気持ちが有り難かった。
「さすがのエリスティアさんでも厳しいのか……?」
「エリスティアさん。俺と彼女もいるんで、してほしいことがあったら、なんでも言ってください!」
「言ってください!」
「ありがとう」
炎からは遠く、避難させられそうな家財道具を運び出す手伝いをしていたアルベルトとエイミーが、こちらに気がつき励ましてくれた。完全に消火するまでは、まだかかりそうだったが、尽力することにした。
火が消えたのは、朝方になってからだった。実に六時間もの間、燃え続けていた。
「お嬢様、お疲れさまです。大丈夫ですか?」
「……うん。さすがに眠いね……」
食品で補ってはいたものの、体力も魔力もほとんど使い切ってしまった。今日はもう使い物にはならないだろう。
「今日は、エリーゼもルシフェルも休んでいいからね。私も休むから」
「ええ。お休みをいただきます……。帰りましょうか」
「寝よう」
すぐ眠るはずが、朝食を軽く食べてからにしましょうと、エリーゼはパン粥を用意してくれた。パン粥からは、アーモンドを磨り潰し、ミルクと白ワインで煮たような味がしていたので驚いた。どちらも、この村では手に入らない高価なものだ。滋養強壮によいとされている。
どこで入手したのか聞きたいところだったが、温かい食べ物で腹が満たされ、眠気にも襲われたので解散した。




