スコルピウスの館③
「ラウリーヌ!」
『スコルピウスの館』の正門から華やかなドレスに身を包んだラウリーヌが入ると、憔悴した顔のリオンが飛び出してきた。
店はまだ準備時間中で客はおらず、静けさを保っている。
「無事だったのか! その格好はどうした?」
いつもは黒か紺を基調にした装飾のないドレスを着ているのに、目の前のラウリーヌは艶のある深い青に金色の刺繍が施された豪華なドレスを着ており、黄金に輝く髪の毛にはドレスと同じ青い小さな花が飾られ、結われた場所から背中に流されている。
「国王に会いに行くのだろう? 私がふさわしい衣装を贈らせてもらった。」
ラウリーヌの後ろの馬車から長身の男がゆっくりと降りてきた。
「……! なんっ、お前……!」
「リオン、ジョスランと会ったこと、黙っていたわよね?」
ラウリーヌはリオンと目を合わせない。そんなラウリーヌの横にジョスランが立った。ラウリーヌはリオンの横をすり抜け建物の中に入っていく。続くジョスランはすれ違いざまリオンに声をかけた。
「そんな顔をするな、イーヴ。」
「……お前を呼んだ覚えはない。出ていけ!」
「私情に振り回されるな。利用できるものは利用しろ。私は有用な情報を持ってきた。」
「ラウリーヌは渡さない。」
「お前の側近がラウリーヌに剣を向けた。部下も統率できない男に任せておけないな。」
ジョスランがふっと笑って、まるでよく知る場所のように建物へ入っていった。
リオンは両親に慈しまれながら育ち、サージェスでは壊れものを扱うように大切に扱われた。そして『夜の城』においては「王」として崇められた。
ジョスランを前にすると自分の甘さを否応なく思い知らされる。
リオンは拳をぐっと握って屋敷へと入って行った。
*
「さて、と。」
ジョスランが鷹揚に口を開く。
かつてベルジュラックのタウンハウスの、今は改装されたが見慣れた美術品や調度品に囲まれて、ジョスランは主のように座りリオンと対峙した。
リオンの後ろではジャンが苦々しい顔をしている。ジョスランの後ろのレノーの飄々とした表情とは対照的だ。
「ローランド国王の王妃キャレルが祖父の見舞いのため祖国のヴィドルバン帝国に戻ったのは知っているだろうか?」
リオンはイライラしながら「ああ」と返事をした。一応ラウリーヌは館の主人の一人としてリオンの横に座っているが、ジョスランの存在感はどちらが主かわからない。
ジョスランはにこりと微笑んだ。
「キャレル王妃は戻ってこない。事実上の亡命だ。……ヴィドルバン帝国皇帝はローランドを見限った。」
「……は?」
「私の今の名はジョスラン・デューイ子爵。ヴィドルバン帝国からの正式な使者だ。」
リオンとラウリーヌは息を呑む。
ローランドはヴィドルバン帝国の後ろ盾を失い、ジョスランはそれを得た。
リオンは項垂れ指で額を支えた。
自分は何をしていたのだろう。時間はまだあると、じわじわとことを進めていた。存在を消されたはずのジョスランがたった一年でこれだけのことを成し遂げたということは、それだけ周囲に信頼できる人間がいるということだ。
なのに自分は側近を育てることもせず、現状に甘んじてきた。
「王」としていられる『夜の城』がいつのまにか居心地のいい場所になっていたからだ。
「おまえは……王になりたいのか?」
リオンは呟くようにジョスランに尋ねた。
「いいや? 国王になるべきはお前だろう、イーヴ。」
「その割には不遜な物言いだ。」
「所詮、盗賊と海賊だからな。」
ここまで声を出さず聞いていたラウリーヌはほっと目を伏せた。
「時間がない。お前たちとローランドとの謁見は午後三時から。計画を練るぞ。」




