ルノヴァン宮殿②
ジョスラン・マルユス・ベルジュラックが処刑された日の夜、後処理を終わらせたローランドは、いつものように薄暗い部屋で静寂に包まれた庭を眺めながらワインを嗜んでいた。
アンジェルは処刑の後、全てに興味を失ったようになり、婚姻の準備に入ると言って自分の宮にこもったままだ。
(あの夜、ラウリーヌ・ゴーチェが手に入らなかったことは残念だった。何者かに攫われたとあっては純潔は失ったかもしれぬが、あれほど美しいのだ。怪我はさせるまい。ならば……。)
あれはアンジェルのような作られた紛い物ではない。黄金に輝く髪、芯の強さを表す琥珀色の瞳の光、ベルジュラックを支えながらも美しい立ち姿。
ローランドはワインを口にする。
ラウリーヌを攫ったのがもし『夜の城』の盗賊であれば厄介だ。あそこは反ローランド国王の巣窟で、王家や貴族に対する不満の緩衝地帯でもある。あそこを襲撃すれば今以上に民衆の間に不満が湧き起こることは想像に難くない。だがラウリーヌが売られるとすれば一度は『夜の城』を経由することもあるかもしれない。
掃討するのが一番良いが。
ベルジュラックの処刑など民衆にとって一時の娯楽にすぎない。すぐに忘れてまた王侯貴族への不満が燻り出すだろう。
開け放たれた入り口に、カツッと音を立てて部下が立ち止まる音がする。
「なんだ。」
「ご報告申し上げます。王都にあるベルジュラック公爵邸と別邸を押さえました。……ですが。」
「申してみよ。」
「両邸ともにもぬけの殻でございました。」
「は、なかなかやりおる。」
(そういえばベルジュラックを捕らえた時、従っていた従者が消えていたとか。薄情にも主を置いて逃げたかと思っていたのだが、手を回したか。)
「ただ金庫や宝飾品、美術品は持ち出す暇がなかったと見え、そのままの状態でございました。」
「そうか、では手筈どおりに。下がってよい。」
部下が去った気配がした後、新しい靴音が部屋の前で止まった。
「ランベールか。」
「はっ。」
静かに、それでいて響く声が返る。
「よい、こちらに来て相手をせよ。」
ランベールは冬色の瞳を伏せてローランドの前へ進み、言われるまま椅子に腰を下ろした。いつかのようにローランド自らゴブレットにワインを注ぎ、ランベールに勧める。
「ありがとうございます。」
ローランドは優雅にワインに口をつけるランベールを観察するように見た。
「貴公、ベルジュラック公爵を覚えているか?」
「はい。いつかの舞踏会で見かけただけですが。」
「では、公爵の婚約者も見たか?」
「はい。」
「今、行方不明だ。」
ランベールはゴブレットを音もたてず机に置き、ローランドを見た。その瞳は変わらず氷のようだ。
「なんとしても見つけろ。……言っておくが断罪するためではない。彼女も被害者だ。あの夜、保護するつもりで召喚状を送ったが、何者かに攫われた。」
ランベールは口を閉ざしてローランドの言葉を聞いた。
「無事、見つけることができたら貴公にやろう。」
ランベールはわずかに目を伏せた。
「御意……。」
*
それからしばらくして、貴族や裕福な商人を震撼させる強盗事件が相次いだ。
最初は騎士団や警ら隊が対応したしていたが、狙われるのは大貴族ばかりとあって御前会議にかけられた。
「被害を食い止めることができず、まことに申し訳ございません。」
「これを収めることができなければ陛下の求心力が落ちてしまいます……。」
担当する組織の長たちが揃って顔色を悪くして頭を下げる。
「今までとは手口がまったく違います。以前は馬車で移動中を襲われ、身ぐるみ剥がされるような乱暴なものでしたが、今は夜会などに出席して邸内が手薄になった貴族の屋敷が狙われています。それも、どこになにを隠してあるのかわかっていたみたいにごそっと盗まれています。」
「既に騎士や予備兵たちに巡回させていると報告があったが? 第三騎士団長。」
「はっ、どこからか巡回のルートや交代のタイミングなどが漏れているようで……。」
ローランドは指先で机をトントンと叩いた。
「間者が侵入しているな。巡回スケジュールは固定ではなく毎日変更するように。その中で裏切り者を炙り出せ。
まだ入られていない貴族の屋敷を重点的に警護しろ。」
「はっ。」
(『夜の城』とは別の奴らか? どちらにせよ面倒だ。狙われているのは羽振りのいい貴族と商人……か。)




