【11】
王妃のサロンに招待されたメイは、自分で引くくらい挙動が不審だった。空を見上げて噴水に落ちるのがまだかわいい部類だったのだな、と屋敷の人間が悟ったのは、彼女がついに刀を取り出した時だった。そのまま王都郊外のグールを狩って帰ってきた。
「お前から刀を取り上げた方がいいんじゃないか」
「私の任務が遂行できなくなる」
ギルバートに言われて、メイはそう反論した。刀を持ち出しても、結局メイが人を傷つけたり、自分を傷つけることはない。
「……見ると落ち着くというか」
「水につかるのも?」
「水につかるというより、触れていると落ち着くというか」
「じっと川の流れを見てることもあるよな……」
「自然の摂理に従って動いているので安心する」
「……」
ギルバートにあれこれと問われたが、結局のところ、メイも自分の行動を説明できないのだ。理論的に物事を考えることはできるが、自分の行動だけは理論的に説明できない。むしろ、解答をくれたのはジーンだった。
「水に親しみがあるってことだろ。お前の魔術は水流操作が主だし、刀はお前の『力』の証だ。見て安心するのは当然だろ」
「ジーン、すごいわね」
セアラが感心したように言った。ジーンは顔を背けて「大したことじゃありません」とぶっきらぼうに答える。
「……なるほど。とても納得した」
ジーンはメイ自身より、メイをわかっているかもしれない。ギルバートなどは、「お前の最大の力はその頭脳だと思うけどなぁ」と言っている。
「ウィルとエドがお前のこと気にしてたぞ。ウィルもエドから話を聞いたのか、お前がウィンザー男爵位を売り払った女だって知ってたな」
「まあ、調べればわかることだしね。この世に、メアリ・アストレア・ウィンザーとかいうふざけた名前は一つしか存在しないだろう」
言うまでもなく、メアリ・アストレア・ウィンザーはメイの本名である。この名で署名することはほとんどないが、公式書類などは本名を書かねばならない。爵位は返上したが、改姓したわけではないので、名前はそのままである。
「私はいいと思うけど、アストレア。似合ってるわ」
セアラの言葉にメイは形容しがたい表情を浮かべる。嫌そうというか、呆れているというか。
「ま、明日は私と一緒に王妃陛下のサロンよ。楽しみね」
「胃が痛い……」
メイは遠い目をしてつぶやいた。
いくらサロンに招待されたとはいえ、メイがセアラの付き添いなのは変わらない。ペールブルーの瀟洒なドレスに身を包むセアラに反発しないように、メイはブルーグレーの落ち着いた雰囲気のドレスをまとっていた。物おじする性格ではないが、緊張はする。
そんなに人数の多いサロンではなかった。メイとセアラを含めても七人。王妃を含めて八人と言ったところか。その中に知っている顔があった。
「あら、メイじゃない! 久しぶりね」
明るい声をかけてきたのは、長い栗毛を編み込んだ女性だった。いかにも貴族の出身ですと言う顔立ちをした美女である。瞳の色は淡い碧眼だ。
「……お久しぶり、メグ」
ギルバートの妹のマーガレットだ。メイより一つ年上で、四年ほど前に嫁いでいる。五年前にメイとセアラが誘拐された時、メイはこのマーガレットと間違われたと思われる。
「メグ、私は無視?」
「そんなことありませんわよ、お義姉様。お久しぶりです。相変わらずお美しいですわね」
「ふふっ、冗談よ。ありがとう。久しぶりね」
ここの三人は年も近いので、仲が良かった。マーガレットは自分も聖性術師であるので、グールの討伐に同行したこともある。まだメイが戦術家としての頭角を現す前の話だ。
七人のうち三人が親族であるというこの状況。メイは見慣れない自分がちらちら見られていることを自覚していた。貴族の中に混じるには、自分が平凡だとわかっている。いや、元男爵令嬢ではあるけども。
「皆様、来てくださってうれしいわ」
しばらくして王妃がやってきて、集まった女性たちにほほ笑んだ。比較的若い貴族女性ばかりだ。それでもおそらく、メイやマーガレットが一番年下になるだろう。
話を聞いていると、集められた女性たちは頭がいいのだな、とわかる。やはり場違い感がすごい。
「それで、お嬢さんはどなたですの? 初めてお見掛けすると思いますけれど」
斜め向かいのご婦人に話しかけられ、メイはゆっくりを瞬いた。
「メアリ・アストレアと申します。今はシズリー公爵家でお世話になっております。末席に加わるも卑しいですが、よろしければお見知りおきを」
「面白いことを言うのね」
そのご婦人はメイの言うことを本気にはしなかったようでくすくす笑った。すぐにシズリー公爵家出身のマーガレットが「私の遠縁のいとこなんです」と言ったのもあるかもしれない。いとこではなく、またいとこだ。
「先日面識を得て誘ったのですけど、来てくれてうれしいわ。それとも、セアラに連れてこられたのかしら」
王妃が楽しげに言った。セアラとマーガレットも笑って答えないので、メイが口を開くしかない。
「……お誘いいただいたからと、のこのこ参上するのも失礼かと思ったのですが」
「あなたと話がしたいと思ったから誘ったのですよ、アストレア。来なければ逆に、反逆罪ですよ」
軽い調子で言われたので本気ではないだろうが、これにはさすがに笑みが引きつった。できればアストレアと呼ぶのもやめてほしいが、言い出せない……。
「アストレアって、変わっているけど素敵ね。よく似合っていると思うわ」
先ほど話しかけてきたご婦人、オーモンド伯爵夫人が朗らかに言う。というか、少なくとも表向きは性格のいい人ばかりだな。
「名前負けしているのはわかっています」
星乙女などと、仰々しすぎる。神話がもとになっているので、女神の一人だ。父は本当に変な人だった。メイが言えたことではないけど。
「権能は近いのではない? 平等、だったかしら」
「正義ではないの?」
マーガレットの言葉に、オーモンド伯爵夫人が首をかしげる。メイが口を開いた。
「逸話の少ない女神ですね。正義の女神と同一視されることが多いと、父が言っていました」
ほら、とオーモンド伯爵夫人がマーガレットに微笑む。母が止めていなければ、メイはアストレア・ウィンザーと名乗っていたはずで、そう思うとちょっと複雑なものがある。結局ミドルネームに入っているが。
「そういえば、メイ。あなた、秘密箱は開けられる?」
王妃が別の夫人に話しかけたところで、マーガレットがメイに尋ねた。そういえば、この場で未婚なのはメイだけだ。
「ものによるけど、大方のものは開けられると思う」
「開け方を所有者が設定するやつでも?」
「そう言うのはルーの方が得意だけど……まあ、物によっては」
そうとしか言いようがない。
「ちなみに、壊さずに開けるという方向でいい?」
「むしろ壊さないでほしいんだけど」
ツッコまれても、メイはそう言う考え方をする奴だ。結果が正しければ途中が普通でなくても構わない、というような考え方なので、変だ、と言われるのである。順序だてて考えるのは弟のルーシャンの方が得意だろうと思う。
聞けば、マーガレットの秘密箱を娘が触って、誰にも開けられなくなったらしい。育児あるあるだそうだ。何ならメイも母のものでやったことがある。母は普通に開けていたが。
「メイが来てるって聞いてたから、開けてもらおうと思って。明日にでもうかがっていいかしら」
「もちろんよ」
セアラがマーガレットに許可を出す。まあ、メイも嫌とは言わないが。
それから謎解きゲームみたいなことになって、サロンは解散となった。意外と楽しかったのではないかと思う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アストレア、もしくはアストライア。Fateでもシャアの母でもない。




