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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第4章【7月・夏の夢(王都)】
34/124

【10】













 間近で上がる悲鳴らしき声を聞いて、メイは目を開けた。もともと寝起きの悪いメイだが、さすがに身を起こした。


「うるさい……」

「は……!?」


 あくびをして伸びをする。寝ぼけ眼で声のする方を見ると、ジーンが驚愕の表情を浮かべていた。メイは再びベッドに倒れる。

「おい、寝るな!」

「うるさい……問題が起きたら起こして」

「今起こってんぞ!」

 メイは急に体を起こして言った。

「お前が出ていけば解決する。私の部屋だ」

 と、扉を指さす。あまりのいいように、ジーンが怒鳴る。いや、さっきから怒鳴っているが。

「お前な……!」

「メイさん! 大丈夫ですか!」

 ブルーノの声だ。部屋の外までやり取りが聞こえたらしい。少し離れているが、部屋は同じ階層にあるのだ。

「メイさん、すみません! 開けます!」

「待っ……!」

 扉が開いて、今度はブルーノの悲鳴が上がった。
















「だから何もない」


 あまりにも平然とメイが言うので、たぶん何もないのだろうな、とシズリー公爵夫妻も納得したが、それとは別の問題がある。

「何故同じベッドで寝ていたの?」

 セアラが切り込んできた。ジーンが手で顔を覆い、うなだれているのでメイが口を開く。

「昨日の晩、そこのバルコニーで話をして、部屋まで送ってもらった。そしてそこで寝落ちたのは覚えている」

「……ジーン」

 ギルバートの低い声がジーンに続きを説明しろという。メイが眠っていたので、彼が説明するしかない。


「……寝顔を見ていたら自分も寝落ちした」


 とても簡潔だった。起きたときに改めたところによると、ジーンはどうやら眠ったメイの足の汚れを落としてくれたようなので、どちらかというとメイは礼を言わなければならない。ありがとう。

「……気持ちはわからんではないが、気をつけろよ」

「メイも、家族でもない男の人を部屋に入れちゃだめよ」

 ギルバートとセアラにそれぞれ説教されるジーンとメイである。ブルーノがうんうんうなずいているのが見えた。

「わかっています……」

「承知した」

「メイは本当にわかってる?」

 セアラにいぶかし気な表情をされたが、大丈夫だ、わかっている。押しには弱いが警戒心は強い方だと思っている。


 ギルバートは貴族院に議席があるため、議会に出席しに出かけた。ジーンが同行したが、メイとブルーノはお留守番である。最近のメイは、ガヴァネスのようにダニエルに教えることをしていた。と言っても、ダニエルは三つなので、教えられることなど限られている。主に、メイがダニエルの求めに応じて話をしてやるだけだ。

「この子ったら、メイと一緒にいるとおとなしいのよね……」

 お昼寝時間に突入したダニエルを見ながら、セアラが言った。確かに、メイの話を面白そうに聞いている気はする。

「私は親ではないからな。逆に気安いのかもしれない」

「そうかしら。知識量の差かなぁ」

 セアラが不満げに言った。メイもそれほど深い知識などがあるわけではないが。

「私は、そうだね。大人と同じように接しているんだ。子供と思って接すると、こういうタイプの子は嫌がる。私もそうだったけど」

「ダニエル君はメイさんに似てるってことですか? あっ、親戚ですもんね」

 ブルーノが一人で自己完結している。突っ込むのが面倒なので、そのままにしておいた。

「なるほど……はぐらかされたりするのが嫌なのね」

 セアラも自分の子の性質を理解してきたらしい……というか、メイへの接し方を参考にしている気がする。そしてそれは、大きく違っていないだろう。


「ところでメイ。王妃陛下からサロンへの招待状が届いているわ」

「同行すればいい?」

 尋ねたメイに、セアラは笑った。指がずれて、招待状が二枚になる。

「いやね。あなたにも届いているのよ。すっかり気に入られたわね」

「……侍女を連れて行くのは少し問題がないか」

「大丈夫よ。だってギルの遠縁の娘ってことになってるでしょ。ドレスも持ってきてるわよね」

「持ってきてはいるけど」

 なんとなく釈然としないのは何故だ。

「評判が下がるのはセアラたちだ」

「あら。王妃陛下の誘いを断る方が勇気いるじゃない?」

「……」

 いやそうな顔をしたが、セアラは「そんな顔しても駄目よ」と言った。

「一緒に行くのよ」

「……わかった」

 なんだか、王都に来るときもそうだったが、押し切られすぎている気がする。ジーンかギルバートがいればツッコミが入っていただろうが、いるのはブルーノだ。


「わあ! さすがメイさん!」


 という感想だった。どれに感動しているのだろうか。一緒に行くと決めたことか? それとも、王妃のサロンに招待されたことか?

「ま、王妃陛下はあなたの立場をわかっていらっしゃるし、下手なことにはならないわよ」

 そうなのかもしれないが、メイは社交界に出る前に貴族ではなくなっているため、仕様がよくわからないのだが。

「……ブルーノ、ひとつ手合わせしないか」

「ぜひ!」

 元気なブルーノは、脈絡のない姉弟子の誘いにうなずいた。セアラも奇行に走られるよりはましだと判断したのか、止めない。

「外でやるなら日焼けしないようにねー」

 という忠告だけされた。








 メイとブルーノは同じ師匠に剣術を教わった兄弟弟子である。この言い方が正しいのかはわからないが、偏屈な彼女らの師匠は二人をそう呼んでいた。メイはグールに襲われたところを保護され、師匠に預けられたが、ブルーノは師匠に助けられてそのままついて行ったそうだ。

 ブルーノが師匠に師事していたのは二年ほど前のことなので、メイとは直接一緒に修行をしたことがなかった。それでも、同じ師に指示しただけあり、剣筋などはやはり似てくる。メイが長身とはいえ女性であることと、ブルーノがまだ少年だというのもかかわっているだろうか。

「だがお前はすぐに大きくなるな」

「そうですね。メイさんよりは大きくなりたいです」

 休憩中にキラキラした目で言われ、メイは「そうか」と返した。メイは一般成人男性と変わらないくらいの背丈だから、順調にいけばブルーノもそろそろメイを越えてくるだろう。

「でも、背丈を越えてもメイさんに勝てる気がしません……」

 しょんもりとするブルーノは子犬のようだ。見る人が見れば可愛いと思うだろうそれを、メイは無感動な目で見た。

「大丈夫だ。すぐに私にも勝てるようになる。私は蒼の石をもらっているけど、それほど強いわけではないからね」

 メイの実力は、頭脳込みで測られている気がする。ブルーノは「そうですか?」と懐疑的だが。


「メイっ」


 子供特有の甲高い声がメイの名を呼んだ。木の影に座り込んでいたメイとブルーノは立ち上がる。昼寝から起きたダニエルがメイを探しに来たらしい。乳母もついていたが、セアラも一緒である。すくっとブルーノが立ち上がった。

「メイさん、戻りましょう!」

 多分、彼なりに忖度した結果の発言だ。気が利かないわけではないので、少なくとも奇行に走るメイより信用があるのではないだろうか。私生活において、メイはあまり信用がない気がする。

「ごめんねぇ。ダニエルが話の続きを聞きたいって」

 セアラが笑いながら言うが、メイの奇行の話のどこがそんなに面白かったのだろうか。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


メイはもう少し反省して。


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