【10】
間近で上がる悲鳴らしき声を聞いて、メイは目を開けた。もともと寝起きの悪いメイだが、さすがに身を起こした。
「うるさい……」
「は……!?」
あくびをして伸びをする。寝ぼけ眼で声のする方を見ると、ジーンが驚愕の表情を浮かべていた。メイは再びベッドに倒れる。
「おい、寝るな!」
「うるさい……問題が起きたら起こして」
「今起こってんぞ!」
メイは急に体を起こして言った。
「お前が出ていけば解決する。私の部屋だ」
と、扉を指さす。あまりのいいように、ジーンが怒鳴る。いや、さっきから怒鳴っているが。
「お前な……!」
「メイさん! 大丈夫ですか!」
ブルーノの声だ。部屋の外までやり取りが聞こえたらしい。少し離れているが、部屋は同じ階層にあるのだ。
「メイさん、すみません! 開けます!」
「待っ……!」
扉が開いて、今度はブルーノの悲鳴が上がった。
「だから何もない」
あまりにも平然とメイが言うので、たぶん何もないのだろうな、とシズリー公爵夫妻も納得したが、それとは別の問題がある。
「何故同じベッドで寝ていたの?」
セアラが切り込んできた。ジーンが手で顔を覆い、うなだれているのでメイが口を開く。
「昨日の晩、そこのバルコニーで話をして、部屋まで送ってもらった。そしてそこで寝落ちたのは覚えている」
「……ジーン」
ギルバートの低い声がジーンに続きを説明しろという。メイが眠っていたので、彼が説明するしかない。
「……寝顔を見ていたら自分も寝落ちした」
とても簡潔だった。起きたときに改めたところによると、ジーンはどうやら眠ったメイの足の汚れを落としてくれたようなので、どちらかというとメイは礼を言わなければならない。ありがとう。
「……気持ちはわからんではないが、気をつけろよ」
「メイも、家族でもない男の人を部屋に入れちゃだめよ」
ギルバートとセアラにそれぞれ説教されるジーンとメイである。ブルーノがうんうんうなずいているのが見えた。
「わかっています……」
「承知した」
「メイは本当にわかってる?」
セアラにいぶかし気な表情をされたが、大丈夫だ、わかっている。押しには弱いが警戒心は強い方だと思っている。
ギルバートは貴族院に議席があるため、議会に出席しに出かけた。ジーンが同行したが、メイとブルーノはお留守番である。最近のメイは、ガヴァネスのようにダニエルに教えることをしていた。と言っても、ダニエルは三つなので、教えられることなど限られている。主に、メイがダニエルの求めに応じて話をしてやるだけだ。
「この子ったら、メイと一緒にいるとおとなしいのよね……」
お昼寝時間に突入したダニエルを見ながら、セアラが言った。確かに、メイの話を面白そうに聞いている気はする。
「私は親ではないからな。逆に気安いのかもしれない」
「そうかしら。知識量の差かなぁ」
セアラが不満げに言った。メイもそれほど深い知識などがあるわけではないが。
「私は、そうだね。大人と同じように接しているんだ。子供と思って接すると、こういうタイプの子は嫌がる。私もそうだったけど」
「ダニエル君はメイさんに似てるってことですか? あっ、親戚ですもんね」
ブルーノが一人で自己完結している。突っ込むのが面倒なので、そのままにしておいた。
「なるほど……はぐらかされたりするのが嫌なのね」
セアラも自分の子の性質を理解してきたらしい……というか、メイへの接し方を参考にしている気がする。そしてそれは、大きく違っていないだろう。
「ところでメイ。王妃陛下からサロンへの招待状が届いているわ」
「同行すればいい?」
尋ねたメイに、セアラは笑った。指がずれて、招待状が二枚になる。
「いやね。あなたにも届いているのよ。すっかり気に入られたわね」
「……侍女を連れて行くのは少し問題がないか」
「大丈夫よ。だってギルの遠縁の娘ってことになってるでしょ。ドレスも持ってきてるわよね」
「持ってきてはいるけど」
なんとなく釈然としないのは何故だ。
「評判が下がるのはセアラたちだ」
「あら。王妃陛下の誘いを断る方が勇気いるじゃない?」
「……」
いやそうな顔をしたが、セアラは「そんな顔しても駄目よ」と言った。
「一緒に行くのよ」
「……わかった」
なんだか、王都に来るときもそうだったが、押し切られすぎている気がする。ジーンかギルバートがいればツッコミが入っていただろうが、いるのはブルーノだ。
「わあ! さすがメイさん!」
という感想だった。どれに感動しているのだろうか。一緒に行くと決めたことか? それとも、王妃のサロンに招待されたことか?
「ま、王妃陛下はあなたの立場をわかっていらっしゃるし、下手なことにはならないわよ」
そうなのかもしれないが、メイは社交界に出る前に貴族ではなくなっているため、仕様がよくわからないのだが。
「……ブルーノ、ひとつ手合わせしないか」
「ぜひ!」
元気なブルーノは、脈絡のない姉弟子の誘いにうなずいた。セアラも奇行に走られるよりはましだと判断したのか、止めない。
「外でやるなら日焼けしないようにねー」
という忠告だけされた。
メイとブルーノは同じ師匠に剣術を教わった兄弟弟子である。この言い方が正しいのかはわからないが、偏屈な彼女らの師匠は二人をそう呼んでいた。メイはグールに襲われたところを保護され、師匠に預けられたが、ブルーノは師匠に助けられてそのままついて行ったそうだ。
ブルーノが師匠に師事していたのは二年ほど前のことなので、メイとは直接一緒に修行をしたことがなかった。それでも、同じ師に指示しただけあり、剣筋などはやはり似てくる。メイが長身とはいえ女性であることと、ブルーノがまだ少年だというのもかかわっているだろうか。
「だがお前はすぐに大きくなるな」
「そうですね。メイさんよりは大きくなりたいです」
休憩中にキラキラした目で言われ、メイは「そうか」と返した。メイは一般成人男性と変わらないくらいの背丈だから、順調にいけばブルーノもそろそろメイを越えてくるだろう。
「でも、背丈を越えてもメイさんに勝てる気がしません……」
しょんもりとするブルーノは子犬のようだ。見る人が見れば可愛いと思うだろうそれを、メイは無感動な目で見た。
「大丈夫だ。すぐに私にも勝てるようになる。私は蒼の石をもらっているけど、それほど強いわけではないからね」
メイの実力は、頭脳込みで測られている気がする。ブルーノは「そうですか?」と懐疑的だが。
「メイっ」
子供特有の甲高い声がメイの名を呼んだ。木の影に座り込んでいたメイとブルーノは立ち上がる。昼寝から起きたダニエルがメイを探しに来たらしい。乳母もついていたが、セアラも一緒である。すくっとブルーノが立ち上がった。
「メイさん、戻りましょう!」
多分、彼なりに忖度した結果の発言だ。気が利かないわけではないので、少なくとも奇行に走るメイより信用があるのではないだろうか。私生活において、メイはあまり信用がない気がする。
「ごめんねぇ。ダニエルが話の続きを聞きたいって」
セアラが笑いながら言うが、メイの奇行の話のどこがそんなに面白かったのだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
メイはもう少し反省して。




