【9】
引き続き、ジーン視点。
かつて、ジーンには二歳年下の妹がいた。レベッカと言って、笑顔のかわいらしい女の子だった。彼女は、カートライト家のお姫様だった。
仲の良い兄妹だったと思う。姉弟か兄妹かの違いはあるが、メイとルーシャンの姉弟を見ていると、妹を思い出すのは事実だ。この妹が、グールに襲われた。学校の帰り道だった。遅くなったので、ジーンが迎えに行くところだった。帰路の途中に、妹は物言わぬ体となって横たわっていた。
母のアイリスは娘の遺体を見て精神に変調をきたした。レベッカの遺体は、身体の半分しか残っていなかったのだ。無残な姿を見て、母は精神の平衡を欠いたのである。
「そのあと、母は精神病院に入れられたんだよ。親父は軍人で頻繁に家にいないし、俺も俺で、そのころは学校に通ってたからな。母を家に一人にできなかった」
ざっくりと、メイに自分のことを話したことはあったが、ここまで詳しく話したのは初めてだ。リアン・オーダーでは、お互いの身の上を探ったりはしない。ジーンやメイのような身の上のものは多いし、果ては犯罪者ぎりぎりのものもいる。
なのでジーンもメイも、お互いの事情を知ってはいるが深くは突っ込まないようにしていた。尤も、メイはいろんな意味で経歴が有名だが。
「そのあと俺は、オーダーに入ったが、母の様子は知らせてもらっていた。会いに行ったこともあるが……俺のことが分からないようだった」
どうやら父のことはわかるようだが、成長した息子のことはわからないようだった。そのたびにジーンは、妹を守れなかったという事実を突きつけられる。それを思い出したところに、今日のメイの一件が起こった。
「俺の勝手な思いだと、わかっているが……お前を守れなかった」
勝手に懺悔したジーンに、メイは何も言わなかった。ただ聞いているだけだ。
「母さんを思いだして、妹を思い出した。……お前を見て、また守れなかったと思った」
妹のように思っていた少女は、護ってやらなければならないほど弱くはなかった。だが、同時に自分を省みない少女でもあった。
「……お前はすごいな、メイ。弟たちを守って、今はリアン・オーダーを守ってる。すごいよ」
「……私もすべてを守れているわけではない。実際、両親はその時死んでいるわけだし」
「……そうだな。悪ぃ」
「いや」
メイは首を左右に振って肩をすくめたようだった。彼女は、事実を事実として受け止めている。それに、感情がついてくるかはまた別問題だが。
「弟たちを守ったところで、私もあの子たちを突き放してしまった。ルーは、自力で追ってきたけど」
「姉冥利に尽きるな」
「どんな言葉だ、それは」
ルーシャンを初めて見たとき、メイとあまりにも親しげなのですわ恋人かと思ったのも、今となっては黒歴史である。お前はメイのことになると目が曇る、とは誰に言われたのだったか。
「だが、やはり私にとっては五年前のことが一番の転換点だ」
自分で言って、メイは自分の二の腕をさすった。背中を丸める彼女に触れようとして、慌てて手をひっこめた。振り払われたら立ち直れない自信がある。
「あの時……自分が、暴力を受けたことより、自分が人を斬り殺してしまったことの方に衝撃を受けた」
その一件から男性恐怖症なのだから、十分衝撃を受けているはずだが、彼女はいつだって相手のことが一番で、自分が二の次だ。それは対象が自分を凌辱した相手でも変わらないらしい。
ここで、ジーンが慰めの言葉を言うのは簡単だ。お前のせいじゃない。セアラ様を守ろうとしたんだろう。それは事実であるが、メイの中では真実ではないのだ。彼女は人を守れるが、自分自身を守れない。
「王都に来てから、たびたび思い出す。簡単には割り切れないものだね……」
リアン・オーダーの指揮権を預かる彼女は、いくらでも冷酷になれる。だが、そのたびに彼女が傷ついていると、何人が知っているだろう。
「……駄目だな、俺たち」
低く言うと、「そうだな」と同意の言葉があった。感傷的なジーンに対し、メイはもう少し辛辣だった。
「いわば、自分から死にに行ってるわけだからな」
「お前……まあ、否定はできねぇけど」
グールと戦うというのは、そう言うことだ。軍人より死亡率が高いと聞いたことがある。ただ、ジーンやメイほど強くなってしまうと、簡単には死なないし、メイに至っては周囲が生かそうと必死である。周囲に求められている内は、メイも死なないだろう。そのことに、少し安心している自分がいる。身勝手だな、と思う。
夜風が頬を撫でた。隣のメイの体がかすかにふるえるのを感じ、ジーンは言った。
「さすがに、寝るか」
「そうだね……話ができてよかった。眠れそう」
「そうか。俺もだ」
そう言って立ち上がったのだが、ジーンはメイの目線がいつもより低いことに気が付いた。理由は簡単で、彼女は靴を履いていなかった。はだしだ。
「おま……っ! 靴は!?」
「ああ……履き忘れた」
今思い出した、というように自分の足元を見てメイは言った。こういうところが変だと言われるゆえんなのだろうな、と少しあきれる。
「お前、寒くねぇの」
「……言われてみれば、冷えている気がするが……」
そう言ってメイは顔をしかめた。寝る前に温かい布で拭った方がいいだろうが、もう使用人たちも寝静まっているころだろう。まあ、自分たちでもできるが。
とにかく、先にメイの足元だ。
「何か履くものを借りてくる」
「いや、ここまで来たらもういい。このまま戻る」
「はあ!?」
たまに、なぜ自分はこいつのことが好きなのだろうと思う。今がその時だ。ここまで歩いてきたのだから、戻っても大して変わらない、ということなのだろうが。
「わかった。では運んでくれ。はい」
と、彼女は唐突にジーンに向かって両手を広げた。ジーンの思考が停止する。
「……何言ってんだお前」
本人の口からは聞いたことがないが、男が怖いくせに何を言ってるんだ。確かに、ジーンに対してはあまり怖がっているような様子を見せないが、触れるのは嫌がられる。
「言葉の通りだよ。じゃあこのまま戻ることにする」
誰かが彼女を『深謀遠慮の女』だと言ったらしいが、どちらかというと果断な女だと思う。ジーンは腹を決めた。メイがいいと言っている以上、いいのだと思うことにする。
「わかった。抱き上げるぞ」
「うん」
そう言って足を持って片手で抱き上げたが、メイは嫌がるそぶりを見せなかった。一瞬びくりとはしたが、すぐに体を安定させるように首に手をまわしてきた。一瞬締められるかと思った自分を許してほしい。そのまますたすた歩きだす。
「うん。お前は大丈夫だな」
メイが何か言っているが、無視する。彼女は自分の部屋のカギを開けっぱなしにしていた。とりあえずベッドに降ろすが、そのベッドに彼女の刀が置いていあるのを見て顔をしかめた。
「湯を持ってくる」
「別にそこまでしなくていい。お前も戻れ」
「ここまで来たら最後まで面倒見てやる」
「なんだそれは」
メイに眉を顰められたが、構わずジーンは一度部屋を出て、湯を持ってきた。少し時間がかかったのは事実だが、その間にメイはベッドに横になって寝ていた。
「……」
とりあえず、刀は避けた。ついでに足もぬぐってやる。ここでメイが起きたら、蹴飛ばされ……ることはないな。ただ、怯えて避けられるかもしれない。どうにか起こさずに完遂し、メイをベッドに寝かせた。
「……何してるんだろ、俺」
なんだかむなしくなってくる。お湯を張った桶を持って部屋を出ようとすると、メイが身じろいだのが分かったので思わず視線を向けた。横に顔を向けた彼女の眼から、涙が落ちるのが見えた。思わず戻って、桶を床に置いた。その小さな頭をなでる。この頭脳が、いつもジーンたちを助けてくれる。
「大丈夫だ。もう怖くないぞ」
それは自分でも驚くくらい優しげな声だった。
そして、翌朝、王都のシズリー公爵邸に男の悲鳴が響いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そういえば、メイの想定誕生日が11月末ですね。暫定、いい肉の日生まれ。少なくとも、いて座のつもりです。




