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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第4章【7月・夏の夢(王都)】
32/124

【8】

ジーン視点は初めてだろうか。














 ジーンとオスカーを置いて、メイは廊下の角を迷いなく曲がって歩いていく。記憶力はさほどではない、と言う彼女だが、城の造りと言うのは大体同じだ、とも豪語する彼女でもある。迷子になることはないだろう。父を振り切ることもできず、見送ってしまったのは、後から考えればどう考えても失敗だった。


「……レディ・メイを一人にしていいのか」

「今日は人目も多いし、大丈夫だ」


 多分。基本的にはしっかり者であるし。何より、父のような近衛騎士や軍人が見回っているはずである。

「……それより、何か用あるんじゃねぇの」

「ああ……いや」

 オスカーは言うのをためらうように口ごもった。早く言えよ、と思うと同時に、このまま言わないでほしいとも思う。

「……たまには、アイリスに会いに行ってやってくれ」

「……おう」

 いやだ、とは言えなかった。オスカーは息子が拒否しなかったことにほっとしたようで、少し微笑んだ。


「品よい娘さんだな、レディ・メイは。貴族の出身か?」

「……ああ。爵位は返上したそうだが」


 突然話が変わり、驚いたが、話を戻したくもないので乗ることにした。

「それでか。話していて、頭の良い女性だと思ったが、教養があるんだな」

「あいつはめちゃくちゃ頭いいぜ。本人はそんなことない、って言ってるけど」

 メイのことになると、すんなり言葉が出てきた。オスカーは「そうか」とうなずき、笑う。

「お前は、やはり私の息子だな」

「何がだよ……」

 意味深に言われて顔をしかめる。オスカーは首を左右に振る。

「大したことではない。時間を取らせて悪かった。レディ・メイを探して差し上げなさい」

「……ああ」

 父と別れてメイを探しに行く。彼女のことだから、人の少ないところにはいかないだろう。だからすぐに見つかると思ったのだが、これが見つからずにむやみにうろうろしてしまった。メイと離れてからだいぶ時間が経っていて、焦る。


 いや、彼女も大人だ。おそらくしっかり者に分類される類の。剣を持たせればその辺の男よりも強いだろう。だが、今は帯剣しているわけではないし、見た目は完全にいいところのお嬢さんだ。彼女は運動能力が高いが、力が強いわけではない。男が彼女を力づくで部屋に連れ込むのは、不可能ではない。メイは魔術師でもあるが、変人の割に常識的な彼女は、自分の身の安全のためだけに魔法をぶちかましたりしないだろうし、そもそも、恐怖にすくんで動けなくなるタイプだ。


 どこだ。どこへ行った? 名を呼んでみるか?


 判断がつかないでいると、背後から「ジーン!」と女性の声がかかったが、メイのものではない。振り返ると、瀟洒なドレス姿のセアラが立っていた。空色のドレスがとてもよく似合っているが、それどころではなくて。

「セアラ様。メイが……」

「ああ、私もそのことよ。今、ギルがメイを迎えにいったわ」

「公爵が? というか、メイは……」

「なんか王妃様に保護されたみたいよ。詳しいことはわからないけど」

 端的に事実だけ述べるセアラの前で、ジーンは手で顔を覆ってしゃがみこんだ。

「よかった……」

「なんで一人だったの? はぐれたの?」

「いや……」

 説明をためらうジーンに、セアラはきっぱりと言った。

「いいわ。とりあえず、立ってちょうだい。ギルたちと合流するわよ」

「……はい」

 今回はジーンが悪い、というか、悪いと思っているので素直に従う。セアラはさっぱりした性格の女性で、こういうところがメイとも合うのだろうな、と思った。


 ジーンに対してはドライな対応だった彼女だが、メイに対しては無事を喜んで見せた。

 メイは、表面上は普段通りに見えたが、どうやら夜会の参加者に乱暴を働かれそうになったらしい。余計に目を離したことが悔やまれた。そして、なぜか王妃に気に入られて戻ってきたらしい。もはや意味が分からない。

 まだ早い時間だったが、帰ることになった。早いと言ってももうよい子は寝ている時間なので、ダニエルは眠っているらしかった。ジーンもせっかく早く帰ってきたのだから眠ろうとしたが、ベッドに横になっても眠れない。

 メイの顔がちらつく。今の表情のない顔ではなく、五年前のおびえた顔をした彼女。あの後、彼女は一度アイヴィー城から姿を消した。一年足らずで戻ってきたが、その時にはもうあの状態だった。

 元は、朗らかな少女だった。愛想がよくて、いつも笑っていたと思う。今から思えば、あれも彼女のポーカーフェイスの一つだったのだろうが、よく笑い飾らない性格の元貴族だと言うこの同期の少女を、ジーンは気に入っていた。妹、のように思っていたのだと思う。


 ジーンはベッドから起き上がった。靴を履いて上着を羽織り、廊下に出る。確か、廊下の突き当りにバルコニーがあった。ジーンが借りている部屋に窓はあるが、バルコニーはなかった。夜風にあたりたい気分だったのだ。

 バルコニーに続く扉を開けて、バルコニーに出る。ベンチが置いてあるので回り込み、そこでジーンは悲鳴を上げた。


「うわっ!」


 人が寝そべっていた。あおむけで、空を見上げている。少し身を起こして、「ああ」と声を上げた。

「ジーンか」

 そう言って、その人、メイはまた空を見上げた。


「ジーンか、じゃねぇよ! 何してんだよ、てめぇは!」


 驚いただろうが! とは言わずに言外に含ませると、メイはふん、と鼻を鳴らして起き上がり、ベンチから足を降ろして座った。

「眠れないから空を見てたんだ。お前も眠れないんだろ」

「……そうだが」

 何言ってんだお前、と言うような視線と、今は夜であると言う事実に少し落ち着いてきたジーンはベンチの背もたれに手をついてため息をついた。これがあるから、出てきたときにメイが見えなかったのだ。

改めて自分を睥睨するメイを見ると、彼女は寝巻のままだった。上に何も羽織っていない。と言っても、彼女はシャツにズボンをはいているが。髪を束ねているので、首筋がのぞいて見えた。

「夏とはいえ、何も羽織らずに外に出るんじゃねぇよ」

 そう言って、ジーンは自分が着ていた薄手の上着をメイに差し出した。メイは少し驚いたようだが、「ありがとう」とそれを受け取る。ジーンも、メイと大差ない格好をしていた。名目が護衛なので、いつでも飛び出していけるような格好をしているのである。


 メイは女性としてはかなり背が高いが、華奢だ。さすがに上背があって体格もよいジーンの服はサイズが合わず、かなりダボついている。長袖なので、指先も見えていなかった。メイが袖をめくるのを見て、ジーンは顔を手で覆ってため息をついた。

「人の顔見てため息をつくくらいなら、部屋に戻って寝ろ」

「それはちょっとひでぇだろ……」

 一応上着を貸してやったのに。だが、メイが自分の大き目の服を着ている、と言うことに興奮したのだと本当のことを言えば、メイにこれ以上なくひかれるだろう。彼女に嫌われたら生きていけないと思っている。

「立っていないで、座ったらどうだ」

「……失礼します……」

「……私も悪かったから、変な言葉遣いをするな」

 メイが折れた。彼女はこういうところがある。押しに弱いと言うか、少し心配になるところでもある。

「悪かったな。宮殿で、お前から目を離した」

「ああ……いや、それはいいんだ。私もうかつだった。お前が謝るなら、私も謝らなければならない」

 ジーンは、メイが好きだ。泣きそうになりながら毅然と前を見ているこの女が好きだ。だからこそ、自分を大事にしない彼女が嫌いだった。


「お前が嫌な目にあったのは、お前のせいじゃないだろ」


 会話として成立していない気がしたが、メイにはジーンの言いたいことが分かったらしい。メイの表情が和らぐ。

「優しいな、ジーンは」

「そうかよ」

 たぶん、きっと、今メイは笑っている。だが、その顔を見ることができない。顔をあげられない。メイも口を開かず、また空を見上げているようだ。ようよう、ジーンは口を開いた。

「……親父に、母さんに会いに行ってくれって言われたんだよ」

 するりと、言葉が漏れた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


カートライトの親子は、聡明な女性がお好き。


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