【12】
つくづく、王宮で一人になるものではないな、と思う。だが、今回は不可抗力だった。セアラはまだ王妃と話している。マーガレットは夫が待っているからと先に退席し、メイはお花を摘みに行っていた。セアラと合流しようとしてこれである。
「王妃陛下のサロンにいた子だよね。可愛いね」
女性にしては長身のメイが見上げるほど背が高い、一目で貴公子とわかる男性だった。ギルバートよりも少し年上、二十代後半くらいだろうか。整った顔に人好きのする笑みを浮かべている。品が良いので、メイも引くくらいですんでいるが、もう絶対に一人にならないでおこうと思った。
「私はヘンリー・ロバート・シーウェル。レディ、お名前をお伺いしても?」
何と、シーウェル公爵である。国王の姉の息子にあたるので、エドワードやウィリアム両王子のいとこにあたる人だ。なんだか王族に縁があるな。
「……えっと」
せいぜい戸惑ったふりをしてみる。実際、戸惑っているし。セアラが探しに来てくれないだろうか。無理か。
「まあ、シーウェル閣下。ごきげんよう」
場違いなほど朗らかに話しかけてきたのは、先ほど別れたオーモンド伯爵夫人だった。当然だが、立ち上がるとメイより頭半分ほど背が低かった。
「彼女のような子がお好みですの? 以前の方とはタイプが違いますわね」
しれっとそんなことを言ってのける。強い。シーウェル公爵は気にした様子もなくおおらかに笑った。
「いや、別に外見で人を選んでいるわけではないからな! 保護者に見つかってしまったし、私はこれで。縁があったらまたお会いしましょう、お嬢さん」
右手を取られ、唇を落とされた。メイがびくっとしたせいか、ふりだけだったが。シーウェル公爵の姿が見えなくなってから礼を言おうとオーモンド伯爵夫人を見ると、彼女はあきれているようだった。
「あなたのような人が、ここで一人になるべきではないわ。あの方は頭のいい娘に声をかけるの。何をさせたいのかは知らないけど、ろくなことではないわね」
「……気をつけます。ありがとうございました、オーモンド伯爵夫人」
素直に礼を言うと、オーモンド伯爵夫人は「エイミーでもいいわよ」と言った。エリン系の名だ。そちらの出身なのだろうか。
「ねえ、アストレア。あなた、密室の仕掛け、わかった?」
唐突に言われたのは、王妃のサロンで『謎』として出された問題だった。カギを閉めていないのに、密室になった部屋の話。おそらく、実際に会った話だろう。魔術的な仕掛けはなかったそうだ。
「空気圧の問題ではないでしょうか。中の空気が温められ、膨張して、扉が開かなかったのでしょう。扉は内開きのはずです」
「そこまでわかるの?」
「わかるというか……そうでないと、問題が成立しない、と言った方がいいでしょうか」
『謎』として提供された時、その部分ははしょられていたため、そもそも問題として成立していなかったのだ。扉は圧倒的に外開きが多いため、みんなその扉が内開きだと気づかなかったのだろう。
「では、七色のオーブの謎は?」
「炎色反応だと思いますが……周囲が暗かったので、松明の炎の部分だけ見えたのでは?」
青く見えたのなら、銅を炎に放り込んだ可能性が高いと思うが。実のところ、青いオーブの目撃情報は多い。
「わかってるんじゃない。なぜ言わなかったの?」
「……言っていいのかわからなかったので」
正確に言うと、あまり目立ちたくなかった。メイはおおよその問題に解決策を提示できたが、それでも黙っていた。
「奥ゆかしいのね。そんなところも、クリスティアナ様にそっくり」
エイミーが笑って言う。つつ、と彼女の扇がメイの頬を撫でた。
「いつから気づいていたんですか?」
「ちょっとくらいびっくりしてくれてもいいんじゃない? 顔を見たときに、似てるなーと思ったの。名前を聞いて確信したわ」
「……」
これだから頭のいい人というのは。自分を棚に上げて思った。
「伯爵夫人は母と面識があったのですね」
「そうね。王妃様のサロンに招待されている、私以上の年齢の人はみんな、クリスティアナ様とは面識があると思うわよ」
それもそうか。メイは「なるほど」とうなずいた。当然の話だ。メイは社交界に出る前に男爵位を返上してしまったが、母は当然、社交の場に出ていた。知り合いが多いのは当然だ。
五年前、メイは宮殿に来ることはほとんどなかった。当時はセアラはギルバートの婚約者で、無理やり引っ張ってくるような人がいなかったのである。ギルバートはメイを屋敷で待機させていた。
「メイ!」
セアラが角から顔を見せて手を振っていた。エイミーがメイの背中を叩く。
「これに懲りたら、一人にならないのね」
「はい。……ありがとうございました」
礼を言ってメイはエイミーと別れた。一度振り返ると、彼女は手を振っていたので、ぺこりと頭を下げる。
「仲良くなったの?」
セアラがメイの顔を覗き込んで尋ねた。メイはわずかに眉を顰めると、言った。
「なんだか不思議な気分だ。宮殿に上がるようになってから、私の知らない父や母の話をよく聞くようになった」
「ああ、伯爵夫人もクリスティアナ様をご存じなのね。まあ、年齢的にありえなくはないわよね」
セアラもメイと同じ結論に達したようだ。
「……不快だった?」
心配そうに尋ねられ、メイは首を左右に振る。
「いや。結構楽しかった」
「……それならよかったけど、楽しかったなら相応の顔をしてちょうだい……」
セアラに呆れたように苦情を言われた。
「ただいまー!」
元気な声をあげて、本当にマーガレットが訪ねてきた。翌日のことである。
「お前ホントに来たんだな、おかえり!」
兄も負けじと大声を出した。似た者兄妹である。
マーガレットは夫であるウェルズ侯爵は屋敷に置いてきたらしいが、母親の秘密箱にいたずらをした二歳の娘は連れてきていた。マーガレットの娘ソフィアとダニエルを遊ばせておこうという魂胆らしい。まあ、そううまくはいかないけど。
「やだっ! ソフィーとは遊ばないっ!」
「ダニエルっ」
何が癇に障ったのか、ダニエルがむくれて言い放つと、振り払われたソフィアがわっと泣き出す。つられてダニエルも泣きだして収集がつかない。
「ダニエル。ソフィアはお母様を取らないよ」
「うるさいっ。違うもん!」
比較的なついているメイが言っても駄目だった。何が駄目なのだろう。さすがのメイにも分からない。
「……メグ、とりあえず秘密箱をメイに渡せ」
「あっ、そうね」
ギルバートに言われ、マーガレットはメイに秘密箱を差し出した。試しに彼女が開けてみるが。
「開かないな」
「そうなのよー。開けられる?」
「少し時間をくれ」
メイは秘密箱をマーガレットから受け取ると、その箱を眺めた。長方形の立方体だ。六面を叩いてみる。わずかに音が違うところがある。柄が緻密で、確かにわかりにくい。メイは角を一つ押した。そこから順番に箱を動かしていき。
「開いた」
「うそでしょ!」
ソフィアをあやしていたマーガレットが驚いて振り返った。そして、メイの手の中に開いている秘密箱を見る。中には瀟洒なブローチが一つ。
「よかったー。さすがメイね」
「私より弟の方が得意なんだけどね」
「そういえば昨日も言ってたわね。弟君って、養子に出てるんじゃなかった?」
「ああ……」
マーガレットに言われ、そういえば彼女は知らないのだな、と思った。
「今、リアン・オーダーで医者をしているんだ」
「へーっ! 上の弟君よね。お姉ちゃんを追ってきたの? 可愛い!」
「身長六フィートオーバーの巨人だが」
まあ、姉としてみると、弟は無条件に可愛いが。そう思うメイもなかなかブラコンである。マーガレットはメイのいいように笑って、「メイも大きいものね」と言った。ソフィアとダニエルは、いつの間にか仲直りして積み木で遊んでいる。
「そういえば、ジーンも来てるって聞いたけど、いないの?」
「ちょっと郊外で仕事中だ」
妹にギルバートがそう言った。昨晩、メイが行ってこい、とたたき出してまだ戻ってきていなかった。
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