第五話 とあるネカマヒーラーのリベンジ
その日は教会で復活した後お開きとなったため、翌日のことである。セフィリアとレオンハルトは集会所でテーブル席に腰掛けて人を待っていた。
「できればメイジの人が来てくれると良いなあ」
「そうですね。あのミノタウロスは物理系に強そうな見た目をしていましたからねー」
集会所とはPTを組むために人が集まる店である。テーブル席が数多くあり、それらにはPT募集の意味がある。利用料はドリンクのワンオーダーで済むため、安価で利用しやすいサービスとなっていた。ちなみにこの店は最近とあるギルドがローンを組んで立ち上げた店らしい。どうやら二階がギルドホームになっているとかなんとか。セフィリアは外部掲示板にそう書かれているのを見ただけであって、その事実は定かではない。
しかし、人が集まるというのは確かなようで、まだ出来て間もないはずであるが利用者は多い。テーブル席を利用する際に店内の掲示板にPT募集の詳細を貼り付けられるため、自分達の希望と一致する人材を見つけることは容易であるだろう。
「そういえば、死んで教会で復活したときのペナルティって所持金の1%だけなのですね」
「デスペナねー。軽いよねほんと。まあお金預けるシステムは無さそうだから、所持金が億を超えたら100万とか取られちゃうわけだけど」
流石にそこまで行ったら100万なんてはした金かーなどと言ってセフィリアが笑っていると、こちらのテーブルに近づいてくる人物が目に入った。
「恐れ入りますが、ミノス迷宮の倉庫クエストのメンバー募集はこちらの席で合ってらして?」
金髪でドリル状に巻かれた髪をツインテールにし、吊り目の赤目で容姿端麗なエルファの少女が声をかけてきた。服装は魔法使い系のダークローブで、それを除けば如何にもお嬢様といった様子の人物である。
「はい、そうですよ。えっと、あなた達がパーティ参加希望ということで良いのでしょうか……?」
セフィリアは少し戸惑いながらそう言った。このお嬢様風の少女の後ろには長身のヒュームの男性が立っており、白髪混じりの黒髪をオールバックにした、いかにもロマンスグレーといった様子の60歳ほどの容姿をしていた。服装は執事服……ではなく道着のようなものであった。お嬢様と執事風の二人という如何にもなロールプレイヤーがやってきて、セフィリアはそれなりに動揺していた。
(昔のMMOならともかくVRMMOでここまでコテコテのロールプレイヤーがいるとは恐れ入った……)
「ええ、わたくしことレモンティーナと後ろのセバスちゃんがパーティ参加希望ですわ。わたくしがメイジでセバスはモンクですわ」
「ブフぅっ……、……メイジっていうと攻撃系の魔法がメインで、モンクは近接の格闘スタイルってことかな」
セフィリアは彼らの名前を聞いて思わず吹き出しそうになった。が、辛うじてこらえた。流石に初対面で名前を笑うのはマズいだろうと理性が働きかけた結果である。執事といえば名前はセバスチャンだというような文化は確かにあるが、今の発音は間違いなく敬称としての「ちゃん」であった。
リアルなVRMMORPGでこんな名前を言われると思いの外腹筋に来るなあ、などとセフィリアは心の中で感想を口にして気を落ち着けようとするが、すでに敬語が外れるくらいにはダメージを受けていた。
「その通りですわ。わたくし達も一度あの魔物には挑みましたが、回復手段が乏しくて負けてしまいましたの」
「え、レモンティーナさんは神聖魔術は取ってらっしゃらな──あうっ、……取ってないんですか?」
噛んだ。セフィリアが彼らの名前から受けたインパクトの影響はまだ残っているようである。セフィリアはちらりと隣のレオンハルトの様子を見るが、彼は平然とした様子であった。レモンティーナたちも大真面目な様子である。あれ、もしかして僕の方がおかしいのでは……?とセフィリアが思い始めていると、レオンハルトが口を開いた。
「その前にティーナさん方もお席にどうぞ。飲み物でも注文してお話しましょう」
「ありがとうございますわ。では、わたくしはミルクティーをお願いしますわ」
席についたレモンティーナはそう注文した。どうやらセバスちゃんは座らないらしい。主人の後ろに控えたままであった。ちなみにドリンク代は所持金から自動で引かれるシステムである。
それよりも──
「そこはレモンティーじゃないんかい!」
セフィリアは思わず突っ込んでいた。
「あら、今日はミルクティーの気分だっただけですわ。レモンティーのときもありますわよ。それと、先程の質問の答えですけど、わたくしは魔術は攻撃魔術と妨害魔術しか育てていませんわ」
平然と答えられてしまった。セフィリアがなんとも言えない表情になっていると、隣のレオンハルトが尋ねた。
「敵を弱体化させて攻撃魔術でボコボコにするということです?」
「ですわよ。火力はかなりあると自負していますわ。ですがヘイト獲得量も大きくてセバスちゃんが大変なのですわ」
なるほど、とセフィリアは頷いた。妨害魔術、いわゆるデバフ系のスキルは相手を弱体化させることができるが、それによるヘイト上昇も大きい。弱体によって攻撃魔術で与えるダメージが増加すればなおさらである。そのためおそらくセバスちゃんは防御と回避を捨てて攻撃と挑発をする羽目になった。そうなるとセバスちゃんが自己回復スキルを持っていたとしてもそれでは追いつかないだろう。
「じゃあ、僕達とは相性が良さそうだね。タンクとヒーラーだから」
「ですわ。では早速行きませんこと?」
PTの最大人数は5人である。あと一人余裕があるが、まあこのメンバーならバランスも良いし大丈夫だろう。セフィリアはそう判断し、レオンハルトに視線を送る。すると彼も頷き、了承が得られた。
「よーし、行こうか」
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それから小一時間ほどが経過し、彼らは無事にミノス迷宮のアーマードミノタウロスの扉前まで到着していた。他のPTが無数にある扉の奥へ消えていくのを尻目に、セフィリア達は作戦会議を開いていた。
「レオンは挑発と防御優先で、セバスちゃんさんは攻撃優先、ティーナは妨害と攻撃をお願い。僕は強化と回復に専念するよ」
この作戦で良いかな?とセフィリアが問うと、皆が了解してくれた。セフィリアが事前に強化魔術でバフを全員にかけた後、レオンハルトが扉を開き、その奥へ彼らは消えていった。
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アーマードミノタウロスとの戦闘が始まってからは一瞬だった。アタッカーが二人増えたことで瞬く間にミノタウロスのHPが削れていく。レオンハルトが挑発スキルでボスの攻撃を一身に受け持ち、斜め前からセバスちゃんが体術スキルの投げ技によってボスの体勢を崩しつつ拳術スキルと蹴術スキルでタコ殴りにする。レモンティーナはデバフを維持しながら攻撃魔術を連発し、その隣のセフィリアは主にレオンハルトのHP/ST回復とセバスのST回復に努めていた。
アタッカーが二人増えたことで火力が大幅に上昇し、わずか10分足らずでボスのHPが20%に達した。
「来るよ!」
セフィリアが叫ぶ。アーマードミノタウロスは咆哮し、仁王立ちとなった。そしてヒールの詠唱をし始める。咆哮による硬直の解けた彼らは即座に行動を開始した。
レオンハルトは闘気スキルのベルセルクという奥義によって防御力・回避力減少を代償に攻撃力を上昇させ、剣術スキルの奥義を繰り出す。
セバスちゃんもベルセルクからの拳術・蹴術スキルを。
セフィリアは神聖魔術のキュアによって皆のST回復を。
そして、レモンティーナは──
「いきますわよ!」
その宣言と同時、レモンティーナは黒紫の液体の入ったビンを飲み干した。その直後全身から血しぶきのような真っ赤なエフェクトが迸り、HPが1となる。そして魔術適正スキルの奥義、魔力上昇のマナブーストを使い、詠唱を開始した。
「──焼き尽くすは灼熱の嵐!フレイムストーム!」
アーマードミノタウロスの身体を包み込むほどに大きな炎柱が吹き荒れる。PTメンバーには仲間の攻撃によるダメージは無いため、前衛の二人も気にせず攻撃を続ける。一瞬の出来事ではあったが、仰け反らなくなるイモービリティの副作用によってヒールの詠唱時間が長くなったボスの残り20%のHPを削りきるには十分の火力であった。
炎の中でアーマードミノタウロスが断末魔の咆哮を上げる。そして砕け散った。
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「やった!」「やりましたね!」「ですわ!」「お疲れ様でした」
三者三様の歓声を上げる。皆テンションが上がっていたが、セバスちゃんだけは年の功か、落ち着いていた。
「ティーナさんが最後に使ったのって、何だったのですか?かなり火力ありましたよね」
レオンハルトが問いかける。隣にいたセフィリアには想像が付いていた。そう、あれは──
「デスポーションを飲みましてHPを1まで削り、魔術適正スキルの奥義と覚醒スキルの効果で魔力の上がった状態で今使える最高火力の攻撃魔術を使ったのですわ」
そう、覚醒スキルである。パッシブスキルで、HP減少量に応じて攻撃力と魔力が上昇するというものである。HPを安全に1まで削るために、自分にしか使用できないという超強力な毒薬のデスポーションを飲んだのだろう。
「なるほど、そんなスキルがあったのですね。凄かったです」
セフィリアは思う。確かに凄かった。だが攻撃力が上がればヘイト獲得量も大きくなるため、HPを減らすというのはなかなかにリスキーな行為である。使い所とスキル構成の難しそうなスキルであった。
「ちなみに効果はどのくらいなの?」
「スキル50でHP1のときに魔力約1.5倍ですわ。スキル100だとおそらく2倍になるだろうと巷で噂ですわ」
HPを極限まで削ることのできる状況ならかなり強い効果かもしれない。プレイヤースキルの高い人ならば使いこなすこともできるだろう、セフィリアはそう感じた。
「そうだ、報酬の分配はどうする?レアアイテムはないしお金に変えて均等に分ける?」
「異論ありませんわ」「お嬢様に従います」「私もそれで良いと思います」
と、皆の同意も得られた。今回の目的はボスドロップではなくクエスト報酬の倉庫拡張である。大満足の結果であった。その後意気揚々と街へ帰り、速やかに分配を終えた。
「ティーナ達はまだ暇?もし暇なら他のボス戦とかもやらない?」
セフィリアはそう提案する。良い機会なのでボス攻略を進めたかったのである。バランスの良いPTなのでボス戦に向いている。彼女らにとっても損はないはずだと確信していた。
「よろしくてよ」
レモンティーナ、それに追従するようにセバスちゃん、そしてレオンハルトからも同意を得られた。臨時PTの戦いはまだまだ続きそうであった。
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それから数体の低級・中級のボスを攻略し、再び街へ戻ってきた。
「お嬢様、そろそろお休みになるお時間です」
「もうそんな時間かしら。名残惜しいですが、もう落ちないといけないようですわ」
レモンティーナはまだ遊び足りないといった様子だったが、素直にセバスちゃんの提言を聞き入れた。というかこの二人、ロールプレイ徹底してるなあと、セフィリアは半ば呆れ半ば感心していた。
「そっかー。じゃあまた今度一緒に遊ぼうよ。あ、フレンド登録しよっか」
「ですわ!」
そう言って皆がフレンド登録を終え、ごきげんようと言葉を残してレモンティーナとセバスちゃんはログアウトしていった。
「いやー、面白い人たちだったねー」
セフィリアはしみじみと言う。人柄も良く、楽しい二人であった。また一緒に遊びたいと、そう思えた。
「優雅な方たちでしたね。気品がありました」
レオンハルトの言葉にセフィリアは脳内にクエスチョンマークを浮かべた。セフィリアからしてみれば彼女らは愉快な名前をした面白おかしいロールプレイヤーにしか見えなかったからだ。
「え、レオンあれが素だと思ってるの?まっさかー。ロールプレイだよロールプレイ」
「ロールプレイですか?役になりきるという?」
「そうそう。流石に現実であんな口調な上に執事まで従えてる人はいないでしょー」
セフィリアはそんな訳がないと軽く否定してみるが、レオンハルトはどうも得心がいっていないようである。素にしか思えませんでしたと怪訝な様子でつぶやいていた。
「まぁ、また一緒に遊んでたらそのうち素が出るでしょ。そうすれば真実がはっきりするよ」
確かにそうですねとレオンハルトも納得し、その話は終わりとなった。とはいえもう寝るに良い時間であるし、今まで連戦してきたため、今更また狩りに出かけるには微妙な雰囲気である。
「うーん、今日はもう寝ようかな。レオンはどうする?」
「私もそうします。おやすみなさい~」
と、こうして今までと少し違った一日が終わった。セフィリアは、たまにはこういう日も良いなと思いながらUnlimited Talesの世界から現実世界へと帰ってゆくのであった。




