第四話 とあるネカマヒーラーのボス戦
翌日、課題や夕飯、入浴、攻略サイト、掲示板の確認を終えた彼は再びUnlimited Talesの世界へと旅立った。キャラクター作成後はログイン空間にあった無数の扉は一つだけとなる。最初に選んでキャラクターを作成した部屋にいた動物の名前がサーバー名となるようだ。セフィリアが会話したのは猫のカティ。つまり、セフィリア、そしてレオンハルトのキャラクターデータがあるのはカティサーバーということになる。
そして今日もセフィリアはその扉を潜り、意識が暗転した。
一瞬の意識の空白の後、昨日ログアウトした位置に立っていることを理解する。広場の片隅で、人通りもない。フレンドリストを見て、レオンハルトがログインしているかを確認する。どうやらログインしているようである。少し悩んだが、メールを送ることにする。内容は、暇なら一緒に狩りに行かないかというものであった。するとすぐに返事が来て、了承を得られた。広場で待っていて欲しいとのことだったので、セフィリアはしばらくスキル構成でも考えながら待つことにした。
「神聖魔術・強化魔術・魔術適正・盾術・体力・魔力は100を取るとすると、合計600だから残り400。持久力・頑強・抵抗・精力(MPに関係)・筋力をある程度取るとして……仮に全部60で止めるとしたら残りスキルポイントは100かー。意外と余裕なくて悩ましいなあ。少なくとも頑丈なヒーラーにしようと思ったら攻撃手段は取れそうにない。杖術スキルも少し上がってるけど多分お払い箱かなこれは。後はMPの最大値は低くても良いからMP回復手段がもっと欲しいかもしれないなー」
などと呟きながらセフィリアがうんうんと唸っていると、「お待たせしました~」と声をかけられた。
「あ、レオンー。今日は昨日より少し奥地で狩ろうと思うんだけど、どう思う?」
「そうしましょうか。私は準備できてますけど、セフィリアさんはどうです?」
「僕も大丈夫だよ。じゃあ行こうか」
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セフィリアとレオンハルトがペア狩りを初めて1週間が経過した。主要なスキルはおおよそ50程度の値に上昇していた。スキルの上がり方として、30以降は上がりづらいという情報が攻略サイトに書かれており、それを考慮すると妥当な上昇具合と言えるだろう。しかし、狩りを続けるにつれて倉庫の容量が不足するという問題が二人に生じていた。それを解決するためには、どうやら倉庫拡張クエストを受ける必要があるようだ。そのため、彼らはクエスト攻略に赴いていた。
「倉庫クエで倒さないといけないボスって強いのでしょうか」
レオンハルトが不安と期待をないまぜにした顔でそう言った。それを聞いてセフィリアは攻略サイトで調べた情報を思い返していた。
「うーん、名前はアーマードミノタウロスで、かなり防御力が高いらしい。攻撃力もそれなりにあるみたいで厄介なんだってー。でも一番の問題はヒールを使えることらしい」
「ヒールされるとHPを削りきれないかもしれませんね」
「だよねー。詠唱を中断できればいけるとは思うんだけど……」
そんなことを言いながらミノタウロスのいるダンジョン「ミノス迷宮」を散策する。そこには通常種のミノタウロスが徘徊しており、セフィリア達は各個撃破を心がけながら進んでいた。迷宮は薄暗く、注意をしていないとミノタウロスとうっかり鉢合わせてしまうこともあった。しかし、幸い今のところは徒党を組んだミノタウロスとは遭遇していない。比較的初心者向けのダンジョンなのだろうと会話しながら歩くと、やがて無数の扉のある石壁が見えた。
「あれだろうねー。多分インスタンスダンジョンの形式でボスエリアだけ隔離されてるのかな」
セフィリアがそう言うとレオンハルトは少し強張った表情で「そうなんですね」と返した。セフィリアが目を凝らすと、薄暗くてはっきりとはしないが、レオンハルトの手が少し震えているように見えた。
「レオンどうしたの?怖気づいちゃった?」
セフィリアはそうからかってみる。セフィリアはUnlimited Tales以外にVRMMOではないにせよ幾つかの没入型VRアクションゲームをプレイしたことがあった。それにヒーラーという後衛の立場もあり、然程緊張はしていなかった。しかし、レオンハルトはもしかしたらあまり没入型VRゲームの経験がないのかもしれない。その割にはタンクがしっかり板についているが……とも思う。
「はい、初めてのボス戦で少し緊張してしまっているようです……」
「大丈夫大丈夫。僕もついてるし、レオンならきっと上手くやれるよ」
「そうでしょうか……いえ、なんとか頑張ってみます!」
どうやら勢いを取り戻したようである。それを見てセフィリアは安心し、扉を開ける前に先に強化魔術をかけておくことにした。防御力上昇のハードニング・回避力上昇のクイックニング・攻撃力上昇のフルフォース・命中力上昇のヒットアタック・移動速度上昇のファストランをレオンハルトにかけた。順に強化魔術のスキル10,20,……50までで覚えることのできた魔術である。セフィリア自身には防御系の魔術のみをかけておく。
「よし、行こう」
セフィリアがそう言うと、レオンハルトは一度深呼吸をしてから扉を開いた。すると二人は吸い込まれるように消えていった。
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転送された先は比較的明るい広間だった。洞窟のようだった通路と違い、広間はカットした石で床、壁が構成されていた。部屋の4隅には松明があり、炎が煌々と燃え盛っていた。そして、中央には鎧を着た巨大なミノタウロスが屹立していた。右手には石造りの斧、左手もまた同様に石の盾を持っている。その中で鎧だけは金属で出来ているようだった。見るからに頑丈そうな見た目に、これは少しマズいかもしれないとセフィリアは思案する。しかし、ミノタウロスはこちらを認識したようで、駆け出そうとしていた。
瞬時にレオンハルトが前に出て、セフィリアは後ろに下がる。レオンハルトがタウントを使用してミノタウロスのターゲットを自分に向けている間に、セフィリアはヒールの詠唱を始めた。ヒールとは神聖魔術スキル50で使用できる魔術である。ローヒールとは違い、HP回復量がはるかに多くなっている。
狙いをレオンハルトに定めたアーマードミノタウロスは咆哮を上げながら右手の石斧を振るう。レオンハルトはこれに左手の鉄製のラウンドシールドで応対する。
「レギュラーガード!」
レギュラーガード……盾術スキル50で使用できる奥義である。ライトガードと異なりダメージ減衰率が上昇している点が特徴である。セフィリアはレオンハルトのHPを確認するが、実際に大してHPは減っていなかった。そのため、ヒールを待機状態にしてしばらく様子を見ながら自分の立ち位置を調整する。ミノタウロスとレオンハルトの全身が見えるように、ミノタウロスとレオンハルトに対してやや斜めの位置に移動する。
戦闘が始まって3分が経過して分かったことは、ミノタウロスの攻撃はレオンハルトにとって致命的になることはないということである。防いでいても減少するHP、そして奥義の使用によって減少するSTはセフィリアの神聖魔術による回復によって十分賄える量であった。
しかし、一つ問題があった。ボスのHPがなかなか減らないのである。鎧と盾があるため非常に防御力が高い。レオンハルトも剣で攻撃しているが、アーマードミノタウロスの攻撃を防ぎながら、そして挑発技を使用しながらであるため攻撃に集中できるわけではない。特に、剣術スキルの奥義を繰り出す隙がないため、通常攻撃で少しずつHPを削るしかなかった。つまり、アタッカーのいないセフィリア・レオンハルトPTでは明らかに火力が足りていなかったのである。
しばらくその状態が続き、ミノタウロスのHPも20%が削れた。と、そこでボスは咆哮と共に赤黒く発光し、左手の石盾を大きくレオンハルトへ叩きつけた。レオンハルトは危なげなく盾術の奥義で防ぐ。しかし、途轍もない衝撃が加わったのか、大きく後方に弾き飛ばされた。
その直後、ミノタウロスは唸るように詠唱を開始した。詠唱中は移動できないので防御の構えとして盾を前面に出しているが、焼け石に水のような対策である。それなりの攻撃をすれば簡単に詠唱を妨害することができるはずであった。
──しかし、レオンハルトは大きく弾き飛ばされ、体勢を崩している。なんとかバランスを制御して突進しようとしているが、ボスの詠唱完了に間に合わないことは明白であった。
「レオン!焦らずに体勢を整えて!」
セフィリアはそう叫びながら強化魔術を唱えてレオンハルトのバフを半分更新し、その間に削られた彼のHPとSTを神聖魔術で万全にさせ、再び残り半分の強化魔術のバフを更新した。隙を見つけて自分の強化も更新し、万全の状態となった。
「振り出しに戻っちゃったかあ……」
しかし、万全なのはセフィリア達だけではない。ボスもまた先程の魔術──ヒールでHPが全回復していた。ミノタウロスのヒールでもHPが20%は回復するようである。
「レオン、次の吹き飛ばしに気をつけて!多分ボスの身体が赤く光ったら使ってくる!」
そう警告してしばらく戦闘が続いた。そしてその時は再びやってきた。
咆哮と共にボスの身体が赤黒く光った。「来た!」セフィリアがそう思うと同時に、レオンハルトも大きくバックステップをした。
思惑通り、ミノタウロスの盾は空振りした。パターン行動なのか、ミノタウロスはヒールの詠唱を開始した。レオンハルトは、今度は無事に詠唱を妨害できた。
「ナイス!」
セフィリアはレオンハルトに賞賛を送りながら思案する。まさかこれだけがボスの特殊行動というわけではないだろう。攻略サイトにはボスの行動としてシールドバッシュ、ヒール、咆哮、そしてイモービリティというものが挙げられていた。詳細な記載は無かったが、イモービリティはスーパーアーマーを付加──すなわちボスが仰け反らなくなるらしい。嫌な予感がする──セフィリアの頬がヒクついた。
そして戦闘が続き、かれこれ30分弱が経過した。ボスのHPは残り20%となっている。
もしかしたらこのまま押し切れるんじゃないか、そうセフィリアが思った時、それは起きた。
ひときわ大きな咆哮。そういう効果があるのか、レオンハルトはおろかセフィリアも動けなくなってしまった。そしてボスは武器を持った両手を胸の前で交差し、仁王立ちとなった。
そして、ヒールの詠唱を開始した。硬直から脱したレオンハルトは全力で攻勢に出るが、ミノタウロスはびくともしない。ただ、HPは確実に減っている。全力の連撃で5%ほどHPは削れた。しかし、通常の詠唱よりも長かったが、ついにボスの詠唱が完了してしまった。ボスのHPが40%まで回復する。するとボスは構えを解き、再び攻勢に出た。
「うっそー……」
セフィリアは頭を抱えそうになった。今までのダメージが水の泡になったということも絶望の要因であるが、何よりおそらくこれが一度きりではないという予想が最大の懸念であった。
「レオン、もう防御は良いから全力で攻撃して!」
セフィリアは自棄になった。予想が正しければおそらくこの戦闘、負けはしなくても勝つこともできない。ならば時間を短縮したほうがまだマシという発想であった。
「了解です!」
レオンハルトもそう感じたか、クールタイムの許す限り剣術奥義を連打する。当然その間レオンハルトはボスの攻撃にさらされてHPがみるみる削れるが、それはセフィリアの神聖魔術でカバーできる範囲であった。しかし、剣術奥義によるSTの消費にも同時に対応しなければならないため、セフィリアはヒールとキュアを引っ切り無しに使用することになった。そのため、マジックポーションを飲んではいるが、それでもセフィリアのMPは限界を迎えそうだった。
そして訪れたミノタウロスの再度の大咆哮。やはり硬直してしまう。そしてイモービリティによるスーパーアーマー発動。さっきと同じだ。ボスがヒール詠唱開始。レオンにキュアを使わないと──。硬直の解けたセフィリアが動くのと同時、レオンハルトも連撃を繰り出す。HPは確かに削れる。しかし、5%以上削ったところで、ボスの詠唱がまたしても完了してしまう。またHPが40%ほどに戻ってしまった。
「レオンこれ無理だ倒せそうにないよ!出口ないし敢えて死ぬしかない!」
セフィリアはそう決断するしか無かった。わざと殺されるなど御免であるが、やらざるを得ない。そう覚悟を決めた時、ボスがこちらを向いた。
「あ、嫌な予感がする……」
セフィリアがそう思うと同時、ミノタウロスが彼女の方に全力で突進を仕掛けた。セフィリアは慌てて避けて、追撃を盾で防ぐ。後衛のセフィリアはレオンハルトほど盾術スキルも頑丈スキルも育っておらず、ダメージの貫通率が大きい。ジリ貧であった。
セフィリアにボスのターゲットが移ったのは、レオンハルトが挑発技によるタゲ取りと防御を捨てて攻撃に専念したこと、そしてそれに伴ってセフィリアがレオンハルトのHP・STを回復させる頻度を増やす羽目になったこと、これらが原因である。
無論与えたダメージによるダメージヘイトでレオンハルトもボスのヘイトを稼いでいたが、セフィリアの行った急激な連続回復による回復ヘイトがそれに勝ったということであろう。
レオンハルトもそのことに気がついたか、急いでボスに接近し、挑発技を叩き込む。しかし、一回ではターゲットを取り切れない。挑発スキルの奥義を習得しているだけ連続で使い、なんとかボスのターゲットをレオンハルトに戻すことに成功した。
セフィリアのHPは風前の灯、間一髪といったところだ。ここですぐにHPを回復するとおそらく回復ヘイトで自分がまた狙われる。セフィリアはそう直感して取り敢えずボスから距離を取った。そしてヒールを唱えながら思う。このまま死んだ方が良いのでは?無駄に戦闘を長引かせるよりはさっさと死んだ方がマシである。そう思い、
「レオン、死のう!」
そう言った。だが──
「嫌です!セフィリアさんを死なせたくありません!」
「え」
レオンハルトに拒否されてしまった。セフィリアは「もしかしてレオンハルトに拒否されたのってこれが初めて?」などと思いながらレオンハルトを見ると、彼も呆然とした顔をしていた。「自分の言ったことに自分で驚いているのだろうか、なんだそりゃ」とセフィリアは呆れるが、ただ──少し嬉しく思った。これはゲームなのに、まるでリアルのようなことを言う。それも、自分を死なせたくないと来た。なんとなく、心が熱くなった。ちょっとだけ、頑張ってみようかと思った。
「分かった、でも今のままじゃダメだ!」
セフィリアはどうすればアーマードミノタウロスに勝てるか思案した。
何か──何かないか!
考える──考えるが、何も思いつかない。思いつかない。思いつかな……と思ったとき、ふとある考えが脳裏にひらめいた。
「レオン、スキル上げだ!」
「え!?」
セフィリアは自分でもアホらしいと思った。だが、勝てるかもしれない作戦はこれしか思いつかなかった。ボスを使ってスキルを上げて、上がった攻撃力で倒し切る。現実的かはともかく、やってみる価値はあった。
「ボスと戦いながらスキルを上げよう!それしかない!」
レオンハルトも納得したか自棄になったかは分からないが、少なくとも覚悟を決めたようだ。セフィリアに頷き返し、剣術と挑発スキルの奥義を繰り出した。盾は使わない。頑強スキルよりも筋力スキルを上げるべきだと判断したのだろう。セフィリアもヒールとキュアを、ヘイトを取らない程度に使い、強化魔術を少しでも上げるためにバフ更新頻度を高めた。
その戦法は思ったよりも上手くいき、1時間以上粘った。しかしボス部屋に入ってからかれこれ2時間弱が経過している。レオンハルトは脅威の精神力で前衛として耐えきっていたが、流石に限界が来ていた。被弾が徐々に増え、それでも耐えていたが、ついにレオンハルトが着ていたチェインメイルという鎧が壊れてしまった。
その後を追うように右手に持っていた幅広のブロードソードも呆気なく、本当に呆気なく砕けた。
「あっ……」
レオンハルトの剣を失った右手が宙を切る。その後は素手で粘ろうとするも、流石に鎧を失ったことによる被ダメージの増加と、盾と拳という慣れない戦闘スタイルに感覚を乱され、被弾が増加した。それにより、やがてレオンハルトは肩当て、篭手、額当てまでもが破壊されてしまった。さらに被ダメージは増加し、ついにはヒールが追いつかなくなり、マジックポーションも枯渇し、とうとうセフィリアのMPも切れた。
そこからはどうしようもなくレオンハルトは削り殺され、死体となった。一応蘇生待機時間があるようだが、生憎と蘇生手段はまだ見つかっていない。そしてセフィリアも、単独ではどうしようもない。一応盾で攻撃を防ぐが、ヒールもキュアも唱える時間がない。ライフポーションくらいなら使う暇はあるが、薬効スキルが低いため回復量は微々たるものである。結局、セフィリアもレオンハルト同様に削り殺されてしまうのであった。
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「くっそぉ、いけると思ったんだけどねー」
“始まりの街“ベルモンテの教会で目を覚ました二人は疲れ切った様子であった。セフィリアの可憐な顔もレオンハルトの端正な顔もげっそりとしていた。休憩も取らずに2時間戦い通しは流石に無理があったようだ。
「ですね。あんなこと言っておきながらセフィリアさんを死なせてしまいました。すみません……」
と、レオンハルトが申し訳なさそうにした。“あんなこと”をすぐに思い出せなかったセフィリアは、疲労で上手く働かない頭で戦闘中にレオンハルトが言っていたことを思い出そうとした。
「あー、そういえばそんなこと言ってたね。いやーでも元々無理のある戦闘だったししょうがないよ」
素直にセフィリアはそう思う。あれで生還するのは流石に無理だと、冷静な今はしみじみ思った。
「確かにそうかもしれません。でも、やっぱり守りきりたかったです」
レオンハルトはそう答えた。セフィリアは彼に何か強いこだわりでもあるのかと気になったが、まあ良いかと思い直した。会って1週間の相手に尋ねるよう質問ではない気がしたからである。
「そっかあ。じゃあ、次はちゃんと守ってよ」
「はい。必ず!」
セフィリアは穏やかでありながら熱いところのあるこの彼を、少しずつ知れたらなと、そう思ったのであった。




