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えすぷり。  作者: 佐藤三(あた)
本編
8/17

嫉妬の炎(2)


 なんだか妙なことになった、とユーリは思っていた。完璧に負けたかと思ったのに、思いがけず残れることになったのだ。クリスティーナとルピナス、司祭はすでに大聖堂を出ており、騎士たちとイグニスだけが残されていた。


 イグニスはバルドーをちら、と見て、

「あのタヌキ親父、多少は使えますね」

「どういうこと?」

「司祭ではなく、聖女に是非を問うたでしょう。あの女は猫を被っているから、たとえ内心どうであろうと、頷くしかできなかった」

「味方してくれた、ってこと?」

「まあそう言えます」


 お礼しなきゃ。ユーリはバルドーに駆け寄り、声をかける。

「あの、ありがとうございます、バルドーさま」

「ん? 何がかな」

「味方をしてくださって」

 バルドーは目を細め、ユーリの頭に手を置いた。

「気にしなくていい。これからも思う存分カラカラして、私を楽しませてくれ」

「へ?」


「あー、この人別に善意であんたの味方してるワケじゃないと思うぜ」

 カイはそう言って、それより、とユーリに目をやる。端正な顔立ちに親しみやすい笑みをにじませ、

「こうして見ると、案外可愛いな、あんた」

「え?」

「気をつけろ、カイはこう見えて女に手が早い」

 バルドーの言葉に、カイは澄まして答える。

「そんなことないですよ? お友達から始めて、段々仲良くなって、しまいには裸で寝るようになるだけで」


 後半、イグニスに耳を塞がれたせいでまったく聞こえなかった。

「イグニス、なんで耳」

「お子様には早い」

「過保護な聖霊だなあ」

 気さくな騎士たち二人のそば、一人沈黙しているリカルドを、ユーリはちら、と見る。

「リカルドさ」


 リカルドはユーリを無視し、バルドーに声をかけた。

「私は、訓練に戻ります」

 そうして大聖堂を出て行く。俯いたユーリを、イグニスが覗きこんだ。

「なにをしょぼくれているのです」

「リカルドさんに嫌われてるなあ、って」

「あんな駄犬に嫌われたところで、痛くもかゆくもないでしょうに」

「駄犬って」

「確かに忠犬めいているな、聖女に忠誠を誓っている」


 バルドーはニヤつきながら言った。

「そんなにいいんですかね、俺、可愛い系が好みだけど、一度お相手してもらおっかなあ」

「いやいや、あの二人、まだだろうな。リカルドは純情だから、誘われても乗らんのだよ」

 イグニスにまた耳を塞がれ、なんの話だか聞き取れない。


「もう行きましょう、騎士こそが真の悪徳だ」

 イグニスに手を引かれ、ユーリは歩き出す。振り向きざまに頭を下げたら、騎士たちも愛想よく手を振り返した。

「騎士さまたち、好い人たちだね」

「どこがですか、この節穴聖女」

 イグニスは憮然としながらユーリの額をデコピンした。


「いた」

 むぎゅむぎゅと、両手で頰を挟まれる。

「いたいよ、イグニス」

「燃やしたかった、あの薄毛。聖女に溶かされた脳を焼きたかった」

「仕方ないよ、私がなんにも知らなかったから悪いんだし」

「たしかに」

 イグニスが眉をしかめた。

「なぜ三大欲求も知らないのです」

「だって、ごはんと寝るのと、もう一つが、せ、せい……」


 ユーリはかあっと赤くなる。

「私、ないし、そんなの」

「……お子様とは言え、何も知らないでは困りますね」

「え、あ」

 イグニスはユーリを抱き上げ、通路から死角になる階段脇の壁に押しつけた。

「い、ぐにす?」

「あなたにもあるはず」


 大きな掌に首筋を撫でられ、ユーリはびくりとした。

「ちょ、イグニス、ん」

 こないだのように、唇が首筋に埋まる。イグニスの手が、ゆっくり首筋から胸元へと向かう。ユーリはびくりとして、イグニスの手を掴んだ。彼はその手を絡めとり、指先に唇を這わす。赤い舌が指の間をすべり、ユーリの全身が震えた。


 なに、これ。

「からだが、痺れませんか?」

 イグニスの手が腰を撫でる。ちゅ、と指先を吸い、濡れた指をかざした。なんだか、やらしい。

「あ、だめ」

 手が動いて、ユーリの腰を引き寄せた。身体が密着して、頭の奥が熱くなる。

 なに、わからない。わからないけど、なんだか変だ。


「イグニス、伏せ、ふ、せ」

「顔が赤い。耳も」

「あ、噛む、のだめ」

 耳たぶを噛まれ、指先でなぞられ、だんだん変になる。なんで言霊が効かないんだろう。ユーリはイグニスにしがみついて、吐息を漏らした。イグニスはユーリの瞳を覗きこんだ。


「なんです? そのいやらしい顔は。子供のくせに」

「イグニスが、さわるから、だもん」

「わかりましたか?」

「な、にを?」

「三つ目の欲について」

「わ、わかんないよ、なんかやらしいってことだけしか」

「それだけわかればよろしい」

 イグニスはそう言って、ユーリの紅潮した頰を撫でた。


「イグニス……?」

「美味そうだが、お子様ですしね」

「なに?」

「我慢、してあげましょう。だから頭を撫でなさい」

 我慢ってなんのことだろうか。

「上からワンコめ……」


 ユーリはイグニスの頭を撫でた。彼は気持ちよさそうに目を細めている。やっぱりわんこだから、撫でられるのが好きなのかな。

「お手! いでで」

 手をぎゅうぎゅう握られ、ユーリは涙目になる。


「痛い」

「調子に乗るな」

 気難しいなあ。──でもなんかわかってきたかも、イグニスのこと。きっと、憎まれ口は私のためなんだ。


「あ、ねえイグニス。お菓子を焼いてあげようか」

「お菓子?」

「うん。私得意なんだ、クッキー焼くの」

「あなたに得意なことがあるのですか?」

「あるよ! ひどいよ!」


 仕方ないから食べてあげましょう、と尊大なわんこは言い放つ。

「ほんと、偉そうなんだもんなあ……」

 ユーリはぶつぶつ言いながら歩き出す。ふと、イグニスが立ち止まり、辺りを見回しているのに気づいた。赤い瞳が、少し鋭くなっている。


「イグニス? どうかしたの?」

「……いえ、なんでもありません」

 彼はそう言って、ユーリの後ろに続く。

 二人が去った階段に、ふ、と人影が落ちる。

 人影は侍女服の裾を握りしめ、さっと姿を消した。



 ユーリが厨房に向かうと、立ち働いていた侍女たちが一斉にこちらを向いた。その視線はユーリからイグニスに向かい、一気に熱をこめたものになる。イグニスはどうでもよさげにユーリの髪をいじっていた。料理長の男が寄ってくる。


「どうかしましたか」

「厨房を貸してほしいの。隅っこでいいから」

「ええ、いいですよ、どうぞ」


 ありがとう、と言い、ユーリは財料を揃える。ボウルに小麦粉、砂糖、牛乳、バターをいれて混ぜ合わせ、さっくりと混ぜる。それを台に置き、綿棒で伸ばして、型をとった。

「あとは焼くだけだよ」

「そうですか」


 イグニスはといえば、まだユーリの髪をいじっている。

「ねえ、私の髪に何かついてる?」

「退屈だから触っている」

 退屈って。

「あ、そうだイグニス、炎でクッキー焼ける?」

「そんなくだらないことに能力を使いたくありません」

「えー、いいじゃない」

 ユーリはイグニスの袖を引く。

「お願い、ね?」


 赤い瞳がちら、とこちらを見た。

「……仕方のない聖女ですね」

 イグニスはクッキーに手のひらを向け、炎を出した。クッキーはこんがりと焼けているように見える。ユーリは一枚手に取り、割ってみた。中まで火が通っている。ユーリははしゃぐ。


「わ! 焼けてるよ。すごい!」

「火が通っていないと困るでしょう」

「はい、イグニス。味見して」

 ユーリはイグニスに、クッキーを差し出した。イグニスはなぜか身を引く。

「……結構」

「なんで? イグニスのために焼いたのに。あーんして」

「人前で何を言うんですか、このハムスターめ」

「ハムスターじゃないよ! むぐ」


 イグニスはユーリの口にクッキーを詰め込んでくる。──うう、窒息してしまう。

「むぐぐ」

 と、声がかけられた。

「あのー」

 振り向くと、料理長がこちらを見ていた。

「すいません。出来たならそとでやってくれますか……」


 なぜかひどく疲れた顔をしている。女の料理人たちも、邪魔そうな目でこちらを見ていた。

「あ、すいません、片付けますね」

「いや、いいですから」


 厨房から追い出されたユーリは、クッキーを手に自室へ戻る。侍女のミーシャとすれ違った。

「あ、ミーシャ」

 声をかけたら、こちらに視線が向く。やけに無表情で、ミーシャは答えた。

「はい、なんでしょう」

「これからクッキー食べようと思って。一緒にどう?」

「はい、ではお茶を淹れて参ります。お部屋でお待ちください」

「え、そういうことじゃなくて……」


 ユーリが言い終える前に、ミーシャはさっさと歩いていく。しょんぼりするユーリに、イグニスが声をかけた。

「ユーリ?」

「……ミーシャ、なんか冷たい」

「女の友情とは儚いのでしょう。急な手のひら返しと陰口を繰り返し、表面上は仲良くしつつ、実際は相手を下に見ている」

「……どこから得た知識?」

「ユーリには私がいるのだから、人間などどうでもいいでしょう」

「うぐ」


 イグニスに肩を引き寄せられ、わしゃわしゃ髪をかき回された。ユーリは乱された髪を治しながら、

「イグニスは、友達いる?」

 炎の聖霊は鼻を鳴らした。

「必要ありませんね」

「仲間は? ルピナスは?」

「あれはただの聖霊。しかも「できそこない」だ」

「で、きそこない?」


 イグニスはええ、と言って、辺りを見回した。赤い瞳が、いつもより鋭くみえる。

「部屋へ行きましょう」

 促され、ユーリは歩き出す。自室に着くと、イグニスは戸口に立ち、外の様子を伺った。

「どうしたの?」

「さっき、誰かに見られている気がしたのです。……で、先ほどの話ですが」

「うん」


 ユーリが身を乗り出したら、イグニスが近づいてきた。獣型に変幻し、ぼす、と膝に頭を埋める。

「撫でなさい」

 頭を撫でたら、嬉しそうに尻尾を振る。イグニスって尊大だけど、性質は完全にわんこだよね……。


「ルピナスは表情が無いでしょう」

「うん」

「あれは、『影』が欠落しているからなのです」

「影……?」


 それって、教会が滅ぼすべきだって言ってるものじゃ……。

「聖霊は『影』と呼ばれる自我のようなものを持つ。召喚される際、その『影』が本体から離れたのだと思います。だからルピナスは人形のように主体性がなく、偽の聖女に従う」

「……影がなくなると、どうなるの?」

「影は一人歩きし、暴走を始める。それこそ、あなた方の言う「悪徳」になり、人間に害をなす」


 ユーリは息を飲んだ。

「た、大変じゃない、それ、ほっといていいの?」

「人間には害でしょう。しかし私にとってはどうでもいいこと」

「イグニス、冷たい」

 イグニスが鼻を鳴らした。


「私は炎の聖霊だ。気に入らぬものは焼き尽くす。オロカモノをわざわざ助けるほど親切ではない」

「じゃあ、私は?」

 ユーリはイグニスの顔を覗き込んだ。


「私が危ない目にあっても、助けてくれないの?」

 赤い瞳がこちらを見た。その瞳をむず痒そうに歪めて、

「……子供のくせに随分籠絡するのがうまい」

「籠絡?」

「仕方がない。何か災厄が起きた際、あなただけは特別に助けて差し上げましょう。他は知りません」

「そんなこと言わないでよ〜」


 ユーリはイグニスの頰をむにむに潰した。

「やめなひゃい」

「嫌なら影を捕まえる方法、教えてよ」

 イグニスは顔をしかめたまま、

「……やはり、正しい聖女が聖霊を従えることでは」

「クリスティーナ様からルピナスを奪えってこと?」

 ユーリは眉を下げた。

「そんなの無理だよ、あんなに懐いてるのに」

「懐いているという言い方はどうなのでしょうね……」


 イグニスは呆れたように言い、

「正直、体で釣っているとしか思えませんが」

「そ、その言い方はなんかやらしいよ……」

「やらしい意味ですから。聖霊は人間の元、求めるものは近いのです」

「イグニス、わんこなのに言うことが過激だよ」

「わんこではない。何度言えばわかるのですか。あなたの脳みそは海綿体か?」


 首筋を甘噛みされ、ユーリはくすくす笑った。

「やだ、くすぐったい。やっぱり行動がわんこだよ」

 ずし、と重みがかかる。顔をあげたら、イグニスが人型になっていた。

「!」

 ユーリは真っ赤になって、イグニスの肩を押す。


「な、なんでいきなり人型に!?」

「気になっていたのだが」

 イグニスは不機嫌そうにユーリを見下ろし、

「この姿と獣の姿では、あなたの態度が違う」

「だ、だって……男の人とわんこじゃ、そりゃ違うよ」

「犬ではないと言っているのに」


 再び首筋を甘噛みされ、ユーリはびくりとした。

「っ」

「あなたも、少しは私の欲求を理解したらどうです?」

「ちゃんと、撫でてる、のに」

「いいえ、もっと深い欲求です」

 深い、欲求?


「以前、三位一体の話をしましたね」

「うん。魂結(こんけつ)でしょ?」

「いやらしい意味ではないが、私とあなたは、魂の部分で深く繋がる必要がある」

 イグニスがユーリの指に指先を絡めた。

「深く、繋がるってどうやって」

「こうして、あなたと身体をふれあい、互いに高め合う」

「高め、あう?」


 なんかやっぱり、やらしい気がする。ユーリは顔を赤らめた。

「なにを想像しているんです?」

「し、してない!」

「しているんでしょう。頰が赤い」

 イグニスはユーリの頰を舐めた。「ん」

「私はあなたに触れると胸が暖かくなる。あなたはどうですか?」

「わ、たしも」


 ユーリはもぞ、と身体を動かした。イグニスは口元を緩めて、ユーリの腕を撫でた。ユーリも手を伸ばし、イグニスの背中を撫でる。互いに身体を撫であう。イグニスの髪、さらさら。

 ──触りっこ、だ。これが高め合う、ってことなのかな。


 なんか、気持ちいい。ユーリはぼんやりイグニスを見つめた。赤い瞳が近づいてくる。きれいな、目だなあ。

 唇が触れあおうとした瞬間、ノックの音がした。

「!」


 ユーリはハッとして、慌ててイグニスを押しのけた。イグニスがごろん、と布団に転がった。

「は、はい!」

 慌てて起き上がり、扉を開ける。ミーシャが無表情で立っていた。頭を下げ、

「お待たせいたしました」

「ううん! ナイスタイミング!」


 ユーリは真っ赤な顔で言った。イグニスは不機嫌に身を起こしている。黒髪が乱れ、赤い瞳がじっとりとこちらを見ていた。

「ほらイグニス、クッキー食べようよ」

「結構」


 イグニスはふい、と顔をそむけ、こちらに背を向けて寝転がった。──あ、ふて寝した。わかりやすいなあ。ユーリは肩をすくめ、ミーシャに笑いかける。


「ミーシャも食べようよ」

「私は仕事がありますから」

 ミーシャはそう言って身を引く。

「そう言わずに。ほら、クッキー。イグニスが炎で焼いてくれたんだ」


 ユーリがクッキーを差し出すと、ミーシャがじっと見下ろしてくる。次の瞬間、クッキーが床に散らばった。ミーシャが手で跳ね除けたのだ。ユーリは目を見開いてミーシャを見上げた。


「ミーシャ?」

「あんたが聖女? 笑わせないでよ」

 ミーシャの瞳は憎悪に燃えていた。

「クリスティーナ様の邪魔をして何がしたいの。早く城から出て行きなさいよ」

「……」


 ユーリはしゃがみこみ、クッキーを拾った。

「ちょっと、聞いてるわけ」

 ミーシャがユーリの足を踏みつけようとした時、一瞬でミーシャの視界が覆われた。

「!」


「足を動かしたら顔を焼く」

 イグニスは淡々と告げた。それがかえって恐ろしく聞こえる。ミーシャは喉を震わせた。ユーリはクッキーを拾いながら、小さな声で言う。


「やめて、イグニス」

「オロカモノは痛い目を見なければわからない」

「伏せ」


 イグニスの頭が自然に下がる。ユーリはミーシャに笑顔を向けた。

「ごめんね、仕事中引き止めて」

 ミーシャは唇を震わせ、エプロンを握りしめた。そのまま、足早に去っていく。


 イグニスは不機嫌にユーリを見下ろした。

「なぜ止めたのです」

「イグニスが悪い子だと思われちゃうから」

「どうせ『悪徳』です」

「そんなことないよ」

 ユーリは首を振った。


「イグニスはいい子。ただ、自分に嘘がつけないだけ」

「人間は、嘘をつくのがうまい。大罪の中にないのが疑わしいほどに。平気で他者を欺き、蹴落とす。だから私は、人間を信用しない」

「だけどイグニスは、ここが嫌いじゃないでしょう? 燃やさなかったもんね」

「……あなたが燃やすなと言ったから」


 イグニスはユーリの側にしゃがみ、落ちていたクッキーを齧った。

「あ、それ、落ちたのだよ」

「ふん、死にはしない」

 さして美味そうでもなく、イグニスはクッキーをかじる。


「美味しい?」

「普通です」

「紅茶飲もっか」

「待ちなさい、毒が入っているかもしれない」

「ミーシャはそんなことしないよ」


 炎の聖霊は呆れた目を向けてきた。

「あなたは……先ほど受けた仕打ちも忘れたのですか」

「え? なんだっけ」

「トリ頭が」

「あっ、そういうこと言う? トリは賢いんだからね」

「同類でかばい合いか」

 ユーリはイグニスと他愛ない話をしながら、お茶を楽しんだ。




 ミーシャは厨房に向かって歩いていた。

「っ……」


 ずきん、と頭が痛み、呻く。額を押さえ、壁にもたれた。ひどく頭が痛んで、苦しい。辛い。いったい何故だろう……。ユーリの聖女姿を見てから、ひどく気分が悪くなった。自分の心が、どす黒く染まっていくのが感じられた。ミーシャは息を吐きながら、天井を見上げた。


 ユーリは同僚だ。歳が近いこともあって侍女たちの中で一番仲が良くて、休みの日には一緒に買い物に行ったり、縫い物をしたり……なのにどうして。美しく着飾ったユーリを、美しい青年を従えたユーリを、魅力ある騎士たちに構われるユーリを見ると耐えられなくなる。


 どす黒い気持ちを押さえようとするほどに、心が叫んでいる。「ユーリを憎め」と。

だめだ、こんな気持ちを抱いては。ミーシャは首を振り、首から下げた十字架を握りしめた。


 心をきよめなければ。

 ──抑える必要はない。

 急に視界が暗くなり、ミーシャは息を飲んだ。ざわざわと、何かが身体にまとわりついている。


「っなに……」

 ミーシャは震えた。なんだこれは、悪霊か。叫ぼうとした、ミーシャの口に、黒いものが入り込んでくる。

「!」

 ──私は影だ……。


 影? なんなのそれは。私の中に入ってこないで。

 ──怖がらなくていい、君の持つ痛みは人ならば全員が持ちうるもの。その感情は、「嫉妬」。


 嫉妬? ああそうか、ミーシャは、ユーリに嫉妬しているのか。黒いものは、ミーシャの心を読み取るったかのように言葉をつむぐ。


 ──自分より下だと思っていた人間が、上に立った。憎しみを覚えて当然だ。

 違う、という思いと、そうだ、という思い。二つがせめぎ合い、ミーシャの心をかき乱す。


 ──耐えなくてもいい、本能のままに振る舞え。

 その言葉についで、激しい痛みが額に走る。

 あまりの痛みに、ミーシャは額を押さえた。ゆっくり手を離した額には、「envy」という文字が浮き出ていた。

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