Main ingredient C
【side:ミンヒョク Timeline 十二月三日 午後一六時 メノークタワー】
それからミンヒョクは理不尽な暴力を受けながらひたすら、石を宝石へと変えさせられた。
蘭玉は言った。
「ふむふむ・・・見えてきたぞ。お前の能力は、無機物にしか作用しない。モノを作り変える、と言うよりはモノの機能を書き換えるんだね」
蘭玉が空に放り投げて遊んでいるのは、ボトルガールの人差し指だ。ボトルガールは絶叫しながら抵抗したけれども、ミスター・コールに取り押さえられ、人差し指を落とされた。激痛で気を失った彼女は今、バスルームに押し込められている。そしてまだ暖かさの残るその人差し指をミンヒョクの後ろ手に縛った右手に握らせた。彼女の指は黄金になって、蘭玉に弄ばれている。実験も兼ねての行為だったのだろう。放り投げられたそれは重い音を立てて床に転がった。
「そして一ヶ月の期限付き。こいつぁ面白い。死体も隠せる。バラバラにして売れば幾らかになるだろう。馬鹿な金持ちが大枚叩いて買ったダイヤが一ヶ月後には石ころか。愉快痛快だねえ」
蘭玉が笑いながら、またミンヒョクの、義手ではない右手に石を握らせる。
「下手な真似をしたら首を刎ねてやる。いいかい、クソガキ。私らから逃げようだなんて間違っても思うなよ?お前はまだ摆烂公社の作業員だ。特にお前は規約違反をやってやがる。本当なら腹でも割いて、胸の石を抉り出してもいいところなんだ」
死なない為に、必死で石を握って念じる。左胸の石が輝いて、手の中の石ころが輝いた。価値のある石ころになったそれを蘭玉の細い指が抜き取って袋に投げ入れる。そうしてまた次の石を握らされる。それだけの時間が過ぎる。恐怖に震えていたミンヒョクの顔を照らしていた夕日は、いつの間にか沈んでしまっていた。
その様をキングサイズのベッドに寝転んだミスター・コールが眺めている。彼の役割は監視と懲罰。ミンヒョクが少しでも能力を出し渋れば、その横っ面を張り倒す、装置としての役割だ。そして袋の中にあった、最後の石がミンヒョクの手からむしり取られた。蘭玉がそれを背中に担いで立ち上がる。
「さてさて。じゃあ石ころを売っぱらってくるよ。儲けがでりゃあお前に犬の餌ぐらいは買ってきてやる。いい子にしてなよ?ミスター・コール、後を頼む」
縛られているミンヒョクに彼女の表情も顔も見えなかった。ただベッドに体を投げ出しているミスター・コールだけがひらひらと手を振って彼女を見送った。二人きり、いや三人ではあるが、バスルームに押し込められたボトルガールの声は聞こえなかった。まだ失神しているのか、それとも。嫌な想像をしたミンヒョクが体を捩る。時刻は午後十九時を回ったところだった。
蘭玉が部屋を出て数分後、ミスター・コールが徐にベッドから起き上がり、キッチンへと歩いていった。小腹が空いてきた頃だ。縛られたままミンヒョクは、保冷庫に保存してあった高級ラムの墨子の味を思い出している。それとチーズ。昨日の夕食はそれにタッカと呼ばれる大型の鳥類型駄獣の燻製肉を合わせた。もも肉のハムは絶品だ。予想通りミスター・コールは墨子を片手に、チーズをつまみ皿に乗せたタッカをベッドサイドテーブルに設置した。コルクが跳ね飛ばされ、芳醇な酒の香りが辺りに広がる。彼は注ぎ口に口をつけ、酒をラッパ飲みに飲みくだした。
「ッッカー!美味えなあ。前の職場も悪くはなかったが、この仕事もいいもんだな。何より楽で実入りがいい。お前にはもう必要ねえ代物だからよ。俺が十分に楽しんでやるぜ」
指先で摘んだタッカのハムを口に運んで、それから墨子。ミンヒョクは背中でミスター・コールの酒盛りを聞いている。香りが漂う。口の中に記憶の墨子が滲んでくる。甘くて塩辛いタッカのハムの味と感触が思い出される。殴られて痛みの残る腹が、ぐう、と音を立てる。浮かぶのは後悔ばかりだ。なんでこんな事になった?なんで俺ばっかりがこんな目に。ちくしょう、美味そうに食いやがって。俺の金だ、俺のものだ、勝手に触るな!喚きたいけれども、喚き散らせば殴られる。だから口を噛み締める。ただ噛み締めた口の中でミンヒョクは思い出している。
蘭玉は言った。
モノを作り変える、というよりはモノの機能を書き換える。
これが無機物全てに適用されるならば、使い道はいくらでもある。例えば、自分を後ろ手に縛り上げたこの縄に、紙になれ、と命じたならば。
考えているミンヒョクの背後でミスター・コールがまた一口墨子を煽った。墨子は酒精が強い。一口で荒くれ者の喧嘩は収まり、三口飲めばオークが潰れる、と伝説が残る酒だ。ふぅ!とため息をついたミスター・コールが、今度はタッカとチーズを合わせて食っている。だが咀嚼のリズムがゆったりとしたものになっていき、やがて静止し、最後には静かな寝息が聴かれるようになった。
今だ、と思った。
蘭玉がいつ帰ってくるかしれない。スピードが全てだ。腕の縄に意識を集中させた。紙になれ。簡単に破けてしまう、紙になれ!胸の石が発光する。ミンヒョクが力を入れるまもなく、縄は紙のように千切れてしまった。足のロープも同様だ。そして辺りを見回す。眠りこけているミスター・コールを見て、ベッドサイドの墨子を見る。ミンヒョクが探しているモノ、それは体をすっぽりと覆えるマントの様なモノ。ウォークインクローゼットに飛び込んで、頭から被れる何かを探す。あった。ハウスキーパーが置いていった備品のベッドシーツだ。それを掴んで強く念じる。透明になれ。透明になって俺を覆い隠せ!また光が腕に走って、ベッドシーツ全てを覆う。頭からそれを被る。胸の前でしっかりとシーツを合わせ、ミンヒョクはいびきを描き始めたミスター・コールに目をやった。腹立たしいが殴り返す勇気なんてなかったから、墨子を拝借して玄関に向かう。玄関側の鏡に目をやった。そこには何も写っていない。だから意を決して、鍵を開けて部屋の外に飛び出した。
ミンヒョクはそのまま走る。透明になった体を弾ませて走っていく。目指す場所は親父の店だ。どうしても確かめたかった。この目で見るまで信じたくなかった。高級な階段を駆け降りて、煌びやかな照明が色とりどりに輝く街の中を走り抜ける。途中でシーツを取り去って、イエローキャブを呼び止めた。そのまま彼はあの薄暗い街に急ぐ。メノークタワーの光がどこからでも眺められる、臭くて暗くて湿っぽい、そして埃だらけのあの街に。キャブを降りてあの街の入り口に立った。何故だか怖くてまた頭からシーツを被った。震える足を励ましながら、あの店の前へと歩いていく。そうして、見つけた。
アジアの意匠を凝らした扉に差し押さえの札が貼り付けられている。
灯りは付いていなかった。中から音もしなかった。静かに、静かに、その店は資本主義の夜中に佇んでいる。
雨季に入ったギランの空に、雨雲が集まり始めた。もうすぐ雨になるだろう。その湿り気を帯びた暗闇の中で、ミンヒョクは何も言えずにただ立ち尽くしている。
「潰れたっぽいなぁ。この店。すっげえ飯美味かったんだけどなあ」
誰も居ないと思っていた。だからその声を聞いて驚いて振り返った。金髪碧眼の美しい青年と、素っ裸の男性が二人、店を見上げてそう呟いた。潰れた。その言葉がミンヒョクに現実を確認させた。俺が、潰した。駆け出した体が、金髪の青年の肩に触れた。走ってその場を逃げ出したけれど、何処に行けばいいのかもわからない。翻る透明なシーツに、雨粒が一つ落ちる。やがてそれは無数の雨粒になって、砂漠の国の恵の雨へと変わっていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
八方ふさがり、四面楚歌。でも不思議と、道は開けるものです。
次回更新:【11月1日 21:10】
感想・評価・ブックマークなどいただけると嬉しいです。
引き続き『イノベーション・デストラクション』をよろしくお願いいたします。




