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Raving All night A


挿絵(By みてみん)

【side:STORM Timeline・・・十二月四日 午後二十三時ごろ 第二拠点】


 テーブルの上に一枚の写真が乗っている。


 雨季に入り雨の続くメノークタワー124階、地下世界の第二拠点のリビングで、クレアはソファに座ったまま苦い顔でその写真を眺めていた。全く腑抜けた顔だ、と写真の中の人物を揶揄したけれど、口には出さなかった。自分に返ってくるからだ。

 写真にはある人物が写っている。

 安いヴァルノのスーツの襟をこれみよがしに立てて、純金のネックレスを見せびらかす義手の男。監視カメラと記憶鉱石が結んだ像は、正にエレベーター内で遭遇したあの男だった。


 ギラン・マーケットで見つけたエノクの痕跡を追い、先ずは運営に照会をかけた。ギランは入場の際、入場許可書としてトルコ石の様な青い鉱石を渡される。鉱石は記憶装置、過去百人分の名前と国籍、顔写真、売場と商品、そして販売現場を映像として記録している。


 名前は 姜 敏革(カン・ミンヒョク)、出身は新羅。新羅は医療大国『華』と科学と発明の国『ランドマリー』により二重に支配されている国だ。住民は華かランドマリー、どちらかの企業の下で働く。華の医療技術とランドマリーの科学技術はその国で融合し、発展した。新羅はランドマリーの軍権【聖シオン鉄騎団】の軍需工場だ。人を改造し、兵器へと変える技術が、ランドマリーの圧倒的な軍事力を支えている。


 名前と顔を照合し、住居まで突き止めたのが、つい先程の事。完全自由を旨とするこのフリーマーケットの運営は、最後まで身元の照会を出し渋った。粘りに粘って一日、やっとこさ住所が判明し、68階、単身者用の分譲住宅にフィリップと二人で向かったが、彼の自宅には鍵がかかっておらず、中はもぬけの空だった。白を基調としたベッドルームはスプラッタ映画さながらに血液が飛び散っていた。犯行現場は恐らくベッドの上だ。血液を吸い込んだ白いシーツが重苦しい赤さに染まっている。バスルーム内は更に酷かった。天井まで飛び散った血痕が酸化し茶色に変色している。生暖かい死の匂いを嗅いだフィリップが評した。


「若い・・・若い女、女だな、この匂い。女と、こっち、ベッドルームは50代から60代男性。酒を飲んでた。エノクの匂いは微かだ。少し前に逃げてるね、血液の匂いと・・・。あ、時間が違う。それと、これ、なんだ?八角?」


 八角は華国でのみ産出される香辛料、マナや特定の技術の触媒になる。特に、華国に特有の、変面や、傀儡回しには重要な香辛料だ。単語を聞いたクレアはそこでも渋い顔をした。クレアの記憶の隅にあったのは、数ヶ月前のワールドクロックの三面記事だ。華国の南、華南地方のシャンダル地区、小国ゲリラと大国「華」が睨み合う空白地帯で、数十人の男性の死体が発見された事件だ。その死体は川の中から発見され、体の一部が悉く切り取られていたという。ある者は足を、あるものは腕を。


 こめかみを指で押しながら資料を読み込んだ。外れてくれればいい、と思っていた予想が全て当たっていた。エノクは生物に寄生する鉱物だ。血液に反応し、生物に寄生し、生物の願望を現実化する。現実を書き換え、空中を浮遊し、空と海を反転させる。屈強な千人の騎士団は、一瞬でジェヴォーダンという老いた狼に噛み殺された。チートとも言える能力はつまり、集団、それは軍隊、果ては国としても、非常に強力なイニシアチブになりうる。現段階で発見されているエノクは20〜25ほど、その全てが、国か強力なギルド下にて保護されている。未発見のエノクですらレアなのに、適合者である。これを狙って混乱が起きないとも限らない、そして漂う八角の香り。ある反社会組織がエノク捜索に力を入れている、という情報は回ってきていた。とある女首領を頂き反出生主義を教義に置く、秘密結社の特徴を持った反社会組織。摆烂公社《バイランゴンシェ》代表の蘭玉《らんぎょく》は、顔と姿を自在に変えられる『変面師』そして、死体を無線で動かす『傀儡師』の技術を持つ。あのサイコパスが関わってきているとしたら、とてつもなく面倒だ。


 時刻は午後二十三時、資料が出揃うまで大分時間がかかってしまった。後手に回っている。その焦りがクレアにため息をつかせた。コーヒーテーブルの前の様々な書類と向き合っているクレアに、背中から声がかかる。バロンだった。


「じゃ!俺帰るからな。お疲れぃ」


 そう言って出口に向かおうとするから思わず彼の手を取った。


「マジかよ、お前置いていくなよ、俺を」


 懇願する目で彼を見上げた。その手を振り払った白髪の美男子は、口の端を歪めて迷惑そうにクレアに言う。


「あのなあ、フィリップと一緒だったのも、嫁の調子が悪ぃからなんだよ!ローズがいりゃあ、こんな犬と任務するかボケ。早く帰ってやらねえと癇癪起こしちまう」


 ええ〜ん、ひっどいひっどい!とフィリップが大袈裟に体を振る合間、クレアが半笑いでバロンに返す。


「なんだ?ガキでも出来たか?出産は金かかるぞ?稼いでいけよ。倍額出すぞ」


 倍額、の響きに一瞬体を固めたバロンだったが、頭を振ってクレアに反論する。


「・・・いや、覚えしかねえけど、お前、体調悪い嫁放っといて仕事もクソもねえだろ・・・」


「アンセルに診せろよ。頼むから結果わかるまで居てくれ、お前が居なかったら話にならねえんだ、調査も必要になってくる」


 バロンが頭を捻りながら迷っている。迷っている、という事はほぼ残る事は決まった、とクレアは思う。摆烂公社《バイランゴンシェ》の蘭玉とやり合うとなると調査員、兎に角人員が必要だ。奴の素顔を見た人間は存在しないとまで言われている。それに恐らく傀儡が二人。戦闘が行え、尚且つ頭の回るバロンは必須の人員だ。戦闘特化のフィリップ、それから頭脳のニーアと万能のマナフ。メノークで全財産を溶かした彼らは、今拠点の奥の部屋で不貞腐れている。金がいるだろうから、彼らも十分人員として機能する。今回のケースは多面で攻めるしかない、蘭玉の襲撃に備えつつ、エノク能力者を確保する。中々に歯応えのあるミッションだ。


 次は人員をどう配置するか、そう考え始めたクレアの耳に高くて騒がしい女の声が飛び込んできた。部屋に居た、三人は同時に玄関に顔を向ける。リビングの扉を開けて飛び込んできたのは、黒い肌をした女であった。見事な女性美を形作る肉体、長い手足と揺れるバスト、引き締まったヒップが上下に跳ねる。彼女が動くごと射干玉の髪が空間を掬い、明るい南国の香りを振り撒く。太陽を思わせる快活な美女が息せき切って地下世界、第二拠点に飛び込んできたのである。


「わー!久々だねー!クレアー!」


 彼女の名前は、ベニー・オーウェン。れっきとした地下世界構成員だ。証拠に彼女の両耳には、月と星の紋章がピアスとなって揺れている。


 ベニーの甲高い明るい声に片目を閉じ、耳を塞ぎながら、バロンはうるせえなあ、と愚痴を言った。ベニーにそんなものは一切届かない。彼女が次に目にしたのは、フィリップ。二人の相性は、この上なく良い。


「ヒャー!フィリップぅ!久々ー!」


 言いながらベニーは腕を開き、フィリップに抱きついた。フィリップもまた腕を開いて彼女を迎え入れ、


「ベニーちゃん!今日もかっわいいねええ!すっごい臭いけど!」


 と言いつつ、互いを強く抱きしめた。


 二倍の騒がしい空間に、冷静なままのクレアが声をかける。


「つうか、お前も居たのかよ。いつから来てたんだ、ベニー」


 真顔に戻ったベニーが、フィリップの髪を撫でながらクレアに答えた。


「一ヶ月前に言ったじゃん。ギラン案件で、ストリップで踊ってくるって。メノークの時ってお客さん多いんだけど、女の子足りなくなるんだって!だから劇場から雇われたの。みんな来てよ、来てよ、踊るよー!鍵だけ登録しにきたんだけど、ねえ、フィリップ、これどうしたらいいの?」


 鼻を摘んだままフィリップが笑顔でベニーに鍵の登録の説明を始めた。その後ろ姿を見ながら、クレアの頭がまた一つ回る。


「ベニー!」


 ヘァ?と間の抜けた返事と共に振り返ったベニーにクレアが続けた。


「ショーに来る客をよく見とけ。厄介な事になりそうだ。お前には妙な勘がある。違和感を覚えたらすぐに報告してくれ。頼んだぜ」


 クレアの言葉に途端に笑顔を取り戻し、おっけー!と舌足らずな口調で答えたベニーが、再度男達に営業をかける。


「メノークの地下のストリップバーで働いてるの!毎日踊ってるから見にきて!お願いね!」


 そう叫んでまた飛び出す。彼女には重要な使命がある。出来るだけ早く家に帰って、拾った子犬の世話をしなければならない。ベニーは拠点を駆け出して、ふと考える。あのテーブルにあった写真、なんだか知っている人の様な気がする。でもそれはとっても曖昧で、走っている合間に忘れてしまうぐらい彼女にとっては些細な事だった。


 * * *


 ベニーのアパートはメノークの南、港に近い位置にあった。久々の雨が街全体を淡く染めている。その雨の中をベニーは走る。錆びた白いカプセルを三つ並べたような古ぼけたアパート、そこにかけられている錆びたハシゴを登って、彼女は自室の扉を開けた。部屋の中はぐっちゃぐちゃだ。そこここに下着や、薄いレースの衣装が放置されている。衣装の山をかき分けて、ベニーは自分のベッドの上を覗き込んだ。そこには昨日の夜、路地で拾った子犬がいる。全身びしょ濡れで、悲しい目をしている。ヴァルノのスーツの安い生地が濡れて汚れて肌に張り付いていた。彼の胸には水色の鉱石が埋め込まれている。ベニーにはそれがなんなのかわからない。わからないけれど、彼がとっても悲しそうでかわいそうだった。左手の義手もそれに拍車をかけた。


 ベッドの上で、無垢な瞳でベニーを見上げたのは姜 敏革(カン・ミンヒョク)。濡れ鼠の彼を乾かす、ベニーの太陽の笑顔が彼に向けられる。


「ただいま!何か食べたいものある?何がいい?」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回テーマは「救済」ご飯を食べると、人間は元気になる。

次回更新:【11月3日 21:10】

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引き続き『イノベーション・デストラクション』をよろしくお願いいたします。

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