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Fly away C

挿絵(By みてみん)


【side:storm】・・・ [Timeline 十二月三日、午後十四時、メノーク会場にて]


 会場はギャンブラー達の熱気に包まれていた。


 ギラン・マーケットから西に20キロ、この巨大な円形テントの使用用途は主にサーカスやコンサート会場、スポーツ競技場も兼ねるエンターテイメント施設だ。だが十二月一杯はこのメノークという祭典に全日使用される。広いフィールドには溢れんばかりの人、正面に見えるのが鍵の購入場所だ。


 メノークとはこの国で宝箱を指す。ギラン・マーケットで売れ残った商品を全て混ぜてここで売っている。最低価格は十ゴールド。最高価格は百万ゴールド。整然と並ぶ箱の中から任意のものを選んで購入した鍵で開けるのだ。


 中にはとんでもない掘り出し物、数ヶ月で値段が跳ね上がった物なども混入している。年末大決算の福袋。ただやはりここは資本主義の国、ゴミの後始末は購入者が行わなければならない。


 さて、百万ゴールドの鍵の列に札束を握りしめて並んでいるのがニーアとマナフの二人である。既に会場の熱気に飲まれている。瞳孔は開き切り、息は荒い。ギャンブルというのはどうも人を豹変させる力を持っている。


 荒い息遣いのままニーアが薄らと笑みを浮かべマナフに告げる。


「ッハァ!ッハァ!ああああ、もうおっせえなああ?!どけよバカどもがよお!俺が龍の鱗当ててやっからよう!」


 同じ表情でマナフも言う。


「龍の鱗は僕の物でしょおお?どうしよう、古代エルフ文書とかあったらぁ!ダリア喜んでくれるかなぁぁあああ?!」


 彼らの前に並ぶギャンブラー達もまた同じ顔をして順番を待っていた。不思議な事ではあるが、こうなった人間に、周囲で響く大爆死の絶叫の声はもう聞こえない。



 1時間後、ニーアの足元には大量のゴミが散乱していた。ゴミスクロール、ゴミスクロール、ゴミ魔石と実験用ポーション、なんの用途に使うのかわからない木の枝、安い洋服用生地と腐った果物。


 真っ青になったニーアの背後でマナフは崩れ落ちて頭を抱えている。彼もまたゴミの山の中に埋もれたまま、意味不明な言葉を呟いていた。


 震え出した手を励まして、ニーアはもう一度ゴミの山を探る。二千万ゴールドが数十分で吹っ飛んだ。金に変えられるものは、多分高級スクロール数枚、それからマナの触媒になりそうな宝石数点だ。あれ?鱗は?インビジブルクロークは?喉の奥から喪失の恐怖が競り上がってくる。吐きそう。ショックで戻しかけた胃液を必死で飲み込んだ。


 マナフの目はもう既に別の世界を見ていた。空中を見つめながら、ドレイクちゃんがね?やら可愛いねえ、クーガーちゃん、可愛いねえ、と呟いた後、餌代!と叫んでまたゴミの山に突っ伏した。


 必死で胃液を飲み込んだニーアが青白い顔のまま背後のマナフに声をかけた。


「ぉ・・・う、マナ・・・フ」


 ゴミの山に突っ伏していたマナフは動かない。だからニーアは死んでしまったのかな、と思った。自分も立っていることがもう辛い。ニーアのトレンドマークでもある背を超す杖に体を預けていたら、ゴミの山が突然爆発したように見えた。マナフが立ち上がったのである。ニーアが唖然とした表情のまま彼を眺めている間、マナフはテキパキとゴミを片付け、仕分け、曇りのない瞳でニーアを見て微笑んだ。


「うん。売って金を作ってくるよ」


 ニーアは目を向いた。そして泣きそうな声でマナフに叫ぶ。


「お前、まだやる気かよお!」


「大丈夫。大丈夫。次は当たるよ、ニーア。これは伏線だ、僕にはわかる。これと、これと、あ、高級スクロール今回多いね。よし!これで後2回は引ける」


 爽やかに微笑み、颯爽と行動するマナフの笑顔には明らかな狂気があった。メノークに飲まれた人間の末路がこれだ。表情も変えず微笑みながら、破産という地獄に進撃していく。杖に体を預けながら、涎を垂らしているニーアの手に力が入った。取り戻さなきゃ。二千万だぞ、二千万。金額を想起した瞬間、飛び上がる胃の痛みに耐えながらニーアもまたゴミの仕分けに入った。そして死地に向かっていくマナフの背中を見る。あれだ、あれが漢の背中だ。嫁さんいるのに、二千万無駄遣いした馬鹿野郎の背中。いや、嫁のダリアへの借金は五千万を超えている、なのに諦めない。そうだ。とニーアもまた光を見た。諦めちゃそこで終了なんだ。


 メノーク会場の出口を西陽が照らし始めた。崩壊する運命を知らぬまま、男達はメノーク、通称〝ミミック〟の口めがけて歩み始めた。


 更に増えたゴミの山を青白い顔で見下ろしながらニーアは思う。俺が箱を開いたっていうか、箱が勝手に開いた。他責をしなければもう精神を保っていられない。俺じゃない、どっちかっていうと箱が悪い。あ、すごい。なんもねえわ。そうしてやっと周囲を見た。沢山のギャンブラーが頭を抱え、座り込み、号泣している。暴動めいたものも起こりそうになっている。百万の箱でなんだこのゴミは!と怒鳴っているジジイが見える。あ、俺今あれと一緒なんだ。手持ちはもうほぼなかった。一万ゴールド紙幣が二枚。それがニーア・アトラスの全財産だ。全部を無くしたけれど案外と喪失感は無くなった。代わりに達成感というか奇妙な満足が得られている。二千万は捨てる金額ではないけれども、地下世界に所属していれば一年で十分貯蓄できる金額なのだ。来年頑張ろう。また一からやり直そう。そう決意して、メノーク会場出口へ視線を向ける。入場口から垣間見える空の色は暗く、既に会場の中にも照明が焚かれ出していた。健やかな心地で出口へと向かう。その足を止めたのは入場口付近に積まれたゴミの山だ。あんまりもの光景に、人だかりさえできている。


 ニーアはある不安を胸に、人だかりを覗き込んだ。そういえばマナフと再会していない。違ってくれ、少しだけでも理性を持っててくれ、と祈りながらゴミの山の中心にいる男を確認する。派手なサーカス衣装の帽子を被っているが、衣類は下着だけの男が笑いながらゴミを掘っていた。


「マナーーーーフ!」


 名前を呼んで彼の元に駆け寄った。目を見てわかった。だめだ、こいつだめだ。違う世界に行ってやがる。名前を呼ばれたマナフは蒼白な顔面のまま笑顔でニーアに告げる。


「やあ、ニーア!はははははは!これを売れば十ゴールドになるぞー!千個売ればもう一回だぁ!」


 ゴミを握りしめ笑い続けるマナフの腕を引っ張って、ゴミの山から引き摺り出した。それだけが彼を、この世界にとどめ続ける唯一の方法。あれから鍵を幾ら買い足したかは聞かなかった。マナフは合成魔獣の専門家、翼竜を手なづけられるテイマーでもある。だがその翼竜の姿もない。売ったのだろう。


「もういいっ!!!マナフ!!!休め!!!休めーー!」


 * * *


 熱狂が冷めた後の、全身を包む痺れるような侘しさと寂しさはどこからくるのだろう。


 全財産は今やギランのミミックの腹の中に消えていった。力なく歩く男性二人は、行く宛を無くしてしまっている。辺りは暗いし、ここから20キロ歩いて帰らねばならない。だから二人の足は貧民街へ向かった。あれだけの大言を叩いた挙句のこの結果だ、クレアから心臓を突き刺すような小言を喰らわされるだろう。それを二人ともわかっているからただただ無言でしけた砂漠の街を歩いている。ニーアが向かっているのは定食屋、この貧民街でも有名な、安くて美味い飯を提供してくれる店だ。禿頭で背の低い親父は少し頑固で情が深い。そんな親父のこだわりの飯は、敗北した男達を優しく労ってくれる。


 十二月に入ったギランは雨季になる。頭上を見ればどんよりとした雲が、メノークタワーの光を反射していた。雨になるなあ、とニーアは一人ごちる。マナフから返事は聞かれなかった。

 そうしてあの定食屋にたどり着いた。だが、灯りがついていない。


 あ、とニーアは呟いて肩を落とした。休店日か、と思ったのだ。けれどこの店は貧民街に暮らす人間達の憩いの場、あの真面目頑固な親父が簡単に休むはずがない。


 店に近づいて、入り口のアジア風の意匠を凝らした扉を見た。そこに「差し押さえ」の札が貼ってある。


 それを見上げながらニーアは、マジかよ、と小さく呟いて、項垂れたままのマナフに声をかけた。


「潰れたっぽいなぁ。この店。すっげえ飯美味かったんだけどなあ」


 そう言ってマナフの側へと戻ろうとしたニーアの肩に何かがぶつかった。感触からして人間だ。だが、そこには何もないし、誰もいない。


 ショックすぎておかしくなったんだな、と結論づけて、ニーアは重い足をメノークタワーに向ける。金を得るには労働しなくては。クレアの小言も、この場合は労働、寝る場所があるのはまだ幸福な事だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ギャグのあとは怖い回

次回更新:【10月31日 21:10】

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引き続き『イノベーション・デストラクション』をよろしくお願いいたします。

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