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Main ingredient B


挿絵(By みてみん)

【side:ミンヒョク】・・・[Timeline 十二月三日 時刻一三時すぎ・ミンヒョクの自室]


 エノクだよ、と蘭玉は粘着質な声でミンヒョクに告げた。


「まさかこんなゴミカス野郎が選ばれるなんて思ってなかった。全く苦労をかけてくれるねえ。随分といい思いをしているじゃぁないか。私らに買われた食いつめ者の分際でさぁ」


 そう言うと蘭玉はミンヒョクの前髪を離して立ち上がり、ヒールの踵でミンヒョクの脱力した脇腹を踏みつける。痛みが恐怖と共に現れる。だが声すら上げられない。死の恐怖を刻まれた肉体はもう思うように動かなかった。そのまま蘭玉が手際よくミンヒョクの肉体を縛り上げる。


「ずっとお前を見てたよ?悪どい事をしやがって。お前みたいなバカが持ってちゃいけない代物だ、そう思わないか」


 楽しそうに含み笑いをしながら蘭玉はそのままミンヒョクの手首を後ろ手に、足首は細い銀糸で拘束した。うつ伏せのまま動けないミンヒョクの体を蘭玉が蹴り上げる。仰向けになった視界の先に、玄関通路のルームライトが輝いている。ぬっと視界を覆って現れた蘭玉は貼り付けたような笑みを絶やさないまま、再びナイフの切先をそのライトに反射させた。ミンヒョクは覚悟する。殺される。ナイフが振り上がった音がした。痛みに耐えるため、目を強く瞑る。


 しかしナイフの切先が切り裂いたのはミンヒョクの頸動脈ではなく衣類。左胸が空気にさらされている気配がする。そして頭上からは蘭玉の随分と明るい歓喜の声が聞こえてきた。


「ッハー!あった、あったよ!エノクだ!ナンバーは16・・・塔か。逆位置で出たんだねえ、本当にラッキーなゴミだ」


 破けてしまったヴァルノ・ブランドのシャツの下から、青白い鉱石が輝きながら顔を覗かせている。ミンヒョクの記憶が一つに繋がる。血に反応する。見つけりゃ大金持ち。これが、エノクなのか!


 ミンヒョクが自分の肉体に埋め込まれた青白い鉱石の名前を知ったと同時に、玄関ベルが鳴った。ミンヒョクは息を殺して玄関扉に目を寄せた。ルームサービス、或いは交流のある金持ち連中の誰か、を期待した。だが、首元には以前ナイフが突きつけられている。ミンヒョクを見下げた蘭玉の顔が、剣呑なものへと変わっていく。蘭玉が顔を振る。鈴の音が響いて、蘭玉の肌は黒くなった。顔立ちもクシュラ南方系の顔だちへと変化しているが、髪は金色の長髪になった。全身に殺気を纏いながら、蘭玉が玄関先に立つ。ドアスコープから外を見た彼女は、殺気を解いて扉を開いた。


 入り口に立つのは、あの男だ。親父の店で自分を思うまま殴りつけた用心棒。そいつが仁王立ちに玄関前に立っている。それだけでもミンヒョクには恐怖だったが、それ以上の恐怖が彼のせにあった。用心棒は、細い女の手首を握りしめていた。その手首の主は、さっきまでミンヒョクがその谷間を眺めていた、ピンク色の下着見たいな衣類を身に纏った金髪のボトルガールだ。


 用心棒は深く被ったハットの下で、黄色い目を輝かせながらミンヒョクを見下ろした。そうして口の端を引いて鼻で笑った。ボトルガールは彼の後ろで、離せこの変態野郎!と彼を罵倒し続けている。


「やあやあ、遅かったじゃないか。依頼の品も持って来てくれて頼もしい限りだよ、ミスター・コール」


 コールと呼ばれたあの用心棒はゆったりとした歩みで、ミンヒョクの城へと入ってきた。ブーツに取り付けられた刺々しい拍車が、大理石の玄関を削る音がミンヒョクの耳元を通り過ぎた。


「仕事は丁寧で、迅速でなきゃいけねえ。悪人にも矜持は必要さ」


 蘭玉は笑顔のまま、彼を迎え入れる。女を引き摺りながら入室したミスター・コールは強く女の手首を引いて彼女をミンヒョクの隣に放り投げた。ミンヒョクを見た後、ボトルガールはその生まれに相応しい暴言を二人の反社会勢力に投げつける。


「意味わかんないんだけど!んなんだよこいつもよお!キッショいアジア人の相手なんかしねえぞ、アタシは!てか、アタシの彼が待ってんだけど!彼に言ったらお前らなんかマジで国外追放だからな?!」


 その言葉を受けた蘭玉が鼻で笑って彼女に返す。


「ギラン案件に乗せられてきたバカ女の相手を誰がするって?まあいい。犬とファックするよりはいい目を見せてあげられるよ」


 蘭玉がそう言って笑う間、ミスター・コールは動けないミンヒョクを引きずり、ベッドルームへと足を進めた。逃げ出そうとしたボトルガールは蘭玉がナイフで威圧した。


 ベッドルームという監獄の中で、ミンヒョクは椅子に手足を括り付けられた。行われたのは実験という名の拷問だった。蘭玉が「女を黄金にしろ」と言った。ボトルガールは自身の状況を把握し、泣き喚いて命乞いをした。ミンヒョクも拒否しようとした。だが、ミンヒョクの頬に、ミスター・コールご自慢の拳が叩きつけられる。


 捉えられた男女は引き攣るような嗚咽を上げながら、実験を敢行する。だが女の肉体は黄金にはならなかった。代わりに。


 彼女の纏っていたピンク色の下着のような衣類、その繊維一つ一つが黄金に発色し始める。現金にも涙を引っ込めたボトルガールは、すごいすごい、と自分の服を撫で付け、その奇跡に興奮している。蘭玉は冷静だ。


「・・・ハン。人体には無効か。物には有効。物の価値の書き換えってところか。ヘタレらしい顕現だよ全く」


 ミスター・コールはキングサイズのベッドの上にブーツも脱がず横たわっている。完璧なベッドメイキングは崩れ、白いシーツの端には泥がこびりついてしまった。


「ぬか喜びの能力だな、こいつは。俺に渡したピンクチラシ、まだ持ってるぜ。いつかお前をとっちめてやろうと思ってた。あの時は一万ゴールド紙幣に見えたんだがなあ」


 そう言いつつ、ミスター・コールは汚れたジーンズのポケットからくしゃくしゃのチラシを取り出した。それを泣きぬれたミンヒョクの顔に叩きつけて言う。


「一ヶ月後にはただのピンクチラシだ。お陰で俺は無職になっちまった。いい職場だったんだぜ?飯は美味えし、真っ当な仕事だった。だが、お前のお陰であの店、潰れちまった」


 全身を襲っていた恐怖が全て霧散したようだった。目を見開いてミンヒョクはミスター・コールを見つめる。はっきりと言った。


「嘘だ」


 禿頭が蘇る。いく場所もなく腹を空かせて項垂れていた自分にかけられた太い声を思い出す。俺が食いてえ分だけ作るんだ、なんて言いながら大量の飯を作って、腹一杯だ、と席を立った親父の背中を思い出す。金がない、というと、ここは元々後払いだ、なんて笑ってくれた顔を思い出す。空腹を満たすスープの味、クルゥの卵焼き、熱々のチャーハンを思い出す。


「嘘じゃねえさ」


 ミスター・コールがそう言いながら長い足を振ってベッドから降りた。ミンヒョクの目から涙が一粒こぼれ落ちる。


「一ヶ月経ったら、レジの中身はピンクチラシでいっぱいだった。ピンクチラシで材料の仕入れができるか?元々ギリギリでやってたとこだ、お前は、あれだけ世話になった親父さんを殺しちまったんだよ」


 嘘だ!と叫んで身を捩った。恐怖なんてもうなかった。体の痛みよりも胸の方が痛かった。ガタガタと椅子の足を揺らして暴れるミンヒョクの頬を、ミスター・コールの大きな拳が粉砕する。椅子ごと倒れてうつ伏せたミンヒョクはそのまま声をあげて慟哭した。


 ミンヒョクの慟哭を指さして笑いながら今度は蘭玉が言う。


「バカに持たせた結果がこれだ。安心しな?お前はアタシらがきっちり使い潰してやる。とりあえず、ブス!さっさと服を脱ぐんだ。偽物だって今は純金、しっかり元は取らせてもらうよ」


 メノークタワー68階、単身者用の分譲マンションの一室で、男女は絶叫し助けを求めたけれど、その叫びは閑静で上品な景色に吸い込まれ消えていく。彼らの叫びも慟哭も、資本主義の世界ではただ、透明だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


次の視点はSTORMへ。ギャグ回です。


次回更新:【10月29日 21:10】


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引き続き『イノベーション・デストラクション』をよろしくお願いいたします。

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