Fly away B
【side:storm】・・・[Timeline:十二月三日 午後一二時。ギランにて]
クレアの長い足が、メノークタワーの玄関前の長く白い階段を駆け降りる。
時刻は十三時過ぎ、太陽は南中である。クレアの背後にある玄関前の巨大な噴水が、時刻通りに七色に発色し水流のショーを行う。南中に照る太陽が、周囲を危険な暑さへと変貌させる時間帯だ。だが不思議な事にメノークタワーに出入りする富裕層には、その暑さが感じられない。クレアの長いハニーブラウンの髪も、軽やかに左右に揺れ、周囲を観察している。長い階段の踊り場で一旦足をとめ、タバコに火をつけた。階段の下はメノークタワー専用レーンだ。再び階段を降りようとしたクレアの目の前に一台の赤いロッドスターが停車した。頷きながらその車を眺める。クレアはその車を知っている。地下世界のゲッタウェイドライバー、バロン・クラウドの所有する、変形型長距離移動ユニット「アラジン」の自動車モードだ。
赤い車に近づこうとした瞬間、真っ赤なドアが上空に上がっていく。助手席から降りてきた男を見て、クレアは苦い顔になった。地下世界の人間はもれなく優秀だ。優秀だが全員、とんでもなく癖が強い。
「ジャジャーン!!よーばれて飛び出たイケメンナイト!僕だよーー!!」
上品で静かなメノークタワーの玄関周辺には似つかわしくない声量が響く。格好も独特だ、いつの時代かわからないゴシックで古典的なロココ調。そいつがまるで舞台俳優さながらに笑顔を作り、手をかかげている。一応アビ・ア・ラ・フランセーズの体裁はとっているが生地は薄いし、色も悪い。見るだけで疲れてきたので、クレアは全てを無視して、赤い車へと乗り込もうとする。無視された王子のコスプレ野郎はクレアの背後でその軽い口を回し始めた。
「あーれれ??どうしたどうした?どうしたんディスかい、…カイヌンティウス!117!僕だよ!僕、パトリオットのPにダイナミズムのD、それからキングのK!PDK!フィリーップ!キング!優勝は!フィリップ・キングス、ダイナモー!!君のハートに直撃ヒーット!」
助手席に乗り込んだクレアが運転席で憮然としている男に静かな声で告げた。
「車出せ、バロン。俺はここに一秒たりとも居たくねえ」
運転席でハンドルを握る男の格好はまだ適切だった。黒いスーツにサングラス、真っ白な髪と水色の瞳。女のような美貌を持って、クレアと変わらない体格を持った美男子は、肩を落としうんざりした表情のまま前を見つめている。
「今回俺、こいつとまる二日居たんだぞ。マジで気ぃ狂いそうになった。だからお前も聞け。フィリップのなんっも面白くない漫談だ」
前方に座る二人のうんざりした表情を一切気にかけない、フィリップは後部座席に乗り込み、座席の間から顔を出した。グレイハウンドの髪は緩くウェーブ掛かっており、どこか幼さを感じさせる、アンニュイな目。その美しい相貌からは想像できないマシンガントークが、前方の二人に届けられる。
「オッオー、つれないじゃないじゃない?パンじゃない?そんな顔してちゃ、ブレッドだって湿っちゃうよ!しっかたないなぁ。じゃ、僕の美声をBGMに、ふかふかのパンを・・・。あ、てかさあ、バロン、お前車の匂いどうにかなんない?僕、鼻が取れそうなんだけど」
「っせぇな!じゃお前なんで車乗ってんだよ!降りろ!降りて走れ!」
バロンが大声でフィリップを牽制する。しながらも赤い車は発車した。向かうのはギラン。貧民層と富裕層が出会う場所、ギラン・マーケットである。
* * *
和気藹々というよりは険悪ささえ醸し始めた車内で、クレアはギランという国の景色をながめている。緑と水の溢れる楽園都市は物の数分で、砂の舞う灼熱の地獄になった。トタン屋根のバラックが並び始める、人々の服装と顔つきも変わってくる。そうしてたどり着いたのが、世界最大のフリーマーケット。ギラン・マーケットの北口入場門だ。
このマーケットは貧富の差を許さない。売買は厳格。この国では資本こそが神である。だから三人も入場口の列に並んだ。彼らの日常には存在しない、労働者たちがひしめき合う入場列でフィリップがその軽口を爆発させた。
「っぱ人間無理!匂いが!鼻、鼻取れる、鼻!僕の鼻が取れる・・・。一瞬フローラル・・・っぱ無理!バロン!今すぐガスマスクみたいなん出して!今すぐ!」
「黙れ、てめえん中にはコンプラねえのか馬鹿野郎。自分の体臭でも嗅いどけクソ犬が。つうかクレア、なんでこんなん呼び出したんだ」
漫然とした待機列の中ではあるが、誰が会話を聞いているかしれない。だからクレアは自身の腕に飾っているプラチナの腕時計、その文字盤に彫ってある月と星の紋章を起動させた。脳波に乗って、クレアの言葉が二人に届く。バロンのラピルピンとフィリップのクラバットを止めるカメオにも刻まれている月と星の紋章が受信し、虹色に輝いた。
『多分だが、ギランでゴミスクロールを高級スクロールにして売っているやつがいる』
クレアの背後で戯れていた二人の雰囲気が静かに変わった。バロンが発する。
『サジの件か?無理だろ。一般人にできることじゃない』
前を向いたまま一歩進んだクレアが発言した。
『常識的に考えりゃ無理だ。高級スクロールの偽造なんてのはな。だが、事実としてそこにある。高級スクロールの価格は下落。価格が下落するほど大量に生産してる。個人で行なっていることか、組織の仕業かはわからん。だが事実サジはそいつに騙されて購入してる。俺たちの日常品は基本、信頼できる筋からの調達だ、そこに紛れ込むって事ぁ』
『・・・よくないね』
フィリップはそう発言して腕を組んだ。
『偽造品も盗品も売れる場所はギランだけだ。情報はねえに等しいが、動かなきゃ集まらねえ。そこでフィリップ、お前の鼻が使える。なんでもいい、嗅いだことのねえ匂いがあれば報告してくれ』
側から見れば無言に見える三人は、焦ったい待機列の中で静かに作戦を立てていた。そうしてようやっと、北口入場門の前にたどり着いた。
マーケット内部も人でいっぱいだ。20万戸並ぶ小さなテントの中で様々な品物が売られている。が、彼らの目的はそれではない。まずフィリップが鼻を鳴らした。左右を見る。一度クラバットを抱えて鼻に当てた。それから、遠くを見て、
「こっち」
とマーケットの中央を指差した。
フィリップはクラバットの匂いを嗅ぎつつ、何かに引き寄せられるよう狭いマーケットの中を歩いていく。当然先頭はフィリップ、クレアは厳しい顔をしつつその動向を眺め、バロンは気楽に左右のテント内を目で見聞していた。そうしてフィリップはある空テントの前で立ち止まる。
「ここだ」
そこは数日前、とあるアジア人が高級スクロールを売っていた場所である。日没までの4時間で2000万ゴールドを売り上げた場所である。今、そこには何もないけれども。
フィリップの鼻はその匂いを確かに捉えていた。彼は獣人、亜人種の中でも特にレアである完全変身を遂げられるディンゴ族の最後の生き残り。フィリップ・ディンゴ・キングはそこにあったある匂いを見つけ出したのである。
「この匂い。土に近いのに、霧みたいだ。マナのようでそうじゃない。クレア」
フィリップは得意げに目を細め、背後のクレアに振り向きこう言った。
「エノクだ。多分、未発見の」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
エノクの石、元ネタはわかるとおもいますが、「エノク書」そして「タロットカード」です。
次回更新:【10月27日 21:10】
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